すべての二項対立を消失させること

六本木アートナイトへ。


六本木アートナイト
http://www.roppongiartnight.com/


九段下から六本木に向ったわけだが、22時を回っているにもかかわらず、
すごい人、人、人。
それ、みんな、アートナイトに参加している人。
なんだ、その、アート意識の高さは!!!と夫と驚愕。
わたしも含め、その作品の真価を見極めるまで思考しないお馬鹿さんが、たぶん、半数以上。


でも、見られてなんぼの世界でもあるので、人が集まることは素晴らしいことなのだ。
わたしみたいなお馬鹿さんの目ん玉でもいいから、
少しでも作品が人の眼に触れることが大切なのだ。



アートナイトは夜通しおこなわれているんだけれど、
そのイベントにはわたしたち夫婦はあまり積極的には参加せず、
お祭り騒ぎのなか、森美術館へ。


六本木クロッシング2010
http://www.mori.art.museum/contents/roppongix2010/index.html



いろいろと面白い作品ばかりで、
しかも音声案内を聞いていたので理解に役立った。



で、やっとわたしの書きたいことまで辿り着くわけだが、
そもそも、なんで六本木クロッシングに行きたかったかというと、
dumb typeの「S/N」が上映されるからに他ならなかった。
24時30分からの上映だとわかっていたのに、まだ他の展示が見終わらなくて、
頭の使い方を考えると、今、観ていた展示を飛ばすことができなくて、
作品の最初5分〜10分くらい観られなかったのが後悔。



dumb typeは大学生のときに授業で知って、衝撃を受けたパフォーマンス集団で、
古橋悌二が死んで以降の「OR」「メモランダム」のみしか観たことがなかった。
だから、ダムタイプと言ったら池田亮司が中心のスタイリッシュ暴力な音響と
高谷史郎の映像とキレッキレの身体のミックスパフォーマンスだった。
でも今回観た「S/N」はびっくりするくらいダサくて、ナンセンスで、意味不明で、
ゲロ吐きそうなくらい衝撃的だった。
わたしは古橋悌二ダムタイプを語る文字文脈でしか知らなくて、
そもそも作品を観たことがなかったし、
どういった演出をしたのだとか、思想を持っていたのだとか、
重要な点に置いてまったくの無関心だった。
生涯とかについてはググればわかることだけれど、
DVD化もされていない(たぶん)「S/N」を今回観ることができたのは本当によかった。
(だからこそ、最初を見逃したのがボディーブローのように今更効いてくる・・・)



わたしもさっきググって知ったことだけれど、
古橋悌二は同性愛者でHIV患者だった。
それが「S/N」の制作に繋がっていることは自明かと思うが、
実際どうなのかわからないし、わたしが語れることではない。
わたしにとってのこの作品は、
二項対立において成立する人間の価値観のすべてを、
人間に貼付されていくすべてのラベルを、
消失させることを夢見ながら
生と死の対立項だけは、どうしても、どうしても、なくならない、
そういう作品だった。



わたしごときが語るには、勉強が足りなすぎるので、
とっちらかったことを言っていたら陳謝。
勉強したいなあ。



前述で「ダサい」としたけれども、もちろんカッコいい。
そんなことは当たり前だけど、カッコいい。
だって90年代に最新テクノロジー使ったパフォーマンス、
誰にもできなかったんだから。
つまり、古橋以降のダムタイプは、とても研ぎすまされたものになっていったんだな、ということ。