藤野の散文-立秋 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2016-08-26 最高の機械(2)

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いよいよ本気でAIコンピューターと人間の対話が成立する時代になろうとしている。

そこでハタと気付く。
自分たちはコンピューターはともかく、いろんな「物とか道具」に愛着を持つ。
自動車とか万年筆とか植木鋏とか。
住み慣れた家とか衣服とか居酒屋とか。
カバンとか髭剃りとかオーディオとか。
そうした「ハードたち」は決してAIのように複雑なことはしないけれど、十分に「愛すべき物」たちだ。

これまでに、自分たちは「物への愛情」を十分に育んでいる。
その「物」が、直接いろんな会話を言語レベルでしてこなかったから、いろんな「物」は「モノとか道具」という認識でいられたのだ。

同じ「物」ではあるけれど、今度はコンピューターであり、しかも「会話レベルの意思疎通」を標榜できる相手である。
囲碁将棋ならまだしも、自分たちの「日常レベルで対話できる道具」がいよいよ登場する。

これまで愛でてきたオートバイなどと違って、今度の「会話でき、しかも学習してゆくコンピューター」は人にとってどのような道具になるのだろうか。
道具の域を超えることもあるのだろうか。

AIが音楽や文章を創作することは、生身の人間とどれほど違うものだろう。
技術の水準が上がってきて、いよいよ面白いステージに差し掛かってきたという気がする。
「AIとの付き合い方」を考えておいたほうがいいのではないだろうか。


ロボット再興、ソニーの本気と立ちはだかる壁

2016/8/24 3:30
ニュースソース
日本経済新聞 電子版

 ソニーがロボット事業への再参入を決断した。単なる一新製品としてではない。経営陣はロボットと人工知能(AI)を、同社の今後の成長を担う中核分野に育てたいという強い意気込みを抱いているようだ。先行する米巨大IT(情報技術)企業がしのぎを削る分野で独自の居場所を築くことができるのか。

■ロボットの“教祖”、来訪

 「SONY 2.0」。そんなタイトルの絵巻物を抱え、ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)社長兼所長の北野宏明は2月10日、東京品川のソニー本社20階にある平井一夫社長の部屋を訪れた。

 絵巻物は畳1畳ほどの大きな紙に現在から未来に向かって、ソニーの製品やサービスが、テレビ、オーディオ、ゲーム機、映画といった現在の姿から、いかに新しい領域にも展開していくかを描いた、文字通りのビッグピクチャー。テーブルに広げられた絵巻物を見て平井は「素晴らしい。これを実現するため、これから定期的にミーティングをしましょう」と身を乗り出した。

 北野は、かつて世界初の一般消費者用のAIロボットとしてソニーが1999年に発売し、一世を風靡したペット型ロボット「AIBO」の生みの親の一人。ロボットとAIの分野では世界的な“教祖”の一人といえる。

 AIBOは2004年、当時会長だった出井伸之ら経営陣が「戦略外事業」と決定。06年に完全に開発を打ち切り、ソニーは事業としてのロボット・AIから撤退した。その後も北野はソニーCSLという、ソニー本体のビジネスからは一歩離れた組織を基盤にAIやITの生物への応用などの研究分野で活躍してきた。AIBOに携わっていた他の主要な技術者たちは、ソニーを去る者もいれば、本社研究開発部門やゲーム事業などソニーグループ各所に移ってAIやセンサーなど関連技術の研究開発を続ける者も多かった。

ソニーCSLの北野社長(右)は2月10日、ソニー本社の平井社長を訪ねた。これがプロジェクトのスタートとなった

 それから10年。今や「情報革命が進行し、情報をつかさどるAIが(様々な製品やサービスで)カギを握るようになった」(北野)。業績が回復し、ようやく攻めの投資が出来る財務態勢が整いつつあった15年初秋のソニーは、そんな時代状況にあった。

 今後の成長戦略を探っていた平井は、北野やグループに散在するロボット・AI関連技術者、科学者たちの知見を再結集し、事業を育てたいとの思いを強くする。

 平井はまず昨秋、革新的な新事業を育成するために社内外のリソースを取りまとめてプロジェクトを回す「中長期事業開発部門」を翌16年春に新設することを内定した。新部門のヘッドには、技術標準を巡る企業間アライアンス交渉や知的財産権を絡めた技術経営のベテラン、コーポレートエグゼクティブの御供俊元を内定した。

■ロボット人脈、再集結

 10月、翌春の新組織立ち上げに向けて御供が真っ先に協力を仰ぎに行ったのが北野だった。もちろんロボット・AIを中長期の中核成長事業にするという構想を相談するためだ。北野は快諾。「やるならすぐに始めましょう」と促した。

 それを受けて御供は、かつて北野とともにAIBOやヒト型ロボットのQRIOの開発を手掛けたソニー有数のAI技術者、藤田雅博に参画を要請した。藤田も快諾。16年4月に中長期事業開発部門が正式発足した際、北野はソニーCSLとの兼任で参画。藤田はチーフ・テクノロジーエンジニアとして新組織の中核を担うことになる。

平井社長に指名され、新部門のヘッドとなった御供氏

 取締役会の考えも方向が同じだった。昨年12月に伊豆のホテルで泊まりがけで開かれた取締役のオフサイトミーティングでは、米マサチューセッツ工科大メディアラボ所長を務める伊藤穣一シリコンバレーを知り尽くす弁護士で元駐日大使ジョン・ルース社外取締役2人がAIに力を入れるべきだと強く推薦。取締役会のコンセンサスとなった。

■米AIベンチャーに出資

 絵巻物を見ながらの2月の北野・平井ミーティングは、この構想を実行に移すプロジェクトのキックオフを意味していた。

 本社R&D部門、ゲーム部門、ソニーCSLの東京本社や仏パリ拠点など、グループ内外に散らばるAIやロボット関連の技術者のアイデアも集まってきた。

 定期ミーティングと並行して、5月には御供、北野を軸に交渉していた米AIスタートアップのコジタイ(Cogitai)への資本参加で合意に成功。AIへの経営資源投入が議論だけでなく、お金も伴う行動にもつながり始めた。

 その後6月までに、世界中に散らばる社内外のAI・ロボット人材数十人からなる、組織の壁を越えたネットワークができた。6月17日には北野が本社の執行役コーポレートエグゼクティブに就任。ロボット・AIを事業に育てる会社の意思が人事のうえでも明確になった。

藤田氏は、かつて北野氏とともにAIBOやヒト型ロボットのQRIOの開発を手掛けた

 「心のつながりを持ち、育てる喜びや愛情の対象となるロボットを作りたい」――。

 6月29日の経営方針説明会で平井は、ロボット再参入の決断とその方向性投資家や消費者に高らかに宣言した。「単にAI技術が載った機械ではなく、利用者に感動体験をもたらす、ハードウエアとサービスを組み合わせた新たな事業モデルの提案をしたい」と、本紙の取材にも意気込みを語った。

■先行する3強の技術蓄積

 ただ、いくらグループ人材を再結集しても、ロボット事業撤退から10年のブランクで、米国のIT業界に技術の実用化、人材の質・量など多くの面で後れを取っているのも厳然とした事実だ。

 アップルが音声で利用者と受け答えし、リクエストや質問に答えるシリ(Siri)をiPhoneに組み込んだのは5年も前の11年秋。音声認識自然言語認識、利用者の発する言葉の意味(要求なのか、質問なのか、感想なのかなど)の把握などを担うAI学習データベースがネットを通じて日々利用データを蓄積し、学習している。

 グーグル検索エンジンの検索結果の重要度ランク付けの仕組みを、創業来のアルゴリズムからAIに移行しつつある。子会社が開発した「アルファ GO」システムが囲碁で初めて人間のプロ棋士を破った例が示す通り、AI人材を多数集め、何年も実用レベルの研究開発を積み重ねてきた。

 アマゾンが昨年春から米国内で市販する据え置き型マイク兼スピーカー「エコー(Echo)」が提供する「エージェント」(代理人)サービスは、いわばSiriの据え置き版。利用者は、部屋の中に置かれたEchoに聞こえるように、要求や質問の声を発すればよい。「あすの最新ニュースを教えて」「アマゾンに○×の購入注文を出して」「○×の曲をかけて」といった具合だ。1年以上、実用レベルで学習を続けていることになる。

 ソニーがプロトタイプを開発して今春、海外の展示会で公開した卓上据え置きロボットの「エクスペリア・エージェント」も、クラウド上にあるAIと人間がやり取りするエージェント(代理人)の役割を音声を通じて務めるコンセプトで、エコーによく似ている。仮に商品化できても、アップルやアマゾンの後を追うだけではインパクトに欠ける。

■国際会議で人材募集呼びかけ

 北野は「エージェントやロボットが複数あり、連動し、クラウドにもつながっているような」と、開発の方向性を表現する。果たしてどれだけ独自性を打ち出せるか。

 どんな方向に進むにせよ、斬新な発想と、実現のための技術を具現化するには人材がカギを握る。かつてロボット事業に携わっていた元ソニー幹部はソニーグループにいるロボット・AI人材について、「ロボット・AIを事業にした経験のない人が多い。ちゃんとビジネスモデルをつくれるのか疑問」と話す。

 北野は「有名なベテランよりも、これから成功したいという若い人を世界から採用したい」と話す。

 実際ソニーは8月、米ニューヨーク市で開かれた国際人工知能会議(IJCAI)で初めてスポンサーとなった。参加者向けのウェブページを作成。「多様な製品、コンテンツ、サービスで人々に感動を与えたいという情熱と、創造性と才能のある人材を募集しています」と呼びかけた。多様な消費者向け娯楽関連製品・サービスを手掛けるソニーの特徴を前面に出して人材を募ろうという戦略だ。

 人材獲得では、ほかにも優位な要素はある。ソニーCSLだ。

 本社が事業から撤退した後も、ソニーCSLはAIやロボットに関連する分野で脈々と研究を続けてきた。北野のほかにも人間とコンピューター間のインターフェースの領域で世界的に知られる暦本純一(れきもと・じゅんいち)、脳科学研究の茂木健一郎、自然言語学習の研究で先端を行くミハエル・シュプランガーなど多くの有力研究者が東京とパリを拠点に活躍する。彼ら自身の知見に加え、学界や新興企業で活躍する社外の有力な科学者・技術者との人的ネットワークは極めて強力だ。コジタイ出資もCSL人脈がものをいった。

■自前主義との決別

「AIBO」の技術は脈々と残るが、新たな発想も必要だ

 もう一つ、かつてソニーが決定的に弱かった発想も今のソニーには根付きつつある。自前主義にこだわらず、技術や製品を社外と連携して開発していく、いわゆるオープンイノベーションだ。

 北野は、ロボット・AIの商品化の方向性として、「第三者の企業・開発者の提供する製品やサービスもつなげて、一つのエコシステムを形成することが重要」と話す。

 オープンイノベーション型の技術革新連鎖を世界的に巻き起こすことができれば、10年のブランクは案外早く克服できる可能性がある。

 ソニーのAI・ロボットに対する“本気”がブレイクスルーにつながるとすれば、それは「社外」とうまく連携できたときかもしれない。

(中藤玲、多部田俊輔、小柳建彦)

関連インタビュー「ロボットにソニーらしさ? 気にしません」ソニーCSL北野社長

2016-08-25 最高の機械。(1)

[]AIへの違和感。 AIへの違和感。を含むブックマーク AIへの違和感。のブックマークコメント

f:id:why-newton:20160825005847j:image

「心のつながりを持ち、育てる喜びや愛情の対象となるロボットを作りたい」

ソニーの「ロボット事業再参入の宣言」である。
なかなか良いじゃない。

ビジネス用語、その中でもIT系のカタカナ語の頻出には辟易している人も多いと思う。今はまちがいなく"IoT"と"AI"だろう。

どこからどこまでがAIなのかも分からないまま、今や名乗ったもの勝ちの雰囲気さえある。

けれどコンピューターがスイカで電子チケットになったり、スマホで検索したりするだけでなく、「それ以上の何か」を期待できるレベルにいよいよなってきたということだと思う。

「普通の検索行為」とか「単なる計算」では気がつかなかったような新しいことを次々に発見するようになったコンピューターは、なるほどちょっと「知能っぽい」。

初期のAIとかエキスパートとか呼ばれていたものは、そうした「どうせ計算でしょ」という風情が強かったが、最近はちょっと想像がつかないような結果を出したりするから妙な感じがするのだ。

「AIロボットがお話相手になります。」て
ちょっと小癪な気がしないだろうか。
「たかがコンピューターに、"人間様である私"が本気で対話する」ということに。

しかしながら「将来はAI機器が、自分たちの秘書や相談相手になる」と聞いた時に感じる「相手は機械なのに」という違和感は、近いうちに急速になくなっていくのじゃないかと思う。
(つづく)


ロボット再興、ソニーの本気と立ちはだかる壁

2016/8/24 3:30
ニュースソース
日本経済新聞 電子版

 ソニーがロボット事業への再参入を決断した。単なる一新製品としてではない。経営陣はロボットと人工知能(AI)を、同社の今後の成長を担う中核分野に育てたいという強い意気込みを抱いているようだ。先行する米巨大IT(情報技術)企業がしのぎを削る分野で独自の居場所を築くことができるのか。

■ロボットの“教祖”、来訪

 「SONY 2.0」。そんなタイトルの絵巻物を抱え、ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)社長兼所長の北野宏明は2月10日、東京品川のソニー本社20階にある平井一夫社長の部屋を訪れた。

 絵巻物は畳1畳ほどの大きな紙に現在から未来に向かって、ソニーの製品やサービスが、テレビ、オーディオゲーム機、映画といった現在の姿から、いかに新しい領域にも展開していくかを描いた、文字通りのビッグピクチャー。テーブルに広げられた絵巻物を見て平井は「素晴らしい。これを実現するため、これから定期的にミーティングをしましょう」と身を乗り出した。

 北野は、かつて世界初の一般消費者用のAIロボットとしてソニーが1999年に発売し、一世を風靡したペット型ロボット「AIBO」の生みの親の一人。ロボットとAIの分野では世界的な“教祖”の一人といえる。

 AIBOは2004年、当時会長だった出井伸之ら経営陣が「戦略外事業」と決定。06年に完全に開発を打ち切り、ソニーは事業としてのロボット・AIから撤退した。その後も北野はソニーCSLという、ソニー本体のビジネスからは一歩離れた組織を基盤にAIやITの生物への応用などの研究分野で活躍してきた。AIBOに携わっていた他の主要な技術者たちは、ソニーを去る者もいれば、本社研究開発部門やゲーム事業などソニーグループ各所に移ってAIやセンサーなど関連技術の研究開発を続ける者も多かった。

ソニーCSLの北野社長(右)は2月10日、ソニー本社の平井社長を訪ねた。これがプロジェクトのスタートとなった

 それから10年。今や「情報革命が進行し、情報をつかさどるAIが(様々な製品やサービスで)カギを握るようになった」(北野)。業績が回復し、ようやく攻めの投資が出来る財務態勢が整いつつあった15年初秋のソニーは、そんな時代状況にあった。

 今後の成長戦略を探っていた平井は、北野やグループに散在するロボット・AI関連技術者、科学者たちの知見を再結集し、事業を育てたいとの思いを強くする。

 平井はまず昨秋、革新的な新事業を育成するために社内外のリソースを取りまとめてプロジェクトを回す「中長期事業開発部門」を翌16年春に新設することを内定した。新部門のヘッドには、技術標準を巡る企業間アライアンス交渉や知的財産権を絡めた技術経営のベテラン、コーポレートエグゼクティブの御供俊元を内定した。

■ロボット人脈、再集結

 10月、翌春の新組織立ち上げに向けて御供が真っ先に協力を仰ぎに行ったのが北野だった。もちろんロボット・AIを中長期の中核成長事業にするという構想を相談するためだ。北野は快諾。「やるならすぐに始めましょう」と促した。

 それを受けて御供は、かつて北野とともにAIBOやヒト型ロボットのQRIOの開発を手掛けたソニー有数のAI技術者、藤田雅博に参画を要請した。藤田も快諾。16年4月に中長期事業開発部門が正式発足した際、北野はソニーCSLとの兼任で参画。藤田はチーフ・テクノロジーエンジニアとして新組織の中核を担うことになる。

平井社長に指名され、新部門のヘッドとなった御供氏

 取締役会の考えも方向が同じだった。昨年12月に伊豆のホテルで泊まりがけで開かれた取締役のオフサイトミーティングでは、米マサチューセッツ工科大メディアラボ所長を務める伊藤穣一シリコンバレーを知り尽くす弁護士で元駐日大使ジョン・ルース社外取締役2人がAIに力を入れるべきだと強く推薦。取締役会のコンセンサスとなった。

■米AIベンチャーに出資

 絵巻物を見ながらの2月の北野・平井ミーティングは、この構想を実行に移すプロジェクトのキックオフを意味していた。

 本社R&D部門、ゲーム部門、ソニーCSLの東京本社や仏パリ拠点など、グループ内外に散らばるAIやロボット関連の技術者のアイデアも集まってきた。

 定期ミーティングと並行して、5月には御供、北野を軸に交渉していた米AIスタートアップのコジタイ(Cogitai)への資本参加で合意に成功。AIへの経営資源投入が議論だけでなく、お金も伴う行動にもつながり始めた。

 その後6月までに、世界中に散らばる社内外のAI・ロボット人材数十人からなる、組織の壁を越えたネットワークができた。6月17日には北野が本社の執行役コーポレートエグゼクティブに就任。ロボット・AIを事業に育てる会社の意思が人事のうえでも明確になった。

藤田氏は、かつて北野氏とともにAIBOやヒト型ロボットのQRIOの開発を手掛けた

 「心のつながりを持ち、育てる喜びや愛情の対象となるロボットを作りたい」――。

 6月29日の経営方針説明会で平井は、ロボット再参入の決断とその方向性投資家や消費者に高らかに宣言した。「単にAI技術が載った機械ではなく、利用者に感動体験をもたらす、ハードウエアとサービスを組み合わせた新たな事業モデルの提案をしたい」と、本紙の取材にも意気込みを語った。

■先行する3強の技術蓄積

 ただ、いくらグループ人材を再結集しても、ロボット事業撤退から10年のブランクで、米国のIT業界に技術の実用化、人材の質・量など多くの面で後れを取っているのも厳然とした事実だ。

 アップルが音声で利用者と受け答えし、リクエストや質問に答えるシリ(Siri)をiPhoneに組み込んだのは5年も前の11年秋。音声認識自然言語認識、利用者の発する言葉の意味(要求なのか、質問なのか、感想なのかなど)の把握などを担うAI学習データベースがネットを通じて日々利用データを蓄積し、学習している。

 グーグル検索エンジンの検索結果の重要度ランク付けの仕組みを、創業来のアルゴリズムからAIに移行しつつある。子会社が開発した「アルファ GO」システムが囲碁で初めて人間のプロ棋士を破った例が示す通り、AI人材を多数集め、何年も実用レベルの研究開発を積み重ねてきた。

 アマゾンが昨年春から米国内で市販する据え置き型マイク兼スピーカー「エコー(Echo)」が提供する「エージェント」(代理人)サービスは、いわばSiriの据え置き版。利用者は、部屋の中に置かれたEchoに聞こえるように、要求や質問の声を発すればよい。「あすの最新ニュースを教えて」「アマゾンに○×の購入注文を出して」「○×の曲をかけて」といった具合だ。1年以上、実用レベルで学習を続けていることになる。

 ソニーがプロトタイプを開発して今春、海外の展示会で公開した卓上据え置きロボットの「エクスペリア・エージェント」も、クラウド上にあるAIと人間がやり取りするエージェント(代理人)の役割を音声を通じて務めるコンセプトで、エコーによく似ている。仮に商品化できても、アップルやアマゾンの後を追うだけではインパクトに欠ける。

■国際会議で人材募集呼びかけ

 北野は「エージェントやロボットが複数あり、連動し、クラウドにもつながっているような」と、開発の方向性を表現する。果たしてどれだけ独自性を打ち出せるか。

 どんな方向に進むにせよ、斬新な発想と、実現のための技術を具現化するには人材がカギを握る。かつてロボット事業に携わっていた元ソニー幹部はソニーグループにいるロボット・AI人材について、「ロボット・AIを事業にした経験のない人が多い。ちゃんとビジネスモデルをつくれるのか疑問」と話す。

 北野は「有名なベテランよりも、これから成功したいという若い人を世界から採用したい」と話す。

 実際ソニーは8月、米ニューヨーク市で開かれた国際人工知能会議(IJCAI)で初めてスポンサーとなった。参加者向けのウェブページを作成。「多様な製品、コンテンツ、サービスで人々に感動を与えたいという情熱と、創造性と才能のある人材を募集しています」と呼びかけた。多様な消費者向け娯楽関連製品・サービスを手掛けるソニーの特徴を前面に出して人材を募ろうという戦略だ。

 人材獲得では、ほかにも優位な要素はある。ソニーCSLだ。

 本社が事業から撤退した後も、ソニーCSLはAIやロボットに関連する分野で脈々と研究を続けてきた。北野のほかにも人間とコンピューター間のインターフェースの領域で世界的に知られる暦本純一(れきもと・じゅんいち)、脳科学研究の茂木健一郎、自然言語学習の研究で先端を行くミハエル・シュプランガーなど多くの有力研究者が東京とパリを拠点に活躍する。彼ら自身の知見に加え、学界や新興企業で活躍する社外の有力な科学者・技術者との人的ネットワークは極めて強力だ。コジタイ出資もCSL人脈がものをいった。

■自前主義との決別

「AIBO」の技術は脈々と残るが、新たな発想も必要だ

 もう一つ、かつてソニーが決定的に弱かった発想も今のソニーには根付きつつある。自前主義にこだわらず、技術や製品を社外と連携して開発していく、いわゆるオープンイノベーションだ。

 北野は、ロボット・AIの商品化の方向性として、「第三者の企業・開発者の提供する製品やサービスもつなげて、一つのエコシステムを形成することが重要」と話す。

 オープンイノベーション型の技術革新連鎖を世界的に巻き起こすことができれば、10年のブランクは案外早く克服できる可能性がある。

 ソニーのAI・ロボットに対する“本気”がブレイクスルーにつながるとすれば、それは「社外」とうまく連携できたときかもしれない。

(中藤玲、多部田俊輔、小柳建彦)

関連インタビュー「ロボットにソニーらしさ? 気にしません」ソニーCSL北野社長

2016-08-24 最大の保険。

[]選択をさせて。 選択をさせて。を含むブックマーク 選択をさせて。のブックマークコメント

二十歳になると「国民年金納付のお知らせ」というのが送られてくる。
学生の身に、年間15万円とか驚く額の納付で「老後の人の年金」がこれで成り立っていることを肌感で知った。
その年金も今は25万円ほどになっているという。

さらに二十年ほど経ち、40歳になると「介護保険料の徴収」という項目が、知らずに給与明細に追加されてくる。
またしても「なんじゃ?」と思いつつ、これが高齢者の介護保険の四分の1程度の財源であり、いずれは自分も「給付される側になるかもしれない」代物だと気づく。
つまり「人生で最大の保険二つ」に我われは強制加入せねばならないのだ。

海外の、特にアメリカ系の来客に聞くと「国民皆保険を実現しているのは素晴らしい」と一様に仰るけれど、
現実には「介護保険は掛け捨て状態」にあり、8割の人が保険料の支払いだけをしているという。

さらに、足りない社会保障費を埋めるために、
今後は「介護保険の加入者を一気に二十歳に下げ」て保険料を集める、という大胆な案もあるようだけれど、「過剰診療、過剰薬剤」も含めて「どこまでを介護とするか」というそもそもの問題にそろそろ言及しなければならないと思う。

日本人の苦手な「自己選択」とか「自己責任」の話にもなるけれど、ともかく介護、延命治療ありきで、しかもそれを「本人が事前から希望していない」というあたりに最大の問題があると思う。

日本人は遺言とか相続の話が苦手だというけれど、後世のためにはそう言った「話題にしにくい話」を進んでリードする役割が年寄りにはあるのではないだろうか。

死生観にもつながるけれど、自分の最期は自分で考えたいものだ。


わがまちの介護保険料、どうなる? 制度の産婆役に聞く

聞き手・水戸部六美

2016年8月23日19時16分

続きから読む
【動画】厚生労働省で介護保険の制度作りを担った堤修三さんに聞く=瀬戸口翼撮影

厚労省老健局長の堤修三さん

 年金から天引きされる介護保険料は、よそと比べて高いのか、低いのか……。疑問に思ったことはありませんか? 朝日新聞デジタルでは、市町村の介護保険料の違いが一目でわかるページをオープンしました。「比べてみよう わがまちの介護保険料」です。介護が必要な人が増えるので、保険料は引き上げが続いています。介護保険は、今後どうなっていくのでしょうか?

 介護保険がスタートした2000年前後に、厚生労働省で実際の制度づくりを担った「産婆役」の堤修三さん(67)に話を聞きました。堤さんは、保険料などで賄う費用を抑制しようと、サービスの対象者の範囲を狭めようとする国の動きは「禁じ手」で、この路線が続けば「逃げ水介護保険」になってしまうと危惧しています。それは、どういう意味なのでしょうか?

 ――制度創設時、介護保険料は全国平均で2911円でしたが、現在は5514円です。高くなりすぎることを心配していなかったのですか?

 高齢化は当然、予想していましたが、要介護認定率がどうなるかは正確な予測ができませんでした。

 むしろ制度をつくる時に心配したのは、「ちゃんとサービスを用意できるか?」でした。保険料を負担してもらっているのに、使えるサービスがないという状況になるのを、おそれたのです。

 でも、なぜ保険料が上がることが問題なのでしょうか。介護が必要な人がサービスを受けるために上がっているのです。1―2割の自己負担でサービスを受けられている人たちは、保険料を払うのに納得していると思います。

 保険料のほか、公費や現役世代の負担も加えて制度が支えられていることを、しっかり説明して納得してもらう努力を、もっとすべきだと思います。

 ――しかし、実際にサービスを受けている人は65歳以上でも2割弱しかいません。納得してもらうのは難しいのでは?

 確かに、そこは介護保険の弱点です。

 医療なら、若い人でも風邪をひくとか年に1回くらいは病院にいくので保険の恩恵が実感しやすい。しかし、介護保険で要介護認定を受けている人は2割程度で、8割以上の人は「掛け捨て」になっています。私はいま67歳ですが、65〜69歳の要介護認定率にいたっては3%台(厚生労働省推計)です。介護を受けている人はほとんどいません。

 それでも納得して保険料を払うとすれば、「いま要介護の人たちが受けているサービスを将来自分が要介護になったときにも受けられる」と思うからです。そこには、長期的な約束が内包されているんです。

■国の動きは「禁じ手」

 ――もっと要介護度が高い人だけに絞って、介護サービスを重点化すべきだという意見もありますし、国もその方向で制度を見直しているように見えます。

 それは「禁じ手」です。「掛け捨て」の人を増やしてしまうからです。

 前回の改正で、たとえば特別養護老人ホームに入れる人が原則要介護3以上に限定されました。将来受けられると思っていたサービスが、いつのまにか受けられなくなる。そうなったら国家的詐欺と言われても仕方がない。

 私は介護保険のサービスが受けられる人の範囲を縮め、その結果、掛け捨ての人が増えることを「逃げ水介護保険」と称しています。年金における支給開始年齢の引き上げと同じことをこっそりとやっているのです。こういうことを繰りかえしていては、保険料を払いたくなくなってしまうでしょう。

 ――いま、介護保険のサービス給付の一部(介護予防サービスのうち、訪問介護とデイサービス)を、市町村の事業に移す「介護予防・日常生活支援総合事業」が全国で始まっています。これも保険料と関係しているのですか?

 本音は、国の負担や住民の保険料が上がるので介護費用を減らしたい、ということでしょう。

 給付なら、保険料を払った対価としてサービスを受ける権利が保障されます。しかし、事業となると予算がなくなればサービスは打ち切りになるかもしれません。権利としては保障されないのです。せめて外すサービスはこれだと国が一方的に決めるのではなく、市町村ごとに住民が参加して決めるべきでしょう。

■住民に負担納得してもらう努力を

 ――努力の方向性に、ズレがあるということでしょうか?

 まずはサービスの対象範囲の安易な縮小に走るのではなく、保険を運営している市町村が、住民に保険料の負担を納得してもらう努力をもっとすべきです。

 最近は制度の周辺部ばかり複雑になっていますが、本来は市町村の介護保険における住民参加が機能しているか、という制度の中核的な部分にこそ、国は関心を持つべきです。

 自治体が3年に一度、介護保険の計画を立てるときの会議では、住民が参加していても、役所の案を通すだけというケースも多いと聞きます。これでは、いつまで経っても住民は「保険料を取られる」という意識から抜け出せません。「取られるのではなく、保険料を払った対価として、サービスを受けるんだ」という感覚をつくり出す必要があります。

 ――でも、保険料を上げ続けるのは難しいでしょう。

 保険料をどこまで上げるのかは、最終的には住民が決めるべきです。具体的な提案をしましょう。自己負担を1割、2割、3割のどれにするか、住民代表に話し合って決めてもらうのです。

 自己負担が低ければ保険料は高く、自己負担が高ければ保険料は安くなります。1割負担なら保険料は8千円、2割負担なら7千円、がんばって3割負担にすると5千円など、「松竹梅」のどれを選ぶか、住民にとっては究極の大変に辛い選択です。

■2つの立場で議論すれば

 ――誰がその会議に参加して、どう議論するのでしょうか?

 2つの立場の住民代表に参加してもらいます。

 65歳以上で1号保険料を払っている人のうち、すでに介護サービスを受けている人、まだサービスを受けていない人で2グループにわけます。実際に介護サービスを使っているかどうか、親など家族が介護を受けているかどうか、介護保険を身近に感じている度合いによって意見が分かれるでしょう。しかし、意見を戦わせつつも、互いの立場を思いやる気持ちで議論して決める。この過程を経ることで、保険料に納得感が生まれるのだと思います。

 ――所得の低い人の保険料は、国がお金を出して下げるべきでは?

 介護保険の枠内に国がお金をだすのは問題です。もし、低所得者の対策をするなら、介護保険の外部で「保険料手当」を出すような形にして、はっきりと分けるべきです。

 ――なぜですか?

 介護保険の財源構成は歴史的経緯を踏まえた微妙なバランスの上に成り立っています。介護保険の枠内に追加的な国費投入をすると、そのバランスが崩れ、財務省の給付費抑制圧力はさらに強まることになるでしょう。介護給付費の25%の国庫負担は義務ですから、これを減らすために、給付費全体に枠をはめて絞ろうとするのです。

 一方で、政治家に言われると、一時的に増やして予算のPRに使ったりしますが、それは麻薬や覚醒剤と同じで、いつか必ず切れます。必ず給付に回る保険料でなく、財務省がコントロールする税金に頼ってしまうと、介護保険はガリガリにやせ、みすぼらしくなってしまうでしょう。

■負担増、受け入れる必要

 ――今後、介護保険はどうなっていくと思いますか?

 サービス縮小をしないためには、負担増は受け入れる必要があると思います。2号被保険者の対象を40歳からではなく20歳からにすることも一つの案です。また、「掛け捨て」という介護保険の弱点を考慮すると、医療保険と介護保険をセットにして、保険料を一本化することも将来的には考える必要があると思います。

 〈堤修三 つつみ・しゅうぞう〉 1948年、長崎市生まれ。71年、厚生省に入る。98年、省内の介護保険制度実施推進本部事務局長に就任。厚生労働省の老健局長などを歴任。退職後、大阪大学教授を経て、現在は長崎県立大学特任教授。著書に「介護保険の意味論」(中央法規)など。(聞き手・水戸部六美)

2016-08-23 心配退治。

[]本番の極意。 本番の極意。を含むブックマーク 本番の極意。のブックマークコメント

ほぼ日より。

 「心配ない」ということがわかるだけで、
 人はじぶんの力を何倍も発揮できる。

音楽を再び習い始めて十数年になるのだけれど、「曲を習得すること」と「(人前で)演奏すること」の差、についてほとほと考える。
プロの人たちに聞くとそれは「メンタリティ」だという。
さらに「そういうメンタリティに持っていく独自の方法を知っている」ということらしい。
よく「演奏を楽しみなさい」という先生がいるけれど、そんなことできたものではない。
特に人前では。

「心配ない」と思えるためには、いくつもの方法がある。
「思いきりやったら、その後に続く人たちがいる」
「頼りになる人が見ていてくれる」
わたしを愛するものがいてくれる」
「わたしの愛するものがいてくれる」
「神(などの絶対的に信じている存在)がいてくれる」
「だれよりも多くの練習をしたという事実を信じられる」

「心配ない」と思えるためには「練習」しかないと思っていたが、精神というのはそういうものでもないらしい。

「心配ない」というのはひょっとしたら「自分が自分でなくなる瞬間」なのではないだろうか。
"自分が自分が"と思う心に魔物が潜んでいるような気がした。

しばらく「心配ないために」が頭の中から離れなくなりそうだ。

・ぼくは、人からどう見えているかは知らないけれど、
 じぶんとしてはかなり心配性だと思っている。
 ただ、そのことを承知しているので、
 してもしょうがない心配については、
 本番の前にやめることにしている。
 その心配を中断するやり方が、年の功なんだろうが、
 だんだんと上手になっているように思う。

心配だか不安だかを抱えたまま、なにかをするのは、
 ものすごくむつかしいし、うまくやりにくい。
 「心配ない」ということがわかるだけで、
 人はじぶんの力を何倍も発揮できる。

今回のオリンピックでも、
 何人もの選手たちが、じぶんなりのやり方で、
 「心配ない」をつかむようすを見ていた。
 たとえば、女子卓球の三位決定戦。
 伊藤美誠選手が勝って銅メダルが決定したが、
 あのときは、次には石川佳純選手がいる、ということが、
 思いきりのいい試合をできる支えになっていた。
 さまざまな競技のなかで、そういう場面は多かった。
 男子400メートルリレーのバトンは、
 受ける選手と渡す選手が、相手の動きを信じきることが、
 すばやく確実なパスの方法なのだという。
 じぶんのことも相手のことも、信じきって
 「心配ない」というところまで練習してきたという。

「心配ない」と思えるためには、いくつもの方法がある。
 「思いきりやったら、その後に続く人たちがいる」
 「頼りになる人が見ていてくれる」
 「わたしを愛するものがいてくれる」
 「わたしの愛するものがいてくれる」
 「神(などの絶対的に信じている存在)がいてくれる」
 「だれよりも多くの練習をしたという事実を信じられる」
いやいや、オリンピックレベルの話ばかりではない。

 なにか重要な場面を前にして、
 「心配ない」とじぶんに思わせてくれるものの存在。
 それを、大切に育てるとは、どういうことなのか。
 じぶんなりに、ぼくも、もう少し考えてみたい。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「心配」が殺したりダメにしたりするものって多いよねー。

2016-08-22 教育とは何か。

[]デジタルバッジ デジタルバッジを含むブックマーク デジタルバッジのブックマークコメント

欧米の大学がこぞって「ネット教育」へ力を入れている。
こういう流れになると「その流れ」では勢いが止まらない。

逆に気になるのは「教育とは何か」という根本的な話だと思う。

今の時代、知識は無限に点在し、だからこそ「知識優位の時代」だと思う。

「デジタルバッジ」という「学習歴の印」は果たしてどの程度必要だろうか。

知識の教育と、
知性の教育と、
思想の教育と、
歴史の教育と。

教育そのものも、世界的に一度リセットして、宗教なども次世代に考えてもらう契機にすべきではないかと思う。

とかく「知識ありき」というのが20世紀だったと思うが、次の世代のキーワードは別のものになっているのではないだろうか。

社会や個人を磨く学びをITで(産業革命4.0が拓く未来)
2016/8/13 3:30日本経済新聞 朝刊
 IT(情報技術)が学びを変えつつある。インターネットを通じ好きな時間や場所で学べるようになった。ネットに集まるデータを分析し、一人ひとりに最適な学習法を提案する試みも始まった。

 だが日本はこの分野で大きく出遅れている。ITを上手に使えば未来の社会で求められる知識や技能を、世代を超えて学べるようになる。教育界だけでなく政府や産業界も危機感を共有し、学びへのIT活用を推進すべきだ。

ネットが変える教育
 大学の授業をネットで受けられる「大規模公開オンライン講座(ムーク)」が急成長している。米国の二大サイトである「コーセラ」と「エデックス」では約250大学が3千講座を配信し、大学生ら3千万人近くが受講中だ。欧州の主要国が設けたサイトもそれぞれ数百万人の学生を集めている。

 ムークは当初、米ハーバード大など著名大学の講義を誰でも無料で受けられる点が評判を呼んだ。多くは受講しても単位にはならない。だが最近は、有料で単位を認めたり、修士号を取れたりするコースが登場している。学生は通学費を抑えられ、学費が高騰する「リアル大学」の補完役として存在感を強めている。

 小中高生向けでも算数や理科などをビデオで分かりやすく教えるネット講座が人気を集める。米マイクロソフト創業者ビル・ゲイツ氏が支援する非営利組織「カーン・アカデミー」が代表だ。

 一方で日本の動きは鈍い。オンライン学習を積極的に取り入れているのは予備校や塾、企業の社内研修などに限られる。2年前、主要大学や企業が「日本版ムーク」を開講したが、受講者は20万人にとどまる。学校へのタブレット端末の配布も始まったばかりだ。

 世界の潮流から取り残されてはならない。ITを使う教育の大きな特徴は、受講者の学習履歴や成績など膨大なデータが集まることだ。ムークの急成長は、教育ビッグデータの本格的な活用へ号砲が鳴ったことを意味する。

 注目される活用法のひとつが、データを人工知能(AI)で解析し、効果的な指導法や教材をつくることだ。ネットには学生が何時間勉強したかや、どこでつまずいたかなどのデータが集まる。海外ではこれらを調べ、学生の退学や脱落を防ぐのに使われ始めた。

 人材の発掘にも応用できる。欧米の有力大学は、ネット授業で優秀な成績をあげた海外の高校生を留学生として呼び集めている。金融工学などビジネスに直結する科目では、成績優秀者の就職を企業にあっせんする大学もある。

 米グーグルなどIT大手は組織を越えてデータを利用できるよう国際規格づくりに動いている。データは消費の予測などにも使え、巨大市場が開けるとみているためだ。日本の教育界、産業界もこうした動きに目を向けるべきだ。

 ITの深化は学ぶ側の意識も変えようとしている。

 経営学統計学などの学習歴があります――。交流サイト(SNS)のリンクトインなどでは近年、自己紹介欄に証明書を添付し、就職や転職で自身を売り込む人が増えている。「デジタルバッジ」と呼ばれ、ネット講座などの修了証を電子化したものだ。

産学官で戦略描け
 背景には、学校で学ぶ知識と社会が求める知識とのミスマッチが拡大していることがある。「大学の卒業証書より、何を学んだかが問われ、自身で考えて学ぶ時代が来る」とみる専門家もいる。

 日本は何をすべきか。まず教育関係者の意識改革が要る。「ネット授業が広まれば教室の授業がなくなってしまう」と恐れる教員はなお多い。だが欧米ではネットで予習し、教室では討論で理解を深めるなど、両者の長所を組み合わせている。ネット授業は公教育の質を高めることにもつながる。

 魅力的なコンテンツを開発することも大事だ。日本には先端的な科学技術、アニメ、ファッションなど世界の若者が注目する分野がある。これらをネット教材にして国内外に発信したらどうか。

 政府の関与も欠かせない。欧州などではムークの運営や教材制作費の一部を国が支援している。教育ビッグデータには個人情報が含まれ、利用ルールを産学を交えて議論する必要もある。これらを含めて国がITによる教育の未来図を描き、戦略として示すべきだ。

2016-08-21 悲しいほど自由。

[]十代からの経験。 十代からの経験。を含むブックマーク 十代からの経験。のブックマークコメント

旧友と数人で居酒屋。
それぞれ数年ぶりに会うので、まずは近況報告から。
内容も大分枯れている。

「俺は部長止まり決定」
「俺は課長まで」
「俺は来年から海外の子会社行き」
「何としてもあと十年しがみ付くで」
「俺は公務員やし」

お互いを笑いあうのは関西人の習い性、だけれどどうにも覇気に欠ける。

いつも一番家庭の愚痴をこぼしていた一人が言う。

I君「女房と別れたんだが、どうにも持て余して」
K君「なんとも羨ましいね」
N君「確かに。今さらうちは無理」
Mさん「私は独身だからねー」

そして。

I君「悲しいほど自由なんだ」

一同「…」
それまでの苦しい頃の思い出と、果たして今の選択が良かったのかという不安。
それぞれが、それぞれに、自分に照らして何かを感じていた。
もっと軽口な会話に発展するはずだったのが、ちょっとしんみり。

世代の、しかも同じ場所で生きてきた仲間の気持ちを聞くのは、赤の他人の話と違って感慨深い。
こんな話は若い頃には想像もできなかった。
だから今の若い人には聞いて欲しいなぁと思うのであった。

2016-08-20 物件を探す目。

[]住まいの価値観。 住まいの価値観。を含むブックマーク 住まいの価値観。のブックマークコメント

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不動産ディベロッパーに勤める友人に聞いたら、もう今の「マンション」は機能的に限界に近づいてきているという。
目新しい材料がなくなっているそうだ。
流行りのタワーマンションは眺望や贅沢な共有施設が売りだが、それももうそれ以上のものではなく、王道の「駅近・都心・耐震構造」くらいしか差別化できないのだという。

都心の超高級マンションでは、ついにハードウェアでなはなくポーターとかメイドとかの「人」がサービスの決め手に回帰しているらしい。
一方、近い将来には一戸建ても三割が空き家になり、これまでみたいに「戸建て持ち」になるのはそう難しいことでもなくなるという。

コンクリート・マンションの気楽さや安全性も若い頃にはいいかもしれないが、間取りとかデザインとか「生涯自分が過ごす「住空間」」を意識して「自分好みの家で過ごす」という文化がこれから重視されるのではないだろうか。

住宅のトレンドって、戦後かなり性質が移り変わってきているから「今の流行り」だけではなくちょっと離れて「自分の住まい」のことを考えてみるのはとても大事なことのはず。

自分などは「そこそこ大きな音の出せる十帖くらいの書斎」があればいいのだが、なかなか実現していない。
案外古家を改造して、自分好みに出来る時代がすぐそこに来ているのかもしれない。

個性光る家、入手するなら
設計や物件、多くの視点で吟味
2015/9/9 15:30日本経済新聞 夕刊
 一生に何度もない住宅購入で、自分の好みや理想を貫きたいという人が増えつつある。建築家による注文住宅や、個性的な中古物件の購入などへの関心は高い。インターネットを活用すれば選択肢を広げることもできるが、手間がかかることがあり、注意点も少なくない。

 東京都府中市の住宅街の一角。2013年に鋼板と漆喰(しっくい)を外壁に使った個性的な戸建て住宅が完成した。この住宅を建築家に注文した男性会社員(33)は「『建売住宅でいい』と主張した妻(33)も、今は喜んでいる」と満足げだ。

□   ■
 寒冷地でも耐えられる断熱性、太陽光発電のための屋根の広さや角度などこだわりは多い。屋根裏に書斎を設け、リビングの壁にはコーティングをして子どもがペンで落書きができるようにもした。汚れにくい漆喰や鋼板を外壁に使ってメンテナンスを手軽にした一方、「外観の美しさを優先してひさしを省いたため、雨が室内に入りやすい」と男性は苦笑する。

 天井には単価の安い繊維板を使用し、ゲタ箱内部などは塗装も省略。間仕切りのない子ども部屋は、子ども2人の成長に応じてリフォームすることにした。結果、本棚やテレビ台などの備え付けの家具、寒冷地対応や広範囲な床暖房なども含め、建て売り検討時の予算に比べ費用は約600万円の上昇に抑えた。

 住宅ローンの比較や手続きのほか、土地の購入や不動産登記にかかる費用などの交渉は男性自身がした。出張先でも建築家と深夜まで電話で打ち合わせすることがあったといい、苦労も多かった。それだけに愛着はひとしおで「住んでいると生活に前向きになれる」と話す。

 この男性は、建築事務所「SUPER PIXEL」(東京渋谷)を運営する知人の松尾宗則氏に設計を依頼したが、ネットを活用する方法もある。住宅の実例や条件などから建築家や工務店を探せるウェブサイトが増加。リノベーションという選択肢もあり、部屋単位といった小規模な発注も可能だ。

 ただ、松尾氏は「作品が気に入っても、年齢や相性で住宅の考え方にずれが生まれる可能性がある」と指摘。「何度か話を聞いて、対話できるか、人柄も含めて任せたいかを見定めるべき」と注意を促す。

 個性的な住宅に的を絞った不動産業者存在感が高まっている。シティーデザイン(東京・大田)は、運営する「赤龍馬ハウジング」という店舗とサイトで独自の物件などを掲載。JR鎌倉駅から徒歩20分の著名建築家が設計した住宅や音楽スタジオ付きのマンション、世田谷区内の縦長狭小住宅などを取り扱う。

 億円単位の高級物件から、東京23区内で3000万円台、郊外で数百万円の住宅まで価格も多様だ。好みに合った建売住宅が見つかれば、一から建てるより安く入手できるかもしれない。

 購入するのが中古物件の場合は、事前に住宅診断士(ホームインスペクター)に劣化状況を診断してもらうと、リフォームや手直しの目安もわかる。ただ、立地や構造が特徴的な物件もあり、通常よりリフォーム費用が高額になる可能性もある。

 個性的であるがゆえに「その家特有のトラブルが起きることもある」と指摘するのは、シティーデザインの鳥居賞也代表取締役だ。過去に仲介したリゾート物件では、敷地内を人が頻繁に通ることに購入者が悩まされたケースがあったという。こうした問題に対処してくれるかは「不動産屋次第」だそうだ。

□   ■
 不動産情報サイト「SUUMO」の池本洋一編集長は「買う場合でも造る場合でも、メンテナンスやトラブル対応も考えて判断した方がいい」と、物件に入れ込み過ぎないよう助言する。提案内容や説明について他の業者からも意見を聞けば、より客観的に判断しやすくなる。

 特に建築の相見積もりでは「割引にどれだけ根拠があるかを見定めるべき」と指摘。「施工内容や完成後のメンテナンス、提案力などを総合的に判断するように」と説く。限りある予算でこだわりを実現するには、手間暇や一定のデメリットを覚悟する必要がありそうだ。

金沢支局 中谷庄吾)

2016-08-19 永遠の学び。

[]中村さん、ゆく。 中村さん、ゆく。を含むブックマーク 中村さん、ゆく。のブックマークコメント

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「技術のある子はたくさんいるけど、心と身体の結び方をちゃんと教わっていない子は伸びない。

生前、中村さんが繰り返し口にしていたこと。
"音楽は技術ではない"
マスコミにも登場しつつ、一般人にも触れあいつつも一貫して「芸術の厳しさについて」は隠さないという印象があった。
「いまだにコンクール受験生のような生活をしています」というさらっとした物言いに、往年のアントニオ猪木のような迫力を感じたものである。

(チョ・ソンジンに)
この子はエリート教育とは無縁の素朴な環境で、思いを技術に変える力を自ら培った。優勝よりこのことに意味がある。

天才天才、と自分たちは浮かれて言うが、まさに「血の滲むような下積み」にはそれほどスポットは当たらない。

ピアノに限らず技術的に優れた演奏者は数多(あまた)いるけれど、「そこからさらに頭一つ抜け出す」には、全く別の要素が必要なのだと思う。

優れた芸術家が亡くなるのは悲しいことだけれど、それに連れても「生前の活動が光り出す」のはまさに「生ける人が歴史になる瞬間」なのかもしれないと思う。

第一生命ホールで聴いたラフマニノフが忘れられない。


国民的な華、何しても一流 中村紘子さんを悼む

2016年8月15日16時30分

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 ジャンルや世代、あらゆる境界を超える「華」だった。ショパン国際ピアノコンクールに入賞し、戦後の楽壇を牽引(けんいん)する存在に。芥川賞作家の庄司薫さんと結婚して話題を集め、カレーのCMで一世風靡(ふうび)。ここまで広く深く、人々の心をとらえたクラシックピアニストはかつてない。

 「演奏、トーク、文筆、料理、何をやっても一流。ものごとをわかりやすく伝える才能が、時代を超えるカリスマ性の源だった」と同世代のバイオリニスト前橋汀子さんは言う。

 戦後から高度経済成長期にかけ、クラシック音楽がテレビやラジオから、本格的にお茶の間に流れ出した。戦争で失われた自身の青春を子供に託すかのように、母親はこぞって我が子にピアノを買い与えた。

 そんな母親たちの視線の先に、いつも中村さんがいた。1990年ごろに出演のCMは、室内楽に興じた仲間にカレーを振る舞う設定。別のバージョンでは「主婦、中村紘子」というキャッチコピーも。世界の表舞台に立ちつつ、家庭もしなやかに守るイメージが、新たな生き方を模索する女性たちの憧れとなった。

 天才少女として脚光を浴びたが、もともと小柄で手も小さい。女性にとってピアノは花嫁修業にすぎない、とする風潮もあった。しかし、自身の中に湧き起こる律動を世界に伝えるという夢を、この人は決して手放さなかった。すべてを捨てる覚悟で10代で渡米。名教師ロジーナ・レビンのもと、奏法をいちから直した。がむしゃらに鍵盤をたたくばかりでは、いつか限界がくると感じていた。

 しかし「血を吐くような」その努力の日々が、背筋をすっと伸ばし、鍵盤と適切な距離感を保つ、あの自在な姿勢の礎となる。手の甲はテニスボールのように丸く、弾力に満ちて跳ねた。「音楽は心で弾くもの」というレビンの教えも生涯の宝物となった。

 今年2月、中村さんの自宅に招かれた。闘病で少し痩せたせいか、目の輝きがかつてなく強く、はっとした。抗がん剤の治療の合間だったが、普段と変わらぬ風情でくるくると立ち回り、料理や酒を振る舞った。同じ場に、少年時代から成長を見守ってきたショパン・コンクールの覇者、チョ・ソンジンがいた。

 「技術のある子はたくさんいるけど、心と身体の結び方をちゃんと教わっていない子は伸びない。この子はエリート教育とは無縁の素朴な環境で、思いを技術に変える力を自ら培った。優勝よりこのことに意味がある。こうした人が出てくるのだから、音楽の世界にもまだ希望があるわね」

 天性の楽観を力にし、5月まで舞台に立った。誕生日の7月25日、ショパンやラフマニノフを弾くための良い奏法がやっと見えてきたと庄司さんに語り、翌日、ショパンが待つ世界に独り、ふっと旅立った。(編集委員吉田純子

2016-08-18 投資と煽り。

[]根拠なきウェーブには乗らないこと。 根拠なきウェーブには乗らないこと。を含むブックマーク 根拠なきウェーブには乗らないこと。のブックマークコメント

首都圏のマンション販売が下がりだしたという日経の記事。
90年代バブルの時もそうだったが、「そもそもその土地がどれだけの価値を生むのか」ということが問われず、とにかく「都心で豪華な」住宅が売れたことの方が異常だと思う。
つまり「便利さとか豪華さに見合うより何倍もの値段で買う人」がいたわけで、一般人がその相場観に引っ張られていたのだと思う。

つまりいかに都心の一等地にあっても「利便性」「広さ」「豪華さ」というものが持つ付加価値は、それほど「飛び抜けたもの」ではないはずだ。

つまり、便利さとか広さとか豪華さとかに、「ある程度見合った価格かどうか」ということを冷静に判断していれば、そんなに間違わないはずなのである。

株式とか債券市場も、為替FXも、どこかから「常軌を逸した感情論」が事態を煽ってきたと思う。
その「煽り」にいかに煽られないか。

いつも無心でいよう、とは言わないけれど、

いつしか「根拠なき投資投機」に走ってきたのがここ四半世紀(25年くらい)の結論ではないかと思う。

皆が「とりあえず土地を買えばあがりますから」という根拠のないキャッチフレーズがまかり通っていたのはそう遠い昔ではない。

どれだけ原点に立ち返って考えられるか、というのが投資の本分なのに違いないと思う。


首都圏「億ション変調、契約率70%割れ 7月、販売価格も2カ月連続下落

2016/8/16 20:51
マンション販売の変調が鮮明になってきた。不動産経済研究所(東京新宿)が16日発表した7月の首都圏マンション市場動向によると、発売戸数は8カ月連続で減少し、契約率も好不調の目安となる7割を2カ月連続で割り込んだ。高止まりが続いていた販売価格も1戸あたり平均5656万円と前年同月に比べ5%下落した。円高や株安で海外の投資家富裕層が購入していた「億ション」の動きが鈍っている。

マンション販売価格上昇に一服感が出てきた(東京・臨海部)

 7月の首都圏の発売戸数は前年同月比30.7%減の3317戸だった。8カ月連続で前年実績を下回っている。さらに実際に売れた戸数の割合を示す月間契約率も63.3%と7割を2カ月連続で下回った。

 7月の平均販売価格は前年同月と比べると1戸あたり約297万円下落した。販売価格は5月まで12カ月連続で上昇していたが、6月から下落に転じている。建設費の上昇に天井感があることに加え、高額な物件の販売が一巡。株高や円安などに需要が支えられてきた「億ション」は潮目が変わりつつある。

 価格変調の理由の一つは海外投資家だ。「円高が進み、以前のような爆買いは見られなくなった」。台湾不動産仲介大手で日本でも事業を手がける信義房屋不動産はこう指摘する。東京五輪の会場となる臨海部は人気がある地域だが、最近は「投資のリターンを得ようと逆に売り出すケースも出てきた」(不動産業界関係者)という。

 国内の富裕層の購買意欲も鈍っているようだ。タワーマンション相続税の評価額を低く抑える手法としても人気を集めていたが、この需要も落ち込む見通し。不動産コンサルティングのオラガ総研(東京・港)の牧野知弘社長は「タワーマンション節税への監視が強化されており、今後は購入を手控えるケースも出てくるだろう」とみる。

 昨年は「億ション」で話題を集める大型物件が相次いだ。東京建物がJR山手線目黒駅前(東京・品川)で売り出した661戸のマンションは従来なら「億ションの立地」とは見られなかった場所だったが、平均販売価格は1億円を超えた。不動産経済研究所によると15年の億ションの売り出し戸数は1688戸と2年ぶりに増えていた。

 今後のマンション販売の見通しについて、不動産経済研究所の松田忠司主任研究員は「昨年のように大型物件で億ションが売りに出される予定はない」と指摘する。

 今後の販売価格には7月の販売在庫が3カ月連続で増えていることも影響を与えそうだ。在庫が増えれば新規物件の発売スケジュールが遅れるだけでなく、値引き販売に踏み切らざるを得ないケースも増えてくる。

 マンション価格が高止まりしていたため、比較的割安な戸建て住宅や中古マンションにも需要が流れていたという。住宅ローンを使う消費者にとってマイナス金利の追い風はあるが、販売価格がさらに下がらなければ今秋以降も購買意欲が伸び悩む可能性がある。

2016-08-17 スポーツと武道。

[]入り口は広く、出口は深く。 入り口は広く、出口は深く。を含むブックマーク 入り口は広く、出口は深く。のブックマークコメント

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四年に一度のオリンピックと、その合間に世界大会があり、二年に一回はなんらかの「スポーツの祭典」がある現在。

様々なスポーツや武道が「競技種目」としてルール化されてゆく。

日本古来の武道も、剣道柔道合気道空手など「競技化」が進んでいる。
その中でも柔道は最も世界的に広まった武道と言えるだろうか。

日本のお家芸であり、日本勢も確かに強い。
が、競技を見るとそのルールの細則を見る限りは「武道」というよりも「スポーツ」の色合いが強い。
決して武道の精神が失われているとは思わないけれど、

世界各国にルールを標準化し、統一して競技会を催さねばならないという「グローバル化の制約」を受けているに違いない。
得点を得たり、減点を誘ったりする「テクニック」はどのようなところにあるのか?
というのは、柔術本来の精神からはかなり離れているように見える。

剣道や合気道の重鎮に聞くと、いわゆる「スポーツ◯◯」というものと、自分たちの「◯◯道」とは別物で考えているという。
本来はスポーツとして、勝ち負けや技の大小、巧拙を点数化し「勝ったか負けたか」というのはその道の精神とは大きく乖離しているということだった。

今は普及の甲斐もある「武道のスポーツ化」だけれど、ぜひとも一度見たり、経験したりして「その奥」にある「道の意義」みたいなものが伝わっていけばいいことだと思う。

スポーツとして興味を惹いて、しかしその奥には「道を求道する」という深遠な世界があるのだ、ということを知ってもらってこその日本文化ではないだろうか。

オリンピックという切り口もそう考えれば悪いものではない。


ライバル不在、柔道家リネールの不幸

 序盤で原沢久喜が不用意な指導2つをもらい、男子最重量級の決勝は全階級を通じて最もつまらないものになってしまった。優位に立った王者リネール(フランス)はまともに組まず、原沢も何もできなかった。

 現在のルールは組み合うことを求めている。だが主審はリネールに反則を与えられない。「顔役」というわけだ。体操の内村航平は個人総合で追いこまれて本領を発揮したが、ライバル不在のリネールは審判に一目置かれ、本当の底力を示すことも、もう一段の高みを目指すこともなく王座に君臨し続ける。これは柔道家として一つの不幸ではないだろうか。

■勝負どころの見極めにたけていた海外勢

 日本の男子チームは4年でワンランク上の力をつけた。力と引き合う成果も手に入れた。女子は総合力の底上げが十分ではなかったものの、力のある選手にメダルを取らせることはできた。その成果は成果として、各人ができたこと、できなかったことを検証すべきだろう。原沢はよくやったし、初挑戦の彼には酷かもしれないが「審判が悪い」では進歩がない。

 8人の銅メダリストたちはどうか。男子100キロ級の羽賀龍之介に内股を封じられたときのBプランはあったのか。金メダルを逃した者の涙をたくさん見たが、3位決定戦の多くは接戦で、「やむなく銅」よりも「なんとか銅」に近かったことを忘れてはならない。

 男子73キロ級の大野将平は組んで投げて王者になった。日本が王道を求めたからこそ得られた宝物。だがこんな選手はとぎれとぎれにしか出現しない。対して、ほかの階級を制した外国勢は技能より勝負どころの見極めにたけていた。自分の強みと弱みを見つめた跡があり、そこから選びとった戦術の徹底があった。日本選手はそこまで一徹になれていただろうか。

■マイナスをプラスに替える手掛かりに

 もう一つ。私が驚いたのは女子70キロ級の田知本遥の金だった。これまでは才能はあるのに攻めの遅い選手に見えた。ためらい、尻込みして勝機を逃すのを何度も見た。その田知本が先手先手の大外刈りで海外勢の足と勝機を次々に刈り取った。

 平常心で戦えないのが五輪だが、五輪でしか出ない力もある。魔物もいるが、魔法もある。特別な舞台が、ノーシードで失うもののない彼女のためらいを振り切らせたのだ。4年後の東京で、日本選手は並々ならぬ重圧を引き受ける。だが田知本の変身は、マイナスをプラスに替える手掛かりの一つにならないか。

(筑波大体育系准教授

2016-08-16 他人の指標に頼らず。

[]これからの予測。 これからの予測。を含むブックマーク これからの予測。のブックマークコメント

日経より。
まずはクイズから。

最近の企業の投資事例のうち、国内総生産(GDP)統計設備投資に含まれるものはどれか。
 (1)ソフトバンクが大手アームを3.3兆円で買収
 (2)トヨタ自動車シリコンバレー人工知能(AI)の研究所を新設
 (3)東レ大津市に新設する研究所で新素材を研究開発
 (4)三越伊勢丹ホールディングスが銀座店の一部を訪日客(インバウンド)向け売り場に改装

答えは下に。







((4)ですが)
それはともかく。

GNPGDP統計に主役の座を移ってからもう三十年余り経つ。
いわゆるグローバル化している今に必要な指標は何だろうか。
三十年も経つと、いろんな基準が変わってくるし、困ったことに「今を捉える指標」ていうのがズレてくると思う。

「今を捉える」というのもそれが正しいのかどうか?
と考えるとそれは「今のスタンダード」でしかなく、

そうして体制を疑うとようやく「そもそもの経済」とか「そもそもの成長ってなんだろう」ということに思いが至る。

株、為替経済成長率、設備投資、公共投資消費者物価、などなど。
その指標を利用してマクロ政策を考えようとする政治家官僚もいる反面、
その指標を使って投資を加速しようとする人も多い。

自分は投資の才能はなさそうだが、本当に「考えた投資」を志向するのなら、自分なりに世の中を見る「独自の指標」を持つべきではないだろうか。

つまり「他人と同じ指標をこねくり回していたり、傾向分析」をしていても成功はしにくいのではないだろうか。

そう考えると、運用する金額の多寡はともかく、『自分の考えを組み立て、自分の投資ルールを組み立てる』という方が、決まりきったマニュアルを見ながらする投資よりはよほど面白いに違いない。

投資も本当の自己責任の時代になるだろう。

民間投資 意外と活発?
GDP統計、実態つかめず 研究・M&A含まず

2016/8/8 3:30日本経済新聞 朝刊
 民間投資は力強さを欠いた状況にある――。政府が2日に決めた経済対策はこんな表現で始まる。景気がもたつくなか、政府の言い分は当然のように聞こえる。だがソフトバンクグループが3.3兆円で英企業を買収するなど、活発な投資の動きがみられるのも事実。企業側は政府が言うほど投資は落ち込んでいないと主張する。実態はどうか。(藤川衛)

 まずはクイズから。最近の企業の投資事例のうち、国内総生産(GDP)統計の設備投資に含まれるものはどれか。

 (1)ソフトバンクが英半導体設計大手アーム・ホールディングスを3.3兆円で買収

 (2)トヨタ自動車がシリコンバレーに人工知能(AI)の研究所を新設

 (3)東レが大津市に新設する研究所で新素材を研究開発

 (4)三越伊勢丹ホールディングスが銀座店の一部を訪日客(インバウンド)向け売り場に改装

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 正解の前に数字を確認してみよう。1〜3月期のGDPでみると、実質の設備投資は前期比0.7%減と3期ぶりに減少した。内閣府が15日に発表する4〜6月期の設備投資もマイナスになったとの見方が出ている。この数字からは力強さは感じられない。

 GDPは「国内」総生産という名の通り、国内の経済活動を示す。(1)と(2)は日本企業の投資活動には違いないが、お金の行き先が海外なので間違いとなる。正解の候補は(3)と(4)に絞られた。

 投資が国内向けであってもGDPに入るかどうかは中身次第。店舗改装や研究所の建物を造るといった行為は設備投資になるが、(3)の研究所で行う研究開発費は含まれない。GDP統計は研究開発費を企業の経費とみているためだ。インバウンドという「海外需要」を取り込む狙いだが、クイズの正解は(4)となる。

 GDPの設備投資に計上されるのは、工場で使う機械設備やオフィスのパソコンやソフトウエアなどだ。2015年度は72兆円で、GDP600兆円を目指す安倍政権はこれを80兆円に引き上げたい考えだ。企業の内部留保が360兆円を超えるのに、投資や賃上げにお金を使っていないという不満が政府にはある。

 経済団体の首脳らを集めた昨年の官民対話で、政府は企業に投資の増加や賃上げを要請した。これに対し、経団連榊原定征会長は「企業は内部留保を増やして投資に消極的といった声も聞かれるが、研究開発や海外投資も含めて考えると決してそうではない」とくぎを刺した。政府とは「投資」についての考えが微妙に異なるようだ。

別の物差し必要
 多くの企業は研究開発にお金を使ったり、著作権やブランドを買ったりすることも投資と認識している。最近活発になっているM&A(合併・買収)も企業にとっては投資だ。みずほ総合研究所によると、研究開発やブランドなどすぐに「モノ」にならない投資は25兆円に上る。M&Aでの株式の取得なども含めると、GDPの設備投資に計上されない投資は35兆〜40兆円ある。

 企業の利益の源泉がモノの生産から配当や知的財産に広がっているにもかかわらず、GDP統計では投資の変化を捉えきれない。これが官民の認識ギャップを生んでいる。研究開発費は遅まきながら7〜9月期のGDP改定値から設備投資に計上されることになった。

 成長率を測るGDP統計そのものも経済構造の変化を十分に反映しているとはいいがたい。

 例えば、冒頭のクイズの(1)や(2)のような海外投資は、配当などを通じていずれ企業の収益になる。こうした海外での稼ぎを反映する統計に国民総所得(GNI)というものがある。海外での利益も含めて国民がどれだけ豊かになったかを示す指標で、GDPよりも広い概念だといえる。

 15年度のGDPの伸び率が0.8%だったのに対し、GNIは2.5%増えた。グローバル化が進むなか、専門家の間ではGNIを重視すべきだという考え方も強まっている。GDPを巡っては、日銀が独自に推計した数値が公式統計と異なるなど、正確性に関する議論も湧き起こっている。

 政府は経済対策で低金利を生かした財政投融資などで「未来への投資」を引き出すとした。みずほ総研の高田創チーフエコノミストは「経済対策はGDP押し上げを狙ったものばかりで、研究開発を後押しする税制改革など企業の実態に合わせたものになっていない」と主張する。物差しを替えると、より有効な処方箋がみえてくる。

2016-08-15 常識への目線。

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常識とは当たり前の知識、というけれど過去の歴史を見るまでもなく、今でも「常識の転覆」というのはよく起こる話だ。
ほぼ日より。

 みんながみんな平らな月を見ていたとは思えない。
 強い好奇心のある人が、「ひょっとしたら」と、
 うまく説明できないけれど、なにかを感じていた。
 そういう時間が長く長く続いていたと思うのだ。

地球が丸かったとか、実は太陽の周りを回っていたとか、そこまでの話ではなくても。

「そんなところにお客はいない」とか「そんなものは売れない」とか。
そんなものは実現できないに決まっている、とか。
何でそうなるのか。

困ったことに「そうした見立て」は結果から見れば、九割がた正しいから。

だから「そういう声」が大きくなるし、幅を利かす。
そりゃ「だいたいそうなる」からねぇ。

自分もこれまでしばしば「フジノさん、これは売れませんよ」とか「良いものが、必ず売れるものではありませんからね」とか言われてきた。

そんなことは気にしなくていいのだと思う。
それは「参戦しない人」の常套句みたいなものだから。

リスクがあるからいかがなものか?
という問いは伝家の宝刀のような言葉だが、ものを前には進めない。

なんかビジネス教室の講座みたいになるので、もう終わりにするけど
少し目線を変えるとか、もっと簡単には「物言い」を変えるだけで、考え方の指向が変わることって案外ある。

大人ぶって、常識人ぶって「リスクなき発言」に終始するより常にリアリストでありたい、と思う。


ほぼ日刊イトイ新聞 - 昨日の「今日のダーリン」

08月12日の「今日のダーリン」

・昔の人は、地球が球体だと思っていなかった。

そういうふうに憶えていたけれど、
みんながみんな地球が平面だと信じていたわけでもない。
「地球球体説」というのは、にわか知識によれば、

 古代ギリシャ時代から、そう考えていた人はいたらしい。
それはそうと、「地球球体説」ってことば、おかしいね。
地球ってことばがすでに球を表現しているよね。

ぼくらは、すでに事実として教わっているから、
地球がどういうかたちをしているか知っているけれど、
ほんとうにじぶんで調べたわけじゃない。
そういう意味では、昔の人として古代に生きていたら、
ぼくはきっと「大地が球だって?まさか!」と、
ごくごくふつうに言ってたにちがいない。

いや、なんでそんなことを言い出したかというと、
昨夜の空に半月をながめててね、
月が球体であることをすでに知識として知っているから、
月の明るい部分が、太陽に照らされていて、
暗い部分がその影になっている球体に見えたわけだ。
で、ね、この球体っぽい感じ方って、
いつの時代の人でも感じられるんじゃないかな、と、
ふと思ってしまったのだ。
「どう見ても、まるい球だよなぁ」と気づいても、
なんの不思議もない。

さらに、もうちょっと探求心のある昔の人なら、
「あれはお日さまに照らされた光じゃねぇかな」と、
推察するようになっても、おかしくはないだろう。

歌舞伎の舞台に貼りつけられた月は平面だけれど、
みんながみんな平らな月を見ていたとは思えない。
強い好奇心のある人が、「ひょっとしたら」と、
うまく説明できないけれど、なにかを感じていた。
そういう時間が長く長く続いていたと思うのだ。
おもしろいなぁ、そういうの。

いまの時代で、その球体の月にあたるようなことって、
たぶん「はたらき方」だとか「ビジネス」とかの分野に
あるんじゃないかと思うんだよね。
そのあたりのことには、「常識の思いちがい」が、
たっぷり隠れてるような気がしている。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
精子の発見が17世紀、恐竜の発見が19世紀‥‥あったのに。

アントレプレナーアントレプレナー 2016/08/15 04:04 参戦しない人の常套句」全くその通りだと思います。
お盆に元気をもらいました。

2016-08-14 ストレスを根こそぎ消す大技。

[]根こそぎ思考。 根こそぎ思考。を含むブックマーク 根こそぎ思考。のブックマークコメント

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ストレス
(自動)
体に外部からの刺激が加わったときに、生体の示す反応。俗に、精神的緊張。

自分たちは人や物や情報が溢れる「外界」に生きているわけで、「外部からの刺激の真っ只中」にいるのだから、こりゃもう「ストレスの濁流の中」にいると言っていい。
「何かストレスを感じるなぁ」というのはもう至極当然のことなのだ。

一人で部屋に閉じこもっていたって「自分以外のこと」を考えればストレスだ。

そのストレスとの対峙方法を、凄まじい修行をこなした"大阿闍梨"が説く。
内容はシンプルだ。

欲しいものがなかなか手に入らないという苦しみの「求不得苦(ぐふとく)」、
どんなに愛する人とでも別れなければならない苦しみの「愛別離苦(あいべつりく)」、
心身を思うようにコントロールできない「五陰盛苦(ごおんじょうく)」。そして、私があえて最後にお伝えしたいのが、
恨みや憎しみを抱いてしまう人と出会う苦しみの「怨憎会苦(おんぞうえく)」です。
自分を攻撃したり、騙したりする人との出会いは、まさに「怨憎会苦」で、苦しみの中でも一番つらいものです。

・求不得苦(ぐふとく)
・愛別離苦(あいべつりく)
・五陰盛苦(ごおんじょうく)
・怨憎会苦(おんぞうえく)
四苦八苦、というけれど、この後生、老、病、死、と続くのだけれども、確かに

何か耐え難いストレスを感じた時に、自分自身に「待て待て。こう言う考え方もあるぞ、君!」という頭の切り替えのアドバイスとしては万能だ。

自分たちは何か追い詰められた時に「考える縁(よすが)」を探す習性がある。
何か救いというか「心の整理」ができる方法を自分自身が探す。
人はそれほど「心の生き物」だから、これは心の健康法とか護身術としては大事なことだと思う。

何か仏教の理屈をちょいと借りて「ストレスを自分の都合のいい風に消して」ばかりではちょっと反省が足りない気もするけれど、心の安寧を保つのは大事なことだから覚えておいて損はないだろう。


1日のストレスが根こそぎ消える「たった3つの習慣」

PRESIDENT 2015年11月16日号

男子家を出ずれば7人の敵あり、というが、日々のストレスといかに向き合えばよいのか。吉野山金峯山寺1300年の歴史で2人目となる大峯千日回峰行満行を果たした、塩沼亮潤大阿闍梨に話を聞いた。

千日山を歩く修行、寝ず食べずの修行が楽に思えた人間関係

私たちはすべてが思い通りにならないという現実の中で生きております。なかでも、人間関係の悩みは一番ストレスがかかるものです。例えば、自分は何も思ってもいないのに、嫌なことをされたり、言われたり。日々悩んでいる人はたくさんいらっしゃるかと思います。

慈眼寺住職 塩沼亮潤氏

でもこれは、すべての私たち人間に与えられた人生という修行でもあるんです。「四苦八苦する」という言葉がありますが、これは仏教の教えであります。まず、「四苦」とは「生老病死」のこと。この世に生まれてくることも、老いも病も死も、人間がいくら努力しても逃れることができない定めをもってこの世に生まれてきます。

しかし、自分の心をうまくコントロールすれば、苦しみを楽に転換することができるもう4つの苦しみがあるというのです。それは、欲しいものがなかなか手に入らないという苦しみの「求不得苦(ぐふとく)」、どんなに愛する人とでも別れなければならない苦しみの「愛別離苦(あいべつりく)」、心身を思うようにコントロールできない「五陰盛苦(ごおんじょうく)」。そして、私があえて最後にお伝えしたいのが、恨みや憎しみを抱いてしまう人と出会う苦しみの「怨憎会苦(おんぞうえく)」です。自分を攻撃したり、騙したりする人との出会いは、まさに「怨憎会苦」で、苦しみの中でも一番つらいものです。

私は19歳で仏門に入りましたが、お寺といえど、すべてを悟った人が集うところではありません。悟りを求めるために道を求める人たちが生活しますので、外の社会とさほど変わりません。「どうしてだろう?」と悩みの渦の中にいて、皆さんの悩みと同じ悩みを持っていた一人でもあります。体に過酷な負担を与える厳しい修行のほうがまだ楽に思えたことだってありました。

ではその悩みから私がどのようにして抜け出したのかというと、やはり、修行という人生の勉強のおかげです。「なぜそんなに厳しい過酷な修行をするのですか」とよく問われますが、山での修行とは、自分自身の心を高めて、あらゆるとらわれから離れる人生の大学みたいなものです。

私が修行のひとつとして23歳のときに取り組んだのが、吉野・金峯山寺の大峯千日回峰行(おおみねせんにちかいほうぎょう)というものでした。

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1カ月目には爪がぼろぼろ、3カ月目には血尿

1日48キロの険しい山道を毎日16時間かけて歩き、これを4カ月、定められた時期に奈良の吉野山から大峯山という標高1719メートルの山まで往復しました。9年がかりの大修行です。

真っ暗な午前零時に出発して帰ってくるのが午後の3時半。その間に食べられるのは、おにぎりと水だけです。台風の日も、具合が悪くても、5月3日から9月3日まで1日も休むことなく、歩き続けます。だいたい1カ月目には栄養失調で爪がぼろぼろにはがれてきて、3カ月目には体力の限界になり、血尿が出ます。もし途中で行をやめる場合は短刀で腹を切り、行を終えなければなりません。これを9年間続けたわけです。

そして、32歳のときに「四無行(しむぎょう)」という、9日間、飲まず、食べず、寝ず、横にならずという修行も行いました。一番の苦しみは喉の渇きです。初日からしてつらいのですが、2日目、3日目と日が経つにつれ、言語を絶する地獄の苦しみとなっていきました。

そんな過酷な修行を終え、里に下りてきてある日、ふっと突然気づいたのです。「あっ、そうだったのか!」と大きな気づきがありました。それは自分自身が嫌だと思ったら、どんなに隠しても、相手に対してどこか表情や行動、仕草などで、嫌な雰囲気が伝わっていたのではないか。知らず知らずに相手に嫌な思いをさせていたのは、まさしく自分だったのだと、心の底から反省したのです。それも自分の嫌いな相手と話しているときに、ハッと気づいたのです。

内心で自分が相手を嫌いだと思えば、おそらく相手も嫌いだと思います。私が初めから、もっとその人を受け止めるだけの大きな器のある人間だったならば、相手に対しても嫌な思いをさせなかったのではないかと自己を省みたのです。そこで心の中で「忘れきる」「捨てきる」「許しきる」ことの大切さを知りました。

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攻撃してくる人、騙してくる人が寄りつかなくなる

相手が自分に嫌なことをするからと、心の中で恨んだり、憎んだりしたら、今の自分の心の状態が悪くなってしまいます。それでは本末転倒です。しかし、自分が嫌だなと思う存在は、逆に自分を磨いてくれます。そう心をうまく転換することで、過去の嫌なことがすべて良い経験になり、感謝の気持ちになります。そうやって生きていると不思議と自分の将来がいいほうに運ばれていくのに気づくのです。昔は「なんで運が悪いのだろう」と思っていたのですが、その瞬間からスイッチが入ったように、人生が大きく変化しました。

今の自分の心の状態を整えて感謝と反省、そして相手に対する敬意、これらに自分が包まれていると、むやみに攻撃したりする人はあなたの前で小さくなってしまうでしょう。また、騙そうとしたりする人も、自然と寄りつかなくなるものです。

では具体的にはどのようにしたら、そういう状態になるのか、今からお伝えする言葉を3大習慣にしてみてください。感謝の「ありがとうございます」、反省の「すみません」、敬意の「はい」の3つです。メールなどではなく、心の底からきちんと声に出して相手に誠意を持って伝えるのです。

ごくごく当たり前の言葉で拍子抜けしたかもしれませんが、この3大習慣を繰り返して行うことが大切です。お釈迦様の教えでは、同じことを繰り返して努力し続けると悟る可能性があると言われています。例えば、お寺に入ったばかりの修行僧は、初めの頃はお香の匂いがしないのですが、毎日朝夕お務めしていると、1年2年経つ頃には、お香の匂いが衣に染み付いてくるのです。これを「薫習(くんじゅう)」というのですが、同じことを繰り返して心の習慣にすると、だんだんと見えてくるものがあります。

ただし、この繰り返し行う「薫習」も、情熱を失ってしまったのでは、悟ることはできないとお釈迦様は説いておられます。

この3大習慣の「ありがとうございます」「すみません」「はい」を、心からの言葉と笑顔で、ご縁のあるすべての人に伝えてみてください。

慈眼寺住職 塩沼亮潤

1968年仙台市生まれ。86年、東北高校卒業。87年、吉野山金峯山寺で出家得度。91年、大峯百日回峰行満行。99年、大峯千日回峰行満行。2000年、四無行満行。06年、八千枚大護摩供満行。現在、仙台市秋保・慈眼寺住職。大峯千日回峰行大行満大阿闍梨。新刊『人生でいちばん大切な3つのことば』(春秋社)など著書多数。。

2016-08-13 思い出さない名店はない。

[]名店の法則。 名店の法則。を含むブックマーク 名店の法則。のブックマークコメント

「思い出さない名店はない」。
例外のないルールはない、みたいなトーンで頭に浮かんだ言葉。
ここ最近、数十年ぶりに地方出張が重なり、懐かしいのと環境が変わっているのに興奮した時の話。

「確かこの店に行ったはず」という居酒屋を何軒か探してみた。
案外残っているお店も多く、場所の記憶って意外に残っているもんだな、などと一人ごちていたのだけれど。
ところが、懐かしく入ってみたお店のことごとく「あれ、こんな味だったかしらん…」と実に精彩を欠くものだったのでした。
そして思い出した。
そうだ、以前来た時も「ふーん、まあこんなものか…」と思っていたことを。

強烈に美味しい店とか不味い店とかは記憶に残るが、どちらでもないお店はかなり記憶が曖昧になる。

だから何が言いたいか。

行ったことがあるのに「あの店のあれが食べたい」という記憶が鮮明にない店は、何度訪れても同じだからやめておいたほうがいい。

ということを学んだ。
今さらですが。

2016-08-12 法律より前に。 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

民主主義の「過半数決定」よりはるかに厳しい全会一致。
すごく民主的な聞こえがする一方で「誰もが決定的な責任は負いたくないよね」という日本人根性の現れに見えてしまうのは、ちょっと僻み根性が強くなっているのかもしれない。

政権が変われば前のことは知らんふり。
不祥事が起きたら秘書のせい。
いやいや、一家の身内に何かあったら首領が腹切りするのが筋でしょう?
というような話は野蛮視されたのか影を潜めてしまった。
新しい世の中の流れにはそれなりに乗らなきゃ仕方ないけれど、規模に合わせた「統治のルール」はきちんと守らないと、何ともカッコ悪くみえて仕方がない。

経営の視点会社法より十七条憲法? 取締役会、全会一致のなぜ 編集委員 塩田宏之
2016/8/8付
 東京証券取引所のコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)の適用開始から1年余り。1、2部上場企業に2人以上の社外取締役選任などを求めた同コードの適用で、取締役会は変わったのだろうか。

 会社法では取締役会決議の条件を過半数と定めている。少数の社外取締役が会社側の提案に反対しても、採決すれば多数派の社内取締役に押し切られる。だから2人程度の社外取締役の意見は聞き流すだけではないか、という懸念が生じる。だが実際には「社外取締役の理解が得られず、決議が持ち越しになる事例が増えた」(会社法に詳しい塚本英巨弁護士)。

 なぜか。経営共創基盤の冨山和彦・最高経営責任者(CEO)は「ことを荒立てて決めたくないので全会一致が慣習になっている企業が多いから」と言う。

 M&A(合併・買収)や資金調達など、取締役会の議案は社内役員が経営会議などで議論して固める。だから取締役会で疑問を述べたり、反対したりするのは社外取締役が大半だ。「日本企業は社外取締役を尊重しており、彼らが1人でも反対したら採決を強行しないのが一般的」(企業法務に詳しい太田洋弁護士)

 反対票が出そうなら決議を先送りして議論を続けるか、修正案をつくる企業が多い。それでも納得を得られなければ「議案を取り下げる」(銀行の役員)こともある。今年4月にセブン&アイ・ホールディングスの取締役会でグループ人事案が否決されたのは、異例中の異例といえる。

 社外取締役が過半数を占める日立物流では過去2年間に数回、会社側の提案に社外取締役が疑問を投げかけたため、議案が修正されて採決された。ただ最後は全会一致だったという。

 日東電工では「全会一致の原則や慣行はない」(武内徹取締役)。実際に決議で反対意見が出たこともある。HOYAも反対票が出たことがあるが、例外的だという。上場企業全体では反対票ゼロの決議が圧倒的だろう。「和の尊重」を説いた聖徳太子の十七条憲法を、会社法より重んじているかのようにみえる。

 社外取締役が過半数を占める米国企業はどうか。いちごアセットマネジメントのスコット・キャロン社長は「米企業も全会一致が望ましいと考えているが、日本企業よりは反対票が多いようだ」と話す。

 日本では全会一致の慣行があるため、社外取締役が少数でも意見が尊重され、会社の意思決定に変化をもたらした。社外の視点を加えた議論の深まりは企業統治の進歩と評価できる。だが全会一致が絶対視されると、社外取締役が事実上の拒否権もつことになる。彼らの説得や、妥協案づくりに時間がかかり、意思決定が遅れる恐れもある。

 議論の深さと迅速さをどう両立させるか。経営コンサルティング会社、エゴンゼンダーの佃秀昭社長は「議論を早めに始めることが重要。M&Aなら、水面下の交渉を始めた時点で報告をしておけば、時間を確保しやすい」と言う。

 議論を十分尽くしたなら、過半数決議に踏み切ることがあってもいいのではないか。取締役会議長の判断力が問われる。

2016-08-11 説明の力。(2)

[]モノの本質を考える。 モノの本質を考える。を含むブックマーク モノの本質を考える。のブックマークコメント

短歌俳句とかキャッチコピーなんかも、そういう「究極の表現」とか単語とかを追求する試みだと思う。
(さらに形式美なんかもあって、なかなか奥深いらしいですが)

その製品の機能とか、デザインとか、品質とか、安全性とか、ポータビリティとか、もう色々言いたいことはいっぱいあるけれど。

一言で言えば。
を追求する。 

『gearing
【名】歯車装置
〈英〉《会計》ギアリング、収益を挙げるために他人資本を使用すること』。

なるほど。金融という仕事の本質ってそんなところにあったのだ。
その持つ役割を、色々といえばいっぱいいっぱいあるだろう。
しかも、やりたいことだってもう一つじゃない。
銀行なら、貸し出しもやれば、決済もやれば、保険も売れば、運用もするし…

けど一つだけ。
一つに絞って話しましょう。

さて説明するもののことですが。

例えば「自分の人生」を他人に一言で説明。
自分の職業を一言で説明。
自分の人生観を一言で。
自分の恋愛観を一言で。
自分の死生観を一言で。
自分の趣味を一言で。
自分の価値観を一言で。

とか。
あるいは

 日本の歴史を一言で。
天皇制を一言で。
今の日本を一言で。
政治を一言で。
ポケモンGOを一言で。とか。

何でも安直に考える、という意味じゃなくて「そいつの本質を捉まえる」ということを考える大事さ、を

銀行とは『資本に負債を重ね、レバレッジを効かせて、資産として貸し出して回転させる歯車のようなもの』
という表現に出会って感じた。

物事を説明するなら、これくらいの鋭さで考えられることに憧れた。

三菱UFJを揺らす「巨大歯車」 モルガン出資 初損失 経済部 高見浩輔

 三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)が1日発表した4〜6月期の連結業績で、米モルガン・スタンレーが5年前に持ち分法適用会社にして以降、初めて損失を生んだ。これまで利益の押し上げに貢献してきた「最良のパートナー」(MUFG首脳)だっただけに、業績が落ち込めば負の影響も大きい。改めてみると日本のトップバンク米国を代表する巨大金融機関に2割も出資する現状は、経営不安の連鎖を防ごうとする国際金融規制の動きに逆行しているようにさえ映る。「危機対応出資」という特例措置が3年後に切れるタイミングを控え、両者の関係は“次”を模索する時期にさしかかっているのかもしれない。

 「減益の最大の理由はマイナス金利ではなくモルガンだ」。MUFG幹部はこう打ち明ける。モルガンはMUFGの4〜6月期の連結純利益を65億円押し下げた。債券や商品(コモディティー)のトレーディング収益が落ち込み、MUFGの4〜6月期決算に反映されるモルガンの1〜3月期の純利益が11.3億ドル(約1200億円)と前年同期比53%減ったためだ。

 2015年の4〜6月期は360億円の押し上げ。つまり、モルガンの影響分は前年同期比では425億円のマイナスだ。MUFG全体の純利益は1889億円で減益幅は888億円だったので、半分がこれで説明できてしまう。通期でみるとモルガンは16年3月期にはMUFGの純利益を1468億円も押し上げ、利益全体に占める比率は15%と15年3月期の7%から急上昇していた。それだけに落差は目立つ。


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 もちろん業績の悪化が今後も続くとは限らない。モルガンの1〜3月期の減益は前年同期が好業績だった裏返しでもあるし、7月20日に公表された4〜6月期業績は純利益が15.8億ドルと12%の減益にとどまった。株式の希薄化という特殊要因で計上した特別損失が年度末に一部返ってくる可能性が高く、MUFG首脳も「通期ではマイナスとみていない」と話す。

 だが、それでも今回のマイナスが気になるのは、巨大な金融機関どうしの出資が、プラスの相乗効果だけでなく、金融危機時などにはマイナス面でも相乗効果を生むことを再確認させられたからだ。

 ダブル・ギアリング――。金融機関による金融機関への出資はこう呼ばれ、国際金融当局は近年規制を強めている。銀行業は自己資本のうえに預金という負債を重ね、レバレッジを効かせた状態でマネーを貸し出しなどの資産として回転させる「歯車(ギア)」のようなもの。2つの巨大な歯車がかみ合ってしまうと、金融危機時には経営不安が連鎖しかねない。国際金融当局は金融機関への出資取引について、自己資本への参入を認めない措置を講じ、抑制を促してきた。

 MUFGによるモルガンへの約9000億円もの巨額出資でこれまで問題が生じなかったのは、MUFGが08年の米金融危機時に“救済”として出資した際、「危機対応出資」として特例措置が講じられたためだ。出資分は10年間の時限措置として自己資本への参入が認められた。

 だが、「名目はあくまで“救済”」(マネックス証券の大槻奈那氏)。この特例は19年3月末から毎年20%ずつなくなる。対象から除外されている資産は15年9月末で実に1.4兆円。23年3月末に特例措置が完全撤廃された場合、自己資本(普通株式等Tier1比率)を0.7%も押し下げる。

 現時点では、厳しい自己資本規制にさらに高いハードルが設けられることを考慮しても、モルガンからの出資引き揚げは考えにくい選択肢だ。MUFGはもともと自前では投資銀行業務をできないという経営判断のもとで、モルガンへの出資を決めた。昨年の日本郵政グループの上場では三菱UFJモルガン・スタンレー証券が主幹事を務めるなど、提携効果は大きい。

 米リーマン危機からもうすぐ8年。いまのところ日米に金融危機の気配はまったくないが、資源価格の急落や債券市場の流動性の低下など市場では不安の芽が依然としてくすぶる。MUFGはひとまず、そのなかを大きな歯車を2つ抱えながら進むことになる。

2016-08-10 説明の力。(1)

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人は言葉が使えなければただの生き物かもしれないが、やっぱり言葉が思考を支えているんだなぁ、と思う。

銀行業は自己資本のうえに預金という負債を重ね、レバレッジを効かせた状態でマネーを貸し出しなどの資産として回転させる「歯車(ギア)」のようなもの。 

なるほど。
銀行は社会の血液だとか成長の栄養とかいうけれど。
「自己資本の上」に「預金」という「負債を重ね」、「レバレッジ(梃子)を効かせた」状態で「(貸し出し)資産として回転させる」「ギア(歯車)」のようなもの。

実に見事な説明だと思った。
さらに

gearing
【名】
歯車装置
〈英〉《会計》ギアリング、収益を挙げるために他人資本を使用すること、自己資本と他人資本の比率◆〈米〉leverage 

もともとギアリング、にはそういう意味があったらしい。
こんな辺りから説明すればバランスシートの理解も面白くできるのではないだろうか。

以前から「そのもの」を"一言で言うと?"というクイズが好きで、よく一人でそんなことを考える。
(つづく)

2016-08-09 人じゃなきゃ。

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AIとまで言わなくとも、コンピューターの登場で無くなった職種なんて山ほどある。
大規模センターで「手計算」していた人はいなくなったし、「駅で切符を切る人」もいなくなった。
誰もその時に「システム化反対」とは言わずにいた。

産業の発展ってそんな性質のものだろうと思う。
目に見えるところでは、自動運転とかライドシェアとか民泊とかが際立っているけれど、コンピューターが「本当に色々と機転の効くやつ」になれば、人に取って代わることができる部分はものすごくいっぱいあるだろう。

レジの集計も、タクシーもチェーン店の居酒屋も。
すでにネットの売り場に「売り子」はいない。
トヨタの取り組む「次世代タクシー」はハイブリッドかもしれないが、「次次世代タクシー」にはもうドライバーはいないのではないだろうか。
予測できない運転をする人間さえ識別できれば、あとは全自動の交通システムの方が整然と運用できる。
渋滞すら起こらないかもしれない。

いよいよ「人ならでは」の時代になりそうだ。


トヨタ、タクシー業界団体と協業へ 17年発売の次世代タクシー開発

ロイター 8月5日(金)17時14分配信

東京 5日 ロイター] - トヨタ自動車<7203.T>は5日、全国ハイヤー・タクシー連合会(東京・千代田、以下は全タク連)と次世代タクシーの開発・導入に向けた協業を検討することで基本合意したと発表した。

トヨタは、環境負荷の低減、超高齢化などに対応した安全・安心、快適性を高めた新たな日本の次世代タクシーを開発中で、2017年度内に発売する予定。先進安全技術の装備を充実させ、外国人観光客の増加に合わせて多言語対応できるシステムなどの構築を目指しており、全タク連と連携して次世代タクシーの仕様を策定する。日本のタクシー法人事業者は1万5000社以上、総車両数は約24万3000台。

特に東京では、タクシー乗務員が高齢者、女性、新卒、外国人など今後さらに多様化することが想定される。このため、乗務員の運転やサービスの負担を軽減できるよう自動運転技術を活用する方針。タクシーを使った交通・道路環境の情報収集や解析を通じて自動運転技術を開発し、実験的に自動運転技術を搭載したタクシーで営業走行してもらう。トヨタは東京五輪が開催される20年に高速道路で走行できる自動運転車の投入も計画している。

トヨタは5月に子会社などを通じてスマートフォンを使った配車サービス最大手のウーバー・テクノロジーズ[UBER.UL]と資本業務提携し、具体的な提携内容を検討中だが、日本ではなく、急速に普及している海外での協業が中心となる。日本では全タク連と連携し、日本に合ったタクシーの自動運転やサービスのあり方、車両の仕様を策定する。


(白木真紀)

最終更新:8月5日(金)17時14分

2016-08-08 ロハスの国。

[]ガラパゴスも良いところ。 ガラパゴスも良いところ。を含むブックマーク ガラパゴスも良いところ。のブックマークコメント

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日本の江戸時代が他国でも「お手本」「エコシステム」と言われる。
いろんな文化も飛躍的に醸成されたし、やはり「安定した300年」というのは大きな意味があったのに違いない。

「知識や技術は海外では一部の人によって独占されることが多い。欧州の学者は長く、庶民には分からないラテン語を使っていた。ところが日本では殿様にならい、第一級の学者たちも中国語オランダ語の優れた書物があれば、すぐに日本語に翻訳して広く伝えた」

「武器を作らなくていい時代」はよほど「その他の技術や文化」を伸ばすらしい。
現代の日本も戦後70年だから、あと二百年は無戦争でいてもらいたいものだ。

戦国の殿様たちは実用も兼ねて「立派な城」を築いたが、それも平和になれば必要なかったらしい。
そして車も「権力者のためのデカ過ぎるボディー」ではなく、庶民がリヤカー的に使い易い軽自動車が発達したという。

グローバル化とか、ガラパゴスとか、あんまりビジネスで日本の芳しい話は聞かないけれど、案外"紙と木と低エネルギー"の志向は「一周回って日本が先頭」に来るような気がするのは自惚れすぎだろうか。


日本のモノづくり 鈴木一義さんに聞く 「庶民のため」技術力の源泉 江戸から続く気質

 江戸の人たちは大変な知恵と技を持っていた

 「日本のモノづくりは優秀」とよく言われる。下町中小企業最先端ロケットロボットなどの部品をこしらえる。世界でオンリーワンの技術を誇る大企業も少なくない。そんな日本のモノづくりの源流には、この国特有の「人のため」に尽くす技術者の精神がある。国立科学博物館(科博)で長く江戸時代以降の科学技術史を担当する鈴木一義さんはそう語る。

 「私が大学の工学部に入った1970年代には、モノづくりは、今と違って悪だという風潮があった。公害が深刻でしたからね。私は『鉄腕アトム』を見て育った世代で、モノづくりで明るい未来に貢献しようと思っていたけれども反論できなかった。自分が進む道は悪なのか。モノづくりのルーツをたどって考えようと思い、1年生の時、江戸の茶運び人形(からくり人形の一種)を作ってみました」

 「各地で『からくり師』と呼ばれる先人のことを調べ、実際に茶運び人形を作って驚いた。私は現代の知識と技術で何とか作り上げたが、分度器もなかった江戸時代にあの動く仕組みや歯車をどうやって作ったのか。江戸の人たちはまさしく経験による大変な知恵と技を持っていた。茶運び人形は科博へ寄贈しました。まさか後年、自分で人形を管理することになるとは思いもしませんでした」

 鈴木さんは大学院修士課程を修了して大手メーカーに就職。技術開発部門で働き始めたが、プラザ合意1985年)で急激な円高に見舞われ、自分たちの製品があっと言う間に利益の出ない状況になった。国際経済の変化にモノづくりの現場が翻弄される現実を体験した。

 「残業を繰り返して私自身、過労で倒れた。日本のモノづくりはこんなふうに技術者の死屍累々(ししるいるい)の上に成り立っているのか。この先どうしたらいいのかと考えさせられた。自分たちの未来を探るには、やはり日本人がどうやってモノづくりをしてきたのか、その歴史から学ばなければならないと思い、ちょうど天命のように誘いがあった博物館に入りました」

 科博に移って調査するうちにいよいよ鮮明に見えてきたのは江戸以降、無数の名もなき職人たちが担ってきたモノづくりのすごさだった。

 みんなのために作るから世界中で使える

 日本の職人や技術者たちは江戸以降、権力者のためではなく、庶民のために工夫してモノづくりをしてきたという。

 「江戸は260年にわたり、平和が続いた。殿様たちは戦争がないから、海外の権力者のように武器を作るために職人を独占することがない。職人たちは権力者たちの武器ではなく、庶民が使う鋤(すき)や鍬(くわ)を作るのに精を出したのです。それぞれの土地に一番適したものを作った。だから日本ほど鋤や鍬が豊かな国はない」

 「殿様たちは領地を繁栄させるために、一般の人々に役立つ知識をどんどん伝えていった。例えば水戸徳川光圀は、御典医に命じて、草木などにどんな薬効があるか『救民妙薬(きゅうみんみょうやく)』という書物を編さんした。生きるために必要な知識がこうして与えられる。文字を読めたらその知識を得られるから、江戸時代の識字率は高くなったのだと思います」

 「知識や技術は海外では一部の人によって独占されることが多い。欧州の学者は長く、庶民には分からないラテン語を使っていた。ところが日本では殿様にならい、第一級の学者たちも中国語やオランダ語の優れた書物があれば、すぐに日本語に翻訳して広く伝えた」

 「こうして日本では世界中の選(え)りすぐりの良書を母国語で読めるようになった。こんなことは海外ではなかなか望めない。米国でも英語以外だと優れた先端の書物が読めるとは限らない。日本が明治以降、ノーベル賞級の科学者を輩出してきた背景には、こうした恵まれた環境があると思います」

 鈴木さんは科博の同僚らと一緒に、明治以降の技術者たちが庶民のためにモノづくりをした歴史に光を当ててきた。

 「大正時代、大阪などで人々は自転車にリヤカーを付けて荷物を運んでいた。そこに小さなエンジンを載せた。軽自動車の始まりです。2000年ごろ、私たちはトヨタ自動車と共同で1920年代に生まれた1000ccの『オートモ号』を復元しました。欧米では権力者のために大きな車が作られたが、日本ではこの車のように未舗装の狭い道を走れる小型の軽いものが作られた。みんなのために作るから世界中で使える。これが日本のモノづくりの強みです」

 「『人のため』という自分たちの原点は大事だと思う。セレクトされた良書を日本語でそろえてきたことも忘れてはいけない。私たちは日本人にしか分からない感覚も含めて、日本語で伝え合い、日本ならではの製品を作っていける」

 「日本には割れてしまった茶わんの破片を継ぎ合わせて使う文化もある。『もったいない』という日本語は海外でも注目されている。日本のこうした持続可能な文化やモノづくりの精神は、これからの世界できっと生きてくるでしょう」

シニアエディター 平田浩司)

 すずき・かずよし 科学技術史研究家。国立科学博物館産業技術史資料情報センター長。1957年新潟県生まれ。83年東京都立大大学院修士課程修了。メーカーの技術開発部勤務を経て、87年から同館の理工学研究部に勤める。主に江戸時代から現代までの日本の科学技術の研究に従事。著書に「20世紀の国産車」など。

2016-08-07 より美味しく、より安く。

[]国民気質。 国民気質。を含むブックマーク 国民気質。のブックマークコメント

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ようやく先進国、というかいろんな意味で成熟社会を迎えて、取り立てて「爆買い」とか「土地買い」とかについて騒いでいるのは、「成熟への過程」ということなのかもしれない。

中国と言わず、東南アジア全域。
欧米といえども「食べ物が日本以上に美味しい」という経験は少ない。

日本の駅弁とか地方の食堂なんかも数十年前はそれほど美味しくはなかった。
クオリティがえらく上がってきたのはここ数年ではないだろうか。
今や駅の売店も、デパ地下の売り場も高級店に並ぶ品揃えになったのは驚きだ。

思うに、欧米でも国内の航空便で食事をする人は少ない。
何かを食べる人も、持参したサンドウィッチとか、スナック菓子とかをボソボソと食べているくらいだ。
日本の新幹線のように、四、五人で乗り合わせていざ大宴会、というのはちょっと変わった文化に見える。
それはそれで楽しいけれど。

ともかく、美味しいものは「どこででも」「いつでも」「安く」を追求するスタイルはまだこれからも続きそうだ。
繁華街の居酒屋でも「さらに安く、おいしく」という試みは自然に起きている。
ひょっとしたら、自然とした"こういう気質"こそが日本人の強みなのではないだろうか。
だって誰にも強制されていないもの。

中国 駅弁に見る参入規制

 中国の駅弁はなぜまずいのか――。最近、中国のネット上で盛り上がっている話題だ。ネットユーザーらが車内販売の日本と中国の弁当を写真付きで比較し、中国の弁当の貧弱さを嘆く。この問題を突き詰めると、中国の経済成長を阻む問題が浮かび上がる。

駅弁を買わずにカップ麺などで済ませる人も多い=ロイター

 日本の新幹線の弁当は一千円前後するが、中国のネットをのぞくと、中国の高速鉄道の弁当も40元(約630円)前後はする。現地の所得水準を考えるとけっして安くはない。ただ、日本の弁当には様々なおかずが並ぶが、中国はおかずが3品程度しかなく、割高な印象を受ける。15元程度の安い弁当には「まずい」という声があふれる。

 この結果、長距離移動の乗客は5元前後のカップラーメンを持参し、お湯を注いで列車内で食べることになる。ネット上では中国の駅弁がまずい理由を巡りさまざまな議論があるが、誰もが「競争の不足」を指摘する。

 中国は「中国鉄路総公司」が路線を管理し、関連業者が車内販売で優先的に取り扱われているようだ。事実上の参入規制や既得権の保護があるのかもしれない。新たな企業が参入し販売を競えば、価格は下がり、質も向上するはずだ。

 消費が中国の成長をけん引すべきだといわれて久しい。だが、個人消費は盛り上がりに欠け、成長率は6%台後半にとどまる。消費者はお金はあるのになぜ使わないのか。答えは簡単だ。代金に見合う商品の質やサービスがないと感じているからだ。ネット上の駅弁への不満は、消費者が安くて質のよい駅弁を買いたがっている証拠だ。潜在需要はあるのに、供給側が対応できていない。

 「爆買い」も同じだ。中国では高い関税間接税があるため、外国製の高級ブランド商品の価格が高い。外国で買った方が断然安いので、海外旅行中にすさまじい買い物をする。本国で買い物をさせたいなら減税や規制緩和で外国製品の価格を下げればよい。

 中国の富裕層の間で、医療ツーリズムが流行している。サービスの悪い中国の病院を嫌い、日本や東南アジアで観光のかたわら健康診断を受けるようになった。手術や治療で外国に通う人々もいる。中国は医療機関の規制緩和を進めて、サービス向上に向けた競争を促すべきだ。

 豊かになった消費者の需要に見合う産業を育成すれば経済成長は続くはずだが、いざ規制緩和となると既得権者の保護に傾く。中国は4月から海外の買い物が一定額を超えた場合、空港での課税を強化した。これでは「爆買い」抑制に効果があっても、中国内の消費拡大にはつながらない。

 病院に外資を導入する政策も発表したが、中国で開業した外資系100%の病院はわずかだ。関連法規の複雑さが外資病院の進出を拒んでいるとみられる。既得権でがんじがらめのため、供給側の改革は進まず、消費も動かない。

 もっとも、中国の構造改革は進まない方が日本にはありがたいのかもしれない。豊かになった中国の消費者が日本で新幹線に乗って駅弁を食べて、割安の日本製品を買う。サービス抜群の病院で検査や治療を受ける――。中国で使うはずのお金をそっくりそのまま日本で使うのだから。

編集委員 村山宏)

「Nikkei Asian Review」(http://asia.nikkei.com/)に「Unpopular train food in China illustrates obstacles to growth」と題して掲載

2016-08-06 ゲームチェンジャー。

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本当にグローバル化してしまうと製造も販売も「その国」に移ってしまい、必ずしも「国産メーカー」というのが正しい表現でもない昨今。
それでも国同士の「攻防」は続く。
各国の規制政策を「ゲームチェンジ」と称して表現するのは面白いが当事者は大変だ。

というか、そう思えば経済界、産業界は相当「政治」に引っ張られる。

自分は政治家ではないので、そういう風に政治を見たことはなかったけれど、補助金とか規制とかエコとか売電とか、ここ最近でも「ゲームのルール」に大手も杓子もみんな引っ張り回されていることに気がついた。
数年前のソーラー発電とLEDの補助金ブームは記憶に新しい。
今思えばみっともない感じがする。

今は医療とか介護農業などが中心だろうか。
こういう「ゲーム」を見る目も大事かもしれないが、あまり「それ中心」で右往左往しても長続きしないなぁ、というのが正直な感想である。
できれば「ものづくり」とか「消費者目線」を中心に据えて、やれ追い風だ、向かい風だ、とあまりうろたえないようなことを仕事にしたいと思う。

とはいえ、世の流れって確かにあるよねー。

クルマ異次元攻防(3)エコカー、笑うのは? 変わる規制 EVに風
2016/8/2付日本経済新聞 朝刊
 4月の北京モーターショー。エコカー戦略の中心にハイブリッド車(HV)を据えてきたトヨタ自動車が一転、プラグインハイブリッド車(PHV)の投入を発表した。中国政府の環境規制が変わり、普段電気自動車(EV)として走り、バッテリーが切れた場合にガソリンエンジンで補うPHVとEVに1台あたり最大100万円の補助金を支給することを決めたからだ。トヨタが強いHVは補助対象から漏れた。

政府の求めに応じて、現地生産した基幹部品を初めて搭載した新型HVを発売した直後の政策転換。手厚い補助金の支給で中国でのEVとPHVの販売台数は2015年には前年比4倍の33万台と急増。世界最大の電動車市場となった。トヨタのHVの販売台数は年間3万台にすぎない。さすがにトヨタも対応せざるを得なかった。

高まるハードル
米国でもトヨタは試練に直面している。同国最大の自動車市場、カリフォルニア州。17年発売モデルから同州の環境規制が強化され、HVがエコカーとは認められなくなるからだ。同州は段階的に規制のハードルをあげ、販売台数に占めるEVや水素を使う燃料電池車(FCV)などの比率を25年に22%まで上げるよう求めている。目標値に届かない場合、罰金を払うか、他社が超過して達成したクレジット(排出枠)を買い取らなければならない。

トヨタは14年末に初の量産FCV「ミライ」を発売したが、生産能力に限りがあり15年は初めてクレジットの買い手に回った。一方、EV専業のテスラモーターズは16年1〜3月にクレジット取引だけで5700万ドルを稼ぎトヨタにも売ったとみられる。

およそ半世紀前の1970年。米国は当時、世界で最も厳しい排ガス規制とされたマスキー法を制定した。業界では達成不可能とされたが、ホンダは「CVCCエンジン」を開発、最初にクリアした。この快挙が後発のホンダが世界で躍進するきっかけとなった。

 新たな環境規制一つで業界の勢力図は変わりうる。規制は「ゲームチェンジャー」としてメーカーに開発競争を促す一方、外国メーカーの勢いをそぎ、自国の車産業を育成するための手段として各国政府がしばしば利用する。

古く新しい攻防
 軽自動車の燃費不正の発覚から3週間で三菱自動車への出資を決めた日産自動車カルロス・ゴーン社長は三菱自の魅力を「東南アジアでのブランド力」と説明するが、もう一つの狙いは同社のPHVの技術だ。この数年さえなかったゴーン氏の猛進。世界の規制の変化が「攻め」への転換を同氏に促した。

 「第3のエコカー」として低燃費のディーゼルエンジンを売りにトヨタと世界トップの座を競った独フォルクスワーゲン(VW)。しかし、そのディーゼルエンジンは規制を上回る窒素酸化物(NOx)をまき散らしたとして、147億ドルもの和解金を米当局などに支払うことで和解した。不正の背景には電動化への遅れと高まる環境規制への焦りがあった。VWはディーゼルに代わり、遅れていたEVの開発に急ピッチでかじを切る。

 刻々と変わる環境規制。国によってその内容も異なる。「ゲームチェンジ」にいかに迅速に対応できるか。古くて新しい攻防が進んでいる。

(関連記事企業面に)

2016-08-05 28兆の投資。

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マスコミの最大の役割は「権力の監視」ということらしいが、それにしても政権政党批判だけでは心許ない。
多分「運営サイド」には得も言われぬ苦労もあると思うから、やっぱり「代案のない批判」は耳障りである。
けれど、けれど。

今の日本で「育休推進」「残業上限」「返さなくていい奨学金」「年金支給資格の緩和」「IoT推進」「TPP」「リニア前倒し」というのは、長期的に見て日本丸のためになっているのだろうか。

というようなことを「まず各論に入る前」に話し合わないと、と思うのは自分だけだろうか。
いきなり「出生率は1.8に」とか言われても、それを信じる根拠が薄いのだ。

同じくGDPは上がりないといけない、とか地方創生とか、教育の改革なんかについてもそれぞれ「個別のそもそも論」が十分ではないと思う。
だって「経済成長ありき」で話が進むと色んなところに矛盾が出てきたことを自分たちは経験してきたから。

多様性の社会、と盛んに言われるようになってきたけれど「大体みんなのコンセンサスのある辺り」をそろそろはっきりさせるべきではないだろうか。
18歳の若者のもいることだし「これまでの価値観」とはずい分違った意見が聞けるのではないだろうか。
多様性って今まで自分たちはあまり意識してこなかったことなのかもしれないから。

成長力底上げへ一体改革 経済対策28兆円決定
2016/8/2 21:12日本経済新聞 電子版
 政府は2日午後の臨時閣議で、事業規模28兆1000億円の「未来への投資を実現する経済対策」を決めた。働き方や産業構造の一体改革に取り組み、成長力を底上げする。経済対策の決定後、麻生太郎財務相黒田東彦日銀総裁と会い、財政と金融の政策協調を確認した。政府・日銀アベノミクス再起動させ、デフレからの完全な脱却を目指す。


 安倍晋三首相は臨時閣議で「未来を切り開くための投資に向けて力強いスタートを切る」と強調した。対策の事業規模は過去3番目で、安倍政権下では最大となる。

 国と地方の直接の歳出(真水)は7.5兆円。4兆円を2016年度の第2次補正予算案、残りを17年度の当初予算案などで手当てする。16〜17年度の実質国内総生産(GDP)を1.3%押し上げる効果を見込む。

 新規の赤字国債を発行しないという制約があるため、政府は「第2の予算」と呼ばれる財政投融資を約6兆円計上する。財投で対策の財政措置のほぼ半分に充てる。

 財投は融資先からの資金返済が前提なので、財政赤字には計上されない。政府が財政健全化の指標とする基礎的財政収支プライマリーバランス)への影響を避ける効果がある。ただ政府の債務であることに変わりはなく、安易な増発は財政規律を損ねかねない。

 今の経済状況は、個人消費や民間投資が力強さを欠いている。英国欧州連合(EU)離脱決定など、世界経済の下振れリスクも高まっている。

 このため、経済対策の柱は働き方改革と産業構造の改革に据えた。子育て介護の受け皿整備、保育士や介護職員の賃上げを進める。子育てや介護を抱える人たちが働きやすい環境を整える。

 経済対策は補正予算だけで対応することが多い。子育てと介護については一過性の対応になった過去の反省を踏まえ「16年度の補正予算に加えて、17年度当初予算に計上し、かつ継続して実施する」と明記した。

 失業率有効求人倍率はアベノミクスが始まって以来、大きく改善したが、非正規社員の割合は37%と高止まりしている。「非正規という言葉をなくす決意」と明記し、同一労働同一賃金の実現や長時間労働の是正など労働制度改革に取り組む方針も盛り込んだ。

 産業構造改革は、生産性の向上に重点を置く。あらゆるものがインターネットにつながるIoTや人工知能(AI)など第4次産業革命を実現する。環太平洋経済連携協定(TPP)など自由で公正な経済圏を広げ、日本企業が海外の需要も取り込めるようにする。

 事業規模でみると、インフラ整備の10.7兆円と資金繰り支援など中小企業や地方対策の10.9兆円が大半を占める。インフラ整備では、リニア中央新幹線の全線開業前倒しや整備新幹線の整備を盛り込んだ。訪日客を増やすため、大型クルーズ船が立ち寄れるような港湾の整備も進める。

2016-08-04 アジアという世界で。

[]アジアの一体化へ向けて アジアの一体化へ向けてを含むブックマーク アジアの一体化へ向けてのブックマークコメント

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飽食の国。
韓国台湾に比べて、日本での外国人労働の魅力がなくなっているという。
給料は十万円程度でアジアでは横ならびらしい。
こうした試みにこそ「長期的な戦略」が必要だと思う。

単純労働者の受け入れ」に切り口を見つけるのか、アメリカ式に「徹底的に優秀な若者を集めて産業界と結ぶ」のか。

「絶対の正解」は多分ない。
だからいろんな場合を想定した「試行」こそが大事だと思う。
日本では正規労働者が少ない、と長年言われているけれど、今やコンビニでは「客も店員も外国人」という状態だ。

日本人は国内で「単純労働」からエスケープしているだけじゃないのか。
今までは海外勢の受け入れは緩やかだったけど、これからは「優秀なアジア人たちとのコンペ」が起きるのじゃないだろうか。
それが今の日本の若年層にも刺激を与えればいいと思う。

ガラパゴス化している日本には、魅力もあるけれどちょっと時代遅れの価値観もあると思う。
「外部交流」は自分たちが硬化してしまわないためにも、取り入れていかなきゃいけないテーマだと思う。
日本で勉強になることは、街中の中華料理屋でも必ずある。


韓国は単純労働者も受け入れ 大半が製造業

2016/7/18 10:33

 韓国は慢性的求人難に直面する一部の業種で、外国人の単純労働者を受け入れている。今年は再入国者1万2千人を含む5万8千人を受け入れる見通しだ。雇用労働省によると、韓国は過去5年間でそれぞれ5万〜6万人を非専門就業ビザ(E―9)の資格で受け入れた。昨年10月末現在、約27万7000人が在留している。

 韓国人の採用に努めたうえで募集から一定期間(目安は2週間程度)採用できなければ外国人を雇える。対象は中小製造業や農畜産業、漁業や建設業など。「韓国人が避ける業種で安定して人員を確保するために外国人労働者を認める趣旨」(雇用労働省)だ。

 受け入れ先は製造業が大半を占める。韓国政府は鋳造や金型、溶接などの分野で高い技能を持つ外国人労働者を育てようと、2014年から国内の2〜4年制大学でこうした外国人を受け入れる制度を始め、現在は8つの大学で実施している。(1)4年以上の勤務経験(2)高卒以上の学歴(3)一定の韓国語能力――などを満たす外国人が対象で、16年下半期に最初の卒業生が出る。

 E―9ビザの最長在留期間は4年10カ月だが、鋳造などで一定の技術があると認められた外国人労働者は特定活動ビザ(E―7)への変更が認められる。雇用契約も延長できるので、韓国政府は外国人労働者の定着につながると期待する。(ソウル=加藤宏一)

2016-08-03 社会保障って何か。

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以前もベーシックインカムのことを書いたことがあるけれど、ずっと気になっている。
自分の会社でもやったことがない。

反対によく耳にした言葉が「ノーワーク、ノーペイ」だ。
働かないなら給料はないよ、と。

もちろんわかる。
一人のうのうと「何もしていない穀潰し」は責められるだろう。
けれどそれだけなのかなぁ、とどこかで思っていた。

いろんな理由で「働かない人」とか「働けない人」とか「実は働くためにいろいろ考えている人」とか「働き方そのものを考え直している人」とか「あえて働かない人」とか。
もういろいろ考えている人っているような気がする。

だから「働かざるもの食うべからず」の原則を厳密に適用し過ぎるのも、ちょっと抵抗を感じる。

何か"正反対なのじゃないか"という疑問があるんです。

『もしベーシックインカムの世界が実現して、自分たちは毎月20万円を無条件でもらったら。』
自分は何をしているだろう。
案外、毎日仕事をしていないだろうか。
案外、今までの仕事以上に奉仕活動などをしていないだろうか。

これまでは「売上と経費」という採算を第一に考えて行動してきたけれど、そういう基準が変わるかもしれない。

衣食住から切り離された人々は、何を基準に行動するのか。
ひょっとして現代の最大の論点かもしれないと思う。

サボって何もしない人もいる反面、「どんどん社会的なことをする人も出てくる」と自分は思う。
「そっち」の世界を試してみるチャレンジはとっても大きな意味があると思うし、ぜひ見てみたいものだ。

毎月約20万円差し上げます あなたなら何に使う? 米の社会実験

宮地ゆう

2016年7月19日17時00分

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 サンフランシスコ市の湾を挟んで対岸にあるオークランド市で、近く、聞いたこともないような社会実験が始まろうとしている。スタートアップを育てている有名ベンチャーキャピタル(VC)でもある「Yコンビネーター(YC)」によるある試み。富裕層が増える一方で、だれもがある日突然仕事を失い、住む場所も失いかねないという厳しい環境のシリコンバレー。こんな社会のあり方に疑問を持つ人たちが出てきた。

 サンフランシスコ市内のYCのオフィスで、プロジェクトを担当しているYCのマット・クリシロフさん(24)に会った。まだ詳細は変わる可能性があるとクリシロフさんは言いながら、こんな概要を話してくれた。

 「オークランド市の協力を得て、市内のあらゆる所得層・人種・職業の約100人を選び、毎月1500〜2千ドル(16万5千〜22万円)を無条件に渡す。これによって最低限の生活を保障し、その人たちがどのような経済行動をとるのか、1年にわたって追跡する計画です」

 幸運にも実験対象に選ばれた人は、そのお金を何に使っても構わない。二つの仕事を掛け持ちしている人は、一つだけの仕事で生活できるようになるかもしれない。もっといい仕事に就くための職業訓練に使ってもいい。すでに十分な収入がある人はただ貯蓄に回してもいいし、海外旅行に使ってもいい。

 1年間20万円近いお金が突然降ってくるという、聞いたこともないこのプロジェクトについてYCで話し合われるようになったのは、つい数カ月前のことという。考えたらすぐ実行に移すところがさすがのスピードだ。しかも、これはまだほんの試験段階。

 「1年のプロジェクトが終わったら、本実験に入ります。本格的な実験では、対象を1千人に広げて5年間追跡するつもりです」とクリシロフさん。このときはさすがに支給額を減らす予定だと言うが、それでも試験段階だけでも1億〜2億円のプロジェクトになることは間違いない。YCはこの実験のために、わざわざ専門家を雇った。有名大学の教授など数多くの応募があったという。

 いったい、これによって何をしようというのか。

 クリシロフさんは「YCは10年にわたって、できたばかりのスタートアップに投資してきた。同じように、テクノロジーによって得られる富を、どうやったら公平に分配できるかを考えてきた」という。

 もし、最低限の生活が保障されたら、人はどのような行動をとるのか。労働はどう変わり、人の生活の質はどう改善されるのか。この実験で得られた結果を公表して、政府自治体などが社会保障のあり方を考える上で役立ててもらう、という。ただ、「これは政策提言をするためのものではなく、あくまで、現金支給というあり方がいいのかどうかを含めて考えてもらいたい」と話す。

 YCが始めようとしている実験は、これまでにも「ベーシックインカム」や「ネガティブタックス」といった言い方で、いくつかの国でさまざまな形態で試みられたことがある。最近では、スイス国民投票もあった(スイスの場合は所得制限があったが、結果は7割以上の反対で否決)。支給の仕方にも様々なやり方があるが、当然に、財源をどうするかが、つねに大きな問題になってきた。通常は政府が税金を財源に支給するが、それを今回は一企業であるYCが全て支払おうというわけだ。

 「ここ(サンフランシスコ周辺)では、安定した雇用の確保が難しくなり、生活がどんどん不安定になってきていることを、皆が実感している。どうやったら手に職をつけたり、新しい仕事を探したりするのに最適な状態を整えられるかを考えている」という。

 YCの大胆な社会実験を、「金持ちのやること」と一蹴するのはたやすい。私も最初に聞いたときは「金持ちのVCは考えることが違う」と、思ったものだ。 そもそも、みながしょっちゅう引っ越しをしている大都市で、5年間何の条件もなくお金を渡し、1千人の生活の変化を追跡調査するのに、どれだけの費用と労力と時間がかかるか。そう考えただけで、いかに常識外れの社会実験かがわかるというもの。もちろん、会社のPRや、税金対策などの側面がまったくないかと考えると、そこまで単純な話でもないかもしれない。

 しかし、あちこちにホームレスがいるこの町で働く人たちにとって、この社会の構造や格差、社会保障のあり方は、「自分たちでも考えるべき問題」としてますます切実になりつつあるらしい。

 クリシロフさんが言うように、この実験はある方向へと政策提言をするためのものではない。ただ、お金をもらった人たちがどのような行動を取るのかを見ることで、社会保障のあり方などを考える材料にしてほしい、という。

 この社会実験がどんな結果をもたらすのか。そのとき、この町はどのように変化しているのか。注目が集まっている。(連載57)(宮地ゆう)

2016-08-02 挑戦者とそれ以外。

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三菱東京UFJ銀行とは編集


ワンタイムパスワードアプリの採用といい、はたまた国債入札資格返上といい、三菱UFJはまるで興行主に反旗を翻した「新団体旗揚げの先駆者」のようだ。

ネットの不正送金問題で、他行がいち早く「リアルタイム振込の禁止」などと防戦一方なのに対し、未開地の開拓者のような先導ぶりである。

さらにはスマホキャッシュカードに見立てて、スマホで現金を下せるようにするという。

多少、傷つく可能性があっても「ある程度の体力」があるのなら、挑戦しないと負けてしまう。
チャレンジするリスク、報われない可能性、その他もろもろの危険、そんなものを理由にして「挑戦を止めるという決断」は下しやすい。
マイナスが見えにくいからだ。

「向こう傷を恐れずに挑む」ということが意思決定できない組織はかなり危険な慢性病にかかっていると言えるのではないだろうか。

また三菱UFJがなぜ一人だけ「そういう挑戦者」になりえたのか、というのはこれから明らかになっていくことだと思う。
今起きていることの「なぜ」をよく覚えておきたいものだ。


スマホでATM引き出し、三菱UFJ銀が検討 大手銀で初

 三菱東京UFJ銀行が2018年をメドにスマートフォン(スマホ)をキャッシュカード代わりにしてATMから現金を引き出せるサービスを検討していることが26日分かった。同様のサービスはセブン銀行が17年春に実施する予定で、三菱UFJ銀が導入すれば大手行では初となる。専用のアプリを使えばカードより不正を防ぎやすくできるとみている。

 スマホ上でパスワードなどを入力してアプリを起動させ、ATMにかざす仕組みなどを検討している。ATMに新たな機能を付ける費用がかかるため、今後導入を慎重に判断する。

 また、今年9月にもスマホで口座を開設できるサービスを始める。運転免許証をカメラで撮影して本人確認をする仕組みなどを検討。自宅からでも24時間手続きが可能になり、利便性が向上する。スマホを使った口座開設は三井住友銀行が15年2月に専用のアプリを開発。りそな銀行も導入している。

2016-08-01 二度とない軌跡。

[]芸術ということ。 芸術ということ。を含むブックマーク 芸術ということ。のブックマークコメント

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昨日偶然「ライブの楽しみ」について触れた。
いつものことだけれど、芸術家の訃報に触れるたびに感じる喪失感はそれだ。
業績の一部分は映像や録音として今も多数残っているけれど、もう生の「ライブのあの人」に会うことはかなわない。

「一本の線」のように自分の道を歩んできた人たちだから、その線が途切れることに無上の寂しさを感じるのだろう。
一昨年、中型のホールで聴いたラフマニノフは忘れない。
D

中村紘子さん死去 72歳、ピアニスト
2016/7/29 0:47日本経済新聞 電子版

 戦後日本のクラシック界をけん引したピアニストの中村紘子(なかむら・ひろこ、本名=福田紘子=ふくだ・ひろこ)さんが26日午後10時25分、大腸がんのため死去した。72歳だった。連絡先はジャパン・アーツ広報宣伝部。お別れの会を行うが日取りなどは未定。喪主は夫で作家の庄司薫さん。

 小澤征爾さんらを輩出した桐朋学園の「子供のための音楽教室」で学び、早くから天才少女ピアニストとして注目を集めた。1959年に日本音楽コンクール第1位。翌60年にはNHK交響楽団の初の世界ツアーに同行するという華々しいデビューを飾った。

 その後、米ジュリアード音楽院に留学し、65年にショパン国際ピアノコンクールで入賞。芥川賞作家の庄司さんと結婚し、著書「チャイコフスキー・コンクール」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞するなど文筆家としても知られた。

デビュー50周年アルバムのレコーディングをする中村紘子さん(2009年5月、長野県軽井沢町
デビュー50周年アルバムのレコーディングをする中村紘子さん(2009年5月、長野県軽井沢町)
 紫綬褒章日本芸術院賞恩賜賞など受賞多数。ショパン・コンクールをはじめコンクールの審査員も数多く務めた。日本赤十字社などを通じたボランティア活動にも積極的に取り組んだ。

 2015年1月にがん治療のため活動中止を発表したが、その後復帰。休養をはさみながらも活動を続け、今年5月に兵庫県で行ったリサイタルが最後の公演となった。

 庄司さんは「誕生日(7月25日)をむかえる日も、このところみつけた、モーツァルトからラフマニノフまで、音色に新しい輝きを与える奏法を試すのだといって、興奮していました。ぼくも、それを聞きたいと熱望していました。残念です」とのコメントを出した。

2016-07-31 LIVEと記録。

[]残すより愉しみ。 残すより愉しみ。を含むブックマーク 残すより愉しみ。のブックマークコメント

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隅田川花火大会はずい分物々しい警備が敷かれていた。
事件が起こらなくて何よりだが、それにしても一段と「花火の瞬間」を撮っている人が多いことに驚いた。

今はにスマホで手軽に、高画質の写真や動画が撮れるから、ちょっと珍しいシーンはすぐに「保存して」となる。

けれど、「保存して後から何度も「鑑賞して」楽しみたい映像」と、
「その一瞬を楽しむ」ということは根本的に違う。

というかどんな記録も「生」にはかなわない。
デジカメで「あるシーン」の写真を撮っているというのは「そのライヴ経験の補完」だ。
その「保存映像」で、生のライブシーンを想起させるための。

記録メディアは決してライブを超えない。けれど記録は「記憶」では消えてしまうライブを永遠に残すということができる。

つまり、「そのライブを目いっぱい楽しむことができる」時には、あんまりスマホで撮影に一生懸命になることはない。
というより「ライブ」に接したのならその「ライブを目いっぱい感じること」に注力したほうがいいのに違いない。

この瞬間を残したい、というのは聴衆の素直な願いだけれど、それ以上に「その瞬間」って貴重なものだと思う。
むしろ「二度とは同じではないこの一瞬」を感じる気持ちが大事じゃないだろうか。

花火もライブも、目と耳で目一杯楽しみましょう。

さくらいさくらい 2016/07/31 04:01 その瞬間、をカメラを通して見るのはちともったいない気もしますよね。でも二度ないものを保存したくなる気持ちも捨てがたい。

2016-07-30 流れの力。

[]物流網の完成。 物流網の完成。を含むブックマーク 物流網の完成。のブックマークコメント

もう自動◯◯への流れが止まらない。
当初は荒唐無稽で、しかも「そもそもそんなに必要なの?」と思われたことが、一気にそのステージを押し上げて「別の舞台で実用化」されることってしばしば起こる。

洗濯機とか掃除機とかテレビとかの家電もそうだ。
莫大な設備や技術への投資に、果たして予めどれだれの勝算があったのか。

結構、自分たちって思っているよりもチャレンジャーなのかもしれない。

宅配便も、ドローンで運ぶとか言われているが、もう「物流が完全自動化」される日は近そうだ。

「そこ」に焦点が当たってしまっている感じがする。

自動運転車にせよ、ドローンにせよ、「各戸に個別の導線を引いて」しまえば、それが最も細い「物流ライン」になる。
電子メールはネット世界でいち早くそれを実現したが、リアル世界でも「それ」を制したらそれ以上の物流網はほとんど必要なくなるだろう。

物のやり取りが「リアルな物流網」に沿って「個別」にできるようになったところが物流革命の完成ではないだろうか。
3Dプリンターの今後もまだまだ伸び代がありそうだが、一足先に「既存の物流網の完成型」は実現するような気がしてきた。

ヤマトとDeNA、宅配便に自動運転技術 17年から実験
2016/7/20 20:29日本経済新聞 電子版
 ヤマト運輸ディー・エヌ・エー(DeNA)は20日、宅配便の配達に自動運転技術を活用する実験aを2017年に始めると発表した。自動運転を導入することで運転が苦手な女性や高齢者を配達員に雇用したり、夜や朝の宅配を増やしたりしやすくする。運転手の人手不足の解消を狙うとともに、消費者にとっても宅配便をより便利に使えるようにする。

共同プロジェクト「ロボネコヤマト」を発表し、記念写真に納まるディー・エヌ・エーの守安社長(左)とヤマト運輸の長尾社長(20日午後、東京都目黒区
共同プロジェクト「ロボネコヤマト」を発表し、記念写真に納まるディー・エヌ・エーの守安社長(左)とヤマト運輸の長尾社長(20日午後、東京都目黒区)

 両社が組んで自動運転機能を備えた専用車両を開発し、17年3月から1年間実験する。公道で自動走行できる国家戦略特区に指定された地域から実験場所を選ぶ。「ロボネコヤマト」の名称で自動運転車を使って宅配便の荷物を届ける。実験では安全確保のため人が乗り込み、配送ルートの一部で自動運転する。将来は完全無人化を目指す。

 消費者がスマートフォンスマホ)で時間と場所を指定すると、ヤマトの集配所から出発した自動運転車が指示に従って荷物を運ぶ。

 自動運転技術の導入によりトラックの運転が苦手な女性や高齢者を配達員に採用しやすくなる。人手を確保しにくい深夜や早朝でも機動的に配達できるようになる可能性がある。

 買い物代行サービスも実験する。ネットで注文を受け付け、自動運転車が複数の商店で商品をピックアップし、家庭まで届ける。実験では人が乗車するが、将来は無人車両に搭載した宅配ボックスに商店の従業員が品物を預け、配達されたら消費者が自ら取り出す方法を想定している。

 20日に都内で記者会見したヤマト運輸の長尾裕社長は「顧客が望むときに望む場所で望むモノが手に入れられる世界を実現する」と話した。

 ネット通販の普及でヤマトの宅配便取扱個数は15年度に約17億個と、10年前に比べ約5割増えた。だが荷物1個当たりの運賃下落や人件費の高騰で営業利益の水準は10年前とほぼ変わらない。自動運転の導入で配送コストを下げる狙いもある。

 DeNAは自動運転をゲームに次ぐ主力事業に育てる方針だ。2〜3月にロボット開発ベンチャーのZMP(東京・文京)と組み、神奈川県藤沢市で公道を走る自動運転タクシーの実験を実施。トヨタ自動車の車両にセンサーやレーダーを搭載した車両で買い物客を送迎した。

 自動運転車開発のベンチャー企業、仏イージーマイル社と提携し、8月から千葉市で無人運転バスの運行サービスも始める。DeNAの守安功社長は「自動運転が普及すると人の移動とモノの輸送が劇的に変わる」とみている。

 ただ自動運転による宅配を実現するためには課題も多い。法制度が整備されなければ公道での自動運転の導入は難しい。宅配便の需要が多い都市部は道路網が複雑で交通量も多く、高度な制御技術を開発することが必要になる。

2016-07-29 ハウツー身につかず。(2)

[]変わらない自分。 変わらない自分。を含むブックマーク 変わらない自分。のブックマークコメント

昨日「成功した人の体験や失敗談を聞いてもすぐに身につくものではない」という話を書いた。
自分の知る限りでも、非常に頭の回転が早く、驚くほど賢いのにどうも「地に足のつかないタイプの人」って割といる。

「どうすりゃいいの?」「これでいいか」というまあ言えば"各論"にばかり追われて、本質的に「そもそも何が発露か」とか「遠い将来にも相応しいこと」とかいう視点がまるでない。
賢い人の悲劇である。

いかにホワイトカラーなどと言っても仕事の原点は変わらない。
技術や知識が集まって先行してしまうと、「そっちの世界での議論」に長けて「自分はいっぱしの社会参加をしている」という気になるのだ。

過去の経験や失敗や、他人の成功談をいくら分析して知識を得ても「そこから自分の手で試行錯誤」しないでそれらが身につくことってないだろう。
「血肉にする」とはよく言ったものである。

借り物の知識を血肉の経験に。
できれば自分のものになる。


ほぼ日刊イトイ新聞
・「どういうところが、いちばん苦労しましたか?」
 という質問は、ほんとうに多い。
 ぼく自身も、いろんな場面で何度も訊かれてきたし、
 ぼくが人に訊いていることもあるだろう。
その質問には「あんがい、苦労してないんですよね」
 と答えてはいけないような雰囲気があって、
 とりあえず無難に「すっごく寒い場所だったんで」とか、
 「なかなか、これというかたちにならなくて」とか、
 それらしいことを言うことになる。
苦労したところを、あえて探せばいくらでもあるだろう。
 ただ、そこが重要だとは思えないのだ。
 なにかができあがったときに、
 「こんなのができた。見てくれ」という気持ちがある。
 わぁとか、ううとか、ひゃーとか言ってほしいのだ。
 いや、じっと黙りこくってしまう反応もうれしいかな。
 どちらにしても、見てほしい、味わってほしい。
 見えるように感じられるようにつくったものを、
 まずはたのしんでほしい、というのがいちばんだ。
 だけど、それより先に「どこが苦労だったか」という
 楽屋裏の話を訊きたがるパターンがとても多い。
なにか、ここだけの特別な情報を知りたいのかなぁ。
 たしかに、そういうものは商品価値がありそうだから。
 でも、ほんとはひょいっと口で言えるような情報は、
 それほどの価値なんかないよね。
 苦労している人、なにかで大変な思いをしている人、
 そういうものの話が、けっこう人は大好きなのかな。
 「ああしてへらへらしてるけど、実は苦労している」
 というと、なんだか認めてやりたくなるのかしらね。
 そういう意味では、「苦労してないです」と
 しれっと答えてしまうのは礼儀知らずということなのか。
なんて書きながら、ぼく自身はインタビュアーとして、
 どれくらい「苦労しましたか」を訊ねたかなぁと、
 思い起こしてみたのだけれど、たぶんすごく少ない。
 逆に相手が「苦労話」をしはじめたりすると、
 「あぁ、そりゃぁ大変でしたね」と流してしまいそうだ。
 たぶん見たいものが「苦労」じゃないからなんだろうね。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「苦労」を観賞したがると、なにかが見えなくなるよね。

2016-07-28 ハウツー身につかず。(1)

[]成功談に成功はなく。 成功談に成功はなく。を含むブックマーク 成功談に成功はなく。のブックマークコメント

ほぼ日より。

だけど、それより先に「どこが苦労だったか」という楽屋裏の話を訊きたがるパターンがとても多い。

自分の本棚を見ると、ビジネス書に次いで「成功の哲学」とか「〇〇の戦略」とかいうのが多い。
その人の本棚を眺めると人柄がわかる、というけれど(汗)、多分「どうやって苦労して、そして成功したの?」ということに自分は相当関心があるらしい。
そんなことを聞いてるよりもコツコツと努力しなさいよ、と我が身に言ってやりたいけれど。

失敗談も成功談も、どちらも聞いてみたいのが人情というものだ。

それにしても、これだけ多くの経験談を見聞きしても、それで自分が変わったな、という実感はほとんどない。
よく「一冊の読書で一つでも心に残ることがあれば良い」という風なことを聞くけれど、多くの経験を見聞きすることと「自分の行動が変わること」ということには大分距離がありそうだ。

しかも伝聞した経験と全く同じもの、って多分ほとんどないから「反対を押し切り、徹底的に耐え抜いて続けた」というような一節も、それだけ聞いて自分になぞらえるというというのは無茶なことである。

で結論。

結局そうした経験談的な話は、細部でなくその人の思想とか哲学とか美学とか信心とか、そういう「人格の核心」のようなものに収斂されてくる。

つまり成功談とか失敗談とか「具体的なもの」はどんどん抽象化され、本質を問われ、結局「ビジネスとか生きる上での心情」みたいな話になってくる。
松下翁の遺訓、とか盛田昭夫の残した言葉、とか、結局そうした精神的なところに帰ってくるのだ、ということが最近わかってきた。
実社会で拙速に適用できるハウツー、なんてほとんどないのでした、というお話でした。

ほぼ日刊イトイ新聞

・「どういうところが、いちばん苦労しましたか?」
 という質問は、ほんとうに多い。
 ぼく自身も、いろんな場面で何度も訊かれてきたし、
 ぼくが人に訊いていることもあるだろう。
その質問には「あんがい、苦労してないんですよね」
 と答えてはいけないような雰囲気があって、
 とりあえず無難に「すっごく寒い場所だったんで」とか、
 「なかなか、これというかたちにならなくて」とか、
 それらしいことを言うことになる。
苦労したところを、あえて探せばいくらでもあるだろう。
 ただ、そこが重要だとは思えないのだ。
 なにかができあがったときに、
 「こんなのができた。見てくれ」という気持ちがある。
 わぁとか、ううとか、ひゃーとか言ってほしいのだ。
 いや、じっと黙りこくってしまう反応もうれしいかな。
 どちらにしても、見てほしい、味わってほしい。
 見えるように感じられるようにつくったものを、
 まずはたのしんでほしい、というのがいちばんだ。
 だけど、それより先に「どこが苦労だったか」という
 楽屋裏の話を訊きたがるパターンがとても多い。
なにか、ここだけの特別な情報を知りたいのかなぁ。
 たしかに、そういうものは商品価値がありそうだから。
 でも、ほんとはひょいっと口で言えるような情報は、
 それほどの価値なんかないよね。
 苦労している人、なにかで大変な思いをしている人、
 そういうものの話が、けっこう人は大好きなのかな。
 「ああしてへらへらしてるけど、実は苦労している」
 というと、なんだか認めてやりたくなるのかしらね。
 そういう意味では、「苦労してないです」と
 しれっと答えてしまうのは礼儀知らずということなのか。
なんて書きながら、ぼく自身はインタビュアーとして、
 どれくらい「苦労しましたか」を訊ねたかなぁと、
 思い起こしてみたのだけれど、たぶんすごく少ない。
 逆に相手が「苦労話」をしはじめたりすると、
 「あぁ、そりゃぁ大変でしたね」と流してしまいそうだ。
 たぶん見たいものが「苦労」じゃないからなんだろうね。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「苦労」を観賞したがると、なにかが見えなくなるよね。

2086x2086x 2016/07/28 00:49 最近ハマってます。おんもしろい。
有料でもいいくらいですが、有料にはしないでください。

2016-07-27 IT権力の運用。

[]監視の力。 監視の力。を含むブックマーク 監視の力。のブックマークコメント

f:id:why-newton:20160727002036j:image
NECが顔認証のAI監視システムを世界100都市に展開するという。

他方、警察関係に詳しい知人に聞いたら、交通網を自動車ナンバーで監視する「Nシステム」というのは、いつどのような時に「捜査に使われるのか」というのは明らかにされていないのだという。
裁判でも見解が分かれているらしい。

つまり「監視権力」というのは今はまだ運用が固まっていないということだ。

すでに建物の入り口で、顔認証で施錠や解鍵をするものは出てきているし、いずれこうした認証装置が巷に溢れる日は遠くないだろう。

そうなってくると一般市民としてはやはり「思想とか宗教」などの過ぎた監視が気にかかる。

少なくとも市民のデモなどの兆候とか集会の様子は、規制側に筒抜けになるだろう。
警察とか行政とか税務署とか、監視をする主体はいろんな機関や事業者になると思うが、IT化が進んで収斂するほどに「認識情報の使い方」は濫用すれば恐ろしいものになる。

こういったものが"閾値"を超えるのはその管理コストが、劇的に廉価になった時だ。
IoTってまさにそのことだと思う。

総センサー社会が、夢のものではなくなりつつあるから「負の力」についてもよく考えたいと思うのだ。


NEC社長、AI活用した監視システム「100都市に導入」

 NECの新野隆社長は21日、日本経済新聞の取材に応じ、「顔認証など人工知能(AI)を使った複合的な監視システムを数年以内に100都市に導入したい」と述べた。また、AIを活用したセキュリティーの新システムも年度内に発売する。同社はAI関連事業で2020年度までの5カ年で累計2500億円の売り上げを目指す。

 現在、アルゼンチンティグレ市やニュージーランドウェリントン市など4都市で導入している都市監視システムの導入を増やす。顔認証や行動検知のシステムで不審な動きを発見し、犯罪防止につなげる。行動検知はAIが犯罪のパターンを学習するため、「導入都市が増えれば増えるほど精度が高まる」(新野社長)。実際にティグレ市ではシステム導入後、車両の盗難が80%減ったという。

 AIを活用した自己学習型のサイバー防御の新システムも年度内に発売する。企業や自治体などの導入を見込む。