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2006-11-30

[]「あの男性には、わたしの後輩を紹介したくない。」周辺、たったふたつの大きな間違い。

こちらの話題ですが。

「あの男性には、わたしの後輩を紹介したくない。」 - シロクマの屑籠

ものすごくおおざっぱに要約すると

後輩から男性を紹介するように頼まれているXさんから見て

「女性とつき合いたいと言っているわりに身なりなどに気を付けずまた忠告にも耳を貸さない職場の独身男性」には後輩を紹介したくないな

という話。

話のなかに出てくるひとたちの間違いは、ふたつ。

  1. Xさんはその独身男の主張を要求と勘違いして取引をもちかけている
  2. その独身男(以下Y氏)は「一般的なモテ条件」には意味がないと思っている

以下、それぞれ説明していきます。


主張と要求の違いについて

まず1について。

Y氏は

  • 「俺が良いと思っているんだから、それでいいじゃないか」
  • 「俺が思ったとおりにやる」

と言っていて、これはすなわち要求ではなくたんなる主張と理解できるのですが、Xさんからすれば

  • 後輩を紹介するのであればちゃんとしてほしい

という要求が前提としてあるので、相手(Y氏)がそれに対してとる反応というのは要求というふうに見えるわけです。つまり取引ですね。XさんはY氏と取引をしようとしているわけです。

f:id:wetfootdog:20061130170634p:image

図のなかで(a)はY氏が個人的に主張する条件で、(b)はXさんの考える(共有された)条件です。で、Xさんからはこれらが(a)⇔(b)で行われる男女それぞれが譲歩すべき公正な取引に見えているので、応じないY氏は「不適当」に見えるわけです。

ただそもそもY氏の「服装にほとんど気をつかわない」という見かけは「オレはモテる気がない*1」という主張でもあるので、そこに「女性を紹介してあげるから」という取引を持ちかけようとする(持ちかけると仮定する)のは、Xさんの間違い。

Y氏はそもそも取引をするつもりがありません。

なぜか?

その前に前述の2、「Y氏は『一般的なモテ条件』には意味がないと思っている」について先に説明してしまいましょう。


「取引が前提」という立場と「取引不要」という立場

Y氏はそもそもただ主張しているだけだ、と書きましたが、

そんな彼の“女の子と付き合いたい”“結婚したい”というぼやき

などというのは、主張というよりはXさんらに対するちょっとした要求、と考えてもいいでしょう。たんなる主張であれば服装のときのように、問われたときに答えればいいだけですから*2。これは無視してしまっていいレベルの「ぼやき」だと思いますが、後輩から紹介を頼まれているXさんにはより「要求っぽく」聞こえるのでしょう。

当然Xさん側としては

  • Y氏のぼやき
  • 後輩の「紹介してほしい」という要求

に応える立場として、より「取引が必要だ」というふうに思えてきます。かんたんに言えば、Xさんは間に立って取引を成立させる条件を整える役割を果たそうとしているのです。

f:id:wetfootdog:20061130170643p:image

ここで疑問として

  1. そもそもY氏は取引というものに気付いていないのではないか?
  2. Y氏はあるいは、この取引が公平ではないと感じているのではないか?

の2点が思い浮かぶのですが、1については

  • もし取引があるとしても、それはつきあう対象の女性とのあいだだけにあるのではないか

と考えているのかもしれません。とはいえ、ここはちょっと不明。

で、2については性格的な原因もあるかもしれないし、「なんであれ押しつけられるのはイヤだ」と感じているのかもしれません。そしておそらくもっと大きな理由は

  • オレはそういった「世間的な条件」とつき合いたいわけではない、女の子とつき合いたいだけなんだ

という欲求ではないか。

もっとわかりやすく書きます。

  • オレはモテたいわけじゃないんだ、女の子とつき合いたいだけなんだ、だから「いわゆるモテの最低条件」みたいな意味のないものを押しつけるな

ということですね。

しかし実際にはY氏が問われているのは「モテの最低条件」の内容そのものではなく、「その条件を受け入れるかどうか(取引に応じるかどうか)」なのですが、Y氏は内容を無意味だと思っているので取引そのものも意味がないと思っています。

そして条件をやりとりする取引というのはおとなの社会で必要なプロセスですが、Y氏はおそらくプロセスには興味がない。なので取引には興味がない。できればそこをすっ飛ばしたいし、そもそも内容がくだらない。

だから取引をする気はないのです。

f:id:wetfootdog:20061130170644p:image

本来は公平な取引であるものが、Y氏には意味のない条件(プロトコル)を相手にやり取りしているように見えて、そんなものはどうでもいい、ということになるわけです。で、公平ではない個人対個人のつき合いこそが公平なやり取りだと思っている*3

しかし実際にはXさんを仲介とする以外にはなかなか直接取引に持ちこむのは難しい。出会いというのはそうそう転がっているものでもありません(男性が「世間的な条件」に妥協するのは、その出会いの難しさ故だとも言えます)。


XさんとY氏がそれぞれ持っている幻想

ところでXさんの、Y氏についての

  • 服装とか身なりに気を配っていない
  • 話が面白くない

といった判断の根拠はどこから来ているのか、と考えてみるとそれが

  • Xさんもしくはその周辺で共有されている条件=モテたいならこれぐらいはしなさいという暗黙の了解

だということがわかります。→長いので以下これを「モテプロトコル」と呼ぶことにします。


「いや、モテプロトコルはわりと普遍的なもんだろ、常識の範囲というか」という意見があるかもしれませんが、上記の例について「どのあたりならOKか」という案配というのは結局、あいまいなモテプロトコル、つまりXさん周辺が独自に判断しているにすぎない点には注意すべきでしょう。ここでは実際に後輩の主張(2番目の図のc)は考慮されていません。

Xさん「“俺が良いと思う自分を受け止めて欲しい”なんていうけれど、女性側がそのまんまを受け容れてくれるわけがないのに。男だって、私達をそのまんま受け容れてくれるわけじゃないわけなのにね。不公平だってことに全然気付いていない。」

これはあくまでモテプロトコルにもとづいた話であり、正直どうでもいい話です。

たとえば服装や身なり(清潔さ)、あるいは相手の女性にまったくといっていいほど気を遣ってないような男であっても実際に彼女がいて仲良くやっている例をわたしはいくつか知っています(男のほうは彼女ができてからそうなったのではなく、それ以前からそういう状態)。最初から不公平なつき合いなんていくらでもありますし、それはあくまで個々の問題です。男女の1対1のつき合いの場合、そこにはセックスなどさまざまな要素が絡むので、「常識的」なモテプロトコルは必ずしも最重要な要素ではありません。男女間にはなんだってあり得るのですから。


モテプロトコルはあくまで第三者から見てのアドバイス的ななにかであって、あたかもそれが当たり前かのように考えるとしたらそれはそれでずいぶんと幻想的な恋愛観だと言わざるを得ません。

しかしまた「女性にもそれぞれのオリジナルモテプロトコルがある」ことを理解する、あるいは想像することができずに「つき合いたい」とぼやくY氏もまた「1対1のつき合いにモテプロトコルなんて不要だ」という幻想のなかだけで生きていると言えるでしょう。


まとめ

今回の話では

  • Xさんは「モテプロトコル必須」という幻想
  • Y氏は「モテプロトコル不要」という幻想

をそれぞれ抱いていることがわかりますが、これはどっちが正しいとかそういうことでなく、たんにそれぞれが交わることはなさそうだなというお話なのでしょう。それぞれ違う話し相手を捜すことをお勧めします。


[自分向けまとめ]

*1:「女の子とつき合いたくない」ではないということに注意。

*2:Y氏が(Yさんは結婚しないんですか?とか)聞かれたから答えた、可能性もありますが、ここではとりあえず置いておきます。

*3:ここらへんに「もし取引があるとしても、それはつきあう対象の女性とのあいだだけにあるのではないか」という上記の話と関連があるのかもしれませんが。

2006-11-28

[]「メディアによる時間の奪い合い」という思いこみをやめ、「場所」という観点からも考えてみよう

この手の話題でいつも疑問に感じるのが、

  • 新しいメディアがテレビなど既存メディアの時間を奪う

かのような考え方。

たとえば携帯がゲームの時間を奪う、PCがテレビの時間を奪う、などなど。

Page Not Found - CNET Japan

この二つの資料からだけでも、はっきりとした「若い人たちのテレビ離れ」のトレンドは見て取れる。つまり、テレビを見たり据え置き型のゲームマシンでゲームをするよりも、mixiで友達とのコミュニケーションを楽しんだり、YouTubeで話題になっているテレビ番組の面白い場面だけをつまみ食いする方がずっと楽しいと感じている人たちが増え続けているのである。

(強調は引用者)

上記の記事はかなり強引にそういった方向に話を持って行こうとしていますが、まず資料とされている調査結果「国民生活時間調査報告書(PDF)」を見てみましょう(もうひとつはネットユーザーのみを対象とした調査なので省略)。

ただし10代男女については

  • 2002年の完全学校週5日制の影響により生活時間の変動が大きい
  • 購買力のない年齢層がほとんど

なので、割愛。で、「若い人たち」としては二十代男女についてだけ見てみました。


国民生活時間調査報告書からわかったこと

以下のふたつ。

  • 二十代男性が日曜日にテレビを見る時間は顕著に減った(10年前と比べマイナス63分*1
  • 二十代男性が日曜日にPCに使う時間は51分*2

結論→二十代男性は日曜日にテレビをあまり見なくなった(かわりにPCを使っているのかもしれない)。

データからわかるのはたったこれだけなのです。

はっきりとしたトレンド」はなにも見て取れません。

平日についてはごくわずか(10年間で7分)しか減っていませんし、そもそも平日のPCの使用時間は30分程度なので、テレビの平日視聴時間(2時間11分)に比べるとぜんぜんたいしたことありません*3。平日のPC使用時間はテレビ視聴時間から割いてきただけじゃ足りないですね。しかも平日は日曜日の5倍あります。

ちなみに二十代女性の、日曜日のテレビ視聴時間もかなり減っていますが(10年間でマイナス37分*4、以下全て10年間の推移)、睡眠時間がプラス17分*5、食事時間がプラス9分*6なので、その影響によるのでしょう*7。実際、出かける時間も減っている(マイナス32分*8)ようなので、日曜日の若い女性は今後、ますますゴロゴロし、バクバク食べるようになること間違いありません

上記のように、データなんて読みようでいくらでも恣意的に伝え直すことができるわけです。

で、生活時間ていうのはわりとフレキシブルなものですが、生活時間そのものはじつはそのひとが「どこにいるか」によってかなり左右されるのではないか、というのが今回の話です。

個人とメディアのつき合いというのは、時間だけではなく、場所によって左右されることも多いのではないでしょうか。たとえばiPodの都市部と非都市部での所有率・ノートPCの携行率の差などは、場所の問題として捉えることができます。


家にリビングルームがある限り、テレビはなくならない

では場所の観点から「携帯電話がなぜ生活に入りこんだか」を考えてみます。

理由は便利だったから?

たしかに。

ではなぜ便利だったのか?

それは

  • ひとは電話がない場所にいることがあるから

電話があるところ、つまり家にずっといて生活しているひとには携帯は必要ない。しかし電話がない場所にいなければならない場合、携帯電話が必要。だから受け入れられた。

ではここで同じような考え方で、

  • 家にリビングルームがある限り、テレビはなくならない

ということを考えてみます。

家のなかでリビングというのは家族が時間や話題を共有するための場所です。家族構成といってもいろいろあるでしょうけど、そのなかでテレビが果たす役割と特徴というのが

  • 複数人数で共有しやすい
  • 日常的に「ながら利用」ができる
  • どうでもいい話題を垂れ流しで提供する

という、この3点。もちろんこれは「テレビはリビングに必須だ」ということを意味するわけではなく、「これらの役割がリビングに必要だ」という意味ですが、これを代替するものはまだありません。なので、共有スペースとしてのリビングがなくならない限り、テレビはなくならないでしょう。ユーザーにほぼ常時、能動的であることを要求するPCにこれらの能力はいまだにありません。

f:id:wetfootdog:20061128170305p:image:w300

またここから考えると、DSが売れた原因のひとつは携帯性そのものよりも「テレビとの競合がない」という側面も大きいのではないかと思えます。

ちなみに「テレビいらない」というひとの多くはおそらく独身者(もしくは独身者的生活者)であり、彼らにはそもそもリビングがない(家族がいない)だろうということを考慮すべきです。つまり「場所」という点から考えると、一概に「若い人たち」といっても二種類あるということです。そしてリビングのない彼らに必要なのは個としてのツール、PCや携帯なのです。


PCがツールとして特殊なものになっていく可能性

ここでまた場所について考えます。PCを

  • 「コミュニティという場所」への接続手段

として考えると、日頃コミュニティへの接続が少ないひとは接続手段としてPC(携帯でもかまいませんが)を必要とするのではないかと思えてきます。つまり日常生活のなかに「コミュニティの場」への接続がない、そういう場に接していないひとほどPCを必要とするのではないか。

そういう意味で、PCはそのなかに「コミュニティという場所」へと接続できるものを強力に内包しない限りは、いずれ携帯電話の脅威に直面することでしょう。

え、PCじゃないと長文書けない? 絵が描けない?

ええ、それは確かにそうです。でもよく言われるように、PCで長文書いたり変なイラスト描いてるようなひと*9はごくごくわずかなのです。

近い将来の、携帯の高速化と大画面化によってそうでないひとたちがPCをやめて携帯でブログ書いたりネット見るようになったら、たいていのひとにとってPCは会社で使うだけのものになるかもしれません。すでにデジタルカメラ+プリンタ市場ではPCレスが進みつつあることも、これに拍車をかけるはず。やがてPCは日曜大工の道具のような「趣味性の高い実用品」といったポジションへとシフトし(リビングから追放され)、以前のように「かなり好きなひとしか持ってない」状態になる、というのはすでにひとつの道としてかなり「ありうる話」でしょう。

*1:国民生活時間調査報告書(以下同)図表1 テレビの行為者率と時間量

*2:図表27 インターネットの行為者率と時間量

*3:図表1 テレビの行為者率と時間量

*4:同じく図表1

*5:図表53 睡眠時間

*6:図表59 食事時間

*7:ここは冗談ですからね。

*8:図表25 行楽・散策の行為者率と時間量

*9:クリリン。

2006-11-24

[]ハイハイハイ! とうるさい猫のイラストで見る「ソーシャルブックサービスの意味」

世の中には声のでかいひとがいますね。

f:id:wetfootdog:20061124143801p:image

一概に声の大きさとかではなく、いろんな意味で目立つひと。

で、ネットコミュニティの初期、人数が少ないときは目立つ発言があってもそれが

  • ただうるさいだけのものか
  • 目立つ(ノイズっぽい)けど意味のあるものか

の判断がしやすいものです。つまりノイズ判定がしやすい。

f:id:wetfootdog:20061124143807p:image

なので

  • ノイズを除去し
  • 視界に入る面白いもの、興味深いものを増やす

ことが比較的まだやりやすいわけです。

ところが総数が増えてくると、当然目立つ発言の数も増えてきます。

そうするとやはり、ノイズ判定がすこし難しくなってくる。

f:id:wetfootdog:20061124145222p:image

また数が増えることでノイズを発する側の敷居が下がり、ノイズも発生しやすくなる。

さらに人数が増えると、もはやどんなに大声を出してもたいていのノイズは相対的に目立たなくなってしまい、もちろん「面白いノイズ」も目立たず、全体から見ると均質化が進む、つまりそのコミュニティに対して

  • みんな似たような感じだよなぁ

という感想が出るようになります。

f:id:wetfootdog:20061124143809p:image

こうなってくると、面白いものを独力で探すのは困難になってきます。

で、ここから「面白いものをひとりひとりに申告させて共有しよう」というのが、ソーシャルブックマークサービス(SBS)なわけです。SBSを使えば「あそこにこんなやつがいたよ」といった感じで情報が集まるので、手がかりを得やすくなる。けれどもその仕組み上、やはり「声はデカくないけどちょっと面白いもの」を探すのはまだなかなか手間がかかります。複数のブックマークサービスを使ったり、ほかのひとのアンテナ・RSSリーダーを見たりしてサイトを探す手間というのも、やはり(ブックマーカーには)必要なのかもしれません。


さらに言えば、たとえばはてブのコメント欄などはだんだんと上記の様子と同じ状態になりつつあります。

相対的に一人当たりのコメントの影響力が低下しているということで、一年前に比べてもコメントでのごたごたが減った(というかほとんどなくなった)気がします。来年の春あたりには10万人ぐらいにはなっているかもしれないので、この「空気が薄くなる」傾向はしばらくつづくことでしょう。

かつてこのエントリで「お気に入りブックマーカーの選び方」として「ブックマークのコメント欄から探す方法」を提案したことがありますが、だんだんとこれも難しくなってきているのかもしれません。

[おにぎり]

2006-11-20

[]絵で見る「GO! GO! コミュニティ活火山」

コミュニティというのはそこからなんらかの活動のしるしが出ているもので、意外に遠目にも目立っていたりします。

↓下図ではコミュニティの煙がそれにあたります。

f:id:wetfootdog:20061121002338p:image

ネットのコミュニティとユーザーの関わりはたいていの場合、

  • ユーザーがどこかのコミュニティに入るか
  • ユーザー自らコミュニティを作るか

どちらかとなります。

で、どこかのコミュニティに入るとしても、最初のうちはあまりそんな自覚が出てきません(図の「コミュニティの入り口」を下に進む)。

ところがある程度コミュニティに馴染んでくると、急に視界が開けたように、ひとの多いところへ出た感じがします。これが「コミュニティの第一層」です。多いといったって、おそらく数人でしょう。それでも「入り口」あたりで時々数人と擦れ違うような状態であったことを考えると、コミュニティ感はかなり強くなります。みんなニャーニャー言って楽しい。適度に噛みついたり引っかかれたりします。

ちなみにこの程度のコミュニティであっても摩擦が生じてガス圧が高まり、山肌から噴火してしまうこともあります。たいていは小規模ですが、たまに火山の全体像が変化するほどの爆発もあります。どのコミュニティにもガス圧の高いひとはいるので、吹き飛ばされないように距離を測りましょう。ただガス圧が高いところのほうがコミュニティとしては活溌だったりするので、一概に避けるべきとも言い切れません(よく観察すれば、そのコミュニティの「ガス圧高い役」のひとがわかるかもしれません)。

当然、第一層全体のガス圧が高まって大噴火、火山ごと吹き飛んでしまうこともありますが、やはり火山(コミュニティ)の規模によって結果は異なるようです。また吹き飛ばされてしまっても、ほかにいくらでもコミュニティはあるので気にすることはありません。


さらに時間が経つと、コミュニティのより深いところへと降りていくことになります(図の「コミュニティの第二層」)。これは避けようと思えば避けることができるので、あまり深いところに降りていかないほうがいいかもしれません。

ここへ降りてくると、ほかのコミュニティにいるひとたちの姿も見えてきます。なぜならそこはほかの活火山とも繋がっているからです。ここでようやくあなたは、ネットって広いような狭いような、という印象を抱くことでしょう。いずれにしろ全体を把握することなど不可能なので、広い狭いとか考えるのはやめておきましょう。


ここから先はより深い、ドロドロとした暗部まであまり距離がありません。いつの間にかそこまで沈んでしまった、というひとも出てくることでしょう。場所によってドロドロ濃度が異なるので、気づかないうちにはまり込んでいることもありえます。そろそろ引き返そうかなというひとはここで決断するべきでしょう。

このあたりではニャーニャー言うのも大声だったり小声だったり、いろいろと工夫が必要になってきます。マナー問題という新たな要素も加わり、さらに深いところでは聞いたこともない物質ダークマナー(たとえば「挨拶なしのトラックバックは失礼」)などが満ちているところもあるようです。この深さまで来れば馴れ合いと殺伐は紙一重の状態。第一層に比べてなにかいいことがあるわけでもないけれど、さまざまなスリルは経験できます。

こうしてだんだんと息苦しくなってくるのもこのあたりですが、もちろん自分でガス圧を高めて上のほうに浮上することだって可能です。


さ、引き返しますか? コミュニティのマグマに沈みますか?


2006-11-09

[]絵で見る「ブロガーとブックマーカーのエコサイクル」

週末が近いので速いテンポでいきます。


ブロガーは子牛をふやす牝牛

日々エントリを書いていると、だんだんとエントリが溜まっていきます。

それがこういう状態。

f:id:wetfootdog:20061109161410p:image

ふつうにブログを見ているひとには、これはあんまりわからない。

ただ幾度か目にしているうちに、エントリからそのブログがだんだんとわかってきます。

過去の蓄積こそがそのブログを現すわけです。

こんな感じ。

f:id:wetfootdog:20061109161416p:image

あるブロガーが書いたエントリは、往々にして過去にも関連したエントリがあるのですが、読者はたいていそれを探そうとはしません。先回りして、過去のエントリがわかるようにしておきましょう。自分のエントリを自分で見返し、現在のエントリとうまく結びつけないと、永遠に埋もれたままになりかねません。あなたがどんなブロガーかを理解されたければ、「プロフィールよりも過去のエントリ」を充実させましょう。


ブックマーカーは?

さてブックマーカーとはなんでしょう?

フンコロガシです。

f:id:wetfootdog:20061109161418p:image

ほかのブログから栄養をくすね、転がし、自分の餌にしてしまいます。

これがうまい具合に循環すると、

  1. ブックマーカーがエントリを拾ってくる
    1. どういう意図で拾っていって、どう再利用するかは不明
  2. 土壌(ネット界隈)が豊かになる
  3. 草(ネタ)が生える
  4. ブロガーが餌にする
  5. 子牛(エントリ)を産む

こういう環境になるわけです。

これがSBMとブログのエコサイクルです。

ただ閉じた環境だと似たような種類の牛ばかりになったりする弊害があるので、ときどき外からも新しいネタを拾ってくることがブックマーカーに望まれるところでしょう。いつも同じところで餌を漁るのではなく、新しい猟場を探すのもまたブックマーカーの宿命です。

そしてあなたが転がしたフンをもとに、どこかで新しい、びっくりするようなエントリが生まれたりするわけです。どんどん新しいフンを転がし、巨大な雪玉みたいなフンを転がして子牛たちをキャーキャー言わせてやりましょう*1


おまけ

ときどき乱暴なのがいて、タグで[ぶっ転がすぞ]とか言ってますね。

f:id:wetfootdog:20061109161417p:image

アレはこんな感じです。


*1:意味不明。

2006-11-08

[]成熟したサイトに生じる「コミュニティのちら見せ」

コメント欄というのはコミュニティに通じるものだと考えます。

  1. あまり見えない領域
    1. 匿名掲示板
    2. ソーシャルブックマークのコメント欄
  2. 見える領域
    1. ブログのコメント欄
    2. なんらかのid認証を経たコメント欄
    3. 承認制コメント欄
    4. コメント欄なし

「承認制のコメント欄」は炎上の可能性が少ないのですが、コメントの応答内容によっては炎上の可能性があります*1。つまり「コメント欄なし」よりはわずかに安全度が低い。

図にするとこんな感じ。

f:id:wetfootdog:20061108174930p:image

さて図にするとわかりやすいのですが、ブラックホールに近いほど「発言がしやすい場所」ということがわかると思います。それは「コミュニティが生じやすい」ということでもありますが、匿名掲示板までいってしまうと暗すぎて顔が見えないので、逆にコミュニティが生じても維持されにくいという側面も。

またはてブなどが「2ちゃんねる化」などと言われるのも、この「発言しやすさ」に拠るところが大きいと思われます*2


これがどういうことかというと、コミュニティ指向のブログはブラックホールに近いところに位置しているということで、なんであれコミュニティには管理(コスト)が必要だということです。


コミュニティからの離脱と再帰

で、一度コミュニティが出来上がってしまうと今度はそれを(自サイトで)あまり目立たない方向へと持っていく傾向があるわけですが、完全に隠蔽してしまうとそれはコミュニティからの離脱とも思われるので、そうせずに「コミュニティのチラ見せ」をする。オフ会の報告とかですね。

さらにはその報告もだんだん内容が不明なものになってきたりする。このへんはいつか来た道、というかテキストサイトが辿った道と被るところがあります。

これらの動きはつまり、自分のサイトがコミュニティの沼にずっぼりはまっているのを少しずつ引き揚げていこう、という擬似的な脱コミュニティ操作を行っているわけです。脱コミュニティ操作には

  • 管理コストを下げる
  • あるコミュニティ「だけ」に属するのを避ける

などの意味があるわけですが、それはつまりブラックホールから遠ざかる方向に向かう姿勢なので、ほっとくと勝手に疎外感を感じて圏外へと飛びだしていってしまったりします。なので、ふつうはたまに揺れ戻しが起きて、コミュニティへと再接近します。

このあたりの「コミュニティのちら見せ」は、サイトデザインでサイドバーに表示する「最近のコメント」をどのあたりに置くのか、というあたりにも表れていそうです。はてなの場合であれば「アンテナ」とか。

よく見ているサイトがデザインを変更した場合、このあたりに注意してを見てみるのも面白いかもしれません。


おまけ

ちなみに「管理コスト」を下げたのがmixiで、そのおかげで「コミュニティの全見せ」。あからさますぎてコミュニティとしてうざくなりがちな側面も。そしてブラックホールともちゃんとつながっているというオチ。


*1:関連する「より難易度の低い」ブログへと延焼する、「あまり見えない領域」での炎上、など。

*2:短いコメントでも埋もれにくい、というあたりもありますが。


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