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烏は歌う このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2016-06-23

まともな批評について。


最近のインターネット空間でよく言われていること


とりあえず、評論…というかダメ出しするだけなら、何に対してでも、いくらでもできる。


というのも、世の中におけるあらゆる「作品」とか「表現」というものは、何かをよくしようとすればそれは必ず何かとトレードオフになっているので、何かを得るために「捨てた」部分を「これができていないからダメだ!」と声を上げればいいだけだから。

そして、「流行ってるものを貶す俺かっこいい」とか「なんでもいいから馬鹿にしてストレスのはけ口にしたい」みたいな欲求が世の中から消えることはないので、なんの役にも立たない批判のための批判ってのが世の中にはたくさんある。

インターネット言論空間上にはそういうニワカ評論家が増えすぎていて、いちいち真に受けながら暮らすと精神的につらい、という話も最近よく聞く。


一方で、「インターネット上の評論なんて全て等しく価値がないんだ!」とか「どうせなんでも評論家個人の好みの問題なんでしょ」みたいな中二病っぽい態度もそれはそれで人生損してる気もする。



私の思うまともな批評


基本的には、批評するポイントって

・その「コンセプト」は価値があるものなのか

・「コンセプト」を実現できるような「手段」が適切に選ばれているか

・その「手段」の「クオリティ」はどうか

…あたりになってくると思うんですよね。


それぞれについて

「全ての要素についてまんべんなく」

「是々非々で」

「具体的に」

書けているものを読むと、「ああ、勉強になる評論だったなあ」と思うことが多いし、それができていないと批判のための批判に感じることが多いですね。

で、「コンセプトを見定め」「それを実現するための手段を見定め」「そのクオリティを見定め」「それを的確にわかりやすく面白く語る」となると、やっぱりどうしてもセンスも勉強も必要となり、そこは評論家の腕の見せ所となる。


歌い手の批評とかでもねー、やれ「ビブラートがないから下手だ」だの「声量がないからダメだ」だの簡単に言う人いますけど、「コンセプト的に必要なのにできなかった」場合と「コンセプト的に必要がなかったのでやらなかった」場合では、評価は正反対になってしまいますからね。

他にも、「気持ちがこもってたからいいんだ!」とか簡単に言う人がいたりしますが、じゃあその「気持ち」って何?その「気持ち」を表現するためにどんな手段をとったの?その手段は「気持ち」を表現できる程度に洗練されていたの?みたいなツッコミを入れたくなってどうしようもなくなるときもあります。


歌で「上手いだけで面白くない」とかいう評価をよく聞くけど、要するに「コンセプトが自分好みではなかった」とか「コンセプトに新規性独自性がなくてつまらなかった」とか「コンセプトに対してとった手段が有効ではなかった」とかいうことなんだろうなー、と思います。

逆に「下手だけどすごく好きだ!」みたいな評価の場合、コンセプトなり手段の選択に光るものがあったんじゃないかなー、と思ったり。

その辺を「なんで私はこう思ったのだろう」というのを突き詰めて考えてみると、けっこう面白かったりする。

2016-05-19

中級者以上向けの「倍音」の話。

いろいろとコメントが来ていたので。


初級者向けの説明


初級者向けの説明だと、

「声には倍音ってやつが含まれていて、それが声質とか声の印象とかを大きく左右するよー」

「基本的には、しっかり倍音が含まれていると明るくはっきりした印象になって、いい声と言われやすくなるよー」

「倍音をきっちり鳴らすには、声帯ストレスなく鳴らすことと、声を喉や口でしっかり響かせることが必要だよー」

というくらいで済ますのがまあ妥当かなー、と思います。



中級者以上にありがちな困難


しかし、中級者レベルになってくると倍音の話をするのって非常にめんどくさいことになりまして。

というのも、以前こんな記事を書いたことがあるんですが…。


「丸い響き」とか「柔らかい響き」とか。 - 烏は歌う


中級者くらいだと、「倍音がたくさん鳴ってるといい声らしい!」みたいなことを聞いてはいるんですが、「どのような倍音が多いとどのような声質になるのか」という対応関係が整理できていない場合が多いのです。

なので、

「私がこれはいい声だと思ったから、これは倍音がたくさん含まれているに違いない!」

「倍音の多い声とは、よくわからないけど私の好きなタイプの声である!」

「私の声が思い通りにならないのは、よくわからないけど倍音が足りないせいだ!」

みたいな考えに陥りやすい。


「倍音を強くしたいんです」と言われても、「基音も強く、だからこそ倍音もすごく強い、明るく派手な輪郭のはっきりした声(倍音の絶対量が多い声)」を目指している場合もあるし、「基音があんまり聞こえないで、倍音というか響きだけがふわっと鳴ってる感じの透明感のある声(倍音の割合が多い声)」を目指している場合もあるしで、そのアプローチ方法って真逆だから、どっちのことを意識してるのかとかから考えないといけない、とか、考えないといけないことが山積み。



倍音の単純な増やし方


基本的には、倍音の量は基音の強さに比例します。

基音が鳴るとそれに付随して倍音が発生するわけなので。


なので、声帯を無理なく鳴らし、その音が響きやすい状態の共鳴空間を作ってやれればいいわけです。


声帯に関するイントロダクション。 - 烏は歌う

共鳴に関するイントロダクション。 - 烏は歌う



倍音の偏らせ方


で、中級者以上に必要になってくるのは、倍音の単純な増やし方ではなく、

「どのような形の共鳴空間を用意したら」

「どのような倍音が響きやすくなって」

「どのように声質が変わるか」

について理解することです。


いわば「倍音の偏らせ方」というか。


そこでヒントになるのが、「母音の変化」です。

世の中にはいろんな母音がありますが、なぜ我々人間が母音を出し分けたり聞き分けたりすることができるかというと、「舌や口の形などを変えることで倍音構成を変えて、母音ごとに声の質を変えている」…ということが無意識に行われているからです。

「い」母音はなんとなく他の母音より硬くて明るいというかキンキン響くイメージがありますが、それは「い」の口をすると、高い倍音が強調されやすくなり、低めの倍音はカットされやすくなるからです。

逆に「お」母音は他の母音より柔らかくて暗くてマイルドなイメージがありますが、それは「お」の口をすると低めの倍音が強調されやすくなり、高めの倍音がカットされやすくなるからです。


母音関係まとめ - 烏は歌う


このような関係を頭に入れて、出したい響きを実現させられる口内の「広さ」と「深さ」を調節してみることが、理想の声に近づく方法となるでしょう。

2016-05-14

何かを紹介する記事について。


久々のプチ更新。

はてな村のプチ炎上を横目に思ったことをダラダラと。



○○を10曲紹介!みたいなエントリについて


基本的にこういう記事は、タイトルからして「アクセス数稼ぎたい!!」みたいな思いが強すぎるので、ピュアなファンには警戒されやすいものである。

俺たちの好きなものを雑に扱って金に換えようとするんじゃねーみたいな嫌儲的な反応もあるし、そういうの抜きにしても、好きなものに対する紹介コメントや選曲が的外れだったりイマイチなものであればそりゃあイラッとする。


じゃあそういう元々のファンの反応を良いものに変えつつ、本当に何も知らなかった人からも良く思われるエントリにするにはどうするか。

基本的にこういう記事は、

「私はこんなにこれが大好きなので」

「ぜひとも紹介したものを知ってもらいたい」

という動機で書かれるということになっているので、そのどちらかに力が入っていれば、ネガティブな意味で盛り上がることはまずないと思う。

で、「ほんとうに好きな人が真面目に書いた記事であれば、どちらの面から見ても満足できる記事になる」…とは限らないが、少なくとも良記事だなーと私が思うものはだいたいどっちから見ても満足できるものが多いですね。


「私はこんなにこれが大好きなので」という気持ちを軸に記事を書くとしたら、やっぱり選曲から「俺はこのアーティストのこういうところが好きなんだ!こういうところを聞いてほしいんだ!」ってのが見えるチョイスになっていていて欲しいし、紹介コメントも「こういうところが好きなんだ」ってのがにじみ出る熱い文であったり、逆に好きすぎてなんも書けねえみたいなのを感じさせてくれる「熱い沈黙」であって欲しい。

「他になんか書くことなかったん?」「その一言は必要だった?」みたいなどうでもよさげなコメントがついてると、非常に読んでて萎えるので書かない方が良さそう。


「ぜひとも紹介したものを知ってもらいたい」という気持ちを軸に記事を書くとしたら、いろいろな意味で「紹介するため、見聞きしてもらうための工夫」ってやつが必要になりますね。

紹介コメントも興味をそそるような内容が望ましいし、選曲も「時系列にしてチョイスしたり、逆順で並べてみたり」とか「いろんな曲調の曲がある中で、それぞれピックアップしてみたり、あえて初心者受けが良さそうな曲調を厳選してまとめてみたり」とかとにかく工夫が欲しいよね、と。


まとめる人の熱意や執着、もしくは見る人への配慮、このどちらも感じられない「○曲まとめました」系記事は「ただの羅列」にしか見えず単純に面白くないので、書くならそれなりのプランを持って書いた方が良さそう。

うまくやれば、大好きなあのアーティストの曲を今まで見聞きしたことのない人とシェアできたり、すでに好きな人と楽しく盛り上がれるかもしれない。

「俺的ベストアルバムを作るなら」ってネタで音楽ファン同士で盛り上がることって結構あると思うんだけど、そういう気持ちでやればそうそう失敗することはないと思うな。



余談


そういう自分はどうなんだと思い返してみたところ、こういうリストアップ型紹介記事って、余談でビールのこと書いて以来やっとらんかったわ…。


酒を飲みつつ考えてた、「官能表現」のこと(ただし後半はほぼビールの話)。


さすがに全然ブログのテーマと関係ない記事だから伸びなかったけど、実はけっこうお気に入りだったりする。