日々記 観劇別館

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レベッカという女性

舞台の『レベッカ』を何度も観ているというのに、今までここでレベッカという人について語ったことがありませんでした。
マキシムについては例え間違っていたとしても気軽に色々語れるんですが(以前に語った記事はこちら)、リアルタイムで実体が物語に登場しないレベッカについては、どう語っても正解にはならないような気がしますので。また、自分の中にマキシムや「わたし」の属性は明らかに存在するけれど、レベッカ属性はかなり薄いか、あったとしても深層心理から引きずり出してこないといけなさそうので、語りづらかったというのもあります。
でも、『レベッカ』はいくらでも多面的な見方ができるし、そうして良い物語だと近頃思い直しておりますので、物語の真のヒロインについて少しだけ語らせていただきたいと思います。

最初にレベッカについて考えたのは、この女性、貴族の約束事や社交界の人間関係を、生活に必要な段取りであるが故に難なくこなしながらも、一方でその世界が退屈でもあり、そこだけに収まって生きるなんて耐えられなかったんじゃないか?ということでした。だから大好きだったマンダレイも、さんざん手をかけて大事にしていたけど、そればかりに浸るのはつまらなくて、一歩間違えれば全ての名誉を失うことにも繋がる快楽至上主義の逢い引きに走りまくったのではないか?とか。
しかも、世間の全てを皮肉って揶揄って笑い飛ばす、いかにもイギリス的にポジティブな部分が強く出た精神の持ち主であったとも推測されます。現代だったら多分、「超セレブで物腰優雅な人妻だけど奔放で自堕落」も社交界で生きていく上での売り物にできたんだろうけど、1920年代だとまだ無理だったんでしょうね。

それから考えたのは、レベッカは当然、マンダレイの城とド・ウィンター家の財産が大好きで、それを手中にしたくてマキシムと結婚したんだろうけど、もしハネムーンの間にマキシムがレベッカをしっかり魅了できていたなら、この2人、果たしてわずか7日間で仮面夫婦になっていただろうか?という点です。
あのマキシムの性格で、果たして心身ともに自分だけでなく相手も本位に置いた愛し方ができたかというのはかなり疑問に思わざるを得ません*1。ましてや魔性の女レベッカを虜にできたかというと、もっと疑問。レベッカ、相手が未熟者だったらそれをじっくり見守り育てるような性格でもなさそうだし。
わざわざ本性を告白、仮面夫婦・取引結婚宣言したのは、
「こいつにははっきり言ってやらないと、分からないまま逆上されるな。しょうがない、言ってやるか」
というような心境だったのかな、と想像しています。マキシムに対して恋愛感情があったかは分からないけど、少なくとも自分に地位と名誉と財産を与えてくれる存在として捉える以上に、7日間普通の夫婦として過ごした相手への情は移っていたのでしょう*2。人生最大の屈辱を受けたマキシムが、その後いかに強烈に愛憎入り混じった感情を育んでいくかを想像できていたかは、これまた分かりません。まあ、例え想像できてたとしても、自分が一番な上、超弩級Sな性格のレベッカがそれに配慮するとは到底思えませんが。

もっとも、ダンヴァース夫人の言葉通り、レベッカがどんな男性も見下して笑い飛ばしていたとすれば、それは、見下さなくて良い男性に出会えなかったというだけのように思えます。彼女が最期を迎えるきっかけとなった病気も、恐らくは奔放な生活の影響であったことを考えるとちょっと可哀想に見えないこともありません。
恐らく彼女の精神的立ち位置に最も近い場所にいたのは、血の繋がりのあるファヴェルだったと推測しますが、彼でもそうした「究極の男性」になれなかったかと思うと、ファヴェルにもかなり同情してしまいます。彼にとってレベッカは金づるでもあったけど、彼女と逢っている時間は本当に魅惑されて夢のように幸せだったであろうことを考えると、尚更そう思います。
ただ、レベッカにとって、一応ファヴェルは他の愛人達よりもずっと格上、特別な存在ではあったと思うのです。ちなみに彼女が最期を迎える前にファヴェルを呼び出したのは、自分がマキシムに殺されることを想定して、何らかの形でその事実を彼に目撃させて、生涯使える恐喝材料を提供してあげるつもりであったと、私は勝手に推測しています。
現場にマキシムよりファヴェルの方が先に着いていたらどうしたんだろう?という疑問がありますが、そこはそれで、マキシムを巻き込み、ファヴェルに美味しいネタを提供するという筋書には変わりなかったと思います。ファヴェルが来られないという事態を予測していたかは知りませんが、その時はその時で、自分が上手いこと誰にも――ファヴェルにさえも――自分の病気への敗北を知られずに死ねさえすればまあ良し、と考えての行動だったのではないでしょうか。
「少しだけ」と言いつつ思いの外長くなってしまいましたが、つくづくレベッカ、色々と考察し甲斐のあるキャラクターです。因果応報とはいえ若くして真の愛も知らずに……という思いはありますが、何だかんだでぎゅっと凝縮されて充実した幸せな人生だったのかな、と思います。でもこの人の近くにいたら間違いなく人生を翻弄されて、いなくなった後もどこか割り切れないまま余生を送ることになるのは必然だから、半径50m以内に近づくのは断じてイヤです。

*1:「わたし」と結婚した時は年齢も重ねていたし、相手のスペックも違うし、それにマキシムがレベッカとの結婚生活の間ただ指をくわえて清い生活を送っていたとも考えられないので、話は全く別。

*2:でなきゃ後々詩集なんかプレゼントしないと思う。