2010-08-05
帰りが大変。
Old King Bee から便りです。
許可を得て、千葉がupします。
On 2010/08/04, at 21:46, <king-bee@mopera.net> wrote:
7月30日に北海道最後の泊地の森港を出港し、下北半島先端の大畑 港(下風呂の7Mくらい東)に入りました。津軽海峡中央部に差し掛 かると風は12ktくらいなのに波が高くなって白波 が一面になり、 7kt以上の対水速度で走っているのに40−50度左方向へ持って いかれました。
7月31日大畑を出て下北半島北東端尻屋崎を回ると逆潮2kt、そ の後もずっと逆潮2ktで走っていると15時ころ急にドンという感 じがするとともにエンジン回転数が急減、黒煙が出ま した。はしごを 下ろして水中眼鏡で見たら青シートがプロペラに巻きついているのが 見えました。こういうこともあろうかとウェットスーツなど搭載して いたので、 覚悟を決めてナイフを持って潜り、20分くらいかけて やっと切り除きに成功。波風が無かったのが不幸中の幸いでした。 シーと巻き込みはこれで3回経験しました。無事八戸に入港 し、往路 でとめたところの少し前の観光船の前に停泊。風呂も、スーパーも真 近、おまけに1575円食べ放題のレストランで腹いっぱい食べまし た。
8月1日は、東北地方の天候が数日ぐずつきぎみなので刻むことにし て、宮古に入港。往路とはちがう海の駅シートピアなあど横に泊まり ました。夏祭りがすぐ横でやっており屋台の海鮮焼き 700円で腹 いっぱい。
8月2日もきざみと決め込み気仙沼へ。真向かいの南風が20ktで しぶきもときどきあびながら苦戦。途中濃霧に時々囲まれレーダーを 頼って航海。地元のヨットのりがやってきていい居酒 屋を紹介してく れ、安くてうまいのにびっくり、ウィークデイなのに満員でした。 8月3日、やはり不安定な天気なので刻むことにして女川へ。相変わ らず真向かい20ktで走っていたら女川近くになると霧が深くな り、50m以下の視界。あちらもこちらも汽笛を鳴ら すけれど姿は見 えず、エンジン音だけして通り過ぎる。GPSを信じて港口を目指す と突如左右一対の灯台が現れ無事進入。最奥左につけたら街中で便 利。舵社通信 販売でずいぶん高値であったもんどりが3000円 で売っていたのでゲット。 8月4日、今日も向かい風20ktなのできざみと決めて相馬港へ、 金華山と本土の間の水道をとおり、仙台湾を横切っていたら大きない なだが一匹かかりました。
明日も、向かいが強いのできざんで小名浜かなと思います。あせらず 安全第一で。
僕の絵を出展している展覧会に何人かの方々がお出かけくださった そうでありがとうございます。
山崎 勲
2010-07-28
真夏のMG-A
真夏の太陽がじりじりと照りつける高速道路、3kmほどの渋滞です。Old MGの水温計があがり始めました。私のMGには極暑の日本で使うため、カローラの電動ファンが取り付けられています。電動ファンのスイッチを入れました。少しでもラジエターの温度を下げるためヒーターをオンにします。水温計の上昇が、少しましになったかなと思った瞬間、ガクとエンジン停止。セルモーターは回りますが、エンジンはかかりません。すいません、押して下さいと後ろのワゴン車にお願いして、何とか路肩へ。ボンネットを開け、温度が下がるのを待つしかありません。最悪の場合、プラグを外して乾かしてやればかかるだろう。しまった、工具はガレージにあった。持ていかなきゃ、持って行かなきゃと思いつつ、暑さのせいか年のせいか最後の最後に忘れたのです。10分ぐらい、渋滞の人々の退屈しのぎの注目を集めながらじっとMGのシートに座っていました。試しにセルモーターを回しました。不機嫌な音のあとエンジンが息を吹き返しました。半クラッチと空ぶかしを繰り返しながら渋滞の列に戻りました。オーバーヒートが解決した訳ではないので、ボンネットを半開きにし、ヒーターを入れ、何とか草津パーキングエリアにたどり着きました。ボンネットを開け、電動ファンを回し、水温が下がるのを待ちます。幸い、水温低下、運転者の方は完全に熱中症です。エンジンを切り、コンビニに水を買いにいきました。ペットボトル2本飲干し、やっと血液温度が低下です。心肺停止にならずに済んで良かった良かった。
さて出発、セルが回りません。MG心肺停止状態です。隣の人の良さそうな家族連れに、すみませんバッテリー繋がしてくださいとブースターケーブルを繋ぎました。何でバッテリーが上がったのかな、アイドリングでファンを回した事がいけなかったのかな。などなど考えながら、今度は快調に走っていきます。渋滞さえなければオーバーヒートはありません。さて次の甲南パーキング、バッテリーは回復したに違いないとエンジンを切りました。ところが、トイレから帰ってセルを回すと、アレ、また回りません。そこで過去に同じような事があったのを思い出しました。バーテリーから来るケーブルとオルタネータから来るケーブルがセルモーターのターミナルで繋がっています。そこの接触不良、昔のインチねじはピッチが大きく、振動で緩むのです。プライヤーだけは、ドアポケットに入っていたので、プライヤーでターミナルのねじを増締めし、またまたブースターで電気を借りて、何とかヨットハーバーまでたどり着きました。バッテリーもちゃんと充電されていました。
ヨットハーバーに着くと、オールドモーガンが3台いました。彼らも苦労しているだろうけれども、やはりオールドカーはきれいです。
過去の故障の解決方法の記憶はとっても役にたちます。友人にバージンエアーのメンテの親分をしている男がいます。昔、ノースウェストのフライトエンジニアの時、脚(ギア)が出ないトラブルに遭遇したそうです。マニュアルを見て、ハンドル操作で何とか脚を下ろそうとしたそうです。どうしても脚が降りません、胴体着陸の覚悟です。もう一度マニュアルを見ると、その最後に、何年何月何日、やはりどうしても脚が出ない時、思い切り蹴飛ばしたら、脚が出た、と書いてあったので、その通りにしたら脚が出たそうです。
人間が充分Oldですから、車ぐらい新しいのにしたら良いのに、言われながら、オールドヨット、オールドカーに乗っています。多分、自分で納得してメインテナンスができるから好きなのでしょう、ブラックボックスはやはり好きになれません。山にいるときの自己責任の心境と同じなのです。
2010-02-24
電子制御スロットル
トヨタの電子制御エンジンが問題になっていますが、いまや電子制御でない機械はほとんどなくなってしまいました。もちろん、我がVenusや、1957年製MGAなどは、ワイヤーとバネとカムだけでエンジンは制御されています。だから、常にエンジン音や回転計、排気ガスの色を気にしながらおつきあいをする事になります。映画に出てくる昔の船の機関室には必ず人がいて、シリンダヘッドのカムに手で油を刺しながら巡回しているシーンには、あれが本来の人と機械の付き合い方だと感じました。私が小学校の低学年まで過ごした明石から家島群島への連絡船がありました。遠足で何回か乗りました。60fぐらいのニス塗りの木造の船で、丸い船窓から機関室が見えました。機関室の銅のパイプがピカピカに光っていたのを今でも鮮明に覚えています。きっと機関員が巡回しながらウェスで磨いていたのでしょう。それほど昔ではない飛行機のコックピット、ダグラスDC8とかボーイング707などですが、さすがエンジンルームに人は配置できません。でもエンジンの情報はたくさんのメーターでコックピットで監視されていました。たくさんすぎて、一人では監視できませんから、機長、副操縦士、航空機関士の3人がかりでメーターの監視とダイヤル操作をしていたと聞きました。私が生涯の仕事としている超音波診断装置も同じです。メーカーと一緒に開発したようなプロトタイプにはたくさんのメーターとダイヤルがありました。それを一つ一つ調整しながら、きれいな画像を作って行きます。つまり、操作をする人は、そのダイヤルとメーターの意味を完全に理解して使っていました。コンピュータで制御が行われるようになってからブラックボックスという言葉が出てきます。コンピュータがどう働いているかは操作者は理解しなくてよろしい。マニュアルの通りに操作すればよろしい、と教えられます。名古屋空港でチャイナエアラインが落ちたのは、パイロットがコンピュータの制御がパイロットの操作より優先される事を知らなかったための事故だといわれています。
最近の医者の世界も同じで、この薬を使えばどうして病気は治るのかは理解しなくてもよろしい、マニュアルの通りに治療を行う事が要求されます。この風潮はどうも、好きにはなれません。私が、いつまでもMGAやVenusに乗っているのは、この辺りに原因があるのかもしれません。お陰さまで、MGもVenusも故障をしても、ほとんどの場合は自力で帰還に成功しています。
さて、キンベー兄は、この辺りはどのように考えていらっしゃるのか、お話を伺いたいと思いました。三菱重工のロケットは完璧な電子制御だと思います。でも乗っていらっしゃるヨットは、わがvenusと同じ Old Boat、良きアナログ人間は、良きデジタル人間になれるのでしょうか、それとも別人種なのかしら。
ところで、Venusは舵の油圧シリンダーのOリングからの油もれです。Oリングの規格が判らず、エンジン屋さんに、総当たりで合う部品を探してもらっています。
2009-10-07
Old King Bee
2年前(平成19年)の9月にハウステンボスマリーナに7−8年乗らずに置いてあったヤマハ45MS(モーターセーラー)というケッチを買って藤田さん同乗してもらって回航しました。進水昭和52年3月と船検手帳に書いてあるので船齢32年になります(オールドボート資格充分)。瀬戸内海汽船がチャーター用に発注したものでこの一艇のみしか作られませんでした。途中でチャーターもやめて長らく陸置した時期もあったと聞きます。そんな訳でデッキの一部など木部が腐っているところがありました。重要な装備品は信頼性上問題と判断し、その後約半年間で藤田さんや岡さんに頑張ってもらって交換しました。主なものは
エンジン ヤンマー4JH−3DT(連続最大95Hp)
発電機 ノーザンライト(6kw)
エアコン Cabin Mate Reverse Cycle(16000BTU/Hr)(メイン、アフトキャビン両方冷えます)
冷蔵庫 WAECO#CU-200(オンしっぱなしだとビールまで凍ってしまいます)
ウィンドラス MAXWELL 2200lb 縦型 (10mmチェーン60m)
電動ウィンチ Lewmar 40AEST 1個
です。 腐った木部も大きなところは藤田さんに直してもらいました。回航するとき舵にガタがあるなと思ってましたが、ステンレスの舵軸に骨が溶接でなくボルト止めしてあってボルト穴にガタができていました。何故こんな設計にしたのか疑問ですが、仕方が無いので舵を軸、軸受けも含めて藤田さん(金属部はプロコさん)に新しく作ってもらいました。 エンジンで驚いたことがあります。「エンジンを止めて長くセーリングするがいいか」と購入後ヤンマーに尋ねたら「それは困る。油圧クラッチはエンジン停止で油圧も無くなり押し付け力が無くなる。クラッチより後方部が空転するが、潤滑油ポンプも停止して油が供給されないので磨耗で壊れる。ヨットは殆ど機帆走するのではないのですか?折りたたみ式プロペラをつければ回転しないのでは?結合ボルトのところに何か引っ掛けて止めるようにしては?」と言う返事。外国でヤンマーをヨットに使用するときは各国の支店でエンジン停止でもクラッチが効く別のメーカーのものを取り付けているのではと考えられます。困って松崎さんに相談したら「アメリカにShaftlokという会社があるよ」と教えていただけました。早速メールで注文して(7万円くらいで安い)自分で取り付けました。簡単に言えば、シャフトに切欠が入ったディスクを止めねじで取り付け、遠隔でピンを押し込んで回転を止める、エンジンをかければ外れる、と言うもの。ただしこの取り扱いがデリケートでいまだに工夫中です(何とか使えそう)。
何とか基本的なところは修理できて、昨年7月に壱岐、五島方面へクルージングに行くことができました。
その後も1年間毎週、週のうち半分はKing Bee に寝泊りしていろいろ整備し、今年5月から55日間かけて小笠原、沖縄クルージングができました。しかしまだまだ残っていて当分整備は続きそうです。これから順次、整備の苦労話などご披露していきたいと思いますので、宜しくお願いします。
King Bee 山崎 勲
2009-09-09
Old MG and Old Venus
MG-A は1957年製52歳、Venus 1969年製40歳 、どちらも充分Oldです。どちらもよく故障しますが、何とか修理をし、帰還に成功しています。日御碕沖の紀伊水道、10m以上の追い風、追い波で快調に走っていました。大阪から五カ所に向かっています。そのときのワッチはパイロットの楠川さん、現パンダのオーナーです。突然、彼が叫びました。アネーブルコントロール、その少しまえ、御巣鷹山に墜落した日本航空の機長が発した言葉です。しばらく呆然、やっと気がつきセールダウン。舵軸はアフトキャビンのバースの下です。マットを引きはがすと、舵を動かしているメインシリンダーの船体側接合部が外れていました。そう、Venusの舵は油圧です。予備ティラーがある事は知っていました。でも、使った事はないのは当然として、舵軸にはめた事もありません。鉄製、船底でさびにまみれていました。そのときの回航メンバーはベテランぞろい。誰かが505とワイヤーブラシでさびた予備ティラーの舵軸への接合部分を磨いています。誰かがダンフォースアンカーを分解し、その柄を鎚代わりにしました。舵軸は波でぐらぐら動いています。上から予備ティラーの接合部を舵軸の凸部分に合わして狙いを定め、ちょうどあった時、今や、と鎚がふり下ろされました。入った。チャートを見ます。下津が最も近い避難港。当時、虎丸やラプソディービバーチェというスティールヨットを作っていた大和造船が下津町大崎にあります。そこへ向かいます。なんとか、進路を保とうとしますが、ティラーがついているのはアフトキャビンです。外は見えません。予備コンパスだけが頼りです。そして大波、10分が限界でした。バケツをかかえ10分交代でティラーを持ちます。そのうち、ティラーにテークルを付けることを思い立ちました。テークルのロープの先端をコックピットにリード、ウィンチを使ってティラーを操作しました。大崎に着いたとき日は暮れていました。当時携帯電話はまだありません。大和造船の前、効かない舵でうろうろしていると、幸いな事に造船所のオーナーがテンダーで出て来てくれました。修理を依頼、翌日船を預けて帰路につきました。
最近、今度は五カ所湾内で、またまた舵が効かなくなりました。油圧ホースの経年劣化による破裂。波のないところでの予備ティラーの装着は簡単でした。それに、携帯電話もあります。岡さんたちに見守られながらバースに付ける事ができました。
Old車、Old Boatに乗る条件、なんとか自分で帰還できるアイデアと、工具と、日頃はがらくたに見える部品を積んでおく事。そしてこんな事が起ったらどうしようという想像力が必要です。Venusが未だ経験していない故障、ディスマストと浸水です。
http://chibasanf.cocolog-nifty.com/hana/ MG-A1957年製 メキシコシティーからやって来たほとんどスクラップをレストア。一度、伊勢自動車道でエンジン爆発。それ以外は、故障でも自力帰還に成功しています。
千葉 喜英