R30夫婦のお気楽日記

2008-07-26

[]文句じゃないんですよ。

この日はオットが休日出勤。夕方頃オットから連絡あり。

「課長がメシ奢ってくれるっちゅうので行ってくる〜!」とのこと。

おお!それはでかした!腹いっぱい奢られてこい!私ももちろん一人酒致しました。

ということで今日のつまみ

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コンビニでこのデザートを買ったのだが、サービス期間だったらしくその場でクジを引いたら、

何かが当たった。

「なにかな〜!!」と若干ワクワクしながら待っていたが、渡された品はこれだった。

f:id:vanda18:20080727094743j:image  ← 「・・・・・・。」

いや嬉しいんだけどさ。これもマンゴーじゃん!

てか、これ当たるって知ってたら、そっち買わなかったヨ!

や、もちろん、食べるんですけどね(笑)。(クーラン)

[]篤姫 第29回「天璋院篤姫

NHK大河ドラマ篤姫」を一週遅れの再放送で見ている。

第29回「天璋院篤姫」を見た。

今回からが「篤姫」第3部?の始まりと言ってもいいだろう。

なので、今後の期待を込めて感想を。


今後は、天璋院が時代の流れに逆らいながらも、徳川宗家存続の為に尽力する人生が描かれる。

しかし、実際のところ原作を読んだ時、私は篤姫に尊敬の念を抱きながらも多少の違和感を

感じないでもなかった。

原作の篤姫があまりにも聡明な為、やっていることが「徳川家」というつぶれた会社を綺麗に

事後処理している感覚に襲われるのである。

それを「徳川家の嫁」と事あるごとに理由付けしているが、その理由がどうにも弱い。

2年にも満たない縁の薄い夫婦の暮らしであったにも関らず、あんなに愛していた薩摩

帰らないで、なぜそこまで「徳川家の嫁」という責任を果たさなければならないのか?

昔なら、それが日本人の美徳という解釈も出来ただろうが、今の若い人達には、それは

理解出来ないのではないだろうか?と思った。


しかし、これまでのドラマを見たうえで、今後の天璋院の人生を考えると、それが物凄く

納得出来るのである。

それは、バカ殿家定との結び付きをしっかり描いたからだ。

原作と違った解釈をした「家定」は大成功だったと思う。

優れた頭脳を持ちながら、虚無に捉われ暗愚を装う家定は、篤姫にとっても一筋縄では

いかない強烈な個性を放っていた。

そんな家定を本当に理解したいと望み、支えたいと願う篤姫の心情も理解出来る。

家定を魅力ある人物として造形して見せた堺雅人氏の演技も素晴らしかった。

特に、ハリスとの会談で、一番最初に見せた表情等は、想像もしない顔だったので、

この瞬間家定は何を思っていたのだろうと今でも考える。


想いが通じ合った後でも、篤姫は後継者問題で薩摩の意向を通さなければならない

責務もあり、正直、二人は夫婦というより恋人という感じに見えなくも無かったが、

第27回「徳川の妻」でようやく篤姫は「徳川家の嫁」として開眼する。


このドラマでよく言われるのが「壮大なホームドラマだ」という言葉だ。

しかし、私自身原作を読んだ限りでは、前述の通り「破綻した企業を清算する話」にも

感じていたので「ホームドラマ」という言葉にどうにも馴染めなかった。

しかし「徳川の妻」で家定の「『徳川家=家族』を守る為に大老井伊直弼にする」

というセリフを聞いた時、「なるほど〜!!そうキタか〜!!」と思った。

「徳川家=家族」

篤姫が開眼したのも正にこの言葉によってであり、彼女は感動のあまり「大奥」から家定のいる

「表」に上がり(当時の常識では考えられない)、今後は「徳川家の嫁」として生きると宣言する。

このシーンの演出がすっごい盛り上がりで、いきなりBGMにギターの音が流れていた。

「妻」が「夫」に会いに行くというそれだけのシーンであるにも関らず、

妙にROCKな気分になったのが自分でも笑えた。


家定は前回で身罷り、今回の篤姫はまだその衝撃から立ち直っていないが、最後に井伊直弼

との対決で、亡き夫の遺志を継ごうとする妻の片鱗が見えている。

それが物凄く納得出来る。それは彼女が「徳川家の嫁」であり、「家族を守る」為だ。

そして、そう思えるのは、夫家定と心底理解し合い、愛されたから。

その記憶がなければ、女がその後の人生を婚家に捧げる事等出来るはずがない。

例え僅かの間でも、誰かに本当に大切に想われた人間は強い。

これからの篤姫の行動規範の全てが、亡き夫との約束にあるのだということを強く思わされた。


宮崎あおいちゃんの演技もスケールが大きくなって、ホントに超主役級の演技です。

今後は、堺雅人バカ殿に替わり、妙にちょんまげが似合う松田翔太演じる家茂の活躍?も

見られるし、お馴染み和宮(掘北真希)との嫁姑の確執も描かれるしでますます目が離せませんね。(クーラン)

[]風が吹くとき(ネタバレあり)

ええっとですね。さっきヤフー掲示板を開いたら、「もう涙が止まりません」と題して

幾つか映画、書籍を紹介していたのですが、その中に「風が吹くとき」があったのですよ。


「風が吹くとき」。

「スノーマン」でお馴染み、イギリスのレイモンド・ブリッグズが1980年代に描いた核戦争

勃発した世界を描いた絵本。

風が吹くとき

風が吹くとき

しかし、私がこれに初めて触れた媒体はアニメーションでした。

絵本を原作にアニメ化されましたが、内容に感銘を受けたデヴィッド・ボウイが確か音楽だか

主題歌を担当したとかで、日本での公開当時もかなり話題になっとりました。

ただ、単館というかごく狭い範囲での公開だったようで当時子供だった私は観ておりません。

それから数年後、テレビで放映したのをビデオ録画して見ました。

登場人物の殆どが、田舎に暮らす老夫婦二人だけで、その老夫婦の描写がとても

可愛らしかったのを覚えています。


しかし、私が衝撃を受けたのは、この夫婦の「核」に対する無知でした。

政府のパンフレットに書かれている通りに「シェルター」を作る老夫婦なんだけど、

それが信じられないくらいチャッチイ作り。

ちなみにこの「シェルター」地下でもなんでもないのだ。

爆風が過ぎれば、その「シェルター」を抜け出して「普通に暮らす」無防備ぶり。

しかも、この二人あろうことか「雨水なら安全」とそれを飲みだすのだ。

それって、当然「黒い雨」だと思うんだけど。


被爆国である日本人なら、幼児でもない限り、当時まずありえない「核」に対する無知。

正直「そんなことも知らないんだ・・・。」という驚きがありました。


やがて、もちろん二人とも放射能に侵されます。

その描写が、表現を押さえてはあるもののやっぱり悲惨で、何とも言えない気持になります。

声を当てていたのが、確か森繁久彌様と加藤治子様で、最初ののどかな生活と終盤の

悲惨さとの対比が否応無く味わわされて、涙しました。


ラスト、この夫婦は最後まで愚直に政府を信じ助けを待ちながら死んでゆく。

当時は核の恐怖と共に無知って恐ろしい。という思いがあったのだけど、

「騙された!」という思いで死んでゆくのと、真相を知らず、お互い労わり合いながら

死を迎えるのとどちらが幸せなのか、今日ふと考えてしまった次第なのでした。(クーラン)