Ein Hoehle von Wachthai このページをアンテナに追加 RSSフィード



Dec 12, 2013

[]抜海、といふ地名が 抜海、といふ地名がを含むブックマーク

ピアノの先生のお口から発せられて、途端に昔の旅のことを思ひ出す。なんでも木造駅舎を紹介する小番組で御覧になつた抜海駅の映像が大変綺麗で印象に残つたといふお話であつた。

其れで帰宅して古い写真を探すも、確かに行きの各駅で通つた覚えはあつても流石に駅を撮つた写真まではえ見つけず、代りといふのもナンだが一寸思ひ出写真館的に抜海駅を経た(筈の)昔の旅の記録を御覧頂かうと思ふ次第、なんせ旅といへば未だポジフィルムを十何本持歩いて居た頃のものとて色あひのレトロさもマ、御愛嬌といふことでお楽しみ下されば有難く。
因みに旅したのは1997年の9月頭、マザー・テレサやダイアナ妃がかむさつた辺り、Mac OSはやつと8発売だつたか。月末には軽井沢ー横川間の機関車数珠繋ぎ路線が廃止になつたんでしたね。←二月に乗りに行きました。
皆様何をしてをられましたか、フッフ。

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女満別駅。
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今は綺麗な特急に様変りした、宗谷号。
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難読駅名色々、紋穂内(もんぽない)。次の駅は恩根内(おんねない)。
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馴鹿(トナカイ)牧場のある幌延
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抜海に一番近い処で撮つた、筈。海の向ふの利尻が地続きに見える。
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稚内駅着。前日から二十時間位列車に乗り通しだつた。今ならもそつと早く着けるんか知らん。
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翌日利尻へ渡る。自転車で島中くるくる。
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其の次の日は一日礼文。澄海岬。水が此の色の通り恐しく冷たく足先すら付ける気にならない。帰れば関西は未だ熱帯夜だといふのに。
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最北端ではなく最北限、の、須古屯(すことん)岬。岬の袂の売店で買つた生クリームの浮いた青草臭い牛乳の味が忘れられない。←態々日本の端ッコへ出向いた感想が其れか
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夕日を背に稚内へ戻るフェリーから。
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札幌からは奢りの境地、北斗星だ。シャワー付きの部屋に籠り窓外眺めつ十数時間を過す。

なんといふか此の時期は半ばヤケになつて居て、不意と貯めて居たなけなしの金を全て叩く気で思ひ付く最遠の場所へ只行き只戻る、といふことをしたかつた。今思ふにどッか箍が外れて居たのに相違ない。残る自分撮りにも何処となし飽いたやうな斜な構へが見て取れる。遅い反抗期、だつたんかも判らない。
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最後の最後でお目汚しでどうも。

然し今再訪したらばエライことになるだらうな。利尻は先づ山頂に立ちたくなるだらうし自分撮りした礼文の桃岩周辺も半日は掛けて歩きたい(当時はタクシとバスと乗継ぎ)。第一呑み喰ひに恐らくあの時の三倍程持合せが必要になることだらう。大嘆息。

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