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遼東の豕

2019-01-12

野坂参三

 ありゃま、今日はこの日だったか。またまた阿修羅が先送りになるわい(自嘲)。

 今日は、野坂参三支那から帰国した日だった。一般の方でこの名前を知っている人は少ないのではないか。ワシャの家族に聞いても、ワシャ以外はみんな知らなかった。そりゃそうかもしれない。大正、昭和と共産党の中で活躍をした人だから、普通の国民には縁がない人である。縁がなくてよかった人でもある。
 大正9年にイギリス共産党が創立される。その背後ではソビエトコミンテルンが当然ながら糸を引いていた。その時にイギリスにいた野坂が即刻入党したというから筋金入りのコミュニストである。
 その後、日本でも共産党が創立され、そこにも入党して暗躍をした。渡米しアメリカコミンテルンと交流し、支那にも渡り中国共産党の本拠である延安で反日活動を展開する。このあたりの話は、江道朗『日本占領と「敗戦革命」の危機』(PHP親書)に詳しい。
 要するに、野坂参三は、アメリカコミンテルン勢力中国共産党と謀って資本主義陣営のアメリカと日本を戦わせ、そして疲弊させて、その間に共産主義勢力を伸張させ、世界を征服しようというとんでもない計画を立てていた一員なのである。
 日本が戦争に敗けて、天皇を廃し(日本共産党はいまだに党是としてこれを持っている)、社会が混乱したところに、共産主義政権を日本に樹立しようとしていた。これを著者の江崎さんは「敗戦革命」と呼んでいる。
 これには根拠があって、野坂らが深く関わった「在華日本人反戦同盟華北連合会」の綱領には「軍部は日本人民を圧迫し犠牲にして他国を略奪する野蛮な侵略者であり、現在の政府軍部独裁の戦争政府である。したがって我々は、これら人民の敵を倒し、平和と自由と幸福をもたらす人民政府を樹立しなければならないことを日本兵に確信させるために闘う」と書いてある。この時に野坂が校長を務めていた「日本人革命兵士を要請するための日本労農学校」というのが、日本兵捕虜共産思想に染め上げるための洗脳教育機関であった。戦後の日本で共産主義活動を行っていた連中がここで洗脳を受けている。やつらは真面目に支那共産党独裁政権を樹立したように、日本でも同様の紅い国を作ろうと画策していたのだ。
 なんで阿修羅を飛ばしてまでこんな話をしているかというと、昭和21年1月12日に、その野坂参三支那から凱旋帰国したのである。朝日新聞はもちろん英雄が帰還したかのような報道をしている。戦時中、延安で中国共産党庇護の下、のんびりと暮していただけのオッサンをね。
 紅いオッサン、帰国演説で「共産党と聞いて国民が逃げ出すような印象を与えてはならない」とぶち上げた。これはロシヤでも支那でもカンボジアでも東欧でも北朝鮮でも同じなのだけれど、共産主義者は笑顔で近づいてくる。野坂の言うとおりである。そして、権力を掌握すると豹変し、国民を大弾圧する。「平和と自由と幸福をもたらす人民政府」が権力をつかむと、とんでもない大殺戮が行われる。それに関する犠牲者の数は、1997年フランスで出版された『共産主義の黒書』に少なめに載っている。ソ連2000万人、支那6500万人、ベトナム100万人、北朝鮮200万人、カンボジア200万人、東欧100万人となっていて、その他の地域を含めると共産主義体制に起因する犠牲者は1億を超えるとも言われている。あくまで少なめに見積もってである。こんな大災厄は、人類の歴史でこれ以外存在しない。
共産主義は笑顔とともに近づいてくる」この作戦を、赤化GHQのメンバーや中国共産党の支援を受ける野崎らが日本人に施した。一時は、野坂らが主導する共産党内閣すら考えられていたというから、本当に日本は切所に立たされていたわけだ。日本に共産党政権が出来ていれば、人口比からいって1000万人くらいの良識のある知識人抹殺されていただろう。カンボジアの頭蓋骨の山を見てごらんなさい。ポルポトだって、元教師ですよ。カンボジアで起こったことが赤化された日本人民共和国で起きないわけがない。恐ろしいことであった。

 そんな危険な状況が戦後にあったことを国民は知らない。それはひとえに日教組らによる戦後教育弊害でもあるし、延いてはWGIPの成果とも言える。
 現在の日本を取り巻く国際情勢は、日教組サヨクが唱えるような平和なお花畑ではない。中国共産党はいまだにチベットウイグル虐殺を継続し、ナチス同様の民族浄化をすすめている。朝鮮半島共産党くずれは日本人を拉致しいまだにその自由を奪ったまま。その上に核兵器を製造して日本を脅かしている。
 今、日本共産党市民派をきどって笑顔で大衆に取り入ろうとしているが、はたしてどうでしょうね(笑)。野坂参三徳田球一などの事歴を辿ってみるというのもおもしろいですぞ。
 ある意味、戦後という時期は、戦国時代幕末維新の頃よりもスリリングで、ドラマチックな乱世だったのかもしれない。

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