わめぞblog このページをアンテナに追加 RSSフィード

わめぞblogへようこそ!

わめぞ年表    http://d.hatena.ne.jp/wamezo/20070114
わめぞ年表2    http://d.hatena.ne.jp/wamezo/20070115
メディア掲載情報 http://d.hatena.ne.jp/wamezo/20070113

2010-01-13 【連載】 雑司が谷白想 3   乃木繭子

[] を含むブックマーク

あ、と思い出したように踏切が鳴りだす。待っているこちら側か、わたりたいあちら側か、どちらかの鐘が遅れている。友だちを見つけて走りだす子どものように、遅れた鐘は拍子をはやめ、やがて背中をぽーんとたたいてひとつの音になる。荒川線沿いを歩いていると何度も聞く踏切の音だ。鬼子母神前をすぎれば「都電唯一の」と旅猫雑貨店のカネコさんが、「都電のおなかが見える」と古書往来座の瀬戸さんが言うあの陸橋が見えてくる。この小さな陸橋の下にもぐると、だれからも見える場所なのにうまく隠れたような気分になる。見あげる線路に乾いた草の葉がゆれている。


「ビアレストランアミ」はこの陸橋のそばにあるけれど、そう簡単には見つからない。陸橋から路地を少し入るだけなのだが、見渡しても住宅がひっそりと立ち並ぶばかりで、この一角に酒を出す店があるとは思えないし、柵にはりめぐらされた電飾と、「アミ」の赤い字が光る看板をこの目で見ても、その建物はごくふつうの一軒家にしか見えない。玄関に入れば下駄箱があり、目の前には短い廊下とゆるくカーブした階段があり、居間へとつづく襖がある。まるで親戚の家に遊びにきたようで、中に入ってもまだ信じられないが、襖をひらくとメニューを立てた机が並んだ「ビアレストラン」の空間になっている。


その日めずらしく「アミ」は空いていて、ムトーさんがビール片手におつかれー、と言った。ムトーさんは武藤良子さん。この雑司が谷で生まれ育ち、イラストレーターとして本や雑誌の装画、ときどきは展示もする。「わめぞ」はこのムトーさんの一声にはじまり現在にいたる。冬だろうと夏だろうとわしわしとどこまでも歩いて銭湯をめぐる。そのムトーさんとなんとなく飲むことになり「アミ」へ来た。ふたりで飲むのははじめてだった。


ムトーさんとはじめて会ったときのことを覚えている。グループ展で、原っぱに直立する針葉樹、のようなまっすぐな女の人が、長い髪をゆらして大きな口で笑っていた。どんな風貌の人なのかも知らなかったが、この人が武藤さんだと直感した。外市においでよ、とおおらかな口調で笑った。ムトーさんの絵を買う、と言うとムトーさんは急にうろたえ、本当にいいのか、無理しなくていいから、と何度も言った。ムトーさんが絵をめったに売らないことはあとで知った。値段をつけることを考えたら描けない、とムトーさんは言う。何度も描きなおした絵のことを、ムトーさんはしずかに、でも少したのしそうに話す。


東池袋の「あうるすぽっと」まで、その絵を見にいった。グレーの絨毯に日がさす白い空間に、ムトーさんの絵と、ムトーさん装画の本がガラスケースに入って展示されていた。


ムトーさんの絵はときどき、たどりつけない場所への地図のようだ。オイルパステルの強弱や濃淡、その上にかくかくと描きつけられた鉛筆の線を見て、あるいは明治通りから雑司が谷へぬける入りくんだ一角を思い、あるいはムトーさんの好きな大島弓子の『つるばらつるばら』(白泉社文庫)で、主人公継雄の前生であるたよ子が、継雄の夢の中でさがす家のことを思う。あの家につづく路地がこんなところにあったのか、と放心しながら、「武藤良子」のまなざしとまなざしが映す景色を見ていた。キャプションを見るとすべての絵が「非売品」になっていた。


「アミ」の夜、なぜかムトーさんは酔っぱらって、針葉樹は前のめりになった。ねむいーさむいー、とくりかえすムトーさんの腕は堅くて細く、絵を描く人の腕だと感じた。はいはいわかりました、といなしながら目白通りを歩く自分と、折れたムトーさんの姿を記憶の中で俯瞰していると、『つるばらつるばら』で継雄が働いていたバーのママが、最後に言う台詞を思い出す。

「バーはやるわよ いつあの子が帰ってくるかわかんないでしょ バーは永遠よ」

飲んでたのしくなった夜は、いつだって永遠のバーの夢を見る。

----------------------------------------

乃木繭子(のぎ・まゆこ)

目白在住の新刊書店員。わめぞメンバー。

ブログ「空にパラフィン」http://mayukoism.exblog.jp/