一応、邦画劇場

過去の自分、現在の自分、そして未来の自分に向き合う映画鑑賞

ゼロの焦点

私的評価★★★★★★★★☆☆

『あの頃映画 the BEST 松竹ブルーレイ・コレクション ゼロの焦点』 [Blu-ray]

 (1961日本)

 禎子(久我美子さん)は、夫の鵜原憲一(南原宏治さん)と見合い結婚して7日目。結婚を機に憲一が、博報広告社金沢出張所長の身分から東京本社に栄転することになり、事務引継ぎのため後任の本多(穂積隆信さん)とともに金沢へと最後の出張に出かけた。東京駅で憲一を見送った禎子は、よもやそれが夫との最後の別れになるとは努々思ってもみなかった。数日のうちに帰京するはずの憲一が、行方不明になってしまったのだ。憲一の行方を突き止めるため、禎子は金沢に向かうが、金沢の憲一の住まいを会社の誰も知らないことが分かり、ついに警察に届けることになる。禎子は、金沢で憲一が家族ぐるみで昵懇にしてもらっていたという丸越工業株式会社の社長・室田儀作(加藤嘉さん)と後妻の佐知子(高千穂ひづるさん)を訪ねるが、応対に出た受付の女性社員・田沼久子(有馬稲子さん)が使うスラングまじりの実地の英語が気になる一方で、憲一の行方の手がかりは一向につかめないままだった。たった7日間しか夫との付き合いがない禎子は、憲一の過去を調べることにする。その矢先、京都への出張の便に金沢へ立ち寄った憲一の兄の宗太郎(西村晃さん)が、温泉旅館で毒殺されるという事件が発生し、時を同じくして田沼久子が失踪した。憲一の失踪と宗太郎の死、そして田沼久子の失踪には、何か関連があるのか? やがて、禎子の知らなかった憲一の過去から、意外な事実が次々と明らかになって…。


 昭和36年のモノクロ映画です。
 『張込み』と同じく、ボクも生まれる前の時代ですが、基本的には知識として時代背景を把握しているので、特に見ていて困ることはありませんでした。しかし、やはり、いろいろとその時代の風俗習慣を知らないと、ピンと来ないことも多々ありそうです。
 禎子の回想の中で、新婚旅行中に憲一が北陸について語るシーンがあります。
 「あそこにあるのは、ただ薄暗い灰色の曇り空。一日中晴れ上がった日が、一年のうちに何日あるだろう。その灰色の空から、陰鬱な冬になると雪。そして荒れた海。」
 当時は、日本海側の地域のことを『裏日本』と言っていました。まさに、『裏=陰鬱で薄暗い』イメージで北陸を語っていますね。実際は、夏は相当暑く晴れ渡る日が続くように思うのですが、脚本家のイメージが、当時の世間一般のイメージで凝り固まっているかのような印象です。で、実際の舞台は12月の金沢と能登。それはそれは相当な積雪でしょうし、能登などはボクも冬に一度訪れましたが、暗い空から雪が横殴りの強風にあおられるように吹き付け、黒く沈んだ日本海の荒波は岸壁に強く打ち付けて波の花を散らす、と。確かによそ者にとっては不便で暗いイメージでしょうねぇ。でも、冬限定のイメージだと思うんですけど。
 話は逸れますが、脚本家のイメージといえば、蒸気機関車日本海を臨むルートを走り、禎子が列車内から能登半島を眺めるというシーンが出てきます。ところが、当時の東京〜金沢の路線で日本海沿岸を走るルートは無かったのだそうです。脚本家のイメージが、現実をはみ出してしまったようで、この作品以降、脚本家の橋本さんは、必ず現場を踏んでからシナリオを書くよう心がけたのだそうです。鉄道路線の話で脱線してしましました^^;
 『パンパン』という、現代では聴きなれない言葉も出てきます。終戦後、駐留していた米兵等を相手に売春行為をしていた女性を指す言葉です。『星の流れに』(作詞:清水みのるさん、作曲:利根一郎さん)という歌があって、戦後から2年後の1947年(昭和22年)10月に発売され、菊池章子さんという方が歌ってらっしゃいました。映画の後半で、この歌を口ずさむシーンが出てきますが、『♪こーんなー、女にー、だぁーれが、したー』という歌詞が、当時の私娼たちの身の上に重なって、じわじわと流行っていったのだそうです。


 時代だなぁ、と思ったことをひとつ。
 西村晃さんが、膝に子ども抱えてタバコを喫うシーンがあります。南原宏治さんも、列車内の久我美子さんのすぐ隣の席でタバコを喫います。とにかく、ふつうに喫煙シーンが多々登場します。現代は、お国によっては、もはや喫煙シーンを上映できないということもあるようですので、これだけ大胆な喫煙シーンが出てくるのは、ちょっと衝撃的です。
 それから、放送の冒頭に「この作品には、放送上不適切と思われるセリフがいくつかありますが、作者の意図を尊重して、そのまま放送いたします。ご了承ください。」と出るんですが、それでも2箇所くらいセリフが飛ばされている気がしました。WOWOWがテレシネ用に入手した原版の時点でカットされていたのでしょうか? Blu-ray版を視聴する機会があれば、確認してみたいと思います。

 クライマックスで、能登金剛の『ヤセの断崖』という断崖絶壁の上で主人公と犯人が対峙するシーンが登場します。原作には無いアレンジだそうで、現在の2時間サスペンス・ドラマの奔り、と言われているそうです。


●監督:野村芳太郎 ●脚本:橋本忍山田洋次 ●原作:松本清張(小説「ゼロの焦点」/光文社ほか)