ノアの本 6

 昨日に書影をかかげたノアの本、大槻鉄男さんの「樹木幻想」は80年刊行です。
昨日のは写真は、実は箱の写真でありまして、本体の背表紙には書名がはいって
いるのですが、表裏どちらの表紙ともに文字が一切はいっていないので、この
ところを写しても、何の写真であるのか判然としないのでありました。
 外箱も含めて上品な仕上がりで、「厳選した全一巻の作品集」にふさわしい
造本となっているように思います。いまでは箱入りの本などは、ほとんどなく
なっていますが、80年というのは、まだ箱入りの本をだそうと提案しても、
それはコストがあいませんとはいわれなかったようです。(それよりも前に刊行
となった長谷川四郎全集は、すでに箱にはいっていませんが、それは長谷川さん
の知のスタイルにあわせたものであって、コストのせいではないのかもしれま
せん。)
 この「樹木幻想」の装幀は、阿部慎蔵さんとなっています。この方は、大槻
さんがフランス留学した時に、利用した船で一緒であった画家さんですが、
それ以降交流が続き、大槻さんの詩集に挿絵を寄せたりしています。
( 大槻さんの死後に、阿部慎蔵さんのオリジナル石版画九点をそえた『大槻
鉄男詩集』限定二百部刊行(79年9月)とあります。)
 林ヒロシさんの「臘梅の記」表紙絵についても阿部慎蔵さんのものでありま
した。これはまた、ずいぶんとこれとは雰囲気がことなります。
 「樹木幻想」と「臘梅の記」に、共通したタイトルの文章がありますが、
それは「餅搗き」(林さんのタイトルは「餅つき」)というものです。
 まずは、どうして「餅搗き」であるかを、大槻さんの文章から、引用です。
「 五月中旬、東京でフランス文学会があったとき、山田稔佐々木康之
西川長夫、天羽均らは、石田和巳の案内で山形県月山に遊んだ。そんときに
立ち寄った石田の親しい農家で、もう使いそうにない古い木の臼を見つけて、
それを貰いうけ餅搗きをやろうということを想いついたらしい。・・
 私は、餅搗きなどに興味はなかったが、その古い木に臼は、ぜひ、欲しい
ものだと思った。・・
 それには餅搗き、餅搗きと騒ぐのがよい。だれも私のがらくた趣味になど
手をかさないが、餅搗き、餅搗きと騒ぎ立てれば、来年四十三歳になる石田
や山田などは、幼児の郷愁をそそられるのに違いない。そのうえ、山田、
西川、佐々木、天羽という連中には、それぞれ、二人や三人ずつの子供がいて、
一度は子供に餅搗きを見せてやりたいものだと思うだろう。」