ドヴォルザーク「ルサルカ」第1幕「月に寄せる歌」

年末は「ブル9」だったり「マラ9」だったり重かったので、新年はロマンティックに行きましょう。「オペ対」にドヴォルザーク『ルサルカ』第1幕をアップしました。
http://www31.atwiki.jp/oper/pages/779.html
このオペラで有名なのは、この第1幕にある『月に寄せる歌』で、この曲の歌詞はこのオペラのエッセンスです。王子を好きになった水の精ルサルカが、人間になりたい気持ちを月に歌うアリアです。(アンデルセンの『人魚姫』と似たような話ですが、『人魚姫』が元ネタなのです。)
リンク先は、例によってポップさんです。
http://www.youtube.com/watch?v=xf8Yu3loeu0&NR=1&feature=fvwp
これは彼女の持ち歌ですが、この動画はチューリッヒでの歌唱のようです。チェコ語がバッチリですが、母国語(スロヴァキア生まれなので)なので当たり前ですね。この方は、こういう純粋で気品のあるお嬢さま役が一番ピタッとはまっていたと思います。ちなみに、ピアノ伴奏のリサイタルでも歌っていたりします。このCDは80年ザルツブルクのリサイタルなのですが、スラブ系の歌とマーラーブラームスが組み合わされていて、アンコールでこの歌を歌っています。素晴らしいCDなので気に入った方はぜひ。

At the Salzburg Festival

At the Salzburg Festival

なお、今夜の深夜3時からフランスのネットラジオで昨夏バイエルンの「ルサルカ」の放送がありますね。
http://players.tv-radio.com/radiofrance/playerfrancemusique.php
さすが元日だけあり、同時刻にウィーンの「ドンジョバンニ」、「アルチーナ」、ウェールズの「マイスタージンガー」など目白押しです。時刻がずれていてくれたらいいのですが・・・。私は職業意識(?)で「ルサルカ」を聴いてみます。ルサルカ役の人は知らないのですが、クラウス・フロリアン・フォークトの「王子」はどうかに興味があったりします。
以下は対訳をこちらにも。

RUSALKA
Měsíčku na nebi hlubokém, 空の深みのお月さま。
světlo tvé daleko vidí, あなたは遥か遠くから、 明るい光を送り出し、
po světě bloudíš širokém, 広い世界を移ろいながら、
díváš se v příbytky lidí. 人の住みかを見つめてる。
Měsíčku, postůj chvíli, 月よ・・・しばらくそこにいて!
řekni mi, kde je můj milý! 教えて!いとしい人はどこ?・・・教えて!いとしい人はどこ?

Řekni mu, stříbrný měsíčku, 伝えて・・・銀のお月さま。
mé že jej objímá rámě, 伝えて・・・あたしはあの人を いつもこの手に抱きしめてるの。
aby si alespoň chviličku たとえ、つかの間だとしても、
vzpomenul ve snění na mne. あたしの夢を見るように。
Zasvit mu do daleka, 照らして・・・彼方のあの人に。
řekni mu, kdo tu naň čeká! 伝えて!ここで待ってると!・・・伝えて!ここで待ってると!

O mně-li duše lidská sní, ああ・・・人のこころが、あたしの姿を夢に見れば、
at' se tou vzpomínkou vzbudí! きっと目を覚ましてくれるでしょうに!
Měsíčku, nezhasni, nezhasni! ああ、消えないで・・・ ・・・お月さま・・・消えないで!

(Měsíc zmizí v mracích) (月は雲の中に隠れてしまう)

さて、ここからは全然ロマンティックではなく「こだわり派」向きの企画として、「月に寄せる歌」について自分の翻訳メモをまとめてみました。もし、チェコ語のまま味わいたい方がもしいらっしゃいましたら、ぜひご参照ください。
(1行目)
・Měsíčku  「月」はMěsícですが、その指小形Měsíčekです。ドイツ語で最後に「ヒェン」とかつく感じなので「お月さま」としてみました。わからないのは、2格(生格)になっていることですが、おそらく呼び掛けだと思います。(2013年4月12日追記。これは5格で「呼びかけ」。コメント欄をご参照ください)
・na 前置詞。英語のinまたはon。あとに前置格を取ると「状態」、対格を取ると「方向」なのは、ドイツ語と同じ感覚。
・ nebi 空nebeの前置格。
・ hlubokém 形容詞(深い)の変化。空の「中性前置格」と整合。
・1行目は英語で直訳すると「Moon in the deep sky」ということですね。
(2行目)
・světlo 「光」「灯り」の主格
・tvé 「あなたの」(tvůj )が「光」を受けて中性主格に変化。
・daleko 副詞「遠くに」「はるかに」
・vidí, vidět「見る、会う」の単数3人称
・2行目は、直訳「Your light sees distantly」。「あなた」はもちろん「月」のことです。ここは日本語で直訳すると意味不明なので、かなり意訳した上、長くしてリズムを整えてみました。
(3行目)
・po 前置詞。前置格をとると「〜(場所)を」。
・světě 「世界」(svět)の前置格。
・bloudíš 「さまよい歩く、うろつく」(bloudít)の単数2人称。敬語ではなく親称(ドイツ語ではdu)です。主語は「月」ですが省略されています。イタリア語などと同じく、動詞の人称変化で主語がわかるので通常省略されます。
・širokém,  形容詞「広い」(široky)。男性前置格の名詞にかかる変化ですから2語前の「世界」にかかっています。1行目と韻を踏むために、語順が変化しています。
・3行目は、直訳「on the world wide you wander」てな所でしょうか。
(4行目)
・díváš se これは再帰動詞なので一まとまりで「眺める」。主語はYou(月)
・v 前置詞。対格を取ると「〜の中へ」、前置格なら「〜の中に」
・příbytky 「住まい」(příbytek)の複数対格。
・lidí.人々(lidé)の生格ですから「人々の」です。
・4行目は直訳「(you)look at people's homes」
(5行目)
・Měsíčku, これは冒頭と同じ。月への呼びかけ。
・postůj 「立ち止まる」(postát)の命令形。
・chvíli, 「つかの間、一瞬」(chvíle)の前置格。おそらく「na chvíli」(ちょっとの間)なのでしょうが前置詞が省略されていると思います。
・5行目は直訳「Moon,stay a moment!」
(6行目)
・řekni mi,「言う」( řici)の命令形。どの言語でも、基本単語は不規則な変化をしますね。Miは想像通り「私に」(与格=3格)なので、わかりやすいです。Tell me!です。最初のřはチェコ語独特の「ジェ」。巻き舌しながら「ジェ」という感じですが、チェコでは子供の時にこの発音を教え込むらしいので、外国人ではなかなか太刀打ちできません。
kde je 英語だと「Where is」です。発音は「クデ」でなくて「グデ」
・můj milý!  Můjは想像通り「My」。milýは形容詞もある(親愛なる=英語のdear)のですが、ここは「恋人」という名詞。
・6行目は「Tell me, where is my beloved?」。とてもシンプルです。

ここで「1番」が終わります。お月さまに「あなたは世界中の人々を照らし出すのだから、あの人の居場所も教えて下さい」と訴えているのです。次に「2番」。

(7行目)
・Řekni mu, さっきと一緒ですが、目的語はmuでこれは英語のHimです。1番の「いとしい人」を受けています。Tell himです。
・stříbrný měsíčku,最初の stříbrnýは「銀(色)の」。この語尾は主格か対格のはずなので、「月」は本来měsíčekであるものが、韻を踏むためにこの語尾になっているように思えます。
・7行目直訳「Tell him, silber moon!」
(8行目)
・この行は難しいが、逆に大事なところだと思います。
・mé これはmůj(my)が男性複数不活動体の主格で取る形なので、実は一番最後のrámě(腕?)にかかっているように思います。ただráměの形が前置格であるところが謎で、単に韻を踏むためなのか良く分かりません。また、名詞と離れすぎなので、もしかしたら私の解釈が間違っているかも知れません。
・že これは副文を作るthat。前行を受けて、tell him that〜です。
・jej 「彼」の対格は通常hoなのですが、この形を取ることもあります。英語では同じhim。
・objímá 「抱く」ですが、チェコ語の動詞には通常「完了体」と「不完了体」があり、これは不完了体objímátの単数3格です。(完了体はobejmout)。不完了体はその名のとおり動作の継続を表すと理解しているので、日本語としては「いつも」を補いました。
・rámě, この単語rámは、辞書には「額、枠」とあるのですが、意味からすると「腕」じゃないかと思い、google翻訳では実際armsと出ます(正確かどうかは不明)。複数主格はrámyとなるはずですが語尾が違うのが韻文の難しさか。
・従って直訳「that my arms hold him」ですかね。
(9行目)
aby 接続詞。「〜するように」の単数3格なので主語は「月」。これに導かれる従属節の動詞は3人称過去形となります。(次行のvzpomenul)
si これも次の行のvzpomenulとセットになる再帰動詞の一部。
alespoň 副詞「少なくとも」「せめて」
chviličku 前出のchvíliの指小形chvilkaを呼びかけにするので語尾変化しているのだと思います。「ちょっとのさらにちょっと」(笑)だと思って「フビリ〜チュク」と歌うのを聴いていると切なさが感じられます。
(10行目)
・vzpomenul 前行のsiとあわせて、si vzpomenout=思い出す。aby従属節の中なので過去分詞になっています。
・ve snění sněníは辞書には「夢想」とあります。前置格ですが主格と同型。前置詞vは後ろに前置格を取ると「〜の中に」。次に子音が2つ続く(この場合sn)ので、veとなっています。
・na mne. mneは英語のmeで対格です。on meということで「思い出す」とセット。
・9行目とあわせて直訳すると「so that he should recall me in his dream for at least a while」てな所でしょうか。
(11行目)
・Zasvit mu 辞書に無いのですが、おそらくzasvítatという単語の命令形でしょう。Svítatは無人称で「夜が明ける」「明るくなる」とありますから接頭辞zaとくっついて「明るくする」だと思います。muは前出で英語のhim。
・do daleka, doは英語のtoで、生格(2格)支配の前置詞。dalekaはdaleko(名詞で「遠く」)の生格なので合わせて「遠くへ」になります。
・直訳「shine him to the distance」
(12行目)
・řekni mu, 7行目と同じです。「彼に伝えて」
・kdo 英語のWhoです。発音は「グド」
・tu 「ここで」。英語のhere。
・naň  na+nějです。nějはやはりhimですが前置詞とセットで口語的。
・čeká! čekát「待つ」の3人称単数。このあとに通常naをとります。
・直訳では「tell him, who is waiting for you here」。訳文では「だれが」を省略しています。

ここで「2番」も終わりですが要約すると「私が待っていることをあの人に教えて」です。

(13行目)
・ここからは語り口調になります。
・O mně-li  Oは前置詞。前置格を取ると「〜について」。mněは英語のme(前置格)。その後ろの-liによって、この行は「もし〜ならば」という従属節になります。次に主文がないので「〜だったらいいのに」という感じになります。
・duše 「魂、こころ」。これはこのオペラのキーワードで、「魂」は人間にのみあり、水の精ルサルカにはないとされています。このモティーフは「人魚姫」も同じです。
・lidská 形容詞「人間の」(lidský)がduše(女性1格)に対応。
・sní,  夢を見る(snít)の3人称単数。
・直訳「if human soul dreams of me」
(14行目)
・at' se  at'は「〜するように」。seは最後のvzbudíとセット。
・tou vzpomínkou  「思い出」vzpomínkaの造格の前にあるtouもta(女性形の「その」。英語のthe)の造格。この前置詞なしの造格は「〜によって」という意味になると思います。
・vzbudí!  se vzbuditは再帰形で「目覚める」。主語が省略されていますが3人称単数なので「彼」のことです。
・直訳「so that he should wake up by this memory」
(15行目)
・Měsíčku, 最後も「お月さま」への呼びかけです。
・nezhasni, nezhasni!  「消える、消す」zhasnoutの命令形の頭に否定の接頭辞neをつけるので「消えないで!」になります。
・直訳「Moon!Don’t disappear!」