読書記録69

ブラッド・メリディアン

ブラッド・メリディアン

本書は、現代アメリカ文学の巨匠コーマック・マッカーシーの邦訳書としては最新刊
だが、順番でいくと、有名な<国境三部作>『すべての美しい馬』(’92年)、『越境』
(’94年)、『平原の町』(’98年)や、アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した映画
ノーカントリー≫の原作『血と暴力の国』(’05年)、ピュリッツァー賞を受賞し最近
映画化され劇場公開していた『ザ・ロード』(’06年)よりもかなり前に書かれた
(’85年)作品である。
時は19世紀半ばのアメリカ開拓時代、物乞いや盗みで生計を立てていた14才の
少年は、「判事」と呼ばれる大男の誘いで、“頭皮狩り隊”とも言うべきインディアン
討伐隊に加わる。本書では、彼らを虐殺し頭皮を剥いで売る悪逆非道の日々が延々と描かれる。まさに他にあまり例を見ない衝撃的な凄まじい暴力の連続であり、残酷の極みであるが、この小説はアメリカの暗部を告発するというよりは、それら残虐行為と戦争を肯定し、賛美しているかのような印象を受ける。それは“悪の権化”である
「判事」の存在感が圧倒的だからであろう。つまり、「こんな残酷なことは人間の
することか?」ではなく、「上っ面の正義や平和がなんだ。これこそが人間なのだ」というマッカーシーの訴えである。
本書も、台詞に引用符をつけない、コンマを極力省く、心理描写や感情表現を一切
排するといったマッカーシー独特の超絶技巧的文体で綴られる。自然も人間も動物も、そして人間の行う残虐な行為も、皆同等のレベルで、あるがままに平板で克明な
リアリズム描写をしてみせている。
本書は、近未来を舞台にした『ザ・ロード』を、かなり時間をさかのぼらせた、一概に
人間やアメリカの悪を弾劾するとは言い切れない、重層的な物語である。