最近読んだタイポ本、本の本

 最近読んだ本の中で、面白かったタイポ本と本の本を紹介します。

 『フォントのふしぎ ブランドのロゴはなぜ高そうに見えるのか?』(小林章、美術出版社)
 世界で活躍中のタイプディレクター小林章氏の最新刊です(小林氏のブログはこちら「タイプディレクターの眼」)。
 サブタイトルからもわかる通り、ルイ・ヴィトンディオールゴディバといったブランドのロゴがなぜ高級感を感じさせるのかが解説されています。それぞれ特別にレタリングされたロゴかと思いきや、フーツラ、ニコラ・コシャン、トレイジャンといった市販されているフォントをそのまま使っていたとは。ルイ・ヴィトンのフーツラなんか、字間を調節するだけでこんなに変わるの?と驚きます。
 他にも、ヨーロッパ各地の看板や印刷物に触れながら、その中の文字の魅力が次々と語られていきます。というか、何気ない街なかの看板にある文字の魅力を、小林氏が次々と引き出していく、という感じかな。「フォントは見た目で選んでOK」という章見出しにも現れている、決して教条主義的にはならない小林氏の語り口がとてもいいです。
 『そして、僕はOEDを読んだ』(アモン・シェイ、田村幸誠訳、三省堂)を貸したときには「一生使わない単語ばっかり」と文句を言っていた嫁も、『フォントのふしぎ』は面白かったらしく、ショッピングモールで色んな看板のロゴを見ながら「あれは文字の間隔が」とか言い始めたのにはびっくりした。これまで文字にはまったく興味なかったのに。
 というわけで、ブランド好きだけど文字に興味がない、という人が読んでも文字の魅力に気づいてもらえるような、素晴らしい本です。が、「ロゴが気に入ったので高級なカバンを買ってきた」なんてことになったら、怖い……。
 (『そして、僕はOEDを読んだ』も面白い本なんですよ。詳しくはこちらで)

フォントのふしぎ ブランドのロゴはなぜ高そうに見えるのか?

フォントのふしぎ ブランドのロゴはなぜ高そうに見えるのか?


 『市川崑タイポグラフィ犬神家の一族」の明朝体研究』(小谷充、水曜社)
 映画監督・市川崑タイポグラフィについて、「犬神家の一族」を中心にそのルーツや展開を解説した本です。
 「古畑任三郎」や「新世紀エヴァンゲリオン」にも影響を与えたというその極太明朝体やL字型のレイアウトが、どのようにして生まれ発展していったのかが、細かな調査の元に解き明かされていきます。
 モリサワ書体と写研書体の混在や亀倉雄策の影響に関する考察の部分など、物証を積み重ね、推理を実証していくその手つきはまるで金田一耕助。下手すると横溝正史の小説よりも納得のいく謎解きかも。この本、推理小説を読んでいるようでワクワクします。お勧めです。

市川崑のタイポグラフィ 「犬神家の一族」の明朝体研究

市川崑のタイポグラフィ 「犬神家の一族」の明朝体研究


 『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』(ウンベルト・エーコ、ジャン゠クロード・カリエール、阪急コミュニケーションズ)
 エーコでこのタイトルとくれば、即買いでしょう。カリエールという人のことは知らなかったけど、フランス人の脚本家らしく、エーコに負けず劣らずの愛書家で、二人でインキュナビュラから電子書籍まで縦横無尽に語っています。
 エーコは「現代の記録媒体がすぐに時代遅れになるということはすでにお話ししました。読んだり聞いたりできなくなるかもしれない道具で、家の中がいっぱいになるリスクをどうしてわざわざ冒すのでしょう」(p. 56)なんて語ったそばから、火事になったらまず「今まで書いたもののすべてが入っている、二五〇ギガの外付けハードディスクを持って逃げますね」(p. 59)なんて言い、その次に持ち出すのが「版画のついた素晴らしい」インキュナビュラらしい。とにかく進行役の意図をほとんど無視してしゃべりまくる二人の好き勝手具合が抜群に面白い。出てくる本の9割9分は読んだことも聞いたこともない本の話なのに。
 こんなたくさんの本、一生かかっても読めないよ、なんて思っていると、「本当を言うと、誰の家にも、読んだことのない本なんて、何十冊、何百冊、何千冊とあるんです」(エーコ 、p. 362)、「本棚に入れておくのは読んでもいい本です。あるいは読んでもよかった本です。そのまま一生読まないかもしれませんけどね、それでかまわないんですよ」(カリエール 、p. 382)と言ってくれてホッとさせられた(どこまでホントかわからないが)。

もうすぐ絶滅するという紙の書物について

もうすぐ絶滅するという紙の書物について