Hatena::ブログ(Diary)

烏は歌う このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2018-05-07

2017-03-10

声量が小さいと感じたとき。


声量というのは、具体的に計測したり比較することが非常に難しいものです。

これが「声の高さ」とかだと、「キーボードと比べてどうだった」「チューナーで計ったらこうだった」とか、具体的にどうだったかというのがわかりやすいことがほとんどなんですが。

声量の場合、「計ったら◯◯デシベルしか出てないんです!」とか、そういう話はまず聞かないですよね。


というのも、声量というのは

距離や環境によって大きく増減する

・マイクなどを使う場合は、音響機器の使い方によって、とてもとても大きく変化する

・純粋な声量(空気の振動の振幅)だけではなく、声質(含まれる倍音ノイズ)や声の高さによって、「印象的に」大きく聞こえたり小さく聞こえたりする

…という性質があるからです。


なので単純に「Aさんは◯◯デシベル出てるから声量がありますね!」とか、そういうことってあんまり言わない。



「何と比べて」声量が小さいのですか?


なので、「何と比べて」声量が大きいとか小さいとか言っているのか、そこをまず考えなければなりません。


「憧れの歌手と比べて」声量が小さいように感じる…とかだと、本当にその歌手より声量が小さい場合もあるし、自分の声質が大人しくて歌手より声量が小さめに聞こえているだけかもしれないし、そもそもスピーカー通したりホールで増幅された歌手の声量がセルフイメージよりものすごく大きく聞こえているだけかもしれない。


なので、声量が大きいか小さいかなんて、できれば同じくらいの体格、声の高さ、トレーニング経験…を持った人と、同条件で比べてみないと本当のところはわからないものです。

そして、自分の声についての評価ってどうしても「思い込み」によって大きく左右されがちなので、できれば第三者に比べてもらわないと本当のところはわからないものです。

できる限り、一度は信頼できる人に聞いてもらって、「実際にはどのくらい声量が出ているのか」を聞いてもらわないことには、「声量が小さい気がする」という悩みはなかなか解決しないです。



「常に」声量が足りないのですか?それとも「特定のシチュエーションで」声量の小ささを感じるのですか?


声量について考えるときに、「どんなときに」声量が足りないと感じるのか考えてみることは非常に大切です。


例えば…

・どの音域、どの高さの声でも一定して声量が小さいのか、特定の音域で声量を出すのが苦手なのか

・早いフレーズや遅いフレーズなどでも等しく声量が小さいのか、特定の速さのフレーズで声量が小さくなってしまうのか

・その他、特定のフレーズ(上昇下降、タメの有無、感情表現、母音…)などで声量が小さくなってしまうのか、常に声量が小さいのか

・一人で声を出すときにだけ小さく感じるのか、逆に大勢で声を出しているときに小ささを感じるのか、その両方か

・マイクを使ったときほど強く声量の足りなさを感じるのか、マイクを使えば大丈夫なのに生声だと声量が小さいと感じているのか、両方とも小さいと言われるのか

…などなど、できるだけ詳しく「どんなときに」声量が足りないと感じるのかを掘り下げることが、「声量が小さい気がする」という悩みを解決する方法です。

で、できれば第三者の意見をもらうこと。


掘り下げてみると、声量が足りないと感じる原因が「純粋に声量が足りない」ことがわかるかもしれないし、「特定の何かが苦手なだけ」ということがわかるかもしれない。

だいたいの場合は後者なので、そっちの問題を解決することがなによりの解決策になります。



「◯◯すればするほど声が大きくなる」と思ってませんか?


「純粋に声量を上げるべき」ということになったとしても、「何か特定の苦手を克服する」ということになったとしても、最終的にやるべきことってのは

・息の量をコントロールする(最も声量が出せる息の強さを探す)

声帯の閉じ方をコントロールする(最も声量が出せる声帯の閉じ具合を探す)

・共鳴のさせ方をコントロールする(最も声量が出せる喉や口の状態を探す)

に尽きるわけです。

あとメンタル的な問題ならメンタル的な解決法と。

セッティング的な問題(マイクやスピーカーの入力出力の調整、立ち位置や聴衆との位置調整、伴奏や環境音と音域や倍音が被ってて消されがちなら音域ずらしたりまわりの音量下げる、などなど)なら、そっちの解消を。


で、こういうブログを見てしまうほどに探求心や向上心が強く、かつ我流が過ぎるようなタイプの人の場合、ありがちなのが「やりすぎ」。

「息をもっともっと強く吐かなきゃ!」とか「もっともっと口を大きく、喉を開いて共鳴をとことん広く!」みたいな感じでやりすぎて、逆に声量を出せなくなってしまうパターンね。

いつも言っていますが、大切なのはバランスで、やりすぎもやらなさすぎもよろしくない。


一番大きな声を出しやすい音域(自分の声域の真ん中〜ちょっと高め)くらいで、最も大きく声を出せるバランスを探ってみること。

そのバランスを、他の音域でも維持できるよう心掛けること。

特定の何かでバランスが崩れてしまうなら、その原因をしっかり見極めて、解消すること。

それに尽きます。

2017-02-09

ガチで批評を書くときに注意していること。


音楽であったり、お店(○○ログとか)のレビューであったり、ゲーム評価であったり…まあなんでもいいんですが、基本的に批評というものは

分析・比較・感想」

の3点からなるものだと思って、読んだり書いたりしています。


「分析」がなく、ただ他のものと比較されたり感想を並べられたりしても、「それがどういうものなのか」がわからない。

「比較」がないと、それが具体的にどうすごかったりどうダメだったりするのかがわかりにくい。

「感想」がないとつまらない。


もちろん、配分はレビュー対象によって、記事のスタイルによって変える必要がある。

なんか頭よさそうな批評がしたければ「分析・比較」の方を、質も量も充実させなければいけない。

好きなものをただ「好きだ!」と叫びたければ、ただただ「おもったこと」を書き綴ればいいんだ。

ただ、「好き」をだれかと共有したければ、分析や比較ができると、より他人に「自分はなにが好きなのか」が伝わりやすい。



分析


それが「何からできていて、どのように組み合わされたものなのか」という分析。


ラーメンの分析がしたければ、まずラーメンって「麺、具、スープ」からできてるよね、ってところからスタート。

その上で、「スープは出汁とタレと脂でできていて…」と何段階か掘り下げて、さらにそれぞれについて「このスープの出汁は白濁系の豚骨で、ほどよい臭みと甘みがあり…」などと詳しく見ていく。

「○○はAとBとCでできている」みたいな分析の基準、というか分析の切り口をあらかじめ決めておくと、余計なことを考えないで済むので分析が楽になりますし、同じジャンルで何度もレビューを書く場合は「評価の基準が一定している」という印象を持たれやすくて、お気に入りされる可能性が高まるかもしれない。


これはラーメンに限らず、とにかく何でも、

「部分、要素にわけて、それぞれの性格を把握しろ」

「それらがどのように組み合わされ、全体ではどのようなものになっているか把握しろ」

って話になりますね。

これは音楽に関してもしょっちゅう言っていることです。


・はじめての楽曲分析(アナリーゼ)。−烏は歌う

http://d.hatena.ne.jp/wander1985/20110823/1314110057



比較


比較には、いわゆる「縦の比較」と「横の比較」があります。

ラーメンで言ったら、比較対象が「近所の店よりボリュームが多い」とか「同系列の店より少し塩辛い」とか、そういうのが横の比較。

昔ながらの味噌ラーメンと比べると…」とか「以前の店主と比べると…」とか歴史的なやつが縦の比較。


「この作品は、どのようなジャンルの流れを汲んでいて、その中でどのような位置を占めているのか」というのは、縦と横の複合的な見方になる。

縦横両方見ないといけないので難しいけれど、だいたい「レビューを見て知りたいこと」ってこれなので、こういう視点でうまく書けると「いいね」されやすくなるかもしれない。


あと、何かを貶すために「それ持ってくる必要あった?」みたいなものを唐突に持ってきて叩く道具にするのはやめよう!炎上するぞ!

基本的に比較ってのは「何が違って、何が同じなのか」を見出すためにするものなので、優劣ありきで比較しようとする態度はちょっと危険。



感想


自分の感性に自信を持とう。