ソロだけれどソロじゃない。

 1年でもっとも職場が慌ただしくなる時期が来た。ここ半月ばかりはそのイベント一色になり、独特の緊張感と神経性の胃炎とインフルエンザへの恐れが職場をうっすらと覆っていくことになる。


 この時期は通常業務とは違う配置につかされる事が多い。先週は2日間に渡り最寄駅で職場への案内板を持って立っているというサンドイッチマン担当となった。朝の通勤・通学客でゴッタ返す駅頭で看板を持って立っている仕事である。雪は降らなかったが、薄曇りで日が差さず、冷たい風が吹き過ぎていく。当然スーツの下には極暖のタイツとヒートテックのアンダーウエアを着込み、スーツの上にはダウンのロングコートを着用するが、それでも動かずただ立っている状態では体はなかなか暖まらない。


 この仕事は朝だけではなく、午後にも行われる。駅近くに大学があるためこの時間帯には多くの大学生たちが看板を持って突っ立っている謎のおじさんを胡散臭そうに眺めていく。未来を見つめる若人たちからすれば、「あの歳になって寒空の下で看板を持ってただ立っているような惨めな仕事にだけはつくまい」と思うだろうが、こちらからすれば、「この歳でもし仕事をクビになったら再就職は難しいからサンドイッチマンでもなんでもやって食っていかなければならないのだからいい訓練だ」くらいなものである。



 昨日は通常業務。寒かった一週間の締めくくりとして夜は湯豆腐にするつもりだったので、駅ビルで材料を仕込んでから帰宅。朝「おかずのクッキング」で見たやり方で湯豆腐を作る。1人用の土鍋に木綿豆腐を丸のまま一丁入れ、そこに水と昆布と煮干しと塩。他の鍋でつけ醤油を同時に作る。醤油1カップにみりんと水を2分の1カップ。そして昆布と鰹節を入れて昆布が大きくなるまで弱火でゆっくり煮立たせる。熱くなった豆腐をあたたかいつけ醤油で食べる。本当はここに刻み葱と生姜を入れるのだが、そこまでは手が回らなかった。それでも充分にうまい。


 今日は明日のイベント準備のため職場の施設が使えないから屋内仕事がない。つまり休日である。目覚ましをかけずに寝ているのに、朝の6時前に目が覚めてしまい眠さはあるのにもう睡魔は訪れない。なんだか損した気分。それでも布団の中で7時半くらいまでグズグズしてから起床して朝風呂。


 風呂の中ではラジコタイムフリーで先週の日曜日に放送されたTOKYOFMの「山下達郎のサンデー・ソングブック」を聴く。これは先週買った『BRUTUS』の特集が「サンデー・ソングブック」だったから。自身が選んだものやリスナーからのリクエスト曲を“最高の選曲と最高の音質でお届けします”というフレーズに山下達郎プライドを感じる。


BRUTUS(ブルータス) 2018年2/15号No.863[山下達郎のBrutus Songbook]


 『BRUTUS』の中でジャズについて語っていてそこで上がったジャズアルバムがキース・ジャレット「Some where Before」、キャノンボール・アダレイ「Mercy,Mercy,Mercy!」、オスカー・ピーターソン「We Get Requests」。 最初のキースのものはレコードで持っているが、他の2枚のレコードは持っていない。これは手に入れて聞いてみたい。では、早速探しに行こう。それに他に手に入れたいものがある。この時期に出る雑誌で地元の本屋にはなく、大きな本屋でしか手に入らないアレが読みたい。レコードと本屋となれば神保町だ。



サムホエア・ビフォー
マーシー・マーシー・マーシー
プリーズ・リクエスト



 電車で神保町へ。車中の読書は小谷野敦「純文学とは何か」(中公新書ラクレ)。“純文学”の定義を知りたいというよりも、“純文学”というお題に関していつもの小谷野節が聞きたいというセレクトなので、その意味で充分楽しめる。


純文学とは何か (中公新書ラクレ)


 東京堂書店に入るとすぐそこの棚に平積みになっているアレを見つける。

  • 『みすず』2018年1・2月号“読書アンケート特集”

 そうこれが欲しかったのだ。その他にこれらを購入。

針と溝  stylus&groove
石上三登志スクラップブック:日本映画ミステリ劇場


 これらを持って神田伯剌西爾へ。神田ブレンドとシフォンケーキを頼んで早速『みすず』の“読書アンケート特集”を読み出す。地下の一室で、少し落としめの照明の下でびっしりと細かい活字(と呼びたい)の並んだ頁をめくっていると何やらいけないことをしているような隠微な楽しみにふけっているようなそんな気分になる。様々な人が様々な本を挙げているが、その中で何度も目にするのは国分功一郎「中動態の世界 意志と責任の考古学」(医学書院)。以前から気になっているのだが、まだ手にしていない。地元の書店では姿を見ないんだよな。気の済むまでつまみ読みをしてから店を出る。


 通りを渡ってdiskunionへ。残念ながら探していたオスカー・ピーターソンキャノンボール・アダレイのレコードはなかった。代わりにこの3枚を購入。

  • 「レナード・フェザー・プレゼンツ・バップ」(MODE RECORDS)
  • 「エディ・ヘイウッド」(EmArcy)
  • セロニアス・モンク「ソロ・オン・ヴォーグ」(VOGUE)

レナード・フェザー・プレゼンツ・ “バップ”
トリオ(紙)
SOLO ON VOGUE ソロ・オン・ヴォーグ [12



 帰宅してレコードを聴きながら、買ってきた本を手に取る。「針と溝」はまさにレコードを聴きながら見るための本だ。だってレコード針とレコードの溝の写真集だから。本当に針と溝の写真ばかり。自分で買っといて言うのもなんだがこれ誰が買うんだろう。こんな本よく出したなあと感心する。僕が使っているレコード針SHURE M44-7とSHURE M44G)の写真もある。針の先が接写で大きく載っているので、自分の使っている針の先がこんな風に尖っているのだということがよくわかる。そして、レコードの溝の写真。これがなんともシュールなものになっている。黒いビニール盤の上を不規則に刻まれた何本もの溝。その写真の横にはレコード名が記入されている。その歌手名や曲名とその溝の間にどのような関係性を見出したら良いのか途方に暮れてしまう。そのぽかんとしてしまう感じが何とも言えずいい。


 買ってきた本を一通り眺めた後、今度は先日届いた本を手に取る。




 金沢にある限定本を出版している龜鳴屋からでたグレゴリさんの新刊。限定531部中の226番が手元にある喜び。雑誌『旅行人』に2004年から2007年にかけて連載された著者初めてのストーリー漫画。舞台は1927年から1936年にかけての大連・青島・哈爾濱・上海・東京・横浜。安西冬衛三船敏郎金子光晴、森三千代、魯迅など当時その場所にいた実在の人物たちがあるコンパスを巡って繰り広げる架空の物語。自分の大好きなものをあれこれ調べながら描いているグレゴリさんの楽しさが伝わってくる作品になっている。この手のノンフィクションの皮を被ったフィクションは好きなので楽しく読んだ。本屋では手に入らないので興味のある人はなくならないうちに龜鳴屋へ頼んだ方がいいですよ。


 レコード棚を眺めていてショックを受ける。今日買ってきた「ソロ・オン・ヴォーグ」がすでに棚に入っているのだ。今日買ってきたレコードはまだ床の上にある。ということは前に買ったことを忘れてもう1枚買ってしまったことになる。安かったから金銭的なショックは少ないが、実はすでに二度同じことをしているのだ。二度あることは三度ある。先人たちの先見の明にただ敬服するのみだな。