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2009-05-15

『この森で天使はバスを降りた』(2009.5.10マチネ)感想

キャスト:パーシー=大塚ちひろ ハンナ=剣幸 シェルビー=土居裕子 ジョー=藤岡正明 ケイレブ=宮川浩 訪問者=草野徹 エフィ=田中利花

この5月の真夏日シアタークリエまで『この森で天使はバスを降りた』を観に行ってきました。

ストーリーの概要は次のとおりです。

5年の刑期を終えて出所したパーシーは、自ら望んでアメリカのやや因習的な田舎町「ギリアド」に向かい、保安官ジョーの紹介により、町で唯一の食堂「スピットファイア食堂」を営む、ベトナム戦争で一人息子のイーライが行方不明になった過去を持つハンナの元で働くことに。

しかし、田舎の人間のよそ者への偏見と彼女自身のやさぐれた態度と刑務所帰りの経歴も相まって、ハンナの甥ケイレブや郵便配達のエフィの不信を招いてしまうパーシー。

やがて、まずケイレブの妻シェルビーが、そしてハンナが彼女の優しい心根に気づく。シェルビーはハンナの怪我を機に食堂を手伝うようになり、3人は次第に深い友情を結んでいく。

また、ハンナが食堂を売りに出したがっていると知ったパーシーとシェルビーは、ある計画を立てる。優秀だったイーライへの憧れとコンプレックスから抜け出せないケイレブは、パーシーの過去を探り始める。そして夜な夜な食堂の周辺に現れる森からの訪問者の正体は……?

以下、感想です。

物語はヒロインであるパーシーの刑務所の出所シーンから始まるのですが、ここでレミゼを連想して仕方ありませんでした。もちろん、現代の話(1980年代後半〜1990年代中頃?)なので、バルジャンほどボロボロでもないですし、それに具体的な懲役シーンもありませんが、多分これはパーシーが生まれ変わるための旅立ちになるのだろう、と予感させる序幕です。

1曲目のパーシーの歌『ギリアドへ』が、フォークロア調で結構節回しが難しく、地声でこぶしを利かせて歌い上げる感じの曲でした。ちひろちゃんの歌声はこの曲にはもう少しパンチがあった方が良いようにも思いましたが、あまり金属的でなく耳当たりの柔らかい声で、大変聴きやすかったです。

私はミュージカルは曲が素敵な方が良いのは当然として、役者さんは歌で演じることができて、かつ音楽としても聴ける人が好きなのですが、今回、ちひろちゃんの演技だけでなく歌い方も、1年間の物語が進行してパーシーが変わっていくのに合わせて変化していて、ちひろちゃんは歌で演じられるようになったのだと分かりました。やっぱり『レベッカ』の3ヶ月シングルキャストの経験は大きかったのでしょうか。ヴァンパイアのサラが楽しみです。

他の曲で印象に残ったのは、ケイレブの「どうすれば男は」、それから2幕のシェルビーの「ワイルド・バード」辺りでしょうか。

特に「どうすれば男は」は宮川さんが歌い始めた瞬間、「え、演歌!?」と呆然。男として憧れていたイーライに象徴される過去の輝きに囚われて、抜け出せないケイレブの苦悩を歌うナンバーなのですが、ケイレブが基本的にガテン系なキャラクターのため、情念がこもるほどに中身が演歌になるのでした。

宮川さんの舞台はこれまで何度か拝見していますが、歌唱力も確かですし、何かに対する屈折した思いを背負った、善人ではないけれど悪役と言うには複雑すぎる人物を演じさせたら、天下一品だと勝手に思っております。

そして「ワイルド・バード」。この曲は、パーシーからある悲しい過去の告白を受けたシェルビーの語りかけとして歌われます。ちょうど1年前、このクリエの舞台では『レベッカ』が上演されていて、ちひろちゃん演じる「わたし」が夫のマキシムからのある告白を優しく受け止めていました。今回はちひろちゃんが受け止められる役なのね、としみじみ思ってみたり。

この曲に限らず、土井さんの包み込むような澄んだ歌声が響くたび、大変に癒されました。

『この森で〜』はもちろんパーシーが主役なのですが、シェルビーの変化も見所でした。1幕で亭主関白にもほどがある夫に遠慮しながら生きていた頃の彼女は、身なりも構わず生活に疲れきったおばさんだったのに、2幕で家の外に自分の居場所を見出し、夫に口答えまでするようになり、最終的には夫を守り支える存在となるラストの彼女はまるで別人のように背筋を伸ばして綺麗になっていて、これまで歌ばかりに着目していた土井さんの演技力にも瞠目いたしました。

ハンナの剣さんは初見でしたが、堅実な演技をされていて好感が持てました。2幕でハンナが森の人と再会した後、暗い部屋でしばらく座り込む場面があったのですが、ただ座っているだけなのに異様な迫力があって背筋がぞくりとしました。

お喋りな郵便屋のエフィ役、田中さんも、2006年にレミゼのマダムテナルディエで拝見して以来でしたが、コミカルな演技をしていても歌が全く崩れないのは流石です。

以下、ネタバレになるので、何行か改行。

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森からの訪問者=イーライはほとんど台詞なし、感情をマイムのみで表現するという難しい役でしたが、心に深い傷を負った者のナイーブな雰囲気が出ていて良い感じでした。あまりテレビのバラエティ番組を見ないので存じませんでしたが、山田まりやさんの旦那様だそうです。

パーシーとシェルビーにお店が譲られるという結末はあっさりしていましたが、余韻のあるさわやかなラストシーンでした。お金を返すとは言え、それなりに人生賭けて応募してきた人達の後始末はどーすんだ?というのは少し気になりますが、食堂の皆さん、そしてイーライも居場所を手に入れたということで、あれは一応ハッピーエンドなのでしょうね。

私的には、英雄として憧れていたイーライが戻ってきたこと、そしてハンナがその事実をひた隠しにしていたことで、信じていたものが色々と崩れ落ちたケイレブが、ちゃんと立ち直れたのかどうかが気がかりで仕方がありません。まあ、生き甲斐を見つけたシェルビーがついていて、
「ケイレブは大丈夫よ」
と言っているから、きっとそのとおりなのでしょう。

で、この結末、原作の映画とは変えられています。映画は未見ですが、どうも映画だとパーシーが天に召されるらしいです。

義父の虐待の結果であるにも関わらず、授かった小さな命を守ろうとし、それが叶わなかったことを喜んだ義父(流産の原因を作った人物でもあります)を惨殺する道を選んだパーシーは、罪こそ犯していますが、天に召されるべき天使であったという映画の解釈は、それはそれで理解できます。

でも、ギリアドの風景だけでなくそこに住む人々を愛し、過去を昇華させて根を張って生きていく意志を固める舞台版のパーシーの結末も、十分「あり」だと感じさせられました。

とにかく、力まないけど底力の感じられるちひろちゃんも、実力確かなほかの6人の役者さんも、皆安心して観ていられて、かつお話も堪能できる良い舞台だったと思います。

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