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2013-08-29

廣田神社

廣田神社は、兵庫県西宮市大社町に鎮座。
二十二社の一、延喜式神名帳では名神大社に列せられる。

兵庫県武庫郡式内社廣田神社本社、摂社名次神社摂社岡田(太)神社摂社伊和志豆神社四社でいずれも廣田神社の所管であるという。

祭神
 御本殿
  天照坐皇大御神の荒御魂
 御脇殿
  住吉三前大神
  八幡三所大神
  諏訪建御名方大神
  高皇産霊大神

御創祀
神功皇后摂政元年(201)、国難打破の道を示し、八幡大神の御懐妊を告げ安産を守護し、軍船を導き、建国初の海外遠征に勝利を授けた、廣田大御神の御神誨により、御凱旋の帰途、御心・廣田の國に国土安泰・外難の守護として御創祀されたことが、我が国最古の国史書『日本書紀』に記されています

御沿革
大同元年(806)封戸四十一戸、貞観十年(868)従一位昇叙、延喜年間(901〜923)官幣名神大社・相嘗祈雨の奉幣に列し、全国神社に冠たる二十二社に先立ち正暦二年(991)十九社の一社に加えられ、朝廷より恒例・臨時の奉幣枚挙たることが古記録に残り、明治四年(1871)の社格復興の折には県内で唯一官幣大社に列格しました(明治十八年には淡路・伊弉諾神宮が官幣大社に昇格)明治七年には境内地を分割譲与し末社戎宮総本社西宮神社を独立させています
伊勢大神宮御同体」の兵庫県下第一の御社格御由緒の大社として広く崇敬を集め、中世には「西宮参拝」と称して国家の神事を司った神祇官の歴代長官や公家五山の僧侶たちが度々に亙って参詣し、物語や和歌今様漢詩に多々その痕跡を残しています
武家の崇敬も篤く、源頼朝平氏討伐を祈願し淡路・廣田の庄を寄進豊臣秀頼末社・戎社(現西宮神社)と共に大規模な改築を行い、徳川吉宗は現今の地に遷宮しました
御社殿は、伊勢神宮戦後初の式年遷宮に当たり荒祭宮旧社殿の譲与を受け、昭和三一〜三八年(1956〜63)に神明造にて造営がなされました

御神徳
国民の総親神である天照皇大神は、八百万神々の中でも最高至貴なる、生活の基の衣食住を整えられた祖神にして、特に荒御魂の廣田大御神は、勝運合格・開運厄除・子授安産・交通安全・立身出世などに霊験高き神として万民の崇敬をあつめています
廣田大御神は和歌文学歌謡の神としても崇敬され、勅撰和歌集の撰者である藤原俊成源俊頼和歌に詠み、後白河法皇撰録の『梁塵秘抄』にも廣田神社やその所管社を謡い込んだ今様(当時の流行歌舞)が多数収録され、文学に関わる先賢たちが神恵を受けました

「境内案内」より


鳥居
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拝殿
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伊和志豆神社
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末社稲荷神社、地神社春日神社子安神社八坂神社
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松尾神社
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齋殿神社
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