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2009-08-22 雑司が谷白想 1  乃木繭子

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驟雨のあいだを見はからって、外に出る。

つややかに濡れたアスファルトに地上のものが映ると、それはいろいろな色のかたまりのようになって、かかとのまわりをあいまいに横ぎっていく。見あげるとかさなりあった灰色の雲が、つよい風にのってみるみる動いていく。

池袋駅から明治通りを南にくだって、ふいに路地に折れてしまえばすぐににぎわいは遠くなる。路地にはモルタル壁の住宅がひしめいて、今日はなぜか、派手な色のポロシャツを着た人とすれちがう率が高い。

雑司が谷そばに越して、ちょうど一年が経った。いまだに明治通りから雑司が谷駅に抜ける複数の路地の地図を、頭のなかに描けないでいる。このあたりの路地は、鬼子母神をかこむようにあちらこちらへ折れているので、道なりに歩くと、背後に感じていたはずの「古書往来座」から、いつのまにか遠ざかっていて戻れないことがある。

そんなことを言ったらきっと、小さいころからこの町に住んでいるムトーさんは笑うだろう。ブロック塀にぶらさがった鉢植えのハイビスカスと目があって、おもわず息を呑む。曇天にくっきりとひらいたハイビスカスのオレンジが、目の裏にいつまでものこる。

ひとりで長い距離をあるくことはほとんどない。移動のためでなしにあるくことを散歩、と呼んでしまうと、意味のないことを意味とするような物語を、そこに見つけなくてはいけないような気がして、かえってうごけなくなる。目的もなくあるくときはただ、自分の体がどのような形をしているのだったか、今日という時間がどのようなはやさで過ぎるのだったか、確かめたいだけなのだ、たぶん。

散歩のことを、上海語で「白想(パシヤン)」というのだと教えてくれたのは、1930年の林芙美子である。岩波文庫『下駄で歩いた巴里』より。あるくという行為ではなく、心のほうを字にあらわしたこの言葉を、芙美子といっしょになって「素的」だと思う。

さまざまな旅のなかで芙美子は、サイダーを分け合いながらおおらかに「白想」することもあれば、「めっちゃくちゃに」パリの街をあるいて「当度なく歩いている人間の不幸さ」を感じたりもする。この紀行文から当時の北京の、パリの、景色や情況をうかがいしることももちろんできるけれども、なによりすばらしいのは、芙美子の好きや嫌い、こころよい、や、さみしい、などの感情がこどものような無防備さで、まっすぐに表現されているその文体だ。林芙美子の、というより、あるひとりの少女の心の動きを、2009年の『Olive』に夢中になるように読んでいる、そんな現実感がある。語るためにあるくのではない、白い心でただあるくことだと、モンパルナスをすこしはずれた雑司が谷の路地で、小さくかかとを鳴らす。

『雑司が谷白想』はそんな散歩下手な人間の、視点のあまり動かない定点日記です。

同じ道をひきかえしたら、さきほどあんなにもたしかに見つめあったはずのハイビスカスが、ゆるやかにしぼんでいて、また息を呑んだ。告白をていよくかわされた男子のような気分で、帰路につく。調べてみると、ハイビスカスは一日花といって、朝に咲いた花が夜にはもうしぼんでしまうのだという。一日花はほかに、木槿や芙蓉など。夏の花。

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乃木繭子(のぎ・まゆこ)

目白在住の書店員。わめぞメンバー。

ブログ「空にパラフィン」http://mayukoism.exblog.jp/