晩鮭亭日常

2016-11-17 眼福と口福と。

眼福と口福と。



 仕事帰りに本屋へ。



漱石全集物語 (岩波現代文庫)

漱石全集物語 (岩波現代文庫)

獺祭書屋俳話・芭蕉雑談 (岩波文庫)

獺祭書屋俳話・芭蕉雑談 (岩波文庫)



 岩波が「定本 漱石全集」を出すのに合わせた企画と思われる上記2冊を購入。漱石と子規の取り合わせ。

 『東京バスで散歩』は京阪神エルマガジン社。同じようなバス旅企画の特集雑誌は何度か見かけたが、信頼を置くエルマガジン社の名前と表紙の写真にやられてレジへ持って行く。



 書店の袋を鞄に詰めて町の中華料理店で夕食。野菜炒め餃子を注文する。麺や白飯炭水化物はなし。とりあえず、1年以上平均67キロを維持している。去年の夏が79キロだったので12キロ減だ。

 料理が来るまで、『東京バスで散歩』を眺める。13ほどのバスルートによる町歩きが載っているのだが、「都バス【草63】【上58】で食う読む読む読む遊ぶ。◎浅草三ノ輪→道灌山下千駄木護国寺早稲田」を開くと、そこにはカストリ書房、ひるねこBOOKS、往来堂書店古書ほうろうなど本屋がいっぱい登場している。おやおや、と思っていたら“取材・文 南陀楼綾繁”の文字が。なんだ、ナンダロウさんではないですか。それで納得。買って正解。続く都バス【白61】(取材・文 稲田豊史)には青聲社、ブックギャラリーポポタムも登場し、“わめぞ”まで出てきて楽しめる。やっぱり、こういう雑誌二次元電子書籍ではなく、三次元の紙として手に持っていたい。

 最近、同じように感じたのは、『Casa BRUTUS』12月号の本屋特集。最初は電子書籍の“dマガジン”で読んだのだが、タブレットPCの画面では隔靴掻痒の感否めず、翌日大判の持ち重りのする『Casa BRUTUS』を本屋で買ってきて部屋でじっくり眺めて満足した。眼福。



 野菜炒めとジャンボ餃子を腹に入れ、店を後にバス停へと歩き出す。この時、不思議といつもフンワリとした幸福感に満たされる。口福感と言ってもいいかもしれない。この町で外食して店を出る時、一番幸せを感じさせてくれるのがこの中華屋なのだ。いつまでもこの“町中華”が営業を続けてほしいと願う。

2016-11-16 谷崎ジャンクション。

谷崎ジャンクション


 仕事帰りの本屋で、漫画コーナーの平台に1冊だけ残っていたこの本を慌てて取り上げる。





 中央公論新社HPweb連載されていた頃から書籍化されるのを楽しみにしていたもの。発売になったと聞いてから地元本屋で毎日のようにチェックしていたが、昨日まで影も形もなかった。それが今日突然その姿を現し、しかも最後の1冊になっていたのだから手も伸びるというものです。


 帰宅すると通販で購入したLPが届いていた。





 早速、ターンテーブルに載せて、それをBGMにしながら「谷崎万華鏡」。お目当ては高野文子「陰影礼賛」と山口晃「台所太平記」のふたつ。全11作を通読してみて、それぞれなかなかのクオリティの作品が揃っているが、やはり印象深かったのは高野&山口作品だった。

 高野作品は漫画というよりは、「陰影礼賛」の本文につけられた挿絵のよう。漱石作品の挿絵のような、淡い墨絵風の愛らしい絵を見ながら本文を読んでいるうちに谷崎潤一郎の文章がいつの間にか高野さんが書いた文のように思えてくる不思議。

 1枚の淡彩画のような高野作品に対して山口作品はまさに大河小説。谷崎本人を思わせる千倉磊吉の家に勤めた女中たちの回想録なのだが、それぞれの女中たちのキャラクターがしっかりと造形されており、ひとりひとりが興味深くこちらに迫ってくる。特に最初の女中である“初”は鴨川つばめマカロニほうれん荘」の“きんどーさん”そっくりの顔立ち。これがなんとも愛すべき存在で印象深い。美形なのに自転車で川に飛び込み、額から血を流して上がってくる“銀”も忘れがたい。女中たちそれぞれの姿を追っているうちに千倉家の時間が流れて行き、最後の頁にくると長編小説1冊を読んだような噛みごたえのある作品になっている。谷崎の書いた「台所太平記」は未読なので、これはちゃんと読んでみないとと思わせる力のある作品だ。

2016-11-13 人はパンのみに行くにあらず。

人はパンのみに行くにあらず。



 今日の日曜は本をちゃんと読みたいと思ったので、電車に乗って埼玉の知人のパン屋へ行くことにした。


 天気もよく、気温も低くない、絶好の外出日和だ。座った車内の背中から暖かな陽光が降り注いでくる。どこに出しても恥ずかしくないような日曜日


 今日の携帯本はロマン優光「間違ったサブカルで『マウンティング』してくるすべてのクズどもに」(コア新書)。ツイッターで何度か目にした本で、書店で手に取ってみたら前書きで小林信彦が好きだったがある件があって嫌な感じを持ったということが書いてあり興味をそそられたので購入した。サブカルの歴史編年体で書いてあるという本ではなく、筆者の関心のおもむくまま「サブカル/おたく」に関わる人々をめぐってそのサブカル観、おたく観が書かれている。名前は知っているけどその本は読んだことがないという人が結構取り上げられているのだが、多くの人は“ご存知”というカタチで出てくるため、その人物に関する知識の少ないこちらとしてはただお話を聞いているという感じになってしまう。サブカルを「町山智浩編集者として扱ってきたもの、そしてそこから派生したもの/その愛好者」と定義していたのが興味深かった。




 目的地の駅に着く直前にちょうど読み終わる。着いた駅は埼玉県にある姫宮という駅。駅前に“ブックス市川”という古本屋がある。まだ一度も入ったことはない。店の前から店内を覗いたことはあるのだが、なんだか入りづらく今日もスルー。この姫宮という所は先月読んだ「冬のオペラ」(角川文庫)の作者・北村薫さんの出身地の近くにあり、この本に出てくる名探偵・巫弓彦の記録係である姫宮あゆみの名字の由来となった町であろうと勝手に思っている。先週やっと手に入れた「遠い唇」(KADOKAWA)所収の『ビスケット』を読んだ。「冬のオペラ」以来18年振りの巫弓彦登場作である。姫宮あゆみ不動産屋の事務員から推理小説家になり、巫弓彦は今でも名探偵をやっていた。気になっていたあの冬の京都の事件の後日談がひっそりと書かれており、少し寂しい名探偵の佇まいをほっとしたような思いで見守りつつ本を閉じた。


 日曜の昼下がりとあって知人のパン屋は賑わっていた。新作を中心にあれこれカゴに詰め、会計を済ませてイートインコーナーで満足するまでパンを食べる。ロカボ生活を続けているのでこんなに糖質をガッツリ取るのは滅多にない。だからこそまた美味いのだな。知人に約束していたジャズCDを10枚ほど渡す。半分はクリスマスシーズンに店内に流す用のクリスマスアルバムにした。今日のもうひとつの目的は、今月に入って販売を始めたシュトーレンを購入することなのだが、店内にその姿がない。知人曰く、どうしたのか今日焼いたものはうまく行かず、いつものしっとり感がなく固く焼き上がってしまったとのこと。この商品で金は取れないと言われてCDとの物々交換の様に渡される。ドイツパンマイスターのこだわりに口を挟むわけにもいかないのでありがたくいただいておく。



 帰りの車内はkindle町山智浩さら白人国家アメリカ」(講談社)を読む。先日のアメリカ大統領選のトランプ勝利を受けて、町山さんがトランプ選挙戦を追ったこのルポルタージュをやはり読んでおきたいと思ったのだ。TBSラジオテレビ朝日報道ステーション」などに引っ張りだこで、クリントン勝利を予想していた筆者が今どう思っているのかと考えながら読みすすめる。



さらば白人国家アメリカ

さらば白人国家アメリカ



 1時間ほどで乗換駅の神保町に到着。途中下車して岩波ブックセンターへ。



斎藤さんの英和中辞典――響きあう日本語と英語を求めて

斎藤さんの英和中辞典――響きあう日本語と英語を求めて




 前者は、この間買った斎藤秀三郎「熟語本位 英和中辞典」の校注者による斎藤英和に関するエッセイ集。やはり、この店で買いたかった本だ。帯に“漱石時代誕生した文明開化の古典”とあり、岩波書店漱石押しが微笑ましい。

 後者は、森卓也インタビューが目玉。今年の4月に出た「森卓也コラムクロニクル 1979-2009」(トランスビュー)の編者である和田尚久氏がインタビュアーをつとめている。



森卓也のコラム・クロニクル1979-2009

森卓也のコラム・クロニクル1979-2009



 本屋の後は、ディスクユニオンに寄って中古レコードを1枚。

  • SYOTARO MORIYASU「THE HISTORIC MOCANBO SESSION'54」(ポリドール


幻のモカンボ・セッション’54

幻のモカンボ・セッション’54


 日本モダンジャズの黎明期を記録したこのアルバムCD廃盤になっているため以前にラジオで流れた音源の録音しか持っていなかったのでレコードが手に入ってうれしい。ディスクユニオンの入っているビルの入口横にあるメロンパン屋に長い列ができていた。その横を通り過ぎざま、順番の回ってきた若い男性が店の人に「このメロンパンメロンの果汁って入ってますか?」と質問していたのが聞こえた。もし、「入っていない」と言われたら、彼は買わずに帰るのだろうか。そのためにわざわざ列に並んだのだろうかとちょっと気になった。


 神保町駅から最寄り駅までは、買った『フリースタイル』掲載の森卓也インタビューを読む。御歳83歳。小林信彦筒井康隆といった父親と同世代の人のひとり。アニメ映画落語ドラマコラムニストの側面を持つ人らしく守備範囲が広い。「頭を撫でて尻をつねるような」山田太一を買い、市川森一や倉本聰の「情」を排するところに見える氏の嗜好が面白い。インタビューの反歌のように載っている小林信彦アニメとギャグの人」という森卓也氏のことを書いたエッセイも読む。ちょっと複雑な気分になる。小林氏と言えば雑誌の発行元のフリースタイル社が刊行中の“小林信彦コレクション”。第1回配本の「極東セレナーデ」は楽しく再読させてもらったのだが、次回刊行予定の「唐獅子株式会社」はいつ出るのだろうと思っていたら、裏表紙に11月発売とあってほっとした。もっとも、この会社の予定は油断ならないのは先刻承知の上。まあ、多少遅れても楽しみに待ってますよ。

2016-10-30 ワイルド・イズ・ノット・マイン。

ワイルド・イズ・ノットマイン


 昨日の土曜日は2週連続で出張野外仕事。

 朝4時起きで風呂と朝食を済ませ、5時半前に家を出る。雨は夜のうちに上がっていた。まだ空には薄いが色濃い雲が棚引いているけれども、街と雲の間に隙間があって、そこから朝明けの茜色の空が見える。空気湿度はあるが、しんと冷えていて気持ちがいい。空を見ながら駅への坂道を歩いて行く。


 気温は思ったほど上がらず、雲もはれず肌寒い一日を野外で過ごす。朝9時から夕方5時まで昼食の弁当を食べる10分ほどを除くとほぼずうっと立ち仕事。やはり年々体はキツくなるのは否めない。しかも、前日に今日連れてくるはずの人員4人が職場の処置で急遽ストップがかかり、こちらの計画の大幅変更を余儀なくされる状況では、気持ちもなかなか前向きにはならない。それでも最低限これだけはと思っていた仕事は思い通りの結果を出せたので少し救われた気分になった。


 帰り道の横浜駅有隣堂に寄る。今日1日寒い中を頑張ったので本くらい買ってもバチは当たらないだろう。


 探している2冊もここならあるだろうとあちらの棚こちらの棚と探しまわるが何故か見つけることができない。あきらめるのも癪なのでいつもは使わない検索機を使ってみる。すると1冊はさっき見た国内ミステリーの棚にあると出る。ばかな、そんなはずがと思って戻ると棚ではなくその前に平積みされていた。丁度その前に人が立っていたので死角になっていたらしい。



 遠い唇



 もう1冊は少し離れた語学書コーナーにあるということなので別ブロックまで歩いて移動。英語学習のテキストなどに混じってありました。



寝るまえ5分の外国語:語学書書評集


 緑のカバーがいい感じ。いつも思うが“白水社”の社名の字体はいい。この字体を見るために神保町古書会館近くにある白水社の看板の前をたまに歩いたりするくらい好きなのだ


 夜、待望の枕本として最初の1編を読む。短いので数編読めそうだが、4時起きの体はすぐに本を放り出す。




 今日は8時起床。睡眠をしっかり取った。

 午前中はのんびり過ごす。ネット書店hontoKADOKAWA電子書籍50%OFFセールをやっていたので、前からに気になっていた新井英樹「真説 ザ・ワールド・イズ・マイン」全巻を半額で購入。2冊分を読む。『週刊ヤングサンデー』連載時に途中まで読んでいたのだが、その後漫画雑誌を買うことをやめたので最後まで読むことがなかった。ただ、当時その圧倒的な筆力に少し体を反らしながら読んでいたような印象があった。まさにその印象通り、いやそれ以上の暴力の嵐。これ以上読み続けるとそのパワーに圧倒されて今日1日が終わってしまうような気がしてここでよしておく。


真説 ザ・ワールド・イズ・マイン (1)巻 (ビームコミックス)




 昨日の出張でやり残した仕事をしに午後から職場へ。外へ出た途端にその寒さにちょっと驚く。


 駅前でまずは昼食をとる。寒さからカレーが食べたくなり、最近できた店に入る。“横浜家系カレーライス”を名乗っていてどんなものか気になっていたのだ。店のカウンターに座ると、「辛さはどうしましょう」と聞かれる。「普通で」と答える。辛さはあまり得意じゃない。すると店主は別の客と10倍の辛さを食べた客がどうなるかを話し始めた。それを聞きながら、「こっちはカレーにうまさを求めているのであって、刺激を求めているのではないのだがな」と思う。そこに普通のカレーが来る。食べたら確かにその名の通りカレー豚骨醤油の味がする。カレーにその味が合うのかは食べる人次第だろうな。僕はピンと来なかったけど。



 職場で明日からの仕事の準備をして夕方退勤。いつもの本屋へ。


 語学書の棚の前で、ふと昨日のことを思い出し、目を凝らしてみると、なんと「寝るまえ5分の外国語」の背表紙が。えっ、なんで。この本をこの店で探し始めた時、数日この棚にも目を通した。その時ここにこの本の姿は確かになかった。だから、もうここにはないと決めてしまっていた。それからは評論やエッセイの棚しか見ていなかった。いったいこの本はいつここに挿されたのだろう。いつからここにいたのだろう。それと知らず何度この前を通ったのだろう。軽いショックを受け、何も買わずに店を後にする。




 

2016-10-28 興味本位 英和中辞典。

興味本位 英和中辞典



 ゾッとするような冷たい雨が降っている中を退勤。

 本屋へ。すると毎日料理の棚で探していた本が今日はあった。



一汁一菜でよいという提案

一汁一菜でよいという提案


 

 土井善晴ファンとしては新刊が出たとなれば見逃せない。文章の中にちりばめられた料理の写真に写真家の名前が見当たらないということは著者本人が撮っているのかな。白飯の入った茶碗と汁物の入った椀のうまそうな写真がまたよい。


 帰宅して宅配ボックスに届いていた物をピックアップ。中身はこれ。






 創刊から100年のこの辞書の新版がCD-ROM付きで出ると知って必ず手に入れようと思っていた。地元書店には入らないだろうと予測できたこととたぶんその値段から考えて大判になっていて重いだろうと判断し、ネット書店に注文していたのだ。斎藤秀三郎と「熟語本位 英和中辞典」の存在を知ったのは2005年に出た斎藤兆史「英語達人列伝」(中公新書)。この面白い英語に関する日本人の怪物列伝の中でも斎藤秀三郎はひときわ印象に残り、そこで知ったとても面白い彼の英和辞典を読後すぐに購入。それが1997年発行41刷であった「熟語本位 英和中辞典 新増補版」(岩波書店)であった。故柳瀬尚紀氏も称揚していたこの辞書パラパラめくっていてもその訳語の面白さが伝わってくるのだが、いかんせん組版が古いのか文字が滲んだように見えて少し読みにくかった。今回の新版はすべて版を組み直したとあり、その組版・印刷は“精興社”。本のサイズも大きくなり、本文は格段に読みやすくなった。そして、全文検索可能で旧版面も入ったCD-ROMが付いている。自分のPCに入れて使えるのだ。

 今、自分で使えるのだと書きながら、「いつ使うのだ?」と疑問を感じる。国文学科を出て、英語に関係のない仕事をしている人間がどうして100年前の英和辞書が必要なのか。もちろん、現実的な意味で必要ではない。しかし、趣味的・嗜好的な意味ではやっぱり持っていたいのである。日常的に使いもしないのにこの値段の物を買うのかとあきれられるかもしれない。英語を真剣に学ぶ者が本当の意味で愛で味わえる名著を使いこなせもしないのに買うなんて単なる興味本位ではないかと叱られるかもしれない。でも、仕方ない。そう、だって興味本位なんだから。興味があるんだから。持ってるだけでうれしいんだから。だから、今こうして手の中にある。

2016-10-27 するめは恥だが役に立つ。

するめは恥だが役に立つ。


 夜、職場で仕事をしていて空腹を覚える。机の引き出しを漁ってみるが、出てきたのはコンビニでおつまみ系の所に置いてある“焼きするめげそ”だけだった。もちろん、職場でアルコールを飲んだりはしない。これは以前に同僚から貰った謎の差し入れなのだ。仕方ないと袋を破くと、醤油をかけて焼いたゲゾの匂いが周囲に漂う。慌てて手頃な大きさに裂いて口にいれ、残りを素早くティッシュでくるむ。固いイカを唾液で柔くしながら噛んでいたら「ガキッ」と音がして、小さな歯の詰め物が取れた。空腹の代償は高い。嫌だが近々歯医者に行かねばなるまい。



 退勤後、本屋へ。2冊購入。



ザ、コラム

ザ、コラム



 ともに愛聴しているラジオ「たまむすび」のレギュラー陣。月曜日の小田島さんに火曜日の町山さんのそれぞれの新刊がそれぞれの曜日に番組内で紹介されていたので、今日本屋で入手した次第。「ザ、コラム」の方は“コラム”らしく1編が短いから、枕本に良さそう。


 2冊を持って駅ビルの大戸屋で夕食。この店での定番メニュー“鶏と野菜黒酢あん定食”を頼む。食事が来るまでに2冊の“はじめに”を読み終わる。

 テーブルに置かれた“鶏と野菜黒酢あん”を見て「おっ」と思う。前に食べた時より明らかに野菜の量が少ない。やはり今野菜は高いのだな。このメニューは時と場合によって野菜の量にそれなりの差があると感じている。つまり僕にとっては野菜の物価を教えてくれるメニューと言える。貴重な野菜を残さず食べた。

2016-10-23 Mind of Blue。

Mind of Blue。


 昼前に家を出て、ワイシャツをクリーニングに出してから職場へ向かう。駅前行きのバスに乗り込んでTBSラジオ「たまむすび」をyoutubeで聞きながら出発を待っていると発車間際に走り込んできた親子連れがいた。若いお母さんと五歳くらいの女の子とその年子くらいの男の子。カラフルなデイバッグを背負ってどこかにお出かけの様子。コットンのジャケットを羽織ってきたことを少し後悔するくらいに暖かい秋晴れの日曜日だから行楽にはちょうどいいだろうな。


 休みを返上しての半日休日出勤だから自分へのご褒美に駅ビルのマイセンでヒレカツサンドを買ってあげる。職場の机でコンビニサラダとカツサンドで昼食。歯磨きを終え、キレイに拭いた机の上に先日準備しておいたワープロソフトで作成した原稿を横に置き、正面にそれを書き写すための清書用紙を出す。世間の会社では提出書類のほとんどがワープロソフトを使った文書ファイルもしくはそのプリントアウトになっていると思うが、この業界ではまだまだ手書きが主流である。しかもこの清書用紙は提出先から送付された一点ものだから書きミスは許されない。この書類にちょっと大げさに言えば人ひとりの人生の何分の一かが掛かっているとも言えなくはないのだから扱いは慎重になる。愛用の筆記具、三菱ジェットストリームを取り出し、レポート用紙よりも細い罫の引かれた用紙に清書を始める。この集中を要する作業を行うために人が少なく集中しやすい休日に出てきたのだ。書き始めてすぐに自分の字の下手さ加減に気持ちが萎える。中学生の頃に“日ペンの美子ちゃん”のボールペン習字通信講座を途中で投げ出したことを後悔するが時既に遅し。


 ミスを防ぐためと少しでも字をまともに書くために、途中で休みを入れたり他の仕事をして頭をリフレッシュしたりしたため、A4裏表の用紙を完成させるのに数時間を要した。しかもその出来上がりはお世辞にも見目麗しいとは言いがたいのだから気持ちはブルーになる。しかし、これが今の自分の力なのだとあきらめて夕方には職場を出る。


 駅ビルでしめじと舞茸と鳥もも肉を買い、本屋で1冊購入。

  • 『オール讀物11月増刊号 完全保存版 永遠の鬼平犯科帳』



 フジテレビで放映されてきた中村吉右衛門主演「鬼平犯科帳」の最終回が今年12月2日と3日の2日間に渡って「鬼平犯科帳 THE FINAL」と銘打って行われるためそれに合わせて作成されたもののようだ。ついに終わるのかとも思うが、出演者たちの高齢化は避けがたく、既に相模の彦十(江戸家猫八)や小房の粂八(蟹江敬三)も亡き今となっては、時宜を得た決断だとも思う。「鬼平犯科帳 THE FINAL」の撮影現場のルポを春日太一さんが書いている。その他『オール讀物』に以前に掲載された春日さんの鬼平関連の文章も何編か採録されている。あと頁をめくっていたら既視感のある記事が目に留まる。それは鬼平の出演者たちが鬼平犯科帳に出てくる料理について語っているコーナーで、記事の最後に“『ノーサイド』一九九五年一月号より転載”の記載があり、その理由がわかった。僕が持っている『ノーサイド』の鬼平特集号で読んだ記事だったのだ。とりあえず、これまで楽しませてくれた吉右衛門=鬼平の最後をしっかりと見届けようと思う。


 駅前からバスに乗ろうと並んでいると隣に行きのバスに乗ってきた親子連れの姿が。「今日は楽しかったわね」というお母さんの声に「うん」と力強く答える子供たち。やはり、いい行楽日和だったのだな。お姉ちゃんの方が「今日お父さんは朝6時頃にドアをガチャッと開けてお出かけしてった」とお母さんに告げる。それで父親のいない理由がわかった。たぶん、お父さんも僕と同じように休日出勤だったのではないか。「今日は楽しかったわね」の輪に入れなかったお父さんの心中を思って勝手に同情してしまう。


 帰宅して、買ってきた材料を使って土井善晴先生のレシピアプリを参照しながら“きのこ汁”を作る。作りすぎたので、残りは粗熱を取ってから冷蔵庫に入れる。明日の夕餉の膳に取っておく。


 今日、定期購読しているディアゴスティーニの「ジャズLPレコードコレクション」の2号John Coltrane「Blue Train」と3号Bille Holiday「Lady in Satin」が届いた。1号のMiles Davis「Kind of Blue」が990円で発売されるのを知って、180グラムの重量盤でこの名盤がこの値段で買えるなんてと驚き、アナログレコード回帰をしていたちょうどいいタイミングでの発売に心誘われ、思わず定期購読の手続きをしてしまたのだが、気がつけばこの1〜3号までのレコードはすべて同じ180グラムの重量盤ですでに持っていたのだった。それに加えて85号までを予定しているとその後知り、「え、そんなに出るの」と買い続ける自信を失ってしまったのだが、「まあ、行けるとこまで行ってみよう」と開き直っている。



 とりあえず、持っていた方のマイルス・デイビス「カインド・オブ・ブルー」のレコードを聴く。やはりいいアルバムだと思う。一点もののプレッシャーより二点ものの余裕を喜ぼうと自分に言ってみる。

2016-10-22 探書探訪。

探書探訪。


 年に一度の海辺公園での野外仕事の日。朝5時放送の渡辺篤建もの探訪」を横目で見ながら支度をして部屋を出る。


 海辺私鉄の駅まで車内で読書。今日の携帯本はこれ。


冬のオペラ (角川文庫)

冬のオペラ (角川文庫)


 “名探偵”を名乗る巫弓彦が登場し、姫宮あゆみという作家志望の女の子がその活躍を記録する。この“姫宮”という姓は北村さんの出身地近くにある駅名の「姫宮」から取ったのではないかと思う。「建もの」の次は「名探偵もの」だなと思っているうちに本日の下車駅に到着。



 例年この仕事は天候に恵まれ日焼けしそうなくらいには暑さを感じることが多いのだが、今日はずうっと曇り空で吹く風も肌寒い。ウインドブレーカーで体温を維持しながら仕事をこなす。


 帰り道、これは例年通りに海辺駅前にあるおばあちゃんがやっている小さな本屋に寄る。毎年、まだおばあちゃんは健在だろうかと少しドキドキしながら店に入るのだが今年もレジ奥の椅子におばあちゃんの姿があった。よしよし。文庫棚から1冊選んでレジへ。


私という名の変奏曲 (文春文庫)

私という名の変奏曲 (文春文庫)

わずか一しずくの血

わずか一しずくの血


 2013年に亡くなった連城三紀彦の生前単行本化されなかった「わずか一しずくの血」(文藝春秋)が先月刊行されたので読んだ。この人の本を読むのは20代の時に「戻り川心中」や「敗北への凱旋」を読んで以来だった。久しぶりに読んだ連城作品はなんだかねっとりとしたものに身を覆われるような独特の読書体験で、そのねっとり感がまだ身内に残っていて今日のセレクトになった。

 昨年もそうだったが、もうおばあちゃんは座っているだけでレジで応対をしてくれるのはサポート役の別の人だ。昨年は年配の女性だったが、今日は初老の男性だった。丁寧にきっちりとカバー(書皮)をかけてくれる。店にいる時に印象的だったのは、中年の女性が店に顔を出しておばあちゃんに声を掛けたこと。「昨日××さんが顔を出したでしょ。だから今日は私」と言って挨拶だけですぐ店を出て行った。たぶん、おばあちゃんの様子を気にして何人かの人が日替わりで覗きにきているのだろう。来年もまたおばあちゃんに会えるのか、それとも僕の方がこの街に来なくなるか一体どっちなのだろうと思いながら店を後にする。



 職場に戻り、気になっていた仕事を済ませて退勤。いつもの地元本屋へ。

 まずは単行本棚で北村薫「遠い唇」(KADOKAWA)を探す。北村さんの最新短篇集だ。9月末に出ているのだが、未だにこの店には姿を見せない。今日もふられた。「冬のオペラ」を読んでいるのもこの「遠い唇」を読むためなのにな。「遠い唇」所収の「ビスケット」という短篇が“巫弓彦”ものらしく、これまでの作品を知らずに読むのは味気ないのでそれを読むための準備運動としての「冬のオペラなのだ。まあ、まだこちらも読み終わってないんだから気長に探そう。

 探書と言えば同じように最近この店で毎日探して毎日ふられている本がある。それは黒田龍之介「寝る前5分の外国語 語学書書評集」(白水社)だ。まさにその書名通り、寝る前に5分ほど読む枕本に最適だろうと探している。先日まで枕本にしていた荒川洋治「過去をもつ人」(みすず書房)が読み終わり、その後継者を探していて白羽の矢を立てたというわけ。仕方なしに今は中継ぎ本として中公新書ラクレの「編集手帳」を読んでいるが、枕本としては1編が短く、何編か読むのだが長さはいいとしても話題が変わるので就寝前に求める落ち着きに欠けるのだ。これまでの枕本というと吉上恭太「ときには積ん読の日々」(トマソン社)、山下賢二「ガケ書房の頃」(夏葉社)、岡崎武志読書で見つけたこころに効く『名言・名セリフ』」(知恵の森文庫)、若松英輔「悲しみの秘儀」(ナナロク社)など。これらの後継者は今日も見つからず。


遠い唇

遠い唇

寝るまえ5分の外国語:語学書書評集

寝るまえ5分の外国語:語学書書評集



 代わりにこれをレジへ。


怪書探訪

怪書探訪


 匿名の古書コレクターweb連載していた古書に関するエッセイをまとめたもの。古本好きには面白そうな文章が並んでいるが、1編がちょっと長いので枕本には向かないな。


 駅ビルでリンゴカマンベールチーズグリーンボールベーコンを買って帰る。グリーンボールを切ってベーコンとともにストーブ(鍋)に入れ、ニンニクと塩とオリーブオイルを入れて10分蒸し煮をしたものと切ったリンゴカマンベールチーズを添えたもので夕食。後者は土井善晴先生が勧めていたリンゴの食べ方。夕食を食べながら「ブラタモリ」を観る。先週で「ブラタモリ」の後9時からやっていた「夏目漱石の妻」が終わってしまったので土曜の楽しみがひとつ減った。残念。

2016-04-11 昭和と東京。

昭和と東京



 昨日、一昨日と日が落ちてからの寒さを恐れて一枚多めの服装をしたことを後悔するような春の自己主張の暖かさであったことがまるで嘘のような今日の風の冷たさに少し猫背になる。


 野外仕事で冷えた体を屋内の机仕事で温めてから退勤。


 本屋へ。そろそろ出ているのではないかなと思って探してみるとこの2冊がエッセイの棚におさまっているのを発見する。



ここが私の東京 [ 岡崎武志 ]

昭和にサヨウナラ


 それぞれタイプの違ったセンスのいい造本といい、同じ時期に休刊した雑誌en-taxi』に連載していたものがベースになっていることといい、まるで二卵性双生児のような2冊。

 前者は、昭和の東京に上京してきた文学者漫画家ミュージシャンを中心としたポルトレ集。後者は昭和の東京で活躍した作家、役者、編集者たちへのレクイエム集。



 帰宅前に寄ったコンビニで『ビックコミック』4月25日号を買う。お目当ては巻頭カラー読み切りで載っている谷口ジロー「何処にか」と最近コミックスの8巻が出たばかりのジャズ漫画BLUE GIANT」の2作。「何処にか」は小泉八雲と思われる人物が明治三十年の東京を歩く。松江熊本神戸暮らしていた八雲も上京者のひとりと言っていいだろう。次号に続編が載るということなのでそれも読みたい。「何処にか」を読み終わって頁をめくると「BLUE GIANT」が始まる。主人公のサックス奏者・宮本大は仙台からの上京者だ。東京で一番のジャズクラブ演奏することを目指して物語は展開している。熱い漫画


BLUE GIANT 8 (ビッグコミックススペシャル)


 “昭和と東京”ということで言えば、最近毎日1編ずつ読んでいる片岡義男コーヒードーナツ盤、黒いニットのタイ」(光文社)もまさにそういう小説だ。1960年から1973年までの作者の自伝「勤労」小説と帯にうたわれている。今、1967年まで読み進めているのだが、ある意味この作品は神保町小説と言える側面を持っている。作者は、神保町の街角で小さなナイフで鉛筆を削り、その町の喫茶店をハシゴしながら原稿用紙に鉛筆で文章を書くことで生活している。そしてその周囲ではいつもアナログレコードが回転し、音楽が流れている。僕もレコード棚からアルバムを1枚抜き出して、ターンテーブルにのせてみる。先日京都で買ったJohnny Smith「Moonlight in Vermont」(roost records)だ。これは、昔読んだ油井正一ジャズ ベスト・レコード・コレクション」(新潮文庫)所収のエッセイ片岡義男氏が紹介していて知ったアルバムスタン・ゲッツが参加しているのもいい。昭和の東京ジャズ喫茶でもきっと流れていた一枚。



コーヒーにドーナツ盤、黒いニットのタイ。

ヴァーモントの月

2016-04-03 肩と手と目で楽しむ京都。

精興社と誠光社。


 休みが取れるかはっきりとしていなかった日曜日だったが、土曜に「明日は休む」と決めた。

 そのため、土曜の仕事帰りに本屋へ寄り、『ひとりで歩く京都本』(京阪神エルマガジン社)を購入した。もちろん、翌日に京都へ行くためだ。


ひとりで歩く京都本 (えるまがMOOK)


 今日の朝、5時に起きて朝風呂に入り、さっぱりとしてモヤモヤ頭の後ろでわだかまっている仕事のことは忘れて、新横浜から8時の新幹線に乗って京都へ向かう。

 車中の読書読みかけのこの本。


その姿の消し方

 偶然手にした絵はがきに書かれていた謎の詩らしきものを書いた作者を探るモチーフを持った連作短篇からなる長編小説。もちろん、本文は精興社。数日前から1日1編ずつ読み始めた本をそのまま鞄に入れてきた。


 それぞれ独立した短篇として『yomyom』『新潮』『芸術新潮』『文学界』などに発表されたものなのだが、こうして発表順もバラバラに並べられてみると、それぞれの独立した境界(始まりと終わり)もなにやら不分明な曖昧模糊としたものに溶解して行き、それが少しまどろっこしいような心地よいような不思議な感覚に抱かれているうちに京都着となった。


 天気予報日中曇りであるがその後に雨という。レンタサイクルで目的の本屋を回ろうという計画なので、とにかく雨に追いつかれないように素早く行動したい。地下鉄電車を乗り継いでいつも利用している出町柳駅近くのレンタサイクルの店に向かう。まず、地下鉄京都駅ホームの混雑ぶりに驚く。日曜の京都を甘く見ていた自分に気づかされる。これじゃ東京の平日朝の通勤ラッシュと変わらないよ。

 出町柳で自転車にまたがる。古本屋が開くのはだいたい昼頃だから、まず確実に開いている新刊書店からせめることにする。鴨川沿いを三条方面へと走る。川沿いに並んでいる桜並木がキレイだ。桜の花咲京都に来たのなんていつ以来だろう。鴨川を渡って京都市役所前方面へ。三月書房から回ろうとしたが、店はまだ戸を閉めたままだった。すでに吹く風にかすかな水滴を感じていたので、すぐに別の店に向かう。


 もう一度鴨川渡り、平安神宮へ向かう。神宮前に『ひとりで歩く京都本』で知った蔦屋書店があるのだ。『京都本』で見る限り、代官山と同じコンセプトの店らしい。そしてその2階には“京都モダンテラス”というレストランがあるらしい。そこでちょっと早めの腹ごしらえもしてしまおう。目的地に着いてみると書店の横の広場では踊りのイベントをやっており、想像以上の人であふれている。蔦屋書店も混んでいたが、レストランも70分待ちということで早々に退散する。


 三たび鴨川渡り、丸太通から右折して入った路地に誠光社があった。最近できたこの書店に来るのはもちろん初めてだ。迷わずこれたのはこれも『ひとりで歩く京都本』の地図にちゃんと載っていたから。こぢんまりとした店なのだが、その昔からある建物の風情をうまく利用した居心地のよい店内と欲張らない棚作りは、先日行った荻窪Titleに共通するものがある。ただ、Titleには奥にカフェスペースが独立したカタチであるところが違っているけれども(そこで食べたフレンチトースがなかなかよかった)。気になった2冊を購入。





 外に出て自転車を漕ぎ出すとまた雨の気配が。先を急ぐ。四たび鴨川渡り二条の通りをまっすぐ進み白川通に打ち当たって左折、しばらく進んで左にファミリーマートが見えたところの先を右折するとホホホ座があった。ここも『ひとりで歩く京都本』の地図を頼りに無事到着することができた。もとガケ書房山下さんが始めたこの店で今夜その著書である「ガケ書房の頃」(夏葉社)の出版イベントがあると知り、ここに来ればその本が手に入るはずと思って向かってきたのだが、すでに店頭に並べた分は売り切れてしまった後であった。しかし、その様子をSNSで知った夏葉社島田さんが在庫を取り置きしておいてくれるようにホホホ座に手配をしてくれたので無事入手することができた。その親切に感謝しつつ、鶴見俊輔「『思想の科学』私史」(SURE)とともに購入。




 

 まだ、雨は本気で降ろうとはしていないが、いつその気になるかもわからないので白川通を銀閣寺方向に進み、善行堂を目指す。

そのカツカレーの消え方。


 白川通今出川通左折し、善行堂の前に至る。入口の均一棚の前にも数人、店内にも数人の人の姿が見え、山本善行さんがお客さんと話をしている姿も路上から見えた。今日訪ねる予定の本屋はここが最後と思っているので時間は充分ある。それに昼をとうに過ぎているのにまだ昼食をとっていないこともあって、ここは一旦善行堂を通り過ぎ、食事を済ませてからまた来ることにする。


 そのまま今出川通京都大学方面へ進んで行く。いくつかの店の前を過ぎるが、混んでいたり、糖質制限中の身にはあまり食指の動かない料理であったりと、なかなか店に入ることができない。気がつけば京都大学の前まで来てしまっている。ここまで来るとそこには進々堂がある。やはり、京都に来るとここに寄る運命なのかなと思い、店内へ。


 この店での食事となるとやはりカレーということになる。いつ来て頼んでも品切れだった“カツカレーセット”はついにメニューから消され、黒く塗りつぶされていた。結局一度も食べることができなかったな。頼んだのはカレーパンセット。パンスープのような液状のカレールーにつけて食べる。食後のコーヒーを飲みながら「その姿の消し方」の続きを読む


 腹を満たしたところで、改めて善行堂に向かう。店内に入ってきた僕を見た山本さんは少し驚いた表情で迎えてくれた。そこからはいつものように山本さんと話をしながら、棚を覗き、本を選んでまた話をするという流れになる。気がつけば2時間近くそんな風に時間を過ごした。商売のお邪魔をしていなければいいのだがといつも心配になる。もちろん、こちらも客として来ているので欲しい本を買って帰りたいのだ。仕事の資料用の文庫本2冊の他に次のようなものを買った。



中戸川吉二作品集


 「中戸川吉二作品集」はみちくさ市などでよくお話をさせていただく盛厚三さんの編著。埋もれた作家となってしまっている中戸川の作品を現代によみがえらせようという編者の気持ちが感じられる本。個人的には第二部に入っている随筆里見弓享、志賀直哉泉鏡花夏目漱石永井荷風久米正雄牧野信一などの文人に触れたものであるのが興味深かった。

 最後の2つは山本さんオススメのミニコミ誌。『窮理』には発掘された寺田寅彦の日記が、『些末事研究』には荻原魚雷さんの参加した鼎談が収録されている。


 店内から外の景色に目をやると、今出川通を挟んだ向こう側に桜の木が見える。満開のその桜を熱心に写真におさめる人々の姿があった。沢山の本と桜が見られて満足満足。

 

 話の合間に山本さんがJAZZCDをかける。最初にかかったのがこれ。


サンデイ・モーニン


 もちろん、日曜日ということを意識した選択だと思う。持っているCDなのだが、他所で聴くと家で聴くより数段良く思えるのが不思議だ。


 続いてはこれ。


ソニー・クラーク・トリオ(紙ジャケット仕様)


 こちらは愛聴盤だからどこで聴いてもやはりいい。



 JAZZを聴いていたら、本だけではなく、レコードも買って帰りたくなった。そこで山本さんオススメのレコード屋を尋ねてみると「“ワークショップレコード”がいいよ」と教えてくれた。



 善行堂に別れを告げ、出町柳で自転車を返し、電車京都市役所前に戻る。ここから木屋町通を歩き、左に路地を入った雑居ビルの3階にワークショップレコードがあった。店内にはびっしりとレコードが詰まっている。モダンジャズと表示のある棚をサッと覗くと、すぐさま欲しかったレコードが3枚見つかってしまう。神保町馬車道のDISCUNIONでは出会えなかったのにここではこんなに簡単に見つかるなんて。たちまちこの店が好きになる。

ザ・サウンド

ヴァーモントの月

タル



 店を出て、本の入ったデイバッグを背負い、手にはレコード3枚の入った包みを持ち、木屋町通四条方面に向かって歩く。高瀬川沿いの桜並木も満開の枝を川面に垂らしている。好きなものを肩に、手に、目に感じながら歩いていると、ああ幸せだなとふと思う。生きていれば当然あれこれあるが、少なくともこの瞬間に自分は幸せを感じることができる。それがうれしい。京都に来ると必ずこういう一瞬が訪れる。だから、何度もこの町を訪れるのだろうなと思う。


 木屋町通から右折し、新京極通寺町通を串刺しにして、錦小路通に入る。言うまでもなくここも人で埋まっている。錦市場の賑わいを満足するまで味わったら左折して四条通に出て、地下鉄京都駅へ。ここまで何度か折りたたみの傘を開いたり閉じたりしたがなんとか雨から逃げ切ることができたなと思う。


 駅地下の店で京漬け物を買い、夕食に特製カツサンドを選んで帰りの新幹線に乗り込む。カツサンドを食べながら「その姿の消し方」を読み継ぐ。進々堂で消えたカツカレーのカツをカツサンドのカツとして無意識に取り戻そうとしている自分の姿が夜の新幹線の窓に映っていた。