小泉判決の興味深さ

以前から厚生省元次官殺害事件の小泉毅被告に対しての裁判についてコメントしてきましたが、死刑判決が出ましたね。死刑制度自体を存置することに私は疑問は感じますが、それをさしおけば、今回の判決は妥当と言えます。しかし、それより私の興味を惹いたのは彼の独自の論理を裁判所がどう判断するかです。

判決ではこうなりました。

 小泉被告は事件の動機について、捜査段階から一貫して「34年前に行方不明になった愛犬チロのあだ討ちで歴代厚生事務次官を殺害することとなった」「横尾和子については、どうせ死刑になるから一番腹の立つ奴を殺してやろうと思った」などと述べている。

 動機は、これを聞いた被害者や遺族らが納得できないと供述するのも無理からぬところではある。しかし、小泉被告の語る「愛犬チロが狂犬病予防法による殺処分にあったので、子供心にあだ討ちをしてやろうと思った。狂犬病予防法を所管しているのは厚生省で、その実質的トップの元厚生事務次官を殺す」という論理自体は、特段の飛躍はみられず、了解は可能。

としています。

なんと!裁判所があっさりとその動機の論理的正当性を認めたことには驚きました。つまり、もしも「人を殺してはならない」という法律がなかったとしたら、この事件は完全に正当なものであったわけです。

上記の理由を示したうえで裁判所は

刑事責任能力に問題をきたすものではない

としています。なるほど裁判所もうまいですね。

そういえば彼はこの裁判の中で「組織が何かまずいをしたら、下っ端ではなくトップが悪いので、トップを殺すべき」という論理を展開していましたが、その論理ってつい最近もどこかで聞いたことがあるんですよね〜

結局、彼のような犯罪者も、犯罪者を批判する国民も同じということでしょう。