イェヌーファ 第1幕冒頭の音楽について

「訳者コメント」に書いたヤナーチェクの短い「叙情的モチーフ」ですが、改めて聴いてみると、『イェヌーファ』第1幕の冒頭のシロフォンが「カラカラカラ・・・」と打ち鳴らす音も、まさにそうではないかと思いました。これは水車が水流を受けて、カラカラカラと回る音を思わせるので自然描写でもあるのですが、一方で何とも言えない不穏な気分を醸し出していると思います。実際、このあと第1幕の最後に、ラツァがナイフを持ちながらイェヌーファに近づく場面でもこの音楽が再現されるので、どうも「嫉妬」という感情と結びついているように個人的には思います。「嫉妬」といえば、ヤナーチェクにはまさに『嫉妬』という本来このオペラの序曲に考えられていたオーケストラ曲があります。ここでは、印象的に何度も繰り返されるオフビートリズムと不協和音が、まさにラツァの嫉妬そのものを感じさせるのですが、曲としては大掛かりすぎてオペラの序曲にはふさわしくないと最終的に判断されたと見られます。その代わりにシロフォンから始まる現在の短い導入部が付け加わったのですが、この変ハ音と変ロ音がただ交替するシンプルなモチーフと、その後に続く流れるようなヴァイオリンの半音階だけで、ただならぬ気分を全て表現できたという点が、凄味を感じさせる点だと思います。
ついでながら、冒頭をIMSLPのボーカルスコアで見ると、調性記号はフラット4つなのでヘ短調または変イ長調なのかと思いきや、さっきのシロフォンもバスも変ハ音を執拗に主張しているので、これはあえていえば変イ短調の音楽なのかなと思えます。変イ短調イコール嬰ト短調なので、むしろシャープ5つの調性記号のほうが楽譜が読みやすいのでは?と思ったりするのですが、この先もそういう箇所ばかりなので、どういう意図でこうなっているのか意図がよく分かりません。転調している箇所でも、調整記号がそのままになっている箇所も多いので、確かにこれぐらいなら初めから記号が無い方がむしろ読みやすいのではと思います。驚くのは、第3幕の終結つまり全曲の最後の箇所も、やはり第1幕冒頭と同じフラット4つなので、これは統一感という意味で分かるのですが、実際の音楽は変ホ長調の和音が繰り返されで終わるということで、これもユニークです。この幕切れは、耳だけで聴いていても、何となく終止感が薄いように感じるので、あるいは完全なハッピーエンドを留保するという意味で、ドミナントのまま終わらせたのかも知れません。
やはりスコアを見てみると色々面白いのですが、ボーカルスコアしかISMLPに無いのは残念なところです。(ポケットスコアは1万円以上するようなので、ちょっと引いてしまいます)