読書記録82

興奮 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 12-1))

興奮 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 12-1))

“ターフを走るサスペンス”、ディック・フランシスの<競馬>シリーズ。
’62年、デビュー作である『本命』で始まったこのシリーズは、’10年2月14日に
フランシスが逝去するまで、晩年の5作品は次男フェリックスの協力を得ながらも
全44作に及び、すべて漢字二文字のタイトルで邦訳されている。
MWAベスト・ノヴェルは前人未到の3回、CWAゴールド・ダガー賞1回、次点1回の
受賞に輝き、自身も’73・74年CWAの会長をつとめ、’89年度CWAダイヤモンド
ダガー賞、’96年度MWAグランド・マスター賞(共に巨匠賞)を受賞、英国における
ミステリーの大御所であった。
本書は’65年発表のシリーズ3作目にあたり、同年CWA次点(現在は廃止されて
いるが後のシルヴァー・ダガー賞、ちなみにその時のゴールド・ダガー賞は
ロス・マクドナルドの『ドルの向こう側』)を受賞し、一番初めに邦訳された作品。
早川書房の『ミステリ・マガジン』のアンケートをもとに’92年に刊行された
『冒険・スパイ小説ハンドブック』において、「冒険小説ジャンル」で堂々第6位に
ランクインした。
英国の障害レースで“大穴”が10回あった。明らかにノー・マークの馬に興奮剤が
与えられた徴候が見られたが、検査の結果はシロ。理事会のメンバーである
オクトーバー伯爵は、はるばるオーストラリアまでやってきて、27才の若き生産牧場の経営者‘私’ことダニエル・ロークに不正の真相究明を依頼する。探っていた競馬専門の新聞記者も謎の交通事故死を遂げたという命の危険も伴う依頼を口説き落とされて受けた‘私’は、牧場の厩務員に身をやつして潜入捜査を始める。
ストーリーは、‘私’の4ヶ月にも及ぶ活動が描かれるのだが、その巧緻に長けた細工を見破るまでの道筋もさることながら、真相にいたるヒントといい、そして悪事を暴いた後のアクションといい、意表をつくエンディングといい、実にサスペンスフルでスリリングである。
さすがは現代ミステリー史にその名を残す傑作。私はハラハラ・ドキドキのスパイ
・スリラーか胸躍る冒険小説でも読んでいるみたいな感動を味わい、まるで何かに
取り憑かれたかのように一気に読んでしまった。