女から観た「接吻」(ネタバレあり)

「接吻」(主演:小池栄子 監督:万田邦敏)を観た。


とても繊細で丁寧な映画だった。個人的に考えを抜粋しておこうと思う。
無差別一家惨殺を犯した犯人。その逮捕のニュース映像を見て彼に執着し獄中結婚する
孤独な女。事件の担当弁護士として犯人と女に関わる第二の男。


これはいわゆる狂気の愛の話なのかもしれない。
しかし、女を駆り立てた初期衝動は、自分のことを蔑み排除してきた(と思っている)
この世界への怒りだ。
それを理解できなければ、この映画はただの独りよがりな女の話にしか見えないだろう。


この怒りを寸分違わず理解しあえる(と彼女は思った)男と出逢った時から、孤独な女は
自分の人生が価値あるものだと感じられるようになる。
あらゆる手段を講じて男に近づく女。男は女の気持ちを受け入れ獄中結婚をする。


女にとって男は、優しい恋人であり、物静かな夫であり、安らげる家族になる。
しかしそれ以上に彼は自分達を痛めつけてきたこの世界に対する復讐を成し遂げた英雄だ。
彼は自らの行為の理由を説明もしなければ謝罪もしない。
早く死刑が執行されて、この世から自分の存在を消し去ってしまいたいと思っている。
それが彼の復讐の完結だ。何も語らなくても女にはそれがよく分っている。
彼女は彼がそれを完璧に遂行する為の共犯者になろうとする。
そのために生きることに誇りと充実感をおぼえる女。
二人は同じ孤独と怒りのもとにピッタリ寄り添った同志なのだ(と彼女は疑いもなく思っている)。


しかし、彼女がいかに男との完璧な相互理解に充足を感じ、世界と断絶しているつもりでも、
生きるということは結局この世界に関わってしまうことだという事に彼女は気付かない。
他者と深く関われば、大なり小なり、お互いを変えていってしまうものだ。彼らも例外ではない。


事件後に女と知り合い深く関わることによって、皮肉にも男の心情に変化が生じる。
彼女の行く末を案じ、事件と向き合い、犯した罪に苦しみだすのだ。
また、弁護士として、この男女の二人だけの世界、特に女に関わろうとして
拒絶され続ける第二の男にも、やがて昏い感情が渦巻き始める。
女自身も二人の男に関わることによって変わっていく。段々と重々しい生命力に満ちてくるのだ。


男達は自己の変化に気付き始めるが、女はそれに気付かないというか認めない。
自分の昏い感情をぶつけたことによって、初めて犯人から「言葉」を得た弁護士はそれを
「控訴の意思」と解釈してテレビで発表する。
お前達の世界に踏み込んでやったとメディアを通して女を挑発する弁護士。
演じる仲村トオルの表情は出色だ。


壊れゆく小さなパーフェクトワールドを守る為に、彼女が起こした行動は先が読める展開で
あるかもしれないが、やはり哀しい。
この映画のタイトルの行為については色々な考え方があると思うが、私はこのヒロインが、
あれほど嫌悪したこの世界でやはり生きていたい。という欲求が無意識に彼女を
突き動かしたのだと信じたい。


万田珠美の脚本は、一般的には到底理解しがたい男女の複雑な心理を、多すぎない言葉で
非常にうまく語っていたと思う。


主演の小池栄子は、スケールは感じないものの、常に重たい空気を纏うあの役に
とても合っていたと思う。
孤独・人生への倦怠・女への優しさを滲ませる殺人犯役の豊川悦司はとても良かった。
ここ数年では最高の演技ではないだろうか?
仲村トオルも素晴らしい。除々にそして最後は完全に女に堕ちていく清潔な男を
完璧に演じていた。
僅かな出番だが、篠田三郎演じる加害者の親族の心情が胸にせまる。
弟や被害者への贖罪の気持ちや自身のエゴ。
胸にうずまく様々な感情を淡々と語る篠田三郎がとても良かった。


粗筋らしきものを書いているだけという感じになってしまったが、これは私が感じた話だ。
これを「妄想する女が暴走する映画」と捉える人は多いと思うし、
男女ではまた受け取り方も違ってくるのではないだろうか?
観て、誰もが気持ちよくなれるという類の映画ではないと思う。
しかし、なるべく多くの人に観てほしい映画だ。http://www.seppun-movie.com/
(クーラン)