粉瘤日記(再)
2年半ほど前に切開した粉瘤が再発してしまった。再発に気がついたのはもうかれこれ半年ほど前だったのだけど、その内収まるだろうという淡い期待をして放置していたところ、案の定収まることもなく、結局重い腰を上げて、再び病院に行くことを決意した。
実は先週、既に新しい病院で切開手術を終えているのだけど、前回に比べてなんと楽なこと。切った長さは増えたのだけど、大きな傷みもなく現在に至る。今週末に抜糸をしたら後は炎症が収まるのを待つのみ。その病院は整形外科が専門で、粉瘤手術の症例がとても多い。やはり最初からそういう病院に行くべきだったと反省している。
「鑷子(せっし)」という名前からして恐ろしい響きの器具を使った拷問のような地獄の治療もないし、なんといってもたった1日、それも20分で痛みもなく終わったのだから。本当、あの地獄の日々(それも年末年始)はなんだったのか・・
Oculus Go のアンロック手順
同じ作業をまたやるかもしれないので、備忘録として雑なメモを残しておく。
- Oculus Go を入手(これが案外大変?)
- 経年劣化で、電池を新品に変えてもコントローラが使えないことがある。アルミホイルを電極に挟むと使えることも
- Go を使っているアカウントの開発者モードを有効化する
- 下記を参考に
- https://developer.oculus.com/documentation/native/android/mobile-device-setup/
- 開発者として登録する上で認証が必要(クレジットカードかSMSか)
- スマートフォンの Meta Quest アプリを起動。(既にペアリング済みの)Oculus Go を選択し、開発者モードを enable する
- 母艦の PC に Android Studio をインストール
- unlocked OS build をダウンロード
- https://developer.oculus.com/blog/unlocking-oculus-go/
- unzip すると unlocked_build.zip が出てくる
- 母艦と Go を USB ケーブルで接続
- ターミナルで cd して unlocked_build.zip と同じディレクトリに移動
- adb reboot bootloader と入力
- Go をかぶると画面が USB Update Mode になっている
- Volume ボタンで enable sideload uploading を選択した後、電源ボタンで決定。画面が暗くなる
- 母艦に戻り、ターミナルから adb sideload unlocked_build.zip と入力
- 終わったら Total xfer: 2.00x のような出力が出る
- ターミナルから adb reboot bootloader と入力
- Go の画面は USB Update Mode になる
- ターミナルから fastboot oem unlock と入力
- うまくいくと以下のような出力が出る
OKAY [ 0.031s]
Finished. Total time: 0.031s - ここまで来たら unlock 成功。adb root が使えるようになる
今年の変化(1)
今年の3月末に久々にスーツを着用することになったのだけど、予想通りズボンが入らない。まぁ良い機会だから新調するかと近所の格安紳士服チェーン店に行ったまでは良かった。いざ試着してみると、ことごとくズボンが入らない。さすがにこれは大きいかなぁなんて思いながら「念の為」にキープしたものですら、腹の肉が収まらず、臍の下あたりが何かに挟まれて痛い。それに息を吸った状態にしないとボタンがブチギレて弁償する羽目になるので、息を止めてプルプルしながらそそくさと着脱を繰り返す体たらく。結局、無理なく入ったズボンのウエストはなんと100cm(正確には98cm)!まじか・・・元ガリガリ君だった自分がまさかそんなことになるなんて・・・お買い上げしたスーツのサイズはBB7。スターウォーズに出てくるあの丸っこいキャラクターを彷彿させるナンバーに、暗い気持ちになる。(昔はY7でも緩かったのに!)
過去を振り返ってみると、2005年にD論書いている年に、体重の自己最高記録を叩き出したのだった。その頃の写真を見ると、明らかに顔がむくんでいるのだけど、なぜか食べ物を前に笑っていて、彦麻呂のようであった。この時に叩き出したピーク体重は、その後D論の執筆完了とともに緩やかに収まっていった。それ以来、数kg単位の体重増減はありつつも、そこそこの範囲に収まっていた。が、今般の1年に及ぶ巣ごもり生活の結果、過去の最高体重をもゆうに越えてしまった。そしてウエスト1メートル。これには流石にショックを受けて、なんとかせねばと誓ったのであった。いわば個人の緊急事態宣言である。(つづく)
Twitterを再開してみる
秋に下記のようなことを宣言していたのだけど、脚注に「ポジティブに考えれば、Nヶ月後に今の業務が一段落して、SNSを適度に嗜みながら打席に立つ時間も捻出できる状況になるかもしれない。」と逃げ道を用意していた状態になったので(つまりN=5で実際に余裕が出たのと、今後の収穫を期待できる一定量の研究の仕込みが完了した)、Twitterを再開してみることにした。とはいえ、4月になればまたバタバタすることは目に見えているので、その時にあまりに余裕がなくなるようであれば、また考えますかね。それと10月になると倍満という名のなかなかの重量級雑用にあろうことか裏ドラ5個くらい乗ってしまい、数え役満という名の最重量級雑用を抱える悲しい運命が待ち受けているので、まったく予断を許さない。
まぁ余裕が出来たのは良いことですよ。いつまでちょい余裕な状態が続くか、自分としては見ものではある。
役に立つこと at scale
人は、自分の成長や利益を追求する自分中心のフェーズから、他人の成長や利益を追求する他人中心のフェーズに移行するときがある。前者はスケールしないのだけど、後者はスケールするというのが大きな違い(だから、役に立つこと"at scale" というタイトル)。そして、後者を目指すと自然に前者が達成されることもあるが、その逆はない。
今日はこの3月で退職される先生方の話を多数聞いたのだけど、後者の観点でお話をされた先生の話は面白く、含蓄に富むと感じた。
教育というのは基本的には後者のはずなのだけど、その上で、普段の行動や意思決定の礎となる理念は前者(自分中心)なのか、後者(他人中心)なのか、という違いはおそらく大きい。「ひたすら学生を中心に考えて仕事に取り組んできた」と語った先生、「若手研究者に対する厚い支援こそが重要だ」と熱く語った先生の言葉は、いずれも重かった。本当に他人のためにやってきたからこそ出てくる言葉だと思う。自分も(今の実情は棚に上げて)今後に「他人中心」を実践し続けて、退職する際にその経験から得られた教訓なんかが言えるようになりたいもの。
会議で「もの申す」ことの重要性
日頃、いろいろな会議(研究系、行政系、学内系など諸々)に出ているのだけど、どの会議でもあまり強く意見を主張しすぎないようにしている(こうした方が良いと思うことはあっても、絶対にそうすべきだとは言いきらず、他者が逃げる道を十分に用意した発言をしがち)。そういう身の処し方は調整場面では重宝されるかもしれないけど、後に何も残らないように感じている。もちろん、万事につけ自分の意見を押し通すようなやり方は間違ったことを他者に押し付けることにもなりかねない。バランスをとることが重要だとは思うのだけど、やはり発言を求められる立場にあるからには、一家言持つべきだと思う。そのためにはそれなりの準備が必要なわけで十分な予習や勉強が必要。会議に参加するからには、そのくらいの覚悟を持たないといけないなぁと感じた次第。ただ「発言」するだけではなく、ある会議体が正しい結論に至るための「主張」をしなければならない、ということ。物事をなめらかにする人も必要なのだけど、新たなでっぱりを作るひとも必要というか。小生、なめらか力はまぁまぁ高いと思うのだけど、でっぱり力が圧倒的に足りない。