ハノイの日本人

アイドル、ジャニーズ、サッカーなど。

ジャニ友、natalia さん編。第1部

今回登場していただいたのは、「行き行きし」という KAT-TUN を中心にしたブログを書かれているnataliaさんです。木村拓哉 について、KAT-TUN赤西仁 について、がっつり語ってもらっています。かなり長文になっていますので、気合いを入れてついてきてください。


ーー natalia さん、ブログではラジオのことも頻繁に言及されていますね? 音楽もいろんなジャンルを相当聴かれているようです。まずは音楽遍歴から探って行こうと思います。よろしくお願いします。
natalia:よろしくお願いいたします。


◉行き行きし
http://d.hatena.ne.jp/nataliagoing/about


——最初に買ったレコード(CD)はなんですか?
natalia:これが、正直よく覚えていないんですよ。自分の記憶にあるのは、ビリー・ジョエルのベストなんですけど、絶対それより以前にも何か買っていた気がするんです。だけど、いくら思い出そうとしても思い出せなくて(笑)。
最初に借りたレコードだったら覚えているんですけどね。斉藤由貴さんの『 AXIA 』というアルバムでした。当時から今でもそうなんですが、世間になじめていないような印象のある女性タレントにシンパシーを抱くタイプでして(笑)。



——斉藤由貴! 私はクリアファイルに斉藤由貴の切り抜きを入れていました(笑)。青春という名のラーメン!!
natalia:なんと! 今度は斉藤由貴トークしちゃいましょうか(笑)。
えっと、ワタシの音楽遍歴は、こちらを見ていただけると分かりやすいかもしれません。


http://d.hatena.ne.jp/nataliagoing/20101102


——早瀬優香子、リックアストリー、ガンズ… 脈絡ない(笑)。でも、ガンズ から KAT-TUN という流れが書かれているのか。なるほど。B’z の松本さんは ガンズの影響も受けてるでしょうしね。
natalia:そうですねー。ワタシ、B’z のことはそれほど詳しくないんですが、松本さんは LAメタルが大好きなんだなぁ、という印象です。本家 LAメタルがほぼ懐メロ状態になってしまっているなか、国は違えど現役バリバリのお二人はすごいなあ、と思います。
そういえば、そもそも、なぜいまいちはっきり思い出せないかというと、一般的に最初にレコード(CD)を買う時期って、だいたい小学校高学年〜中学校くらいなんじゃないか、と思うんですが、その頃すでにワタシはラジオを聞き出していまして。なので、そっちに夢中で、夢中で、いわゆるメジャーなタレントさんにはお茶の間程度の興味しかなかったというか(笑)。


——ラジオに夢中ですか?
natalia:どのくらい夢中だったかというと、中学校1、2年の頃は、名古屋のCBCラジオの番組表を朝5時から朝5時まで(笑)。見ないでほぼスラッと言えたくらい大好きで。いつ寝てたんだ、と言われそうですが、一日中つけっぱなしているとそのうち覚えてしまったというか。


——記憶力のいい時期に、ラジオの情報が頭を占領して行った(笑)。
natalia:もう、刷り込み状態というか。ほとんど洗脳ですよ洗脳(笑)。「榎さんのおはようさん」から「歌うヘッドライト」まで。もうニッチすぎる(笑)。あ、今でもエンディング歌えますよ。♪元気に行こう元気に行こう夜明けのなかまた〜ち〜、って(笑)。あと名古屋の東海ラジオが日曜日は午前二時台に放送が終わってたんですが、その時に流れてた東海ラジオの歌も歌えます♪トップとうかい東海ラ〜ジ〜オ〜・・・子どもの時の記憶って怖い(笑)。体に染みついてる(笑)。突然こんな歌を歌いだして、本っっっ当にすみません!誰も分からないとと分かっているんですけど、そのくらい好きだった、ということで。
だからと言って、CBCラジオの全番組が好きとかそういうんじゃないんです。もちろん、好きな番組もたくさんありましたが、それ以上に、とにかく「CBCラジオという存在」が大好きだったんです。良いとか悪いとか好きとか嫌いとか関係無く一日中聞いていたんですよね。今思うと、なんで特に好きじゃなかった番組まで聞いてたか不明なんですが。


——つボイノリオさんは? 私は KBS京都で つボイさんの深夜放送を毎週聞いていました。細木数子とケンカしたりもしていましたよ(笑)。
natalia:つボイさん! wakita-Aさんの口からその名が出てくるとは! でも、残念ながらワタシが聞いていた中学校のころ、つボイさんは名古屋であまり存在感がなくて。今はすっかり名古屋の朝の顔になっていらっしゃいますが。



——そうなんですよねー。つボイさんが深夜以外で話されているのが想像できないです。当時は毒吐きまくりでしたから。鶴光さんの『オールナイトニッポン』とつボイさんの『ハイヤング京都』は、神のようにあがめられていましたよ。
natalia:へ〜そうだったんですかー。ワタシが好きだったのは『小堀勝啓のわ!Wide とにかく今夜がパラダイス』と『mamiのRADIかるコミュニケーション』でした。特に前者の番組からは、多大なる影響を受けましたし、ワタシが CBCラジオ好きになった原因でもあります。
まあ、ワタシが異常なラジオ好きという事を差し引いても、特定の誰かに入れ上げるより、色んな音楽を聴いている方が楽しい、というタイプだった気がします。今でも、KAT-TUN以外には、特にのめりこんでいる対象はないので、スタンス的にはそんなに変わっていないなあ、と思います。
あ、ただ、のめりこむと基本的に長いし、一度のめりこんだ人に対して嫌いになることはまず無いかも。典型的な熱しにくく冷めにくいタイプですね。粘着質なんですよ(笑)。


——私も同じジャンルの音楽をずーっと聴くのが無理なんですよ。だから、ジャニーズや HIPHOP が好きなのかなって思うんです。いろんな要素が詰め込まれているので。
natalia:ああ〜なるほど。


——最初に好きになったジャニーズはなんですか?
natalia:基本的に、子どものころはアンチジャニーズでした。光GENJI などクラスの皆が騒いでいる時などは、むしろ「うへぇ…」と思っていましたし。とはいいつつ、特別積極的なアンチというわけでもなく、基本ミーハーですので(笑)、ベストテン番組などは普通に楽しく見ていましたし、ジャニーズの音楽自体は嫌いじゃなかったです。


——そのあたりは同じですね。
natalia:小学校高学年から中学校時代はラジオ!ラジオ!で、アイドルは横目で見ているくらいのスタンスで。そのうちに、FMも聴くようになり、洋楽にはまり・・・という感じで、心理的にも物理的にもジャニーズとは距離を置いていました。
そんなワタシがドカンとはまったのが、デビュー直後の 木村拓哉さんです。ファーストジャニーズであり、多分、彼を超える人はこれからもワタシの中で現れないと思います。なぜなら、ワタシの価値観を換えてくれた存在なので。


——なにが特別だったのでしょうか?
natalia:なぜはまった、と言われれば、特にきっかけもなく。偶然『セブンティーン』かなにかで見た木村さんに一目ぼれした、というか。見た瞬間撃ち抜かれました。とにかく、カッコよかったんです。本当に、本当に、ただただカッコよかった。


——うん。ジャニーズの話になってきました(笑)。
natalia:すみません。ここまでわけわかんないラジオトークばかりしちゃって(笑)。その当時、まだ SMAP は全然売れていなくて、今のような状況になるなんて一ミリも片鱗がない時代です。ある日、本屋で立ち読みしていて、たまたま彼の顔を見て、瞬間で「この人カッコいい!!!!!!だ、誰?!」と衝撃でした。もう、自分で言っててもお恥ずかしいことこの上ないんですが、でも、事実なので(笑)。


——私は恋愛ではないですけど、最初の紅白で稲垣吾郎くんを観て、SMAP に衝撃を受けたんです。そのとき「SMAP に入りたかった!」と思いました。過去形なのはそのときの年齢がすでに20歳だったからです。なんて言うか「運動神経が悪い子でもジャニーズに入ってよかったんだ!」って驚いたんですよね。あと『キラキラ星』が挿入されていたことにもシビれたな。明らかに、今までと違うグループだと思いました。
natalia:運動神経が悪い子ですか(笑)。でも、当時の稲垣くんには、SMAP で一番知名度ある子ってイメージありましたけどね。デビュー前から朝ドラ『青春家族』に出たり、映画『さらば愛しのやくざ』に出たり。


——いや、ジャニーズって、私の中ではクラスで人気があるスポーツのできる子ってイメージがあったんですよ。だから、ダンスが下手なところに親しみを覚えたというか、、、ああいう文系タイプの子っていなかったでしょ? 本木さんなんかはそういうタイプだったのかもしれないですけど。
natalia:確かに昔の方がバク転とか必要とされてたイメージありますねー。あと、紅白初出場懐かしいですねえ。衣装早替えあったりしたなー、とか。でも、ワタシがジャニヲタ体質じゃないな、と思うのは、「キラキラ星」に対して、ワタシは当時、気持ち悪くて仕方がなかったんですよ。今はネタとして楽しめますが(笑)。「唐突にキラキラ星とかなんやねん!アホか!」と感じてました。「カッコ悪!やめろよ!」と思ってましたね。てか、「そもそもスマップってそういうキャラじゃねぇのになあ・・・こういう可愛らしいの似合わない」と感じてました。


——そのあたりで、いろんな人に対してのフックが用意されているってことですかね。いろんな物が盛ってある。
natalia:そうなのかもしれませんねー。
木村さんに対するスタンスは、なんというか、言ってみれば、「本気愛」ですよ(笑)。寝ても覚めても木村さんのことしか考えていない位好きだったんで。1991年末ごろから1994年くらいまでのワタシは熱にうかされたように木村さんが好きで好きで好きで。もう、SMAP の他のメンバーは全然目に入らなくて、とにかく木村拓哉「だけ」が大好きだったんです。
その頃の木村拓哉のことだったら、いくらでも語れる気がするんですが(笑)、だからと言って、ジャニーズを語れるか、というと、多分、全然語れないんですよ。なぜなら、木村拓哉「だけ」しか目に入ってませんから(苦笑)。あと、SMAP のアルバムもほとんど聞いたことが無くて。もちろん、SMAP は好きでしたけど、それ以上に木村拓哉が大大大好き、という(笑)。


——じゃあ、私と真逆ですよ。私はCDだけしか聴いてなかったですから。テレビ持ってなかったので。
natalia:へぇ〜そうなんですか。
あ、思い出した! SMAP の曲といえば、ワタシ、彼らの2曲目の『正義の味方はあてにならない』に衝撃を受けまして。作詞が 小倉めぐみさんなんですが、この曲を最初に聴いたとき「これ、一見コミックソング的だけど、歌詞すっごい深いじゃん!」と、驚きましてね。だって題名が『正義の味方はあてにならない』ですよ! ジャニーズは幅が広いので、コミックソング的なものもそれまで沢山あったと思うんですが、これは一見コミックソングに見えるけど、よくよく歌詞を読むとすっごい深いなあ、と当時感銘を受けたんです。まず最初から「 ♪ 行け行け僕 学級委員だ へいへい 名誉のある なんでも係だ そうそう」って!「学級委員」を称して「名誉のあるなんでも係」という定義づけ!最初の二行からどんだけエッジ利いてるんだよ!と(笑)。



——なるほど! 言われてみれば、この曲は大事かもしれない。かなりシニカルな見方をしてる。
natalia:一曲目のジャニーズ正統派路線が一位をとれなかったから、二曲目はこの路線で行こうと決めたのかなんなのかわかりませんけど、今考えたらこれをシングルにした事務所とビクターすごいな、と。
そうそう、ワタシ、SMAP の歌う小倉めぐみさんの歌詞が大っ好きなんですよ。夢や愛をベースにしつつもエスプリが利いた視点で世界観を描ける人だな、と思っていたので。『がんばりましょう』などもそうですが、初期の SMAP のブレイクを支えた一人は間違いなく小倉さんだと思っていますし、確か 94,5年の雑誌で大月隆寛さんも小倉さんを褒めていらっしゃったりして、歌詞に対する世間的評価も高かったと思うのですが、もう何年も歌詞を書かれている様子がないのが寂しくて。心底消息を知りたいんですよね・・・。


—ー大月さんが褒められていたのは、ナンシー関さんとの月刊『クレア』での対談ですよね。私も読みましたよ。
natalia:そうです!そうです!その対談です!! 懐かしいな〜。当時読んだとき、SMAP の本質を理解してくれている人がいる!ってすごくうれしかった覚えがあるんですよー!


ーーたしかにこの歌詞は『がんばりましょう』と似た雰囲気がありますね。じゃあ、2曲目ですでに SMAP はこれまでのジャニーズより頭のよいグループとして方向づけられていたってことか。それは発見ですね。
natalia:頭のよいグループかどうかは分かりませんが(笑)、正統派だけじゃないよ、とハッキリ方向性を打ち出していたのは確かだと思います。
あ!あと思い出した! 2枚目のアルバムのジャケ写も大好きだったなあ。見ていただくと分かるんですけど、すっごい躍動感があるんですよ。ぜひ画像検索して見ていただきたいです!! ジャケ写見た時「今までの静止画的カッコよさや可愛らしさを提供してたジャニーズとは、見せ方が違うなあ、好きだなあ」と思ってました。
そんな感じで、自分は大好きでしたが、全然売れてなかったスマップが、まさか、平成を代表する大スターになるとはその当時は全く思ってなかったです。でも、大スターになったことに対して、驚きはあまりなかったです。むしろ、好きになった当初「どうしてこんなに世間的に知られてないんだろう?」と思ってましたし、ブレイクし、「キムタク」という日本を代表するアイドルタレントになったことで、売れてない時代に見つけた自分の眼力を証明されたようで嬉しかったです。と、同時に「当然でしょ」と思っていた気がします。「ジャニーズに全然興味なかった自分をここまで好きにさせた人間が魅力がないわけないじゃない!」と感じていたので。


——その頃の 木村拓哉 について、もう少し教えてください。当時から、もう今のような 木村拓哉 だったんですか? 例えば、ラジオでのトークとか… 。ルックス的には、今よりもずっと頼りない感じの印象でしたよね?
natalia:個人的には頼りない、という印象を持ったことは一度もないです。そんな人だったら、ワタシ、価値観変えられてないですよ!! 発言については、アイドルという立場にいることでなめられることを嫌っていた印象がありますし、なによりも自分らしく自然体でありたい、と強く思っていたように見えました。そういう気概がとにかくカッコよかったというか。ただルックスだけの存在だったらここまで好きになってないし、価値観変わりませんでした、きっと。


——じゃあ、木村拓哉 は最初から 木村拓哉だったわけですね。
natalia:はい。そうです。
ただ、これだけは言っておきたいのは、当時の SMAP の存在感は、光GENJI やそれまでのジャニーズとは違って、非常に傍流感があったって事です。傍流というか異端というか、そんな感じです。


——それは80年代にあったような音楽番組がなくなって、SMAP の存在がお茶の間まで届かないという意味でしょうか?
natalia:それもあったと思います。SMAP がデビューしたころ一気に歌謡番組は終わってしまいましたし。あと、光GENJI が大ブレイクした余韻がまだ残っていて、それに隠れてしまってた感もありました。
でも、それだけじゃなくて、本人たち自身も「俺たちは 光GENJI とは違って王道じゃない」という意識があったような気がするんですよね。王道を目指さなかったのか、目指せなかったのかは今となっては分かりませんが。あくまで、光GENJI のようなそれまでのジャニーズ王道路線に対しての傍流、という意味です。


——なるほど。光GENJI というジャニーズの価値観を極限まで表現し尽くした存在があったために、SMAPオルタナティブの道を意識せざるを得なかったということか。そこに負けず嫌いな木村拓哉という存在がハマったと、、、
natalia:オルタナティブ!まさにそんな感じです。
ワタシがたとえ 木村拓哉 に一目ぼれだったとしても、彼の属していたグループが SMAP じゃなかったら、あそこまでのめりこまなかったと思います。彼以外のメンバーが目に入っていなかった、と言っておきながら矛盾しているようですが。
あと、これは、自分の気質なのですが、ジャニーズに限らず、ワタシは、グループでデビューした人は、ソロになってもグループに属していた時の魅力を見つけられないことがほとんどでして。所属しているグループで輝いているからこそ、その人のソロ活動も安心して楽しめるんですよ。ソロが良い悪いっていう問題とは別に、これはもう生理的なもの、というか。もちろん、どんなスタンスで仕事をしてもそれは自由ですし、ほかの方がどんな応援のスタンスでも構わないんですよ。ただワタシは、SMAP にいる 木村拓哉 に魅力を感じなかったら、心から熱中出来なかったと思います。


——それはメンバーとの関係性で見えてくるものがあるということなんでしょうか?
natalia:関係性・・・うーん、それもありますが、単純にワタシが「何かを背負ってる男」が好きなんです(笑)。
ですので、一目ぼれした直後、木村拓哉がジャニーズと分かり「えぇ?ジャニーズかよ・・・なんだかなぁ・・・」とガッカリしたんですが、SMAP のテレビ・ラジオ・雑誌などを見ていくと、それまで思っていたジャニーズ所属タレントとはかなりかけ離れたスタンスで発言をしていることにすぐ気づきまして。もちろん、デビュー直後にパナソニックのタイアップCMがついたり、レギュラー番組『夢がMORIMORI』に出たり、今考えると事務所の方では 光GENJI の後継者として王道を歩ませようとしていたんだな、ということが分かるんですが、当時彼らが売れていなかったことも相まってか、「光GENJI と全然違って、自由な感じがするなあ〜」と感じていました。



——それはどのあたりでそう感じたのでしょう?
natalia:その当時はまだ今ほど一般的にアイドルタレントに「キャラ立ち」を求められていなかったと思うんですが、彼らは見た当初からキャラが立っていて、そこがすごく楽しかったんです。


——「キャラ立ち」は SMAP 以降に語られだした言葉ですよね。うん、うん。
natalia:だから、木村拓哉個人としてだけでなく「スマップの木村拓哉」としても魅力的でしたし、そもそも、彼個人のみの仕事って、当時はそんなになかったので、嫌でもほとんどが「スマップの木村拓哉」として見ていたんですが、それが全然苦痛にならなかった。


——じゃあ、アイドルとしてデビューして、売れなかったから方向転換したわけではないんですね?
natalia:違います違います! 全っっっ然違います!! 彼は、売れてない時期も「アイドル」と定義されることで向けられる世間からの視線を、非常にうっとおしく思っていた印象があります。
最初から王子様キャラではなかったですし、こちらの理想を押し付けることができるような神秘性もなくて(笑)。でも、そこがすごく好きでした。
今では、すっかり SMAP 方式の売り方が王道になってしまいましたが、少なくともワタシの中では、今でも SMAP という存在は伝統的ジャニーズからは外れた異端児として位置づけられているんです。というか、メジャーでありながら異端児であり続けてほしい、と思っているというか(笑)。「未だに?」と言われそうですが、逆にもうすぐ40代に入る彼らがどう活動していくのか、また別の意味で楽しみになってきているんですよ、最近。というか、そもそも 40代でメジャーアイドルでありつづけていることそのものがすでに異端という(笑)。


——本当、そうですよ。世界にもないんですから。未知の領域です。ところで、最初に行ったライブはなんですか?
natalia: a-haです。友達が好きだったので、誘われるままに行きました。ただ、その当時すでにa-haは落ち目で、コンサートの構成が1曲目『 Take on me 』
中間に『 Take on me 』アンコールに『 Take on me 』というヒドイものだった、ということが、今でも忘れられません。という自分も『 Take on me 』しか知りませんでしたし、他の客の大半もそんな感じで『 Take on me 』しか盛り上がらない、色んな意味でショッパイコンサートでしたねえ。帰り道友人ともども「なんだかなー」的な気分になったことを鮮明に覚えています。


——SMAP のライブには行かれたんですか?
natalia:最初に言ったライブが、’92年の夏の名古屋です。このコンサートはよく彼らもネタにしてる、客が半分くらいしか入っていなかった、ある意味伝説のコンサートで(笑)。


——おおっ。ターニングポイントだ。しかし、名古屋はよくそういう伝説をつくってますよね(笑)。全盛期のプリンスも半分だったとか。
natalia:えぇ?!プリンスもですか?! てか、嬉しくない伝説ばっかじゃないですか(笑)。で、彼らはそこで「やばい!」と実感した、みたいなことを言ってましたが、個人的には初めて入ったコンサートという事や、周りもすんごい楽しそうだったこともあり、全然みじめに感じませんでした。多分、もともと売れてたのが落ちたとかじゃなかったからかもしれません。だって本当に売れてなかったですもん。まあ今のジャニーズならタダ券配ってでも埋めるんでしょうが(笑)。


——KAT-TUN にハマったきっかけはなんですか?
natalia:ワタシ、90年代後半〜2000年代前半まで、あまりテレビを見てない時期がありまして。なので、いわゆる Jr. 黄金期みたいなものは、全く接点がなかったんですよ。スマップに対しても、大ブレイクをしたあとはかなり遠ざかっていました。コンサートも全く行っていなかったですし。なので、KAT-TUN のことも、グループ名が読める程度で、誰が誰だか、という状態でした。一般的にブレイクしたと言われている『ごくせん』の時も、テレビをほぼ見ていなかったので、本屋に行って急に亀梨くんや赤西くんの表紙が増えた時「なにこのヤンキー崩れっつうかホスト崩れみたいな奴らは?!」と思っていました。


——ああ、宅さんともジャニーズのホスト化の話をしていましたが、KAT-TUN あたりからそうなるんですかね? いや、ジュニア時代の大野くんとかもそんな感じだったか…
natalia:え?そうなんですか?へぇ〜。
で、05年秋に『野ブタ。をプロデュース』を偶然見まして。もともと、母が、野ブタ。の脚本の 木皿泉さんが書かれた『すいか』というドラマのファンでして。その流れでなんとなく『野ブタ。』も見てたんだと思います。母親は『野ブタ。』にはハマらなかったんですが、ワタシがハマりまして。なので、最初は 山下くんと『ごくせん』のブレイクした内の一人、という認識しかありませんでした。亀梨くんの名前もなんとなくしか知らない感じで。



natalia:ですが、見ているうちに、どんどん亀梨くん自身と、演じていた役がダブって見えてきた、というか。それは、彼が演技が上手かった、というよりも、それ以上に、その役がとる「世間と自分との距離の取り方」と彼自身の距離の取り方と非常に似ているのではないか、という風に見えたんですね。彼の事、当時全然知らなかったのですが、そういう印象を強く持ちまして。演じている 亀梨くんを見ながら「この人もしかしたら、人にかかわりたいくせに、人に心を開くってことが苦手なのかもしれない・・・」と、その空気感に目が離せなくなり。
で、決定的だったのは、7話の最後で『俺は寂しい人間だ』というセリフがあったんですが、それを聞いた時、「うわあぁ、このセリフがこんなに臨場感をもって言えるって、この人自身にも絶対そういう部分があるからだ!」と修二(役名)と亀梨くんが完全にがシンクロしてしまい、心が揺さぶられまくって、そこから彼の情報を調べ始めたのがきっかけですね。
でも、その時はまだ KAT-TUN というグループのことは、よく知りませんでしたし、特に興味もなかったんです。が、YoutubeKAT-TUN の歌と映像を見て「うっわ!今どきのジャニーズって、昔と全然違うやん!かっけえええ!」と衝撃を受け、『海賊帆』というDVDを見て、「こんなかっこいいことやってる!なにこれ・・・!」と、さらなる衝撃を受け、以降、今に至る(笑)みたいな感じです。



——前にも Oさんともここで語ったことがありました。KAT-TUN デビュー前の方がかっこよかったって。KAT-TUN は持ってるポテンシャルを出し切らず5人になった気がしています。だから、例えば、KinKi Kids と比べてスタッフの力量に差がありすぎ!と思います。
natalia:スタッフの力量の差! 本っっっっ当そうですよ!!!!もうこれは今現在も声を大にして言いたいことなんですが、デビュー後の KAT-TUN の周りって本当に良いスタッフが少ない印象があります。たぶん、『ごくせん』のブレイクで「売れる」と見込まれたことが、ダメなスタッフに囲まれてしまった始まりのような気がしますね。要するに、ジェイストーム系列のジェイワンに入れられてしまったことが原因、といいますか。
当時は、嵐 もブレイク直前でしたし、手っ取り早く「デカく」して、スマップに対抗出来るグループにしようとしたのかもしれません。けれど、KAT-TUN のそれまで培ったものを理解せずに、安直に世間に口当たり良く消費されやすいよう、KAT-TUN の良い部分をどんどん削って丸くしてしまった、という印象があります。


——まあ、正直がっかりしましたよ。不良っぽい歌詞を軟弱そうなスガシカオに書かせるとか(笑)。SMAP夜空ノムコウ』の作詞者というだけで。スガさん本人もずいぶん苦労したようです。事務所としては松本さんとあわせて 200万枚を狙ったんでしょう。安易すぎる。
natalia:ホント安易ですよねー。『Real Face』の曲の良し悪し以前の問題で。スガさんも松本さんも素晴らしいクリエーターですが、方向性が違いすぎますしね・・・。ただ、今後お二人が組むことはまず無いので、ある意味貴重な曲なのかな、とは思います(笑)。

——たしかに(笑)。
natalia:今もスタッフはひどいもんですよ。KAT-TUN メンバー本人たちに対しては不満はないのに、どうしてここまでイライラさせられなければいけないのか。不満があるとしたら、そのスタッフに従ってしまっている彼らに、でしょうか。まあ、不満を言えるような立場じゃないのかも、ですが。
また、ジェイワン音楽部門の提供する音楽的視点が古いんですよ(笑)。制作現場で決定権がある人が、「ふた昔前くらいの洋楽をよく聴いてて、かつ、歌謡曲の良さもそんなに理解していないような人たち」っていう印象で。たぶんワタシと同世代くらいの中年ですよどうせ(笑)。なぜそんなこと言うかというと、ジェイワン音楽スタッフは、KAT-TUN の楽器隊にワタシが聴いていた世代のLAメタル系の大物を連れてきちゃうクセがありまして(笑)。誤解のないように言いますが、ワタシも LAメタルは大好きですし、素晴らしいと思います。が!KAT-TUN との相性が合わない合わない(笑)。だって、LAメタルって楽器のメロディーに存在感があるから、基本声量がないと聴けないでしょう。だけど、KAT-TUN のデビュー前の音楽の素晴らしさって、ロックじゃないんですよ! メロディーラインじゃないんですよ! ダンスに似合うリズムであり音色のカッコよさであり、セクシャルだけど繊細な歌詞なんです!!!!!!


——DVD『 KAT-TUN Live 海賊帆』を観ると、その感じはわかります。
natalia:あれは Jr. 時代の KAT-TUN の集大成ともいえる名作ですよね。あそこに KAT-TUN の本質が詰まっていると思います。
デビュー前の KAT-TUN の音楽をリードしてたのって間違いなく赤西くんなんですが、それは歌がうまいとかだけじゃなく、今流行っているカッコいい曲がどういう要素で成立しているか、というのを体で理解し、そして、その世界観を KAT-TUN として表現するための主導権をとっていたという意味で、です。もちろん内情は知りませんが、あくまでそんなイメージがあります。そこに、ふた昔前の感覚で音楽作られちゃ、もう、赤西くんじゃなくても反発したくなりますよ!
KAT-TUN はデビューまで5年かかってて、たしかに長い間デビューできないことはファンにとっても彼らにとってもとても精神的には苦しかったかもしれないんですが、逆にその間、活動の主体であった、BS でしか放映されない『ザ・少年倶楽部』という世間とは隔絶されたライブ空間で、自分たちが見せ方を考えて客を魅了するというテクニックを身に着けていったように見えるんです。ジャニーズの中での競争はあるとはいえ、世間的セールスを考えないでいられる空間の中で、KAT-TUN というグループが自らの手で事務所の予想以上に「ガラパゴス的進化」をしていってたんじゃないかな、と。なので、その世界を十分に享受出来たデビュー前の方がよかった、と思うのは仕方ないと思います。
Jr. という、ある意味自由な身分を謳歌出来たゆえに生まれた幸福と不幸を、KAT-TUN というグループから感じます。
でも、こういうのって、一般社会でも、よくあることだとは思うんですよ。例えば、少人数少資本でやってた先進的社内ベンチャーが結果を出した途端、その先進性を理解していない上の人たちが乗り込んできてデカい口たたいてひっかきまわす、みたいな、そんなイメージに近いですねー。
デビューする、ということは、特定の相手に表現することより、不特定多数に消費されることの方がずっと多くなるじゃないですか。赤西くんが留学だったり、今のようにソロになったのも、そもそもは「消費されること」に違和感を感じたのもあるのかな、と個人的には感じてます。「表現する」ということにこだわりがあったと思うから、余計に。
これは、wakita-Aさんとお話出来る機会があったら、してみたいんですが、ジャニーズが情報規制しているのって、完全に裏目に出てるなあ、と思うんですよ。ワタシ、Youtube がなかったら KAT-TUN にはまりませんでしたもん。もちろん、Youtube の存在は全面的に褒められた存在じゃないことも分かってるんですが、このグローバル情報化時代に「Youtubeの映像をブログに貼ること禁止」とか、完全に営業ツールとして Youtube を使いこなせてないと感じています。ファンなんて、一番の営業マンですよ。しかも今は世界への。なのに、ジャニーズ事務所は未だに寡占状態がまかり通った時代のままの体制で来てしまっていて。話がそれてしまいましたが、今ジャニーズを語ろうと思ったら、このことは外せないなあ、と思っていたので、ついつい(笑)。


——そこはもっと戦略を持ってほしいですよね。K-POP にいいようにやられてる。特に、ライブの映像はもっと有効に使っていいと思います。かなりマネされてるんだし。ただ、実はジャニーズも全面禁止してるわけではないでしょ? 嵐なんかは執拗に削除してますけど、他はタイミングを見て削除してますよ(笑)。
そういえば、KAT-TUN のこの前発売されたシングル『 BIRTH 』のカップリング曲『 STAR RIDER 』が素晴らしかったですよね。それについてこのブログでも書きまして、たぶん、その文章でここに来ていただいたんだと思うんですが?
natalia: そうですね。『 STAR RIDER 』は「5人の KAT-TUN のスキルが有機的にからんでアピールしている!」と、久しぶり(苦笑)に心から感じた曲で。それで、KAT-TUNファンじゃない一般の方はどのように感じたのかを知りたかったので、検索したら、偶然 wakita-Aさんのブログにたどり着き・・・という感じで、まさかインタビューにお答えすることになるなんて、思ってもみませんでした。偶然ってすごい(笑)。


——このブログの読者の tune さんが教えてくれたんですよ。AKB のファンの方なんですけど「KAT-TUN の『 STAR RIDER 』がいいですよ」って。感謝です。
では、KAT-TUN について聞きましょう。natalia さんもずいぶんショックを受けられた 赤西仁 の脱退が 2010年7月にありました。現在の5人の KAT-TUN についてどう思われているのか教えてください。
natalia:5人はよくやっていると思います。「よく頑張っている」。良くも悪くもそれに尽きると思います。


——このインタビューのためにマレーシアで『 KAT-TUN -NO MORE PAIN- WORLD TOUR 2010 』の DVD を買ってきて観ました。5人のライブに対する熱意は感じれてよかったと思います。
正直、私などは 赤西仁 が中途半端な状態で KAT-TUN にいることがマイナスになっていると思っていたんです。でも、いなくなってみると、やはり影響は大きかったですね。グループを愛するということが、私には理解できていなかったんだと思います。ファン心理についての考えが甘かった。
natalia:そうですね・・・。愛するという事が理解できていなかった、と世間的に思われても、仕方がないかもしれません。ただ、じゃあ、なぜ彼が中途半端な状態になったか、ということを考えると、ワタシは彼が「日本の芸能界の中で、グループの一員として責任を負って行動する」という「覚悟」を教える人がいなかったせいだと思います。
でもそれは彼個人の責任はもちろん大きいんですが、彼だけの責任とは言えないと思うんです。彼を、中途半端な存在、とまで言われるようにしかマネジメントできなかった事務所や彼以外の5人のメンバーにも責任はある、と思っています。そして、それを回避するためには、社長一族とグループメンバーの間に入って、「日本の芸能界の渡り方および個人とグループのスタンスの取り方」を教える立場の中間管理職的人間がいなければいけなかった、と思いますが、そういう人がいなかったんではないかな、とか。先ほども言いましたが、「消費される」という事への術を持つことを教えてくれる人がいなかったのだろうか、とか。もしくは、音楽的にだけでも、彼のやりたいことを理解してくれる人がいれば、随分状況は違ったんじゃないか、と思います。
KAT-TUN は、Jr. 時代にアマチュアとしては偉大になりすぎてしまったのかもしれません。そして赤西くんだけ、アマチュア時代に培った価値観からプロとしての価値観へ、抜け切れていないように見えるんです。
でも、アマチュア時代に培ったものは非常に大事だとワタシは思いますし、KAT-TUN の良さもそこから生まれたと思うので、それを失ってほしいわけじゃないんです。ただ、プロとして求められることと、自分の中の価値観とをもう少しうまく折り合いをつけてほしかったな、と。そうすれば、彼自身も周囲もずっと仕事がしやすくなったんじゃないのかな、と思います。
今、ジャニーさん以外の後ろ盾っているんですかね・・・。もちろん、今、彼が、アメリカで仕事しているスタッフは技術的に高い人々で、信頼できる人たちなのかもしれませんが、それはあくまで「ジャニーさん」という身元保証人(笑)のもとでのスタッフでしょうし。
今回、5人と1人になったことで、得した人は誰もいないと思うんです。事務所やグループ本体だけでなく、ファンも傷つき、なにより赤西くん本人が世間のイメージが非常に悪くなった、という結果になってます。
もちろん、事務所ばかりが悪いわけじゃないです。だけど、かといって、赤西くんがここまで世間に叩かれなければいけないほどの世間知らずに彼を育てたのは誰か、といえば、やはり事務所の責任は大きいと思います。もちろん、責任感云々は個人の資質によるところも大きいとは思いますが。けれど、それが欠けているタレントに対して、個性を消さないように理解を示しつつ教育していくのも、事務所の役割だと思うのです。
確かに、wakita-Aさんがおっしゃるように、特別 KAT-TUN を注視していない世間一般の人が見ても、赤西くんの09年後半くらいからの態度はひどかった時が多々あったと思います。そこに関しては、どんな言い訳も出来ないと思いますし、今でも反省してほしいと思うこともたくさんあります。世間一般が赤西くんを見る目が概して冷笑ぎみなのは、自業自得という面も大きいと思います。
けれど、ワタシは、赤西くんという存在は KAT-TUN にはなくてはならなかった存在だと思っていますし、KAT-TUN の方向性を担っていたのは間違いなく 赤西くんだ、と思っています。


——そこまで大きいですか?
natalia:さきほどの質問で、今の KAT-TUN について、ワタシ『「良く頑張っている」良くも悪くもそれに尽きる』と言いましたよね。それがこの問題と絡んでくるんですが、赤西くんだけでなく、組織のなかに「異質」な存在がいる、ということは非常に大切なことだと思うのです。特に同調圧力みたいなものが不文律に横たわっている日本社会のなかで、「異質」を生かすことが出来れば、それは非常に大きな武器になると感じるからです。
彼を生かしてくれるような能力のあるスタッフや懐の深さが、事務所、もっと言えば、KAT-TUN をプロデュースしているジュリーKにはないんだろうなあ、と感じてます。


——それはわかるような気がします。その異物感がグループにエネルギーをもたらす感じ。
natalia:赤西くんは、2004年5月にはすでに、とても軽い語り口ですが歌の間に『アメリカ行って歌とか歌えたらいいなあ〜』と言っているのですけど(2:40あたり)、ワタシはそういう「異質」な視点が KAT-TUN の武器であり核であった、と、思うんです。


ttp://www.dailymotion.com/video/xxigz_kat-tun-yyyyy_news


natalia:ふつうそれ冗談だと思うじゃないですか。それを留学→ソロ活動を経て現実にしてしまった赤西くんの行動力は、ファンとしてではなくただの一個人として考えたら一概に嫌いじゃないんです。むしろその行動力が羨ましいくらい。ただ、社会人として、そこに至るまでの態度と経緯が悪すぎた、と思います。留学時は記者会見をきちんとしたのでまあいいとしても、今回はなんだか最初から KAT-TUN は5人でしたよ、みたいな扱いにしようとしてるのが本当に嫌で。ただ、6人ともそれを受け入れざるをえない状況にあるのかもしれない、とも思うんですが。
でも、彼の本当の気持ちなんてわかるはずないなあ、ともどこかで思っていて。というのも、以前、スマスマに KAT-TUN が出たときに受けたインタビューがありまして、その記事の写真は、正直やる気なさそうに見えるんですが、インタビューの中では『事務所の先輩との共演が楽しくて楽しくて仕方がない様子だった』と書かれていたんですよ。まあ映像見ても楽しそうですけど(笑)。


SMAP x KAT-TUN(2010.01.04)
ttp://www.tudou.com/programs/view/8S4DhZ3W5Mw/


natalia:だから、本人が言うように誤解されやすいというのは、あったのかもしれません。しかし、彼自身その評価に逃げがちだった、という傾向があったと思います。誤解されやすいなら誤解されやすいなりに、伝える努力をすべきだったと思います。拙くても伝えたい意思があれば、その姿勢だけでも伝わりますしね。そして、これからは、喋ってアピールして何ぼ、の、「主張社会」アメリカで、彼が伝えることの大事さを理解して身に着けてくれたらいいな、と思っています。


——ソロですからね。全部、自分の責任ってことで。
natalia:本当そうですね。
一方、今の KAT-TUN に関しては「よく頑張っている」とは思うし、大好きだけど、でも、それだけ?とも思う時があるわけです。スタッフと波風立たせないことを第一目的にしていたら、表現者としてはあり得ないですよ。そして、赤西くんはソロ活動のインタビューを見るとかなり自分自身が関わって曲作りをしているようなのですが、それに引き替え、最近、KAT-TUN はスタッフにまかせてる、という趣旨の発言をしているんです。その時に、どちらが表現者として正しいかといえば、絶対に赤西くんじゃないですか。確かに赤西くんの 09年後半からの態度はいただけないけれど、でも、そこに至らせてしまうような環境に事務所がしてしまったのでは、と考えたりもするのです。つまり、赤西くんが曲をもっと時間をかけて作りこみたい、と思っても、それを否定され、彼が KAT-TUN として表現をしていくことに対してやさぐれてしまうような環境だったのではないか、という推測をしてしまうんですよ。
スタッフと話し合って理解してもらったうえで、自分の表現をするという具合に、足して二で割る、みたいな状態が理想なんですけどね(笑)。


——『 KAT-TUN LIVE Break the Records 』のDVD で 赤西仁田中聖 の掛け合いのシーンがあったと思います。これが凄くよかった。2人には黒いフィーリングがあるんですよ。でね、『-NO MORE PAIN- WORLD TOUR 』で 田中聖をセクシー担当にしてたでしょ(笑)。これ、あってもいですけど、やっぱり赤西仁が抜けた後なんだから、不良性を担当してもらうべきだったと思うんです。ちょっと、ドキッとするくらいの怖さを見せるとか。
natalia:あぁっ・・・!仰りたいことは痛いほどわかります! ですが、田中くんはああ見えてとても繊細な子なので不良性を担当しても若干痛々しさを感じてしまうかもしれません。でも、仰りたいことはよくよーく分かります!
今までの KAT-TUN のコンサートは、ファーストから赤西くんが音楽的に指針を決め、舞台上でも引っ張ってきた印象があります。そこで、ワタシを含め KAT-TUN の音楽やスタイルに魅力を感じた人というのは、最新の洋楽の要素がありながらジャニーズ伝統のグループという形態で歌いながら踊る、というステージに魅力を感じた人も多いじゃないかと思うんですが、それは、クラブなどに行って肌感覚で感じた流行をエンターテイメントに落とし込む、という、赤西くんの得意とするところに依ってた部分が大きかったなあ、と思うのです。だから、音楽的にも、ひいてはグループの方向性としても、やはり赤西くんは核だった、と言えるのではないか、と思います。


——そうですか。この DVD を観て、ライブの全体像を見てダメだしできる人がいないと感じていました。特に『 Going! 』で 田中聖のラップが入る前の4人の「Going! Going! 」が軽かったのにがっかりしたんです。あそこで緊張感を出せないんじゃ、ラップする意味がない。CD が発売したときには、みんな気合い入れてコールしていたのにな。田中聖が音楽面でリーダーシップを発揮するってのはないですか?
natalia:ああっ・・・!仰る通りです! 『ダメだしできる人がいない』というのが、今の KAT-TUN の一番の弱点かもしれません。そうです。足りないのは一言で言えば「メンバー間の切磋琢磨感」なんです。「オレが!オレが!」とお互いがお互いより一歩でも上へ行こうとすることで生まれる、ヒリヒリするようなカッコよさが圧倒的に足りない!けれど、これを理解してる事務所とレコード会社のスタッフが何人いるかと思うと・・・頭痛いですね・・・。
話それちゃいますけど、ワタシ、昔とはスタンスが違いますが、今でも SMAP が好きなんですけど、その理由の一つに、この「切磋琢磨感」がずっと根底にあるところが好きなんです。20年経っても馴れ合いがない、というか。本人たちも、仲良しを売りにしていないところがいいんですよ。でも、口に出さないけど、5人にしかわからない世界があるなあ、と感じられるところが大好き。単なる仲良しグループじゃないから、好きでいられるんです。
KAT-TUN も5人になったことで、どこか萎縮してしまった部分があるのはある意味仕方がないですし、いろいろ事情はあるのかもしれませんが、メンバーなりスタッフなり誰かが、客観的な視点で自分たちに「ダメだし」をしなくちゃいけない、と、ワタシも思います。ただ、KAT-TUN の良さ、つまり田中くんのラップや中丸くんの HBB(=ボイパ)を生かした編曲や振付が出来ないスタッフに、それを望むのは至難の業かも・・・。最近じゃ衣装までひどいから・・・。
そうそう、5人になってから KAT-TUN の武器を一番生かしてるなあ、と思った曲は、田口くんが田中くんと中丸くんを(多分自分から)誘ってやった『GIRLS』という曲があるんですが、これが最高にカッコよくて!!『STAR RIDER』は曲として良いんですが、KAT-TUN の良さを生かした、という意味では『GIRLS』に軍配が上がると思います。3人しかいませんが(笑)。でも『GIRLS』には赤西くんがいなくても、KAT-TUNの音楽的長所を生かせば、こんなにカッコいい曲が出来る、という一つの指針みたいなものがあると思います。それが出来たのは、田口くんが KAT-TUN の良さ、というものを客観的に理解していたからだと思うんですよ。だから、田口くんに音楽的長所はそんなにないかもしれませんが、自分たちの強みが分かっており、なおかつそれを楽曲に反映できる、という力があることは確かになったので、ワタシとしては「お願いだからこれ以上スタッフ関わらないで! KAT-TUN にプロデュースさせてくれたら勝手にカッコいいのつくるから!」と切に、切に、主張したいです!



——田中聖 がラガっぽいのをこれだけかっこよくキメられるのに(笑)。活かそうとしないのは本当に不思議ですよね。プロデューサーが HIPHOP を理解できない人ってのが最大の不幸って感じですね。
natalia:ですね・・・。現場レベルではいると思うんですが、現場レベルには権力なさそうですからね。なんてったって、ジェイストーム傘下ですから…。
赤西くんの音楽的視点をジャニーズで具現化出来ていたら、今まさに韓流グループの方々がやっていることとベクトルはほぼ同じだと思うし、それが今の日本で支持されているとすれば、彼の音楽的視点は非常に正しかった、と証明されたようなものだと思うんですよね。そこをメンバーや事務所の人のうちどれだけが理解していたか、彼の視点を生かしてあげるようなバックアップをどれだけとってくれたのか、はなはだ疑問です。
彼の心情は、2010年初頭に発売したシングル『 Love yourself 』に入っていた彼のソロ曲の『 A page 』という曲に込められているのではないか、と感じました。実際のところどうかわかりませんが。



◉ A page 歌詞
http://kashinavi.com/song_view.html?41300


natalia:ただ、今まで言ったことは、赤西くんがあくまで KAT-TUN の一員だったからこそのアドバンテージだったと思います。今のように、Jin Akanishi という一人のアーティストになってしまえば、特別悪くないし流行にのっていると思うけど、かと言って、他のアーティストに比べ音楽的にものすごく目立つわけでもない、流行のダンス音楽をやっているアーティストのうちのひとりであり、際立ったことと言えば今もジャニーズ事務所に所属していて、元アイドル時代のファンが大勢いる、ということだけになってしまったように見えるからです。
そして、赤西くんにとって最もマイナスだな、と思うのは、曲を作る際に遊ぶ余裕が全くなくなった、ということです。曲を作るとき、KAT-TUN の中にいればソロ曲はあくまで「余技」としてみなされます。グループにいつつソロアルバムを出しても、まあギリギリ余技としてみなされると思うのです。つまり、売り上げも特に気にせず、ある意味自分の思うがままの世界を曲に反映出来たと思うのです。でも、これからはそうはいかない。一曲一曲がすべて評価されますから。そこで赤西くんが踏ん張れるかどうか。赤西くんは、売れる売れないはさほど気にしておらず自分の好きな音楽を表現したい、という思いしか、昔も今もないように見えます。世間ではアメリカ進出したことで野心家のように思われてますが、ワタシは彼に対して、自分の感性に忠実に生きていたい人、という風に見えるのです。


——私もそう見えています。だから、勝負したいんだと思いますよ。
natalia:勝負・・・そうでしょうか。「勝負」という言葉には違和感があります。勝負する気だったら、もう少し、いやもう大分歌を練習するでしょう、と言いたいです。元旦もテレビで生歌披露してたんですけど・・・うーん、という感じでしたね。もし「歌で全米で勝負する!」という意識だったら、歌声から少しでも成長が感じられてもいいと思うので・・・。英語は上手になってると思うんですが、あの歌では・・・。もともと歌がうまかった人だと思うだけに、よけいハードルを上げてしまうのかもしれませんが・・・。


——数字的な意味ではなく「自分の感性が評価されるか?」という意味での「勝負」ですけどね。でも、歌の実力が上がっていないのであれば、未来は暗いですね。
natalia:「感性が評価されるか」という「勝負」なら、まさに、という感じですね。ただ、アメリカは歌の実力はもちろん、心身ともにタフさを求められる非常にマッチョな国、というイメージがあるので、その中でどこまでやれるのかな、とは思います。
彼がソロになりワーナーに移籍しアメリカに拠点を移したことは、単に自分がやりたいことを好きにやれる新天地を求めた、という印象ですね。本当の意味で勝負するんだったら、まず事務所およびジェイワンスタッフとすべきだったと思いますね。自分のやりたいことを実力で認めさせる、くらいのことはしても良かったのに、と。
でも、ワーナーはそんなことは関係ないので、ある程度売れることが分かっているから、新天地を求めてきた赤西くんに対して表現の場を与えた。それだけだと思います。たぶん、ワーナーが掲げる目標枚数さえクリアしてれば、そんなに口うるさく言う人もいなさそうなので、良くも悪くも伸び伸び出来るんじゃないですか?
ただ、今は双方の利益が一致していますが、それが一致しなくなったときどうなるのか、ある意味非常に興味があります。
で、さきほど、事務所に「異質」を生かすことが出来たか、という話をしましたが、それは赤西くんにも言えると思うのです。彼は客観的に見て同質の人と話すのを好む印象があります。同じような年齢で同じような環境で、という。いろんな国の人としゃべることは出来ても、だからと言って、そこから新しい価値観にインスパイアされているようには見えないんです。これは留学後の発言を読んでも思いました。なので、彼が自分と違う価値観を異質と排除せず、受け入れるまではいかなくても視野を広げる、ということが出来るようになれば、これから先の未来がもっと広がっていくのではないか、と思います。


——映画『 BANDAGE 』はどうでしたか? あれは異質でしょう? 私は凄く面白かったですよ。曲もよかったし。
natalia:あははっ・・・。あれは、外部の映画なので、そもそもの出発点が全然ちがうというか。映画は面白かったですし、曲自体は、まあ・・・好みじゃないですけど(笑)悪い曲じゃないと思います。ただ、赤西くんの要素を生かすことは全く出来ていなかったですし、赤西くんも 小林さんを尊敬していたからこそ「コマ」に徹していたように見えました。小林さんが 赤西くんのことを気に入っているのは対談などを読んでも理解できたのですが、反面、彼の音楽的要素を理解していたようには到底見えませんでしたし、そもそも理解する気も最初からなかったんじゃないですか。まあ映画は監督のものなので、それで良いんだと思います。


——そういう自分の創作意欲を刺激してくれる才能との出会いに飢えてるんでしょう。nataliaさんの話を聞くと、木村拓哉赤西仁 は共にグループを飛び出しかねない存在であったことがわかります。しかし、木村拓哉 はそうならなかった。2人の違いはやはり飯島さんやビクターのスタッフということになるでしょうか?
natalia:木村くんが 赤西くんと違う点は、大きく3つ要素があるのかな、と。一つは wakita-Aさんがおっしゃった周囲の存在。二つ目は、木村拓哉 の表現欲求の根底が芝居をすることであり、それはグループに存在していてもある程度満たされていたこと。三つ目は 森くんの脱退ですかね。それらの要素が絡んで、木村くんは結局独立しなかったのかな、と、ワタシは思います。もちろん、それだけじゃないんでしょうが、ワタシが想像する限り、ということです。
てか、そもそも当時の空気ならば、解散もしてないグループを飛び出して尚且つ事務所に所属したままでいる、ってちょっと考えにくい気がします。


——なるほど。では、第2部は「2011年のジャニーズ重大ニュース」と nataliaさんの「ジャニーズ・ソングBEST5」です。
natalia:よろしくお願いいたします。