おぼえるのがおそい。


 昨日の土曜日と今日の日曜日は、この4月から始まった屋内仕事での初めての出張だった。

 まだ、顔と名前も全員一致していないスタッフ数十名を連れて、連日初めての場所に行く。そこにはすでに確固たるシステムと人間関係が出来上がっており、新参者の僕は誰に声を掛ければいいのかもわからず、ただ途方に暮れるばかりだ。それでもなんとかあちらこちらに頭を下げて自分のいるべき場所を確保し、仕事の手順を確認することができた。しかし、一番の問題は、二週間前から着任したチーフである自分よりも数年前から携わっているスタッフ達の方が屋内仕事のルールややり方を熟知しているという現実である。とりあえずスタッフ達に任せながらもチーフとして指示を出したり、仕事の総括をしなければならない状況は、辛いと言おうか、滑稽と言おうか、さてどうしますかといった感じ。


 それでも、現場でスタッフの動きを見ることができたので、少しずつ彼らの特徴や屋内仕事の“イロハ”が分かってきたのは収穫だった。


 この春はメインの仕事の方でも新しい部署に配置換えとなり、初めて顔を見る二百数十人と毎日関わっていかなければならなくなった。20代・30代の頃は努力しなくても何となくその数の顔と名前が頭に入ったのだが、年々それが難しくなり、今は努力して覚えようとしてもなかなかその数が増えていかない。手から漏れて行くのは人の顔や名前だけではない。同年代の同僚と職場で最近よく話すのはここ数年やたらとものを落とすようになったということだ。特に筋力が落ちたというわけではないのに、持っている物がいとも簡単に手から地上へと落下して行く。今日も地下鉄の長い下りエスカレーターに乗りながら手に持っていたプラスチック製のイヤフォンケースが僕の手を離れて隣のエスカレーターの方へと飛び出していった。慌てて体を乗り出して手を伸ばし、どうにかケースを再び手に戻すことができたが、こんなことでは次に何が飛んで行くか分かったものではないよ。



 出張帰りの横浜駅有隣堂に寄り、地元の書店には置いてない雑誌を2冊購入。

  • 『フリースタイル』35号
  • 『たべるのがおそい』3号


フリースタイル35 「時間と空間をつくる」片渕須直×安藤雅司
文学ムック たべるのがおそい vol.3


 前者は映画「この世界の片隅に」の片渕須直監督の対談がメインの特集。後者は「こちらあみ子」や「あひる」で注目を集めた今村夏子の新作が載っているのが売りでしょうね。


 帰宅して、冷凍餃子を焼いて夕食。その後、ネットでGWの新幹線チケットを確保する。5月3日に京都徳正寺で行われる『スムース』同人による岡崎武志さんの還暦記念イベントに参加するつもりなのだ。イベントが夕方から夜にかけて行われるため参加するにはやはり宿が必要になる。この時期の京都のホテルを押さえるのは結構贅沢な行為なのだが、思い切ってホテルもとった。海外旅行に行ったと思えば安いものである。


 その岡崎さんの還暦を記念して京都の古本屋・善行堂が刊行したのが岡崎武志「詩集 風来坊ふたたび」だ。この本を通販で善行堂から購入した。店主の山本善行さんから著者の岡崎さんと装幀者の林哲夫さんのサイン入りの本が届いた。林さんの写真によるカバーも素晴らしく、収められている19編の詩を枕本として毎晩寝る前に1編ずつ読んだ。旅をする男(風来坊)の様子や思いを綴った詩が並ぶ。この詩集を読みなが思い浮かべていたのはG.C.ユングの言っていた「集合的無意識」というやつだ。初めて読むのに何やら懐かしい感じを抱かせるのも、詩でありながら物語を思わせるのも、我々の中にある普遍的な旅の記憶を掬い取っているからなのではないかと思う。


 今から京都に行くのが楽しみだ。昨晩の「ブラタモリ」が京都の祇園であったのも気持ちを盛り上げてくれた。祇園の花街ができるきっかけとなった八坂神社の中村楼の豆腐田楽が出てきたが、普通の味噌ではなく、“ふきのとう”の味噌で食べてながら「風来坊ふたたび」を読み返してみたい。