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galaQta

『galaQta(がらくた)』は、寒天の「ガラクトース」から発想し、砂糖と餡子とハンドルネーム(うたきゅ♪)とを練り合わせて固めた造語です。twitterでは「uta9」としてつぶやいております。
なお 2010年2月以降、全ての文章において敬称を略するよう自身に徹底することにしました:以前の文では表現に揺らぎが残っていますが、ご諒承ください。

2010-05-28

資料庫; 学園都市関係

#tsukuba

@mattsu さんのtweetを見て、死蔵していたファイル群をWWWに戻すことを思い出す。宣伝会議講座で地元のことをレポートする課題があり、「都市ゲート(←完成当時の画像)」を調べたのであった。

このネタを提供してくれた方が「新興都市だけに、都市設計と風水思想が結びついていたりしてね、科学の街に似合わないけど(笑)」と冗談半分で付け加えてくださったので、当時(今も、だが)調べ物の収拾付け方が苦手な私は大いに迷走した...なにしろ、こんな資料がすぐに見つかってしまったからだ。

平安京や江戸、新都市を建設する為政者の歴史と風水については雑学程度の知識しか持ち合わせていない。ことの真偽を裏付けるべく風水関連の書籍やwebsiteに埋もれ、吾妻のURに押し掛けて資料を拝見し、筑波大に電話をかけてこれは残念ながら繋がらず...

最初からそうすれば良いものを、ようやくのことでゲート設計を担当した会社の社長室に電話し...

結果、戦後の都市設計思想に風水が取り入れられているワケもなく、度重なる土地計画変更で妙に歪になり果てた都市において、せめて東西南北を主張するものが望ましいだろうという流れから発生したデザインであることを知る。


以上の過程で、WWWから手当たり次第に拾い集めてきたものが下記のとおり。今にして思えば、この時から私はCiNii教徒となった模様。

  • 「平成17年度 筑波大学社会工学系土地利用研究室 自主ゼミ 第1回都市計画史(日本史)」pdf

江戸期の城下町,明治の銀座,関東大震災満州,戦後ニュータウンのことが体系的に読めて非常にありがたかった。ざっと探したところ現在はWWW上に無いらしい(資料の性質上当然か)

これら以外にも、振り返れば随分と読み漁ったものだが、どの資料にも都市ゲートデザインの由来については一言も触れられておらず、迷走を長引かせる原因となっていた。ソースに当たらず川下を浚ってばかりでは何も得るはずないのだが、そんな自己検証能力も欠如した惨憺たる毎日だったのだ(哀)


ちなみに...先述のとおり風水の配色が偶然の産物であると判明したのは、提出締め切り2日前の昼下がり。


レポートの出来? ふふふ...思い出したくも無いナ〜


【余談】この記事を書くために再検索したら、こんな楽しいサイトを発見☆

 筑波研究学園都市廃虚マップ

風も気持ちいいし、探検ごっこに最適ですね。

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