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2010-05-03 【連載】 雑司が谷白想 5    乃木繭子 このエントリーを含むブックマーク

鬼子母神の燈籠の前に、緑色の木と鳥の絵のついた囲いができていて、のぞきこむと作業着の人たちが土を掘っていた。文化財の発掘をしているのだと言う。鍬をにぎる人、スコップで土をはこぶ人、シャベルの先で土をこまかくはらう人とが、囲いの中でしずかに動く。あまり近くで見るのもわるい気がして、すこし離れたベンチからしばらく作業を眺めていた。参道を行く人のほとんどがふいに出現した囲いに足をとめ、話しかける。囲いのまわりに小さな公孫樹の葉が、とりとめのない読点のように落ちている。


鬼子母神通り商店街をすこし外れた雑司が谷公園まで歩く。先日、この公園で花見をした。ムトーさんに花見の日程を提案されて、この日がいいです、と言ったら、そうやって決めてくれるとたすかる、この日にしよう、とうれしそうだったことを覚えていた。ムトーさんは、外でおおっぴらにお酒が飲める桜と花火の景色を大切にする人だ。


しかし、その日の空は面倒な書類の束のように、朝から低く曇っていた。夕方には大粒の雨が屋根をたたき、傘をにぎる指先はしびれて、このまま雪になってもおかしくないほどだった。忘れたころに、ムトーさんから決行の知らせが来た。花見で倒れるなら本望、とムトーさんは言ったが、ムトーさん以外だれひとり本望じゃないのでは、と呆然としながら豚バラ肉を買って公園に行くと、雨にぬれたテントが、カセットコンロの青白い炎に照らされて浮かんでいた。背中をすぼめたわめぞの面々が車座になっていた。


料理上手のうーちゃんの味つけしたスープの中に白菜やワンタンが投げこまれる。スープが少なくなると、水飲み場から上向きに放射される水を往来座の瀬戸さんが鍋で受けとめて足す。テントを貸してくれたキク薬局のケンモチさんがあきれ顔で様子を見にきた。『HB』発行人のハシモトさんは遊具の吊り橋にしずかに仰向けになり、往来座で店番をしていた薄田王子は何度か連絡をいれたけれど姿を見せず、ギターを弾いていたのだとあとで人づてに聞いた。仕事を終えた古書現世の向井さん、立石書店の岡島さんも到着し、pippoさんが差しいれたインドカレーのルーを鍋のスープでのばすと、不思議な旨さのエスニックスープができあがった。ふやけた紙コップに桜の花びらがいくつか落ちた。


わめぞ、という集団になぜか引きこまれ巻きこまれるようにかかわって、まわりつづける遊具のまわりつづける時間を笑いころげながらしがみついていると、それぞれがいつのまにかべつの景色を見ているとふいに気がつくことがある。まばたきほどの空白に、はしゃぐ人たちのしずかな時間が見えることがある。ぬかるんだ公園でなにがあったわけでもないけれど、あの花見の夜に簡易テントの下で、スープの匂いを嗅ぎつけてくる猫をすこしずつ遠ざけながら、ときどきひとりに帰る人たちを見ていた。ひとりへの帰り道を知っていて、それを咎めないから、この雑多で困った集団がわたしはたぶん好きなのだと思う。


葉桜にかこまれた雑司が谷公園の日中は、子どもたちのカラフルな洋服でうずまく。バネのついた象のような遊具をあの夜、瀬戸さんがドリフト走行のように乗りたおしていたけれど、いまはだれも乗っていない。向かいにある廃校の校庭を用務員のような風情のおじさんが、廃校になる前からずっとそうしているみたいに箒で掃いている。帰りぎわ、鬼子母神の発掘現場の囲いには「埋蔵文化財の発掘をしています」という看板がぶらさげられていた。いちいち答えるのがしんどくなったのかもしれない。もう、雑司が谷の町のどこにも桜は咲いていない。


桜また散るに一年かかります(池田澄子)


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乃木繭子(のぎ・まゆこ)

目白在住の新刊書店員。わめぞメンバー。

ブログ「空にパラフィン」http://mayukoism.exblog.jp/