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2015-07-08

「褒めて育てる」について、古いネトゲの思い出をネタに語る。


「褒めて育てる」関連で思い出したこと。



武装神姫 BATTLE RONDO


武装神姫 BATTLE RONDOとは (ブソウシンキバトルロンドとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

一時やってたけど、忙しくてしばらーくゲームから離れていた時期にいつの間にか終わっていた。


懐かしー。

ちょうどゼルノグラードが出る前〜出たあとしばらくくらいのタイミングでやってた記憶がある。

ブログもやってたんだけど、もう消してしまったが、残しとけば良かったかなあ。

ヴァッフェバニーとヴァッフェドルフィンがメインとかいう超マイナー勢でして、けっこうメジャー勢の隙間をついてSランクまで行けてたような。

戦闘時の暗視スコープつきマスクがとてもかっこいいし、日常パートもおカタイけれど馴染んでくるとなかなか愛嬌もあって。



褒めて育てるしかない


萌えゲーのようでけっこうガッチガチの「戦略&AI育成」がメインのゲームで、とにかくしっかり仕込まないとロクに戦ってくれないゲームだったんですよね。

攻撃を回避するのか防御するのかとか、どの距離で戦うのかとか、移動してから攻撃するのか固定砲台化するのかとか、必殺技を温存するのか即出ししていくのかとか…。

もちろん相手によって相性が変わってくるので、いくつか装備と戦略を仕込んで、あとは相手プレイヤーとの読み合い。

相手の長所を出させないように戦うのが基本だけど、逆に相手に「必勝パターンに持ち込める!」と思わせといて得意な行動しかさせないように仕組んで、行動を単純化させて裏をかく!とか熱い戦いもあった。


で、

「指示」→「戦闘」→「評価」→(AIの変化)→「指示」…

という感じでゲームが進んでいくわけですが、過去に何度かSランクに到達した経験だと、

「どうしても、褒めて育てるしかない」

という確信を持っています。

と言うか、「叱って育てよう」と思うと、途中で確実にAIがぶっ壊れる。

バニーさんもドルフィンさんも、負けたときに褒めると親密度が落ちるしすごく悲しそうな顔するしであんまり褒めたくないんだけど、それでも「良い行動」が見られたら褒めないとならない。


なんでかと言うと、実戦では

「良い部分もあったし、悪い部分もあった」

っていう内容がほとんどなんですよね。

で、これを「ダメな部分があったから叱らなきゃ!」って頭でガンガン叱っていくと、確かにダメな行動はやらなくなっていくのだけれども、同時にそれまでできていた良い行動もしなくなって、どんどんわけがわからない動きになっていくんですよ。


例えば、「得意武器を得意距離で使って戦った、でもスキルの使いどころが悪かったせいで負けてしまった…」ってときに、安易に何度も叱ると得意武器や得意距離にさえ「叱られた記憶」「苦手意識」がついてしまって、次の戦い以降に得意武器をあまり使わなくなってしまったとか、無駄な移動が増えて得意距離を保てなくなった…とか有りがちな失敗だった。

叱りまくった結果、回避レベルが最低なのに敵の攻撃を防御せず回避しようとしだしたり、1ターン毎に違う狙いで攻撃しようとしだしたり、わざわざ苦手な距離で戦おうとしだしたり、必殺技ポイントを最大まで溜めてから小技を繰り出したり…と意味不明な行動をしはじめる状態は、俗に「AIが壊れる」と言われていたんだけど、俗語が定着する程度には頻発してました。


もちろん「それは絶対にやったらアカン」という行動をやりだしたら絶対に叱って止めないといけないんだけど。


これは割とリアルの人間でも同じで、叱られてばっかりだと「なにをしたらいいかわからない」状態になりがち。

「どうしたらいいかわからないけど、今のままじゃダメだ!」→「こんな感じでどうですか!」→「やっぱりダメなんですか!?じゃあこれは!?これならどうなの!?」みたいな感じで迷走暴走する場合もあるし、単に自発性が無くなって「ミスを恐れて何もしない人間」になる場合もあるね。

「叱って育てるんじゃなく褒めて育てろ」ってのは精神的なものじゃなく論理的な問題で、叱られるとその時やってた良いことも同時にやらない方向に強化されてしまう場合があるから。

叱りすぎると基本的なできていたことさえできなくなったり、本来は得意なプレイでさえ「叱られるかも…」と思って萎縮したりするのは当然といえば当然の結果。


「そこは○○しろよ!!」という叱り方もあるけど、これもやっぱりその叱られている人の努力や判断基準を思い切り否定しているわけで、ネガティブに伝わりすぎるとその人の努力や判断基準をぶっ壊してしまうことがある。



じゃあ細かい調整はどうするのか


叱られてばっかりだと「なにをしたらいいかわからない」状態になりがち、というのは問題である。

しかし、「ただ単に褒めるだけ」では、現状が強化されるだけ、ということにもなる。

良い部分がより良くなるのはいいんだけれど、悪い部分がそのまんまだったり、もっと悪くなるのでは困る。


じゃあ、「良い行動を強化し、悪い行動を無くしていくにはどうすればいいのか」という話になるんですけど、方法は…

「良い行動しか取れないような状況で反復訓練をさせ、それを褒めまくる」

という感じのやり方になってきます。


武装神姫のゲームだと、「望ましい行動」しか取れないように(そのような行動をする確率が可能な限り高くなるように)トレーニングの対戦相手を設定し、武装を設定し、指示を出して、それで「望ましい行動」をさせて褒めて定着させる、という感じ。

特定のスキルを優先して使わせたければ、「そのスキルを使わざるを得ない状態」「そのスキルを使うのがベストな状態」「そのスキル以外は使えない状態」を作ってやって、それでそのスキルを出させ、出したら褒める、という繰り返し。

ここで、そこまでやってもなかなか「望ましい行動」をしてくれないときは叱るしかないんだけど、あんまり叱りすぎるとAIがぶっ壊れるし、ちょっと叱っても「望ましい行動」をとってくれないときは「条件の絞り込み」が甘いか「そもそもの性格がその行動に向いてない(=方針が根本的に間違っている)」ということ。

つまり、悪いのは上手く教育できていないお前だ!ということになる。

教育する立場に立つ場合、この自覚は常に持ってないといけない。


これはリアルの人間教育でも同じで、「優れたトレーニング・メソッド」ってのは必ず、

・適切なレベルの人間が適切に行えば、ほぼ確実に成功するように作られている(少なくとも五分五分で成功するようにできている)

・やっているうちに、自然と「望ましい行動」を取れるようになる(「望ましい行動」を取らざるを得ない、「望ましくない行動」が入る余地がないように設計されている)

・どうなったら成功なのか、どうなったら褒められるのかがわかりやすく公平公正

…という感じになっている。

そして、「ダメな練習」ってのはこれの正反対な練習。


かなり昔にね、野球桑田真澄さんが

千本ノックなんて意味が無い」

「集中して10本やればいい」

「飛びつかなきゃ取れないようなノックは意味が無い」

「まっすぐ、身体の正面で取れるボールでいい」

…ってな記事を書いていたんですが(もう消えてしまったけど)、たぶんそういう面もある。

失敗したイメージを刷り込むような練習はダメ。


「闇雲な練習」について考えた。 - 烏は歌う


あとはまあ、サッカーだとバルセロナが世界最強のパスワークを身につけるためにしてる練習が一に鳥カゴ、二に鳥カゴ、三四がなくて五に鳥カゴ…という感じなのは有名ですが、それもたぶんそういうこと。



今日の一言。


「どうして○○できないんだ!」という言葉を、練習を指導する際にはついつい言いたくなっちゃうんだけど、それを言ったら負け。

○○せざるを得ない、○○するのがベストな、○○したくなる…そんな練習メニューを考えられないお前が悪い。



今日の一言2。


終わったネトゲについて語るとき、どうしてこんなに甘く切ない気持ちになるんだろう。

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