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遼東の豕

2018-11-16

『日本国紀』読了

 夕方、朝日の朝刊を読み直していて、つい声をあげて笑ってしまった。朝日新聞の全面広告に「百田尚樹の『日本国紀』」がド〜ンと載ったんですね。
https://tr.twipple.jp/p/96/7f0abb.html
 朝は忙しいから、記事以外のところはあんまり見ないんですよ。「広告だ」と思った瞬間に意識が次のページに向かってしまう……見逃した言い訳でした。
 それにしてもこれを朝日新聞が載せるかねぇ……。全面が百田尚樹である。『日本国紀』の「序にかえて」にある「日本ほど素晴らしい歴史を持っている国はありません。」という文章まで載せてしまっている。自虐史観が売り物で、徹底的に「日本は悪い国だった」を読者に植えつけなければならない洗脳機関の朝日新聞としては、これを載せてはダメだろう。
 昨日の朝、広告部門の責任者は社長に烈火のごとく叱られたに違いない。中国共産党の機関紙がダライ・ラマを絶賛したようなものだからね。もちろんこの全面広告は、ある意味で朝日新聞ファンのワシャにとっては貴重な資料なので、丁寧に保存しておくのであった(笑)。

 さて、その『日本国紀』である。遅ればせながら昨日の午前中に読み終わった。もちろんあたりまえに前から読んだ。百田さんも「古代から順番に読んでね」と言っていたからね。
 でもね、この本は、現代から過去に戻っていくという読み方もおもしろい。今の状況がこうなっている原因は……と順番に過去に遡っていく、というのもありだなと思って今試している。

なぜ日本が北朝鮮核兵器で脅されなければならないのか?
なぜ支那中国に40年間もODAを貢がなければならなかったのか?
なぜ韓国にいつまでもいちゃもんをつけられるのか?

 そういったことが、過去に遡るとともに、徐々に解明されていく。「ああ、だから私たちは日本人なんだ!」ということが見えてくるのである。
 例えば中国共産党は「南京で大虐殺があった」と喧伝し、空想記念館まで建てて人民に歴史的事実として刷り込みを実行している。日本のバカな左翼や、金のためなら論敵の広告すら全面で出してしまう新聞社まで、そこで反日、侮日を刷り込まれているのだから笑い話では済まされない。
 その「南京大虐殺」がまったくの出鱈目であることが『日本国紀』でこの国の歴史を見直すことによって、まともな日本人にはストンと腹に落ちる。「日本兵南京で大虐殺を行ったなんて嘘なんだ」と、我々が客観的な視点で国史俯瞰することによって、それぞれの事項が理解できるつくりになっている。
 とはいえ南京大虐殺」は本項の中では扱われていない。だって、「なかった大虐殺」だから歴史とは言えないからね。でも、百田さんはその年次に続くページで「コラム」として「三十万人大虐殺フィクション」を取り上げている。『日本国紀』の中でも4ページ半のコラムというのは特に長いコラムだ。そこで丁寧に「南京大虐殺はなかった」ことを説明している。
 百田さんの文章はまたお読みいただくこととして、百田さんの仲間の石平さんが書かれた『中国虐殺史』(ビジネス社)からそのあたりのニュアンスを写しておく。

 秦の始皇帝以来、歴代支那帝国は絶対的な権威と権力を持つ「皇帝」を頂点として「中央集権独裁体制」を敷いてきた。それは「絶対帝制」と呼ぶべきもので、支那皇帝の権力の集中と絶対化は極限まで進んだ。
虐殺」というものは「絶対的な権力」の副産物として生み出される。「絶対的権力」があるからこそ恣意的な「虐殺」が可能なのである。だから「絶対帝制」が王朝ごとに確立される支那では、その度に「大虐殺」が発生する。
《諸悪の根源である絶対的権力は、中国史の「名物」ともいえる虐殺を生み出す元凶でもあったのだ。》と石平さんは言われる。
 もし「南京大虐殺」のようなことが起きるとすると、それは日本史ではなく支那史の中でこそ起きるものであることを日本人は知るべきである。

 そしてもうひとつ、これはワルシャワ私見であるが言っておきたい。
 虚構の「南京大虐殺」の責任を取らされて刑死された松井石根(いわね)陸軍大将のことである。松井大将は名古屋市の人である。郷土の先人をあまり悪くはいいたくないが、しょせん、陸大首席で卒業した程度の秀才であり、単なる軍官僚でしかない。「絶対帝制」などとは程遠い組織の中の一人であり、上海派遣軍の司令官という肩書を付けられたまじめな公務員でしかない。彼の上には陸軍大臣陸軍省参謀本部などが乗っかっているのである。どうしたら「絶対帝制」を使えますか。
 とくに松井大将は、南京での犠牲者の慰霊祭をやった。兵士を集めて軍司令官として訓示を垂れたのだが、その時に彼我の犠牲者の多さに泣いて怒ったという。そんなやさしい人物が、きつい言い方をすれば泣き虫が「大虐殺」を指示できますか。
 
天地(あめつち)の人も恨みず一すじに無畏を念じて安らけくゆく

 松井大将の辞世の句である。陸大主席の教養人でもあった。こんな人が30万人の殺戮を上層部にも相談せずに実行できるとはワシャは思えない。組織の中に身を置いたことがある方なら想像がつくと思いますが、支那の暴徒の中から血で血を洗って伸し上がっていったような「首領様」じゃないんですぞ。「虐殺」なんて一組織人ができるわけがないじゃありませんか。

日本国紀』を読んでそんなことまで考えた。

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