どこかで誰かが見ていてくれる

 ワシャは物心ついてから、ずっと時代劇を見てきた。それは祖父と一緒にテレビで時代劇を見ていたということもあるのだけれど、それよりも祖父が地元の劇場主と仲がよく、映画の時代劇にちょくちょく連れて行ってもらった。そのことが時代劇ファンになった要因のひとつであることは間違いない。

 斬られ役専門の俳優の福本清三さんは、どの時代劇を見ていても、必ず登場する悪役である。「またこの人出てる」てなもんですわ。
 まぁ「5万回斬られた男」と異名をとる福本さんですから、そりゃ画面に登場するでしょう。「水戸黄門」でも「暴れん坊将軍」でも「大岡越前」でも、物語は変わっても福本さんは健在だった(笑)。憎まれ役として、死体として。
 その福本さんが、初主演映画がこれだ。
http://uzumasa-movie.com/
太秦ライムライト」。まさに福本さんを描いた映画と言っていい。この映画で福本さんは「第18回ファンタジア国際映画祭」で主演男優賞の栄冠に輝いた。
《“5万回斬られた男”がカナダ映画祭で主演男優賞》
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140810-00000009-mantan-ent
 よかった。福本さんのことは映画とかテレビとか、その著書『どこかで誰かが見ていてくれる』(集英社)、『おちおち死んでられまへん』(集英社)でしか知らないけれど、ようやくスクリーンの中央に立たれたのですね(感涙)。
 福本さんは、昭和33年に京都・東映撮影所に入所して以来、5万回殺され続けている。ずっと大部屋で下積みの役者をしてこられた。著書や、それから「探偵ナイトスクープ」などでの素顔を拝見する限り、おそらく今回の受賞を戸惑っておられるのではないかと思う。例えばこんなことを言っておられる。
《新劇出身の芸達者だと言われる人らに聞くと、「いかにその役になりきるか、そこが勝負や」なんてむずかしいことを言ってくれるのですが、私なんか、その役になりきれって言われても、そんなんなれますかい。(中略)私らは監督に「違う!」って言われたら、それでおしまいですわ。》
 福本さんは言われる。
「飛ぼうとしなければ、落ちない。大部屋俳優だったから落ちずにここまで来られた」
 すごいな……。
探偵ナイトスクープ」で、視聴者から「名前もわからないが、いつも時代劇に出ていて、出た途端に斬られる人」ということで調査をされたことがある。その時点で、福本さんはキャリア34年のベテラン俳優だったのだが、世間的にはその程度の認知度でしかなかった。
『どこかで誰かが見ていてくれる』が本になったのが2001年で、その時のキャリアが43年だった。その本の巻末に福本さんの普段着の写真があるが、どこぞの現業職のオジサンといった感じで、けっして半世紀も銀幕の世界にいた人というオーラはない。でも、それが福本さんなのである。
 福本さんは最初の著書の中で、退職が近いことを吐露している。大部屋俳優には定年があるんですね。それで退職後に食っていけるかどうかを心配しておられた。
 でも、どうですか。その後、ハリウッドからのオファーがあって『ラストサムライ』にご出演、そして、キャリア56年にして、映画の初主演をし、国際映画賞を得たのである。
 無欲で、地道に、コツコツとやってこられたその結果であることは間違いなく、上っ滑りしているワシャに大きな喝を入れていただけたと思う。
 何者に成ろうとなど思わず、必要とされるところで地道な仕事をする、そのことは、どこかで誰かが見ていてくれる、そういうことなのだ。
 もう一度出しますが、下記の公式サイトのキャストのところを見ていただきたい。福本さんのいい顔がある。
http://uzumasa-movie.com/
 男は、こういう顔になって死にたいものだ。