R30夫婦のお気楽日記

2011-06-24

[]「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」総評

フジテレビノイタミナ枠の「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」鑑賞終了。

<あらすじ>「めんま(CV:茅野愛衣)」のお願いは昔、皆で設計した花火を打ち上げることだと推測した「超平和バスターズ」の

5人は、反対する「めんま」の両親を説得し、ようやく花火を打ち上げる。しかし、花火を上げても「めんま」は消えない。

成仏しなかったのだ。その事実に5人は呆然とする。


うう〜。良かった〜!! 最初の方淡々と見ていられたんだけど、途中から物凄い感情移入してしまった。

実は、4話辺りまでは「なんでこの子達は、こんなに過去に固執していられるんだろう」という違和感みたいなものを抱いていた。

「めんま」が死んで10年(?)。小学校・中学・高校とステージは変わり、世界は広がっている。でも「超平和バスターズ」達の心は、

未だに幼い頃の初恋と後悔に縛られている。互いに交流は無くなっているのに、其々の心の時間は「あの頃」から進んでいない。

そのうち、時間を進めるのを怖れているようにも見えてきた。自ら女装して自分だけの「めんま」を作り上げる「ゆきあつ

(CV:櫻井孝宏)」の想いなんて、その最たるものだろう。他の「超平和バスターズ」達がそれを見てもたいして引かなかったのは、

大なり小なり彼らも同じことをしていたからだと思う。

もう一つ思ったのは、どうして「めんま」は「ママ」ではなくて、「じんたん(CV:入野自由)」の前に現れたのかということ。

普通に考えて、今でも「めんま」を誰よりも切実に思っているのは、彼女のママだろう。

なのに、どうして「じんたん」には「めんま」が見えて、ママには見えないのだろうか?


「めんま」のママが再登場した辺りからグッと掴まれた。

実は、「めんま」のママは娘の死を受け入れられず、ずっと引きこもっていたのだ。その一方で、成長していく「超平和バスターズ」に、

理不尽な憎しみを抱く。「めんま」のパパもずっと苦しくて、だからそんなママを見ていられなかった。

そんな二人の視界に弟の慧(CV:水原薫)」は入らず、慧もずっと寂しくて、辛くて、家族に疲れてしまっていたのだ。

5人がいかに過去のトラウマに苦しもうが、年相応には成長していく。彼らより、更に止まった時間に生きている「めんま」のママに

とっては、それすら苦しくて仕方がない。

「突然でちゃんとお別れ出来なかった」「さよならしたくない」。その気持ちが凝り固まって、いつの間にか、誰かを憎むことで、

その日を生きるようになってしまっている。そう思うと見ていて辛かった。そして、これは「あの頃」に縛られたままの

超平和バスターズ」にだって起こりうることなのかもしれないのだ。


それでも、5人の心は、なかなか前へと進めない。「めんま」を成仏させるための花火は、初恋を各々胸の内で勝手に清算するための

ものへと変わり、打ち上げには成功したが「めんま」は成仏しなかった。

やがて明かされる彼らのトラウマ。幼い初恋のいざこざはともかく、個人的には「ぽっぽ(CV:近藤孝行)」のトラウマが衝撃だった。

彼は「めんま」が川に流されていくところを目撃していたのだ。そして見ているだけでどうすることも出来なかった・・・。

「ぽっぽ」については、前々から不思議に思っていた。彼は中学卒業後、進学せずに世界各国を旅していたが、ふらりと帰ってきて

超平和バスターズ」の秘密基地に住んでいる。5人の中では一番自分の物差しで生きている子という感じがしていたので、

彼がどうして「超平和バスターズ」に拘るのかイマイチピンとこなかったが、これでようやく分かった。

彼もまた逃げ出したくて世界を放浪していたのだ。でも、どうしても帰ってきてしまう。あの時何も出来なかった自分を

「めんま」は恨んでいるから。だから成仏させないと「めんま」は許してくれないと、ずっと苦しんでいたのだ。

全体を通して「ぽっぽ」の書き込みが甘いのが非常に残念だが、彼のトラウマは「あの頃」から時を進められない5人の

苦しみを象徴するものだと思う。


結論から言えば、「めんま」のお願いは、「じんたんを泣かせること」だった。

病気だった「じんたん」のお母さん。本当は寂しいのに我慢して泣かない「じんたん」を遺して逝かなければならないのは、

とても心残りだったと思う。だから「めんま」は約束したのだ「じんたん」を泣かせると。でも、その「めんま」も不慮の事故で

亡くなってしまった。

考えてみれば、「じんたん」は、ほんの小さなときにお母さんと初恋の女の子を亡くしているわけで、これは結構深刻なことでは

ないかと今更ながら気付いた。しかも今まで泣かなかったんだよね。そりゃ、父ちゃんもいるけど、あのソフト〜な父ちゃんでは

泣き喚いたり出来なかったのかなあ。子供ながら辛いのに気を張って頑張ったのだろう。でも、泣かない代わりに気が抜けて

しまったのだと思う。気力が湧かないというか、精気が抜けたとでも言うのか。それでも、高校受験でなんとか立て直そうと

したのかもしれない。しかし結果は失敗。本人の甘えで引きこもっていたのは事実だけど、頑張ろうとしても力が出なかった

「じんたん」の心境がようやく分かったような気がする。父ちゃんもそれが分かっていたから、ずっと辛抱強く見守っていたの

かもしれない。


「めんま」のお願いは叶えられ、お別れの時が来る。

彼女のお願いは「じんたんを泣かせること」だったけど、本当は「もっとずっとみんなと一緒にいたかった」というのが一番の

願いだったんじゃないかと思う。

でも、それは絶対に叶えられることはない。その代わりに、「めんま」はみんなとさよならするために帰ってきたのだろう。

みんなに大好きと伝える為に、めんまとみんな「超平和バスターズ」の時間を動かすために、帰ってきた。

「お姉ちゃんは死んでしまったことに気付いてないかもしれない」と言うママにとって、「めんま」はずっと子供のまま。

でも、めんまは「超平和バスターズ」のみんなと一緒に大人になりたかったのかもしれない。彼女にとってのそれは「成仏」と

言うことになってしまうのだけど、それでも止まった時間に留まるつもりはなかった。最後にみんなに大好きと伝えて大好きと返されて、

あの時6人は同じ気持ちで確かに存在していた。だから最後、「超平和バスターズ」達に「めんま」が見えたのかもしれない。

かくれんぼの「もういいよ」は、「もう苦しまなくてもいいよ」だと思う。だとしたら、「めんま、みーつけた!」は本当の

「めんま」をみつけた。ということなのかな。各々が罪悪感から作りだした「めんま」ではなくて、「みんなが好きだから」

と見守ってくれていた「めんま」の優しい心にようやく気付けた。ということなのかなと思う。

でも、そうはいいながらも、「じんたん」には「お嫁さんになりたい。そういう好きです」と伝えて初恋を成就させて逝くあたりは、

意外に「めんま」は大人だったのかもしれない(笑)。


全体的には、物語の初めから「深い喪失」が存在しているのだけど、死の匂いは感じず、切ないけれども瑞々しい、希望のある別れが

描かれていて、最後まで引き込まれた。小道具等をうまく使って伏線を張る岡田麿里さんの脚本はさすが。

秩父が舞台だったけど、周囲を山々に囲まれたのどかな町の風景は、いつでも外へ出ていけるのに出ていけない、前へ進みたいのに

進めない。彼らの閉塞感を代弁する空気が漂っていて、揺れ動く彼らの心を感じるのに一役買っていたと思う。個人的には、

大分大人なので彼らの心情にピンとこない部分もあったけど、とてつもない余韻を残す作品だった。丁寧な演出を堪能致しました。


一方で、「これはアニメーションでなければならないのか」とふと疑問にも思ってしまった。あれだけしっかりロケハンして、

この脚本なら普通に実写で出来るだろう。「もやしもん」実写化したんだから、次回はこれをやったら良いのでは?

(もちろん、私はアニメより実写が格上だとは毛頭考えておりません)

最近不思議に思うんだけど、漫画みたいな実写が増える一方、ドラマみたいなアニメも作られている。

ここまできたら、実写とアニメで演出・脚本を棲み分ける必要等ないのではないかと思う。思わず考えさせられた作品でした。

(クーラン)

2011-06-23

[]「C」総評

フジテレビノイタミナ枠の「C」鑑賞終了。

<あらすじ>東南アジア金融街破綻が引き起こした「C」により、影響下にあった国土と都市、人々は存在の記憶と共に消失した。

「C」の影響は日本にも及び、このまま市場の信用価値が落ちれば、消失現象が日本に連鎖してしまう。日本への影響を最小限に

抑えるために、三国(CV:細見大輔)は自らの特権を生かし、アントレ以外の人々の未来と自らの未来を引き換えに、多額の

ミダスマネーを発行する。その結果として、現実世界に及んだ深刻な影響を目の当たりにした公麿(CV:内山昂輝)は、

自らのアセット・真朱(CV:戸松遥)や人々の未来を守ろうと決意。現在を守ろうとする三国と、遂に決戦の時を迎える。


うん。面白いと思いつつも、結局最後まで微妙に覚めてた(笑)。

アントレの未来を担保にして金を融資する「金融街」。その「未来」についての、三國と公麿の考察が面白い。

「可能性の失われた未来しか残らないなら、現在がある意味がない」という公麿と、「未来といっても、しょせん現在からの地続き。

現在が失われれば、未来も存在はしない」と言う三國。

「未来」についての漠然とした考え方なら、個人的には三國の意見に近い。でも、これを経済活動に置き換えたらどうだろう。

三國が人々の未来と引き換えに発行するミダスマネーは、赤字国債発行を連想させる。現在の経済復興を優先すべきか、

未来の日本を守るべきか。簡単に答えが出る問題ではない。


紆余曲折の末、公麿は後者を選んだ。でも、三國の考えにも、かなり共鳴していたはずだ。

それが、自分のこと、周囲のこと・真朱のことを真剣に考えるうち、徐々にジェニファー・サトウ(CV:浅野まゆみ) にも共鳴していった。

三國とサトウは相反する考えだが、二人とも公麿を後を継ぐ者として欲しがった。それは、公麿に理解してもらうことで、

自らの考えの正当性を再確認したかったのだと感じる。そして、ああいう結論になったが、公麿は二人のうち一方だけを

肯定したり否定したりは、していないんじゃないかと思う。その過程が面白かった。


ミダス銀行の「上」の人とやらも、そう思っていたのではないだろうか?三國にしか与えなかった特権を公麿にも与えようとする。

現実世界でも金、つまり市場価値とは「信用」を意味する。「上」の人とやらは、公麿の言う「未来」も信用に値すると

考えたのではないか。

「どんなものにも、必ず人類をより良く導くための意味がある」と最後に公麿に説く「上」の人(笑)のお言葉にも、それは現れていた。

でも、このセリフを神の啓示のように語ってほしくはなかったかな。公麿自身の思考の結論として位置付けてほしかったような気もする。

ただ、その後のオチを考えるとそれも仕方がないのか?


「C」が日本を通過。しかし、三國の暴走を食い止める為、サトウ達がしかけた「円の大暴落」の結果、円もろとも市場に

流れていたミダスマネーもその価値がなくなり、「C」の連鎖は日本になんの影響も与えずに通り過ぎる。そして、三國との

戦いに勝った公麿は特権を行使、輪転機を逆回転して未来を買い戻すが、おそらく買い戻した未来は円暴落時点迄だった?

その結果、公麿が買い戻したこの国の未来は、国土は消滅しない代わりに、「円」が消失。ドル建ての社会になっていた・・・。

他にも微妙に変わっているような気がする世界。これは世界が再構築されたとも考えられる。こんな事が出来るのは、

それこそ「神」しかいないだろう。

三國がミダスマネーを発行した時に比べると、皆、明るくイキイキして見える世界。「円」が無くなろうが社会生活にさして

影響はないのだろうが、「円」が存在していたことを知る者としては、微妙に不気味な感覚もあった(笑)。


実際面白かったけど、ディールのテンポが早すぎて、技が持つ意味や力等、理解しきれない部分もあって、少し残念。

あと、個人的には三國の思考にも共感していたので、若干しんどかったですね(笑)。(クーラン)

2011-05-20

[]本日の戦利品

続・星守る犬

続・星守る犬

星守る犬」を読んだ方は是非是非本作も読んで頂きたいです。

「お父さん」と「ハッピー」と縁のある二組の飼い主と犬の物語。

そのうちの一組は売れ残ったパグ犬。彼の「運命の飼い主」は前作にも登場してました。

コレ読んでホントに救われた。「お父さん」と「ハッピー」は無駄死にでも負け犬でもなかった。

どんな形であれ、彼らは人一人と犬一匹の命を繋いだのだ。サイドストーリーを読ませながら、最終的には二人の生を肯定する為の

物語にもなっていたと思う。小さな救いに思わず涙した。

悲しくても、悔しくても、腹立たしくても「正しく生きる」ことに絶対に意義はあるはずだ。時系列が集約されていくラストには感動。

しかし、日本犬(か雑種?)の次がパグというのが憎いデス。デフォルメがホントに秀逸でブサカワイイにも程があります。

泣かせるにも程があります(笑)。(クーラン)

2011-05-06

[]「C」

フジテレビノイタミナ枠の「C」1〜4話鑑賞。「モノノ怪」「空中ブランコ」の中村健治監督の最新作。

<あらすじ>2011年。日本はミダス銀行による資金運用の成功により経済は回復するも、国民にその恩恵が反映されることはなく、

不安な世相が続いていた。公磨(CV:内山昂輝)は、不幸な生い立ちから、公務員になり普通の家庭を持つことを夢見る大学生。

ある日、真坂木(CV:櫻井孝宏)と名乗る男が現れ、公麿の将来を担保に金を融資すると言う。公麿は、アセットと呼ばれる

モンスター同士による戦い(ディール)によって、資産運用を行う「金融街」での戦いに巻き込まれていく。


面白いと思うんだけど、微妙に覚めてます(笑)。仮想空間的な「金融街」のビジュアルにイマイチのめりこめてないような気もする。

ゲームやらない人なので感覚が分からないのかも。

ただ、ここで担保にするのはプレイヤーの「未来」なわけで、これは決してゲームでは終わらない。大なり小なり必ず

現実世界に影響してくる。

面白いのは、実際の金融用語が、この「C」における「金融街」でも使用されているところ。

例えば「ディール」は「取引」だけど、「金融街」では、プレイヤー同士の「戦い」を意味する。

アセット」は本来「資産」を意味するけど、「金融街」では、プレイヤーのバディとなる「モンスター」を意味する。

このモンスターが戦いに敗れれば、プレイヤーの「未来」の価値が下がる。つまり、この「アセット」と呼ばれるモンスターは

「資産」を擬人化したものなのかもしれない。こういった情報をたいした説明もなしにポンポン出してくる不親切な感じは、

逆に興味をそそられるのではないかと思った。


ミダスマネーが現実世界に大量に紛れ込んでいて、それがどう影響するか、「金融街」の覇者になりつつある三國(CV:細見大輔)

ですら分からない。というのも面白く感じた。あの真っ黒な紙幣は見てるだけでなにやら不安になってくる。

大体、「金融街」で「破産」したことにより、現実世界でいたはずの「子供」の存在自体が抹消されるというのは、どういう

ことなのか?「金融街」が「現実世界」を侵食しているのか? それとも破綻した未来に合わせて過去から作り変えられてしまう

ということなのだろうか? 悪い意味でリアルライフゲームをリセットしたみたいな?

年寄りなので、物語的にもキャラ的にも今のところついていけてない。ハマるのはこれからか?


ただ三國が公麿に語った「金を稼いだら、何かのために使え。金を使えば誰かを潤す。貯め込めば幸せなのは君だけだ。

ささやかな幸せは君を幸せにしても、周りに大きな幸せをふりまくことはできない」というセリフは、今、この時にふさわしい

言葉だと思う。


[]あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない

フジテレビノイタミナ枠の「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」1〜4話鑑賞。

<あらすじ>じんたん(CV:入野自由)、めんま(CV:茅野愛衣)、あなる(CV:戸松遥 )、ゆきあつ(CV:櫻井孝宏)、つるこ

(CV:早見沙織)、ぽっぽ(CV:近藤孝行)ら6人は、幼い頃「超平和バスターズ」というグループを結成し、秘密基地で遊ぶ仲間だった。

しかし突然のめんまの死により彼らの間に距離が生じ、めんまへの後悔や負い目を抱えながら、高校進学後は疎遠な関係となる。

受験に失敗し、引きこもりとなったじんたんの前に、死んだはずのめんまが現れ「願いを叶えて」と頼まれる。めんまはじんたん以外の

人間には見えず、幻覚だと思おうとするじんたんだったが、困惑しつつもめんまの願いを探っていく。それをきっかけに、

別々の生活を送っていた6人が再び集まり始める。


あまずっぱ〜い。どちらかというと、シリアスでじっとりした湿度高めの青春群像劇。繊細で意地悪で壊れそうなガラスの10代の描写が

いいです。年寄りなので、萌え要素は感じないし、そこまで感情移入はないですけどね。少女のままのめんまは若干ウザく感じたし。

脚本は岡田麿里さんだけど、前作の「放浪息子」が、個人的にはとっても痛々しくて、毎回唸りながら見ていたので、

それに比べると今回は遠くから見守るように見ています。

キャラ的に気になるのはじんたんのお父さんですかね、年齢的に近いんで(笑)。ソフト〜なあの父ちゃんが、奥さん亡き後、

すっかり扱いにくい子になってしまったじんたんをどういう想いで見守ってきたのか、すっごい気になります。

あと、1話でめんまのママが仏壇の娘に(子供用食器で)カレーお供えするシーンとか、もううるうる(泣)。

4話ではゆきあつの屈折しためんまへの想いが大変な形になってたけど、そんなにヒカなかった。ガチャガチャの女子グッズの

伏線が見事にはられていて、さすが岡田さんだな〜と思いました。(クーラン)

2011-04-26

[]本日の戦利品↓

テルマエ・ロマエ III (ビームコミックス)

テルマエ・ロマエ III (ビームコミックス)

つ・ついに、ルシウスと「顔が平たい族」のコラボ風呂が実現(爆)!!

ああ〜、この漫画ホント好きだわ。カルチャーギャップをネタにしたギャグ漫画って多いけど、その中でも群を抜いてる。

画の力が大きいんじゃないかと思う。劇画調の画と間が繰り出す笑いは最高。そして、この漫画って、ローマ人、日本人ともに、

オヤジ率がものすごい高いんだけど、これだけオヤジや老人を描き分けられる人ってあまりいないんじゃないかと思う。

風呂入ってる時の至福の顔(ほぼオヤジ)をこれだけ描き続ける根気も凄い(笑)。これって現在、海外暮らしで湯に浸かれない

作者の怨念も込められてるんだろうなあ。 (クーラン)