藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

芸術と精神。


運慶展もあと三日ばかり。
運慶という人の仕事をまとめてみたことはなかった。
東大寺の力士像とかポツポツ見たことのある木像たちが一堂に集まっているのは圧巻でした。
運慶さんご本人でもこれだけ自作が集まっているのは見なかったのじゃないだろうか。

小型の四天王像とかも精緻で見ごたえがあったが、等身大を超えた僧像や仏像の迫力はすごい。
また美術館の凝ったライティングの妙もあってその怖いこと。

江戸のはるか昔、800年も前にこの像たちが居た世界を考えるとさらに畏怖の感覚は増す。
夜になれば蠟燭の灯しかないお寺でこんな仏に会えば、感じる霊験はただ者ではなかっただろう。

写真ではなく実物に触れてみて「そのものがあった世界」を想像すacるのは実に面白いことだとこの度知った。
今でも偉い人の像というのはあるけれど、平安や鎌倉時代の為政者がこぞってこういうシンボルを作らせたのには、ちゃんとその時代の要請があったのだ、ということが感じられたのだ。

2mを越す僧侶の像が、時には笑い、時には怒り、時には諭しているように見えるのは何度見ても実に不思議だった。
こちらの精神状態のせいなのだと思う。