手近に谷崎全集 5

 ここ一ヶ月ほどに購入した本のなかに大谷崎に言及するものが多いことであります。
大谷崎に関心を抱いている文筆家の本を購入しているといえるのかもしれませんが、
それにしてもです。
 本日に話題にするのは、須賀敦子さんの、次のものです。

 これに収録されています「作品のなかの『ものがたり』と『小説』」という文章は、
大谷崎の「細雪」を論じたものとなります。須賀さんは、大谷崎の小説をイタリア語
に翻訳して、紹介しているのでありました。この文章が書かれたことの背景について
須賀さんは、次のように記しています。
「今回、ローマ大学文学部の日本語・日本文化学科で講義する機会をあたえられたの
を機に、私は、もういちど『細雪』をこれまで自分なりに考えてきたことを、まとめ
てみることにした。」
 全集の年譜を見てみましたら、1991年1月末から3月末にかけて「ローマ大学で講義
を週二回、講読を週一回行なう。講義は谷崎、川端ら日本文学について。」とありま
した。
 大谷崎の「細雪」について、「いまさら言うまでもないが、『細雪』は、谷崎の芸
術が円熟期に達した時期の作品であり、それまでに書かれた作品の集大成でもある。」
といっています。
 「細雪」で描かれた世界と時間は、須賀さんの母親世代と重なることでありまして、
それは須賀さんの言葉(中井久夫さんが、須賀全集第4巻の解説で紹介しているもの
であります。)によると「風がちがうのよ」となるのです。
「作品のなかの『ものがたり』と『小説』」と名付けられたこの文章の冒頭は、次の
ような書き出しです。
「たたみの上に波うって部屋いっぱいにひろがる色の洪水、姿見のまえで、あの帯に
しようか、こっちのほうがいいかと、はてしなく続く色あわせ模様あわせ。そんな
姉妹のそばで、つぎの帯を両手にもって、辛抱づよく待っている女中。夙川の家での
母たちの外出は、いつもそんな大騒ぎのなかで準備された。」
 「細雪」を読んで、そんな世界があるのかと当方は思ったのでありますが、須賀さ
んにとっては、阪神間の富裕層の生活を描いた作品には、近しいものを感じていた
のでしょう。