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Team 若ゼミ Diary (Since 2015)

2018-09-21

オックスフォード通信(178)ドレスデンの復興


ドレスデンは塔の街と言われるくらい多くの教会の尖塔が立ち並びます

滞在しているホテルの目の前には Holly Cross Church があります。相変わらず高い所が好きなのでドレスデンの教会で一番高いと言われている聖母教会 (Frauenkirche Dresden) に登ってみましたが、塔の頂上からもいくつもの教会の塔が近くに遠くに見えます。

聖母教会は一見したところ、古く見えますがが内部にはエレベーターの設備があったり、壁も床も新しい感じがします。しかし壁の所々には煉瓦の壁がわざと見せるようにむき出しになっている所もあります。

降りてみて疑問は氷解しました。入口の前に巨大なコンクリートに鉄柱が突き刺さった残骸が鎮座しています。そうです。1945年、第二次世界大戦の末期の大空襲によってドレスデンの街はほとんどが廃墟になったと言われています。この聖母教会もその時に破壊されたようです。

しかし街を歩いてみて、修復工事や新規の工事を見ることはできますが、廃墟の跡形を探すのは現在では難しいくらいです。

そう、すべての教会や重要な建物が元の姿に復元、復興されているのです。資料によると聖母教会は1994年までは戦争のむごたらしさを示すために残骸のままだったとそうですが(イギリスリバプールにそのような教会がひとつありました)10年以上の歳月をかけて復元されたそうです。

復元にかかった月日から戦争のむごたらしさを感じることはもちろんですが、ドイツドレスデンの街の人達の復元にかける情熱と多大な苦労にしばし呆然とする思いでした。1994年というと東西ドイツ統一後のことですが、教会を復元しないことには新たな一歩を踏み出すことができないということだったのでしょうか。

一方でそのコンクリートの残骸の巨大さに空襲のむごたらしさも推し量ることもできます。戦後の平和な時代に生まれた者としては想像もつかないことですが現実として戦争がもたらす被害は建物、人の命を含め甚大であることを再認識させられます。特に、日本と同様敗戦国であったドイツは誰に同情されることもなく元の姿に戻そうと黙々とみんなが働いたのでしょう(戦勝国では戦争の被害は多大に同情されるが敗戦国では自らが招いた災いであるような認識を戦勝国が作ることが多い。この傾向はアメリカによる911テロ攻撃に端を発したイラク侵略にも見てとることができる)。あらためて戦争の被害を真っ先に受けるのは一般庶民であり、その庶民に戦勝国も敗戦国もないとの思いを強くします。

さて、ドレスデンでスーパーマーケットに行ってみたのですが、日本のスーパー以上に商品がレベルも含めてきちんと揃えられています(イギリスのスーパーは商品が並んでいるだけという感じで雑多な印象を否めません)。合理的という点では日本のスーパー以上かもしれません。床にゴミが落ちているということもなく清潔感があります。

市電は時刻通りかどうかはわかりませんが、効率よく数多く運行されているようです。性善説に則っているのでしょうか、電車のチケットはプラハ同様、改札もなく極端にいうとただ乗りもできそうです。しかし、今日、トラムにのっていて、突然、車内検札がはじまりました。電車に乗ったときにドアの横に厳しい目をした人が立っているなあ、と思っていたのですが、しかもポケットに大きなクレジットカードの読み取り機のようなものを持っている。うーん、内心怪しいと思っていたのですが、私が乗り込んですぐにもう一人の係員と「切符拝見」という感じでチェックがはじまりました。もちろん、(そんなことがあろうかと思っていたわけでもないですが)私はチケットを買っていましたので問題なかったのですが、驚くことに私の見る限り車内の乗客(かなりの人数でした)誰一人、無賃乗車はありませんでした。学生は学生証をみせろと言われていましたし、短時間にかなり丁寧なチェックを行っていました。

成熟した街というのはいいすぎなのでしょうか、改札もなく、チケット売り場とチケットの有効化マシン(Validation)があるだけですが、皆がルールを尊重し遵守する。モラルが高いと言った方がいいのかもしれません。実際、経費としても無駄な改札や駅員も不要ですので、少ない経費でトラムを運行することもできます。イギリスや日本とは異なる価値観を見たように思います。

一方で日本とドイツの相違は何だろう、とも考えていました。午後、フォルクスワーゲンの工場見学ができるというのでトラムで3つほど東の駅で降りて行ってみました。残念ながら定時の工場案内は英語版は1時間半先だったため、自分で勝手に見て回る形だったのですが、ガラス張りで、エアコンがかかり(恐らく)、木のフローリングの床の美しい工場はクリーンかつ効率がいいように見えます。日本のような安全第一や目標達成のような張り紙もありません(この工場だけかもしれません)。工員のみなさんも映画にでてくるような真っ白のつなぎの作業服で淡々と仕事をしていました。

そのような姿をみながら、ドイツは美しく生きようとしているのではないか、と思い始めました。いや、効率よく生きよう、合理的に仕事をしようと言った方がいいのかもしれません。トラムの切符についてもそうですが、みんながルールを守り美しく生きることが結果的には効率が上がりひとりひとりの生活が豊かになるのだと。美化しすぎかもしれません。ただ、プラハの街を覆い尽くしていた落書きもこのドレスデンではピタリとはいいませんが激減していました(落書きされないように、先手を打って落書き風の看板もありました)。

夕食は少し早い目のスタートになったのですが、外のテーブルに席を取って頂いてゆっくりと楽しく食事を楽しむことができました。路上パフォーマンスにしては上手すぎるギターリストの音色も聞こえてくる中、テーブルの上のロウソクがゆらゆらとしていました。まだ明るい頃はそうでもないのですが、薄暗くなってくるとロウソクは半径20cmくらいしか照らすことができないのですね。でも食事には他のお客が見えないのでその方が都合がいい。何か面白いように思いました。あまり肩肘張らずに、ロウソクのように半径何センチくらいを照らすことができるような仕事ができればいいのではないか、そのような気持ちになりました。

ドレスデンの復興、ドイツ人のライフスタイル(文化、コンテクスト、言語、民族性)などを考えながら電車で2時間半移動するだけで大きく変化する街と人々の様子にいい刺激を頂きました。

いよいよ明日は最終訪問地のベルリンへ移動します。

(2018.9.21)

★今回の教訓:そういえば、延暦寺根本中堂には「一隅を照らす」という最澄伝教大師の言葉があった。一隅を照らすとはそういうことなのか。ひとりひとりがロウソクのひかりの範囲を照らすことができれば世の中はそれだけで明るくなる。
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