三沢光晴逝去ニュースに触れて以来というもの、精神に重りをつけられたようになって気持ちがまったく前に進まず、思考も停滞しています。


プロレスラーの死亡やそれに準じる重大事故は、以前にもありました。


また、1989年にはUWFの道場で、1995年には新日本プロレスの道場において、新弟子が練習中に死亡する事故が発生しています。2003年にはジャイアント落合WJプロレスの道場で練習中に倒れて死亡し、2008年にはインディ団体のレスラーダブルインパクトを受ける練習で死亡する事故が発生しています。死亡に至らなかった事故は枚挙にいとまが無く、「鬼嫁」のキャラクターですっかり主婦タレントとして人気者になった北斗晶も、現役レスラー時代には頚椎骨折で長期の欠場を余儀なくされた経験があります。

毎日おいしい!北斗晶さんちの愛情ごはん (別冊エッセ)

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アメリカでは、キラー・バディ・オースチンパイルドライバーで二人の若手を死亡させたのが有名です。


バディ・キラー・オースチンのドリル・ア・ホール・パイルドライバー


しかし、今回の三沢死亡事故はどの例よりも深刻だと考えられます。


これまでに亡くなったレスラーは、女子だったり新人だったり病み上がりだったりしますが、三沢全日本プロレス時代から受け身の名手として知られた人で、ジャンボ鶴田三沢に対しては誰よりも危険な角度でバックドロップを仕掛けていたし、全日確立した「四天王プロレス」では、危険な大技を限界まで連発するタフな試合スタイルプロレス業界リードしていたものでした。


その、業界トップ技術で知られた三沢が、バックドロップという古典的な技によって死亡したというのは、われわれが熱狂したプロレスそのものが構造的に欠陥を抱えていることの露呈に他ならないと言えるでしょう。


もっと凄い試合が観たい、もっとハードな受け身でオレたちを魅了してほしい、というオレたちの単純で残酷な願いの結果、その願いに誰よりも応えてくれた三沢は全身ガタガタになり、あげくにバックドロップの受け身すら取れなくなって死んだのでした。


プロレスファンでない人にとっても、有名レスラー三沢の死はショッキングかもしれません。でも、心の一部がプロレスで出来ている人間が感じているのはまるで異質のショックなのです。


三沢を殺したのはオレなのだ。


少なくともぼくは、そう思わないではおれないのです。ダメだ、もう二度とプロレスなんて観られない気がする。

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washburn1975
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