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2007-03-30

[] 石原都政における情報公開の取り組みに対する評価



 本題に入る前に、既に知っている人も少なくないだろうが、有名ブログである「きっこのブログ」(ないしは「きっこの日記」)に浅野史郎都知事候補を応援する記事がいったん掲載され、その後ほどなく削除された事件について、このページに解説がある。結論から言えば、間違ったことを書いていないのなら削除の必要は全くなかった、ということのようである。実は、この種の自己規制が世間では随分とまかり通っており、これこそがむしろ問題なのではないかと私などは思っている。先日の記事で引用した国会の附帯決議にあるとおり、当局は「国民の選挙運動への自発的参加を損なうことのないよう十分留意」しなければならないのである。都知事候補者を応援するサイトで告示日以降の更新をやめているところも少なくないようだが、愚挙だと言わざるをえない。応援するにせよ、批判するにせよ、今こそその時なのではないだろうか。



 ところで、情報公開である。「全国市民オンブズマン連絡会議」が毎年「情報公開度ランキング」なるものを発表していることはよく知られている。よくそんなこと調べる時間があるなと感心するばかりだが、想像するに、仕事柄そういうことに接する機会の多い弁護士とか、その他の職業の方がやっておられるのではなかろうか。関係している人々の政治的傾向などを云々する前に、まずは中身を見てみるのが筋だろう。


 実際、例えば愛媛県の知事は、教育に関して「つくる会」教科書の採択を推進するなど極めて右派的なことで知られる加戸守行氏だが、氏が当選した1999年前後から、愛媛県情報公開度ランキングの順位をどんどん上げてきている。知事の思想的傾向は調査結果には反映されていないと見てよいだろう。



 そこで、「全国情報公開度ランキング」の一覧を見てみたが、(石原都知事の言い草ではないが)評価におけるコピー代の比重が高いのは一見どうかとも思われる。しかし、枚数の多いコピーとなるとコピー代の違いが利いてくるということは、確かにそのとおりなのだろう。なお、東京都が再三失格となっているのは、コピー代の高さゆえではなく、閲覧手数料を徴収しているからである。


 ただ、これについては、「都外の人間が営利目的で請求する場合が少なくない」ので、そのために手数料を設けているという石原都知事の言い分にも、一理はあるように思われる。有権者という観点からするなら、例えば東京都の場合には都民か否かで料金に差をつけるといったことも考えてよいのかもしれない(全国市民オンブズマン連絡会議からは反対されるかもしれないが)。



 評価項目を見てみると、まず、毎年の調査項目が必ずしも同一でないので、厳密な意味では前年と今年との間に調査の連続性はないと言えるかもしれない。ただ、どういう調査でやってみても、上位に来る自治体はあるもので、そういう自治体情報公開の点で先進的だ、とは言えるのだろう。


 ここでは都合上第4回からのデータで見ることにするが、首位(1999年11月調査の第4回から2002年12月調査の第7回、及び2004年11月調査の第9回は宮城県、2003年11月調査の第8回及び2005年11月調査の第10回は鳥取県、2006年11月調査の第11回は長野県)と比較して言えるのは、上述のコピー代の問題を措くとすると、東京都は特に警察関係の情報開示度の低さが際立っているようである。とはいっても、これもものによりけりであるようで、捜査報償費の開示度を調査した第9回ランキングでは、裏金づくりの不祥事が発覚して問題となった北海道を除いては軒並み低い開示度となっており、これにはランキング上位下位の別はないようである。


 同様のことは政務調査費についても言えるが、ただ政務調査費については、最新の調査(第11回)では一部の自治体(上位から挙げると、30点の長野県、16点の岩手県鳥取県、14点の宮城県、10点の高知県)が改善努力を進めているのに対して、東京都は相変わらず最低の0点となっている。



 もう一つの問題は監査の不手際である。ランキングでは特に第8回に監査の問題が調査対象となっている。ここでの東京都の得点は一見さほど低くないように見えるが、実は全体の水準が低くないのである。その中で見ると、東京都は最低水準を言っていると言わざるをえない。


 この関連で、石原都知事税金での高額飲食(産経新聞関係のサイトですらこの問題は取り上げている)をどう評価するかという裁判地裁判決が今年の1月末に出された(判決を報じたニュース記事は例えばこちら)が、この判決の意味は実は相当に大きい。なぜかというに、

原告が返還を求めた00―03年の支出78件のうち、67件は監査請求の期限が切れているとして退け、9件は適法と判断した

とのこと。つまり、11件のうち2件が違法という打率(2割弱)になるのであれば、少なくとも、監査請求の期限が切れている67件のうち12−13件程度は違法になった可能性がある。ということで、東京都では監査がきちんと機能していないことを、くだんの判決は実は指摘していると理解することができるのである。そして、監査を担当する人々を誰が任命しているかと言えば、やはりこれも結局は知事に行き着くのではあるまいか。



 このように考えてくると、情報公開は、単に情報を開示すれば良いというのではない(もちろん、開示それ自体はきわめて重要なことだが)。開示するだけでなく、情報公開がきちんと行政のコントロールに結びつくように、またそれを踏まえて行政側が自ら襟を正すようになることが、(当たり前かもしれないが)重要なことなのではなかろうか。情報公開を論じる場合には、そこまでを視野に入れて論じるのが適切だと思われる。


 そして、そのように見た場合、石原都政の情報公開は果たして十分だったと言えるだろうか。答えはおのずから明らかだろう。


 

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