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2013-10-04 送骨パックの品位。

[][]宗教感覚とは。 宗教感覚とは。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク 宗教感覚とは。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント

インターネット仏堂、というのがあったのは知っているが、まもなく「納骨堂」も出てくる運命だったのだろう。
それにしても「遺骨を郵送できる」というコンセプトに裁判所が「国民の宗教感覚に一致しない」と不許可処分を出していたという話。
裁判所もご苦労だが、それにしても「国民の宗教感覚」とはどのようなものか、一度大手のビジネス誌も特集してみては堂だろうか。

まずリストラとか介護とか貧困とかいう話題が取り上げられているが、流行の孤独死の後には「葬儀」とか「納骨」が待っている。
ついに核家族の時代が終焉を迎え、最後の行き場であるお墓の存在が問われているのではないだろうか。

これまでの世帯数を維持し、「世帯の数だけお墓がある」という状態の維持は困難な時代になっている。
インターネット納骨堂は、そうした時代背景から出てきた必然なのだと思うのである。

もう高齢化する親族、血縁者たちの遺骨を管理しきれない・・・

そうした声はもうかなり一般化しているのだろう。
というかこれからはもっと強くなってくるに違いないと思う。
「送骨バック」で遺骨を送り、「年間5.5万円」で墓守をして貰う。
そしていずれは「墓の統合」がなされて、合理的な「新しい先祖のお参り流儀」が出来てくるのに違いない。

こうした話題も、人口縮小、経済縮小の最先端を行く日本らしい話題ではないかと思う。
いろんなところで新しいことを考え、試行してゆきたいと思う。

遺骨を郵送「送骨パック」に裁判所は…

インターネットで納骨者を募り、遺骨を郵送できるなどと簡便さをうたった「納骨堂」の経営について、愛媛県伊予市が許可しなかったのは不当として、同市内の寺院が不許可処分取り消しを求めた訴訟判決が25日、松山地裁であった。


森実将人裁判長は「商業主義的な印象を与え、国民の宗教感情に反するとした市の判断は不合理とは言えない」として、原告の請求を棄却した。

判決では、寺側は、敷地内に骨つぼの収蔵や埋葬ができるコンクリート製の納骨堂を設け、インターネットの広告で「全国から送れる『永久供養堂』」「送骨パック利用 納骨供養5・5万円」と利用者を募集。2011年4月、同市に納骨堂経営の許可を申請した。

市は同年12月、全国から利用者を募集し、郵送で遺骨を受け取るという仕組みなどが「国民の宗教感覚に合致しない」などと不許可処分を出していた。

森実裁判長は判決で、簡便さや低価格を強調した運営について「広く一般的に利用されている形態とはいえず、商業主義的な印象を与えることは否定できない」と指摘。許可がないまま利用者の募集を開始した点も「運営管理の健全性に疑念を生じさせる」とした。

寺院の住職(52)は取材に「社会的弱者を救済しようという思いだったので、まさかという気持ち。時代遅れな判決だ」と話した。

同市市民生活課の担当者は「地域住民の感情に配慮したいと主張してきたことをおおむね認めてもらった」と話した。

(2013年9月27日13時36分 読売新聞

いいね!いいね! 2013/10/04 16:29 送骨パック。いいね!

2013-09-04 持ち家神話。

[]ライフスタイルの移行期 ライフスタイルの移行期 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク ライフスタイルの移行期 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント

三十年ほど前は、マンションや戸建ての価格は年収の五倍、などと言われていたが、都心は「十倍の時代」だという。

そう聞くと、何やら景気が良いのか、格差が広がっているのか、などと思ってしまうが、
不動産業界の友人に聞くと、高価格なのは新築の豪華なマンションが多く、一方少し古いが値頃な物件も多いのだという。
何のこともない、「皆が欲しいものが高騰しているだけ」であり、そうした"ブーム"に乗らなければ、都会でも快適に暮らす術はあるのである。
(もっとも都会から離れる、ということを考えればもっと選択肢はあるけれど)

それにしても年収の10倍、というのは税引き前の収入のことだから、実際の手取り収入から考えると13-15倍、くらいの現金が必要なわけで、人が社会で働くのは大体四十年くらいだから、生涯年収の1/3以上をかけて住み処を手に入れる、という風に考えると誠に遠大な話であるし、またリタイアしてから平均でも20年以上も年金暮らしが待っていることを考えると、どうも人生設計をやり直さないと帳尻が合わないようである。

あと十年もすれば、いわゆる団塊世代、の高齢化が一斉に進む。
そうすると「持ち家・年金暮らし」という今の常識が変わり、新しいライフスタイルへと移行するのに違いない。
古い価値観にしがみ付くのではなくそういう新しいことを模索して行きたいものである。

東京新築マンションサラリーマン年収のほぼ10倍
新築マンションの年収倍率の推移
 【杉原里美】東京都内の新築マンションの価格は、都内在住サラリーマンの年収のほぼ10年分――。不動産調査会社の東京カンテイが行っている調査で、2012年はそんな結果が出た。13年は10倍を超える勢いで、いっそう手が届きにくくなりそうだという。
 同社は03年以降、マンションの「買いやすさ」を都道府県別に分析している。その年に売り出されたマンションの70平方メートルあたりの分譲価格を求め、それが地元に住み、会社などに勤めている人の平均年収の何倍にあたるかという「年収倍率」を割り出している。
 調査の結果、12年の東京のマンション価格は6028万円、勤め人の平均年収は613万円で、年収倍率は9・84倍だった。東京の不動産価格が高騰した「ミニバブル」直後で、リーマン・ショックの影響で勤め人の年収が下がった09年の10・02倍に近づいた。
 背景には、都心部高所得者向けの「億ション」などが増える一方、勤め人の所得は横ばいか下がっている状況があるという。
 中古マンションの年収倍率は7・24倍で、11年(7・35倍)より下がった。だが、高橋雅之研究員は「新築に手が届かない人が、都心により近いエリアの中古に目を向けて購入する動きがある。すでに東京の中古価格も底を打ち、上がってきている」と話す。
 近畿圏では、京都府の新築マンションが9・55倍と突出している。大阪府は価格が下がっているため6・91倍となり、全体としては7・35倍で11年の7・55倍より「買いやすく」なった。ただ、近畿圏や中部圏でも、郊外より中心部での供給が増えている。1、2年遅れで東京と同じ現象が波及すると予想され、今後も年収倍率は下がりにくいという。

格差情状酌量格差情状酌量 2013/09/04 10:44 年収の十倍、なんてトンでもない額ですよね!ムリ。

悩みの年頃悩みの年頃 2013/09/04 11:40 持ち家は東京圏じゃ無理だし、けど年金じゃ家賃とか払えませんし、八方塞がりですー

2013-02-02 イメージの限界。

[]映像と技術。 映像と技術。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク 映像と技術。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント

かつては、芸術家の「やりたいこと」に対してhow toである「技術や方法」が追いついていなかった。
コンピューターの出現はそうした関係に「モノ申した」と言えると思う。

つまり、作家たちが表現したいことを、ある部分「完全にクリアーしてしまった」のである。
そうすると今度は「作る側の危機」になってくる。
http://youtu.be/Q-ShJQThQxw

アイデアは、どんどん安く、どんどん高度に「形にしやすく」なってきている。
ガレージを走るミニカーの群れは、ある意味これまでの「技術とイメージの集大成」と言ってもいいのだろう。

まだまだありそうな「この先の技術と芸術」はどのようにはってんするのだろうか。
芸術史としても、なかなか興味深いテーマである。

2012-03-15 実際の贅沢。

[]リアルな満足。 リアルな満足。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク リアルな満足。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント

若いころはお金がなく、「途方もない贅沢をしてみたら」などと妄想する。
それがどれほどのものか、またどれ程の富が必要なものか、実際にはまったく分からない。
リアリティがないから妄想なのだろう。
けれど、若さゆえ、そんな「突拍子もないことを想像すること」が閉そく感を感じる日常のガス抜きであり、またそれゆえ「得体の知れない希望」も未来に対して持てたのだと思う。

だから、今の二十代以下の世代に、ただただ現実の数字や事実だけを突き付け、「先代までのミステイクはともかく、これからの先進国には未来はない」などと宣うのは殺生というものだろう。
人間、身の丈以上の金銀や地域を支配したとて、実は「自分自身の満足」と比例していないのは歴史を見ても汲み取れる。
つまり「自分の価値観をどのレベルに見い出すか」という非常に高級なテーマに取り組まねばならない。
もう高度成長期の「ひたすら上を」という時代とは違うのだ、というに認識こそが何よりも重要なのだと思うのである。

満足の正体

自分が満たされていないと、つい「過分な支配」を求めてしまうのが我われである。
だから、少し立ち止まって考えてみる。
年金にしても、生活保護にしても、仕事にしても、出世や功名心の拡大にしても、自分たちは際限なく成長を約束し求め、また永遠に「それ」を追いかけ続けられるのだろうか。

そして我に返った日常には、もっともっと「ずっと平和」な気持ちが存在する。
週末を迎える、あるサラリーマンの詩(自分)である。

平日最後の金曜日。
ちょっとだけ。

春の夜長。
ちょっと温(ぬる)めのお風呂に浸かる。

なぜなら、長時間居続けるから。

ちょっとだけ仕事の本。
そして溜めていたマンガ。

ちょっとだけお風呂でいい音楽。(pc用ミニスピーカのちょっとだけいいやつと、スマホで)

ちょっとだけ発汗。

ちょっとだけ熱燗。

ちょっとだけ小説も。

ちょっとだけ週刊誌。
これで一週間分の「気にしたい平日」の帳尻を合わせる。

そして、ちょっとだけ冷たい缶ビール

これが最高の贅沢。


時間は有限である。
また学生、社会人、管理職、経営者、投資家、と皆それぞれにやらねばならないことも多い。
だから「時間の費やし方」というのは何にも勝る重要な概念である。
学生さんも、
社会人も、
管理職も、
経営職にある人も、

今一度「時間の後悔のない使い方」について考える機会を持つべきではないだろうか。
特に「後世の世代」に伝えたいものがある職種では、全く遅いこともなく。
そうした考えが、再び将来の日本を担ぎあげるのではないかと思うだ。

ぴんくばにーぴんくばにー 2012/03/15 12:10 熟女や人妻の逆援はもう古い!

いいですねーいいですねー 2012/03/15 12:57 あるサラリーマンの詩。しみじみ感があります。(笑)

2012-03-03 名器の定義。

[]本物の価値。 本物の価値。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク 本物の価値。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント


バイオリン。
ピアノや他の楽器に比し、「高級器」の突出が著しい。
ストラディバリウス、アマティ、ガルネリ。
イタリアで造られた「究極の楽器」の代名詞でもある。
これらを手にするために、家財を投げ売ったり、練習に血道をあげたりといった逸話は後を絶たない。

自分はバイオリンは初心者だが、それにしても「楽器の持つ個体差」についてバイオリンほど周囲の注目が集まる楽器も珍しいと思う。
そんな伝説の名器たちに、フランスのパリ大が発表をしたという。

楽器がよく見えないよう眼鏡をかけたうえで、18世紀に作られたストラディバリウスや、現代の最高級バイオリンなど計6丁を演奏してもらった。どれが一番いい音か尋ねたところ、安い現代のバイオリンの方が評価が高く、ストラディバリウスなどはむしろ評価が低かった。

これは、演奏者の問題が大きかったのではないだろうか? という疑問が拭えない。
多分、バイオリン初心者の自分がストラディバリウスを弾く機会を得たとて、おそらく「ギーギー」としか鳴らないのではないかと想像する。

あれほどの楽器であれば、相応のプロの中の「一握りの演奏家」を選ぶのではないだろうか。
知り合いのバイオリニストは、自分の持つ高級器をパートナーとして扱い、その様子は決して「バイオリンという道具」というレベルではない。
まるで夫婦のようである。

バイオリンとは、名器であればあるほど、その使い手を限定し、乗りこなすのには容易ならざる楽器なのではないかと推察する。
米チームの21人のバイオリニストがヘタだった、とは思わないが、品質試験のようにバイオリンを並べ、順番に弾き比べる、という方法と、"「その号と心中するも厭わず」と思っている執念の演奏家"との奏でる音の間には全く違う差があるのではないだろうか。

芸術というのはそのくらい、恐ろしいほどの細やかさや繊細さの組み上げるものではないかと思っている。
まだ真実への探求は続くのではないだろうか。

バイオリン名器の音色、現代モノと大差なし?
【ワシントン=山田哲朗】何億円もすることで有名なバイオリンの名器「ストラディバリウス」や「ガルネリ」は、現代のバイオリンと大差ないとする意外な実験結果を仏パリ大学の研究者らが3日、米科学アカデミー紀要で発表した。

 研究チームは、2010年、米インディアナ州で開かれた国際コンテストに集まった21人のバイオリニストに協力してもらい、楽器がよく見えないよう眼鏡をかけたうえで、18世紀に作られたストラディバリウスや、現代の最高級バイオリンなど計6丁を演奏してもらった。どれが一番いい音か尋ねたところ、安い現代のバイオリンの方が評価が高く、ストラディバリウスなどはむしろ評価が低かった。

 研究チームは「今後は、演奏者が楽器をどう評価しているかの研究に集中した方が得策」と、名器の歴史や値段が影響している可能性を指摘している。

(2012年1月4日10時56分 読売新聞

2012-01-15 受験と携帯。

[]価値観の移り変わり。 価値観の移り変わり。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク 価値観の移り変わり。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント

昨年、受験問題が携帯経由で流出した問題を受けて、各大学は対策に追われているという。
電源を切らせる、とか携帯をしまったカバンを離れた所に置く、とか実に大変である。

時にこの「携帯で外部に聞いて、回答できる内容の試験」というのはどうなのだろう。

計算力とか、ある程度の知識、はそりゃ"そこそこ"は欲しいだろうけれど、それはそれ。
「思考の技術力」を問うことは一方では必要かもしれないが、もうそろそろ「もう一方」の選考基準に移してはどうだろうか。


教育の世界も、経済界と同様「これまでの価値観のリセット」が求められているように思う。
日本的・高学歴の人がワールドワイドでなかなか活躍できない、という話はよく耳にする。
英語と日本語の使いこなし、ということも言われているが、原因は「オリジナリティを生みだす力」にあるようである。

受験再考。


知識集積型の今の日本の受験制度が100%否定されるべきかどうかはともかく。
(歴史とか、数学の解法とか、哲学とかについての一般教養は有ってよいと思う)

人柄とか、志とか、熱意とか、価値観とか、そんな「ソフトウェアを問う」という選考基準の入試に変わってもらいたい。

人柄や志は、携帯電話では決して回答を得られない。
そしてこうした受験基準の変更などという「戦術の変化」は、つまり「どのような戦略に基づくのか」ということに尽きる。

ここでも『組織(方法)は戦略に従う』のである。

将来、行政や政治、そして財界のトップに"どのような人物が相応しいか"という根本的なコンセプトを固めずして、受験や就職試験の基準など定まろうはずもない。
そういう」ごくごく当たり前の理屈」を、旧体制を踏襲している我われは問いなおすべきではないだろうか。
たかが受験の方法論と言うなかれ。
その根幹は、なかなか根深いものなのだ。

携帯は電源切りかばんに…センター試験不正対策
大学入試センター試験があす14日から始まり、入試シーズンが本格スタートする。

 京都大などの入試問題がインターネット質問掲示板に投稿された事件を受けて、各大学は監督体制の強化などで不正防止に臨む。

 大学入試センター(東京)では今年から、全科目の試験開始前に、受験生が持ち込んだ携帯電話など通信機器を机の上に出させ、電源を切ってかばんにしまわせる。受験案内には「試験中に携帯電話や電子辞書を使用」「カンニングをする」など禁止9項目を列挙。違反した場合は試験場から退場させ、試験結果を無効にするとの「警告」を強調する記述に改めた。

 各大学にも、試験中の巡視徹底や、死角が生まれない座席配置を要請。試験中に電話を手に持っている受験生を見つけた場合、監督者は周囲の受験生を動揺させないよう、事前に用意した警告文書を本人に示して注意する。同センターは「不正行為は割に合わないことを周知したい」と話す。

 京都大は2次試験で、監督者数を増やす。携帯電話の試験会場への持ち込みは「急病や災害時に必要になる場合がある」として認めるが、電話をしまったかばんを席から離れた通路などに置くことを徹底させる。

 早稲田や立教、同志社の各大学も、一般入試では試験場に入れる人数を減らしたり、監督者による巡視を強化したりする。早大では「約10万人が受験するため、携帯電話を一時預かるなどの体制は組めない」と、マンモス校の悩みを明かす。

(2012年1月13日 読売新聞

ケインジアンケインジアン 2012/01/15 19:16 組織は戦略に従う、ってなかなかいいフレーズですね。心に留まりました。

2011-10-08 愛の果て。

[]本当のこと。 本当のこと。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク 本当のこと。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント


スペインの富豪家、それも85歳の公爵夫人が、61歳の恋人と三度目の結婚をしたという。
ただ大富豪のこと、一筋縄では行かず、3600億の財産をすべて譲渡した後、年下の恋人と思いを遂げたという。
ポワロが出てきそうな話題だが、現実である。

日々、法律問題を取り扱う中にいると、そんな例に次々と遭遇する。
が、

夫人は式を前に地元誌で、「彼を愛している。彼も私を好きだと知り、女性として誇りを感じた」と喜びを爆発させた。

数千億の資産を持ち、46の貴族の称号よりも重いものはあるのだ。
自分たちは「そういうもの」は持ち合わせていないが、ゆえに"そういう気持ちが存在するのだ"ということは非常に勉強になる。

よく我われは「自分はそういう境遇にないから、そんな立場のことは想像できない」というようなことを口にする。

だが、人は気持で生きている。

さらに、人が最も大事にするのは「プライド」つまり「人としての尊厳」なのだろう。

この公爵夫人のような岐路に立って初めて顕在化するものだけれど、自分たちは「究極的には」そんなことを大事にする生き物なのだ、ということを覚えておきたい。
「富より、名誉より、愛」なのだ。

85歳公爵夫人、子供に全資産譲り3度目の結婚
【パリ=三井美奈】スペイン屈指の大富豪で名門貴族、アルバ公爵夫人のカイエターナさん(85)が5日、推定35億ユーロ(約3600億円)の資産をすべて子供に譲り、恋人の公務員アルフォンソ・ディエスさん(61)と南部セビリアの古城で念願の結婚式を挙げた。

夫人はアルバ公爵家の現当主。結婚は3度目で、2人の前夫とは死別した。ディエスさんとは3年前から交際していたが、子供ら6人が「結婚はカネ目当て。歴史的名家にふさわしくない」と大反対。恋の行方を国中が注目する中、夫人は全財産を生前相続することで家族の合意を得た。財産にはゴヤ、ベラスケスの名画などが含まれている。

夫人は式を前に地元誌で、「彼を愛している。彼も私を好きだと知り、女性として誇りを感じた」と喜びを爆発させた。夫人は46の貴族の称号を持ち、ギネスブックで「保有称号数が世界最多」と認定されている。

2011年10月6日18時39分 読売新聞

なれのはてなれのはて 2011/10/08 13:22 あぁ〜そんな果てまで真剣交際してみたいですぅ〜〜。さみしー。(;O;)

2011-08-15 それでは何も変わらない。

[][]北京・日本軍性暴力パネル展。 北京・日本軍性暴力パネル展。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク 北京・日本軍性暴力パネル展。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント


旧日本軍による女性に対する性暴をテーマにした展示会が始まったという。
別に今日が終戦記念日だからいうわけでもない。

主催者は「両国間には歴史認識の違いがある。こうした交流を通じ、相互理解を深め、共通認識を増やしたい」

会に見に行ったわけでもなく、ただ本当に「相互理解」や「共通認識」が醸成できるだろうか。
というか、いわずもがな。
中国は、ここ最近バブルが弾け出し、中央政府はその体制維持に躍起だという。
古くからの手法で「外的ありき」を演出して、国内統治の求心力にしようというのは、分かる。
けれど「お為ごかし」はいつまで経っても本物にはならない。
いくら自国の統治のためとはいえ、こんな瑣末な「穴探し」をしていては、真の友好など生まれない。
いい加減に本筋の議論に立ち返ってもらいたいものである。

外交の本音。

同様の意味で「国債外交」というのも非常に胡散臭い。
というかもどかしい。
あまりにも「マス」の動きに配慮するから、本来「悪いことは悪い」とか「あなたのここが気に入らないから、断る」ということが言いにくい。
本音を出さない京都人が近所づきあいをしているような居心地の悪さが、国債関係にも常態化しているように思う。

あの人の付き合い方は違う。

と言われる人は、日常の中にいる。
そして、我われは「そのような人」にリードされ、ある種の価値観のようなものに導かれつつ、「付き合い方の姿勢」のようなものを学んだりするものである。
最初は国債外交で、何と言われようともそうした「確固たる姿勢」を示すことは、日本には無理なのだろうか。
とつくづく思う。
いつも言われっぱなしでヘラヘラしているのは、ある意味やさしさでもあると思うけれど、どこかで"芯"のあるところを意思表示せねば、本当に「おとぼけ野郎」だと思われてしまう。
そんな国には国民も愛想を尽かすだろう。
国として、外交の芯はぜひとも貫いてもらいたいものである。

「日本軍性暴力パネル展」始まる 北京郊外で日中共催
北京市郊外の中国人民抗日戦争記念館で14日、旧日本軍による女性に対する性暴力をテーマにした「日本軍性暴力パネル展」が日本の市民団体と同記念館の共催で始まった。中国やアジア各国の被害女性の状況などを100枚以上のパネルで説明する内容。11月までの開催を予定している。

主催者は「両国間には歴史認識の違いがある。こうした交流を通じ、相互理解を深め、共通認識を増やしたい」(同記念館)とする。この日の開幕式には中国の被害女性らも駆けつけ、山西省の劉面換さん(84)は「日本軍に銃で殴られ、今も左手が不自由だ」などと訴えた。(北京=古谷浩一)

ニールセンニールセン 2011/08/15 12:10 オバマの支持率も40%を割りました。

2011-08-07 さらば人間洗濯機。

[]価値観の洗練。 価値観の洗練。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク 価値観の洗練。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント

白物の三洋電機が中国企業に売却され、アメリカ国債が初の格下げ。
一つ一つ何かが動いている。
三洋の象徴でもあった洗濯機事業を懐かしむ。


今四十歳以下の人は知らぬだろう"人間洗濯機"。
70'の大阪万博の象徴的な出し物だった。
小学生になったばかりの自分はその「未来の洗濯機」を見て、ボーっとし「そうか。未来はこんなこともできるのか」といつか訪れるだろう未来都市を夢想していた。

『繁栄は永遠に続くのだ』と誰もが信じていた、正に次世代の象徴だったのだ。

そんな風に未来を想像していた自分は、今の2011年と比べてなんと大きな差があるのだろう。
たかか40年前には、これほどのリアルな豊かさは想像もできなかったが、さらに「その繁栄に限りがある」ということは予見せず。
つくづく「心の渇望」は「その先をイメージする目を奪う」ものであると思う。
中国の友人と、これからの経済発展の話で「中国のイケイケぶりは行き過ぎではないのか」と問うたら、彼はニヤリと笑い、親指を立てて「我われは、これからですよ」と真顔で答えたことを思い出す。そして「いつかは日本も追い越すでしょう」とも。

これも経験曲線だけれど、あまり物欲を膨らませ、過剰に物質文明を追っても実は「せん無い」ということは、日本でも多くの人が感じ始めている。
今の若者(20歳以下)は、そんな新しい価値観を「地で行く」世代になるだろう。
彼ら以降は、そんな「せん無い価値観」のそのまた先に、何か新しい指標を形成してゆくだろうと思う。
そういうまだ見えぬ、なにかぼんやりしているが「徐々に固まってくるもの」こそが文化なのである。
新しい価値観は、もうすでに生まれ始めているのだろう。

さらば人間洗濯機 中国企業に売却の三洋洗濯機、歴代名機をプレイバック!
戦後日本の家庭電化の原動力のひとつといわれた三洋電機の洗濯機が来年春にも国内から姿を消す。親会社のパナソニックが重複事業の解消を目的に、三洋の冷蔵庫・洗濯機など白物家電事業の大半を中国家電大手、海爾(ハイアール)集団に売却することを決めたためだ。主婦など女性の絶大な信頼を得てきた「サンヨー」の洗濯機だが、パナソニックへの完全子会社化で、その役目を終えることになる。

「(女性は)3年で象1頭分の重さの洗濯物をゴシゴシ洗っている。この重労働を機械がすれば、きっと歓迎される」

洗濯板とタライを使うのが一般的だった洗濯事情を改善するべく、三洋電機の創業者、井植歳男社長は洗濯機市場への参入を決意した。今から半世紀以上も前のことだ。

社長室を水浸しにしながら開発をすすめ、昭和28年に日本最初の「噴流式洗濯機」(SW−53)を発売した。これが三洋初の白物家電でもあった。

評論家の大宅壮一氏はこの洗濯機の登場で「家庭電化が始まった」と述べ、同年を「電化元年」と表現した。家庭への電化製品の本格普及が始まった瞬間だ。

SW−53の価格は2万8500円と、それまで主流だった丸形攪拌(かくはん)式洗濯機の半額。「早い、簡単、便利な洗濯」をテーマに爆発的な売り上げを記録し、発売の翌年7月には月産1万台を突破して、トップシェア(占有率)を獲得した。

その後、高度経済成長期とともに日本人の生活水準も向上し、昭和35年には洗濯機の販売数が150万台を突破。同年には日本初という脱水乾燥機付き洗濯機(二槽式)を、41年には全自動洗濯乾燥機など、次々と新機軸商品を世に送り出し、「サンヨー」は洗濯機市場を牽引(けんいん)してきた。

昭和45年、三洋の洗濯機の中で最も話題となったともいえる製品が日本万国博覧会(大阪万博)で発表された。「人間洗濯機・ウルトラソニックバス」だ。

未来志向の独特なフォルムと、カプセル内に座っているだけで清潔になり、超音波とマッサージボールによって美容健康の効果もある「全自動バス」とのふれこみで話題を集め、モデルの“入浴シーン”には来場客が殺到した。この技術は実際に商品に反映され、同社の介護用入浴装置にもつながっている。

三洋の洗濯機は、その後も節水や時間短縮、振動抑制などニーズに合わせた改良を重ねた商品を開発、平成13年に「電解水で洗剤を使わずに汚れが落ちる」という夢の洗濯機「ひまわり」を発表。18年には水を使わずに除菌・消臭ができるドラム式洗濯乾燥機「アクア」を発売、今でも高い支持を得ている。

アクアは、すすぎ水をオゾン水に変化させて皮脂汚れを分解する「オゾンすすぎ」や、洗濯機本体で水を循環・浄化させて再利用できる「アクアループ」など三洋が長年蓄積してきた技術が生かされている。

創業者の熱い思いを受け継ぎ、半世紀以上にわたって先進的な洗濯機を開発し続け、日本の家事を軽減してきた「サンヨー」。しかし、家電業界での生き残りをかけ、パナソニックの子会社となった今、その姿は消える運命にある。

釣られました。釣られました。 2011/08/07 12:40 あの人間洗濯機が三洋製だったとは知りませんでした。本当に懐かしい。でそれが無くなるのも郷愁を感じます。いい記事でした。

2011-08-03 気付かぬ変化。

[]マーケットトレンド。 マーケットトレンド。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク マーケットトレンド。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント



あまり人ごみに出かけるのは好きではないのだが、驚いた。
先週末、秋葉の量販店にて。


ザッ…と「どの階が混んでいるか」とか場内のアナウンスが「何をガナリたてているか」ということを観察すれば、今何が注目されていくかがつぶさに分かる。
薄型テレビでも、3Dテレビでもない。
i-Padでもない、イーモバイルでもない。
それは"スマホ"だった。
とにかく、これほど契約する人がいるのか、というくらい、申込カウンターは引きも切らない。
並んでいる人の中を見ると、案外年配の方も多く、スマートフォンに機種変更というよりも、新規申し込みの人も多いようである。
また機種も多い。
一時のモーターブームの時に、次々と繰り出され、またモデルチェンジが施された車たちのように、それぞれのキャリア別に、また機種別に、
旧モデルと新モデルのチョイス、
そして旧モデルの在庫確認に、新モデルの在庫確認、
そして「新モデルの予約受付」へとユーザーは押し寄せる。
さらにそれぞれの性能や特徴についての質問。
値段についての質問。
通話料金についての質問。
互換性についての質問。


あっという間に携帯電話は「かつての車以上」の日用高級品になってしまったのだ。

それはこれまでの"携帯ブーム"とは一線を画した「底上げ」を予感させる。

それを確信したのは、ほかでもない。
ついにユビキタスが到来している。

周辺機器の厚さ。

カウンターに並ぶ、あるいは順番待ちをする年配の人たち(といっても六十過ぎくらいまでだが)を横目に眺め、自分のスマホの充電器などを探していて、驚いた後のこと。
"アクセサリーコーナー"はえらい騒ぎになっていた。
まだ土曜日の午前十時のことである。

先の「新規契約・機種変更者カウンター」はいわば「エントリー部分の人が居並ぶ関門」である。
そうしてどんどん契約した人たちが、「周辺機器部門」にはいた。
この人たちは、契約の時だけじゃなく、これからもずっと「スマホユーザー」である。
例えば、日本特有(海外では見たことがない)の「携帯電話カバー」。
そして、ジャラジャラと「携帯ストラップ」。
さらに「専用充電器」とか「ワイヤレスイヤホン」、「覗き見防止フィルター」「専用外部スピーカ」などなど。
携帯ライフ、を楽しむためのあらゆるものが集積していた。
もう携帯は日常の「愉しみの一つ」になっている。
そして、だからそこに群がる異常な数の人々。
それこそ老若男女、みなが「携帯ライフの住民」であることを見せつけられた思いがした。

ごく地味な白髪頭のオジサンやおばさんが、手に「携帯電話のカバーとか、デコレーショシール」とかを幾つも籠に入れて品定めしているのであるから、一昔前ならおばさんが若い子の服を自分用に買っているようなもので奇妙な感じである。

そして蛇足だが、その中でも、数ある日本・韓国製の新製品に比して、圧倒的に売り場のシェアを取っているのが"i-Phone"である。
なんとi-Phoneは外付けのカバーだけで実に3000種類がそろっているという。
シリコンでできたものとか、ポリカーボネイトとか、ハイブリッドとか防水とか、ワンピースバージョンとか。(ほし)
これがAppleの"熱狂"なのだなと思い知る。
その集積度は、他者の製品ごとの熱の入れようが「一か所」に集まっているようだった。
売り場は「i-Phone 対 他社スマホすべて」といった様相である。


ともかく。
スマホは国民的ブームなのだ。と思いつつ。
自分も必要かどうか今ひとつ確信のない「ブルートゥース対応イヤホンマイク」なるものを買ってしまって帰宅した。


市民の買い物は世相を映す、は小売りの金言だが、たまには量販店に出かけて、周囲の様子をウォッチしてみるのも悪くない。

そういえば。
帰る道すがら、店内を怒声むなしく「ただいまから、P社とS社の3Dテレビの実演販売を行います!!どうぞお集まりください」と連呼するアナウンスと、当該のテレビ売り場のまばらな客足が印象的だった。
「テレビ」は「携帯性」には敵わなかったのだろう。

ジョブズジョブズ 2011/08/03 08:30 スマートフォンという概念が、結果優れていたということなのかもしれませんね。仰るように、市場を席巻するとはさすがのdocomoでも予想していなかったのでしょう。これからもAppleがトッププロダクターでいられるかは分かりませんが、一つの結果が出たということだと思います。コラムみたいでなかなか面白かったです。

わたしもわたしも 2011/08/03 10:18 スマホ、本当に増えましたよね。私の周囲でも
画面をシュッシュッてやる人が目立ちます。(笑)

のりかえのりかえ 2011/08/03 13:59 最後の主役はやはりスマホですかね?ITの真の勝利者は家電だと言う人もいますが。

リトビアリトビア 2011/08/03 20:56 ラトビア、エストニア。

2011-07-11 流行りの構造

[][]新浪微博。 新浪微博。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク 新浪微博。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント


中国ヒット商品ベスト25、の記事。
日本のヒット商品を「あまり見る気がしなく」なって久しい。
民放の番組を見るような、どこかもう"あざとい"ばかりの商品ラインを見ていると、いささかうんざりするのは自分だけではあるまい、と思う。
ところが中国の流行を見ていて驚いた。
日本と酷似しているのである。
というかほとんど「同じもの」が流行していると言ってもいいだろう。
1位は中国版twitter。
2位はi-Phone。
3位は共同購入サイト。
以下豆乳の自作マシンやコラーゲン、一人鍋チェーン、婚活サイトに街角割引クーポン、低価格ワインにアロマテラピーと続く。
内容だけを見れば、中国の流行なのか日本のそれなのかは判別できなかっただろう。

同研究所が行った生活実態調査では、ほとんどの20代が帰宅すると、まずパソコンを立ち上げ、ミニブログでつぶやき、チャットで会話を楽しみ、ネットでテレビ番組を見ていることが明らかになっている。


日本と同じである。
少し違うのは日本の最前線では、パソコンが「スマホ」に取って代わりつつあるくらいか。

実際、アップル製品を持つことはステータスで、スターバックスコーヒーでアップルのノートパソコンやiPadを操作することが若者にとって「最高のお洒落」で「自慢」となっている。

これまでは中国に行くと、中年以上の人たちが日本や、その先にある(経済大国の)象徴としてのアメリカへの羨望が強い、と感じたがもうそれも昔の話。
規制されている中国のネット社会でも「若者の価値観」が均質になり始めているのである。


ネットが文明に与える効果、というのはまだ大げさ過ぎて分からないが、こうした「日常の興味」を「世界的に均質化してゆく媒体」というのはこれまでに類を見ないだろうと思う。
facebookしかり、アノニマスしかり、これまでは「同時に繋がり、ある方向へと走り出す」ということなどなかった集団が瞬時に形成される、というのが今のネットの特徴になってきたようである。


中東ではそれが政権打倒の動力になっているし、またかの中国では暴動の引き金にもなっているというし、またその中で大きなビジネスを展開する人もいる。

地球上では異常気象が散見されるようになってきたが、ネット上でもこうした"ある意図を持って繋がる集団"は、時には暴風のように強い力となって対象をなぎ倒してしまう、ということも現在のネットユーザーが見ている現実なのである。

マスコミ、というものは実は「かなり作為的」だったり「かなり思想を帯びた」存在だったけれど、ネット上のこうした現象は本当の「マス」のコミュニケーションを引き起こし、集団の合意形成を可能にするのかもしれないとも思う。
ただそういう世の中になっても、またそこには「扇動者」が現れたり、「思想的リーダー」が登場して、また「指導者vs衆愚」のような構図になるのだろうか。
ということはリアルで起こっていることと特には変わらず、やっぱり「物事」を一つ一つよく考えながら行動してゆくのということのみが大事なのだろう、との結論に至った。


それにしても16位の「子供のしつけをする人形」とはどんなものだろうか。


中国ヒット商品ベスト25 1位は中国版ツイッター
 中国の消費動向を現地調査していた日経BPヒット総合研究所は、「2011年中国ヒット商品ベスト25」を発表した。売り上げの伸び、商品の新規性、生活への影響度などを評価ポイントにしてランキング化したもので、1位には「新浪微博」が選ばれた。

新浪微博はネットのミニブログサービスで、いわば中国版ツイッター。2009年8月にテストサービスを開始し、2011年4月時点で1億4000万人の登録ユーザーを集めている。中国のネットユーザーは4億7700万人といわれており、その中で大きなシェアを獲得しただけでなく、このミニブログを通じたクチコミからヒット商品が生まれるなど消費に与えた影響も大きかった。


2位は米アップルのiPhone、3位は中国版のネット共同購入サービス「団購」。1位の新浪微博と合わせてベスト3をネット関連の商品、サービスが占めており、中国が急速にネット社会化していることを物語っている。

同研究所が中国の20〜40代の消費者に対して行ったネットアンケート調査(回答者1829人)によると、「いつもパソコンをいじっている」と回答した人が、全体の75%に上っている。20代にしぼると80%を超えるという“ヘビーユーザーぶり”だ。同研究所が行った生活実態調査では、ほとんどの20代が帰宅すると、まずパソコンを立ち上げ、ミニブログでつぶやき、チャットで会話を楽しみ、ネットでテレビ番組を見ていることが明らかになっている。

2位となったiPhoneは中国の若者があこがれるスマートフォンだ。16GBモデルでも日本円にしたら6万円以上するために、月収2万〜3万円程度の中国の若者が簡単に買える商品ではない。しかも日本などのように通信契約と引き換えに本体価格が大きく割り引かれるわけでもない。それでもアップルストアでは短時間のうちに飛ぶように売れ、家電量販店では「売りたくても入荷がない」という状況となっている。実際、アップル製品を持つことはステータスで、スターバックスコーヒーでアップルのノートパソコンやiPadを操作することが若者にとって「最高のお洒落」で「自慢」となっている。またファストファッションのH&MやZARAで買い物をし、アップルストアに寄ることは若者のデートの定番だ。

3位の団購は、ネット好きで値引きやオマケに強く反応する中国の消費者にピタリとはまったサービス。とても利益が取れると思えない「キャンペーン価格」も多数登場するため、団購サイトをチェックするのが日課となっている消費者も多い。ブームでサイトが乱立しているため、団購サイトを比較するサービスまで登場している。安さも魅力だが、ゲーム感覚で団購を楽しんでいるようだ。


急速にネット社会化する一方で、パソコンなどハイテク機器からカラダを守る商品もヒットしている。21位の電磁波防止マタニティウェアがそれで、オフィスで仕事をするときや外出時に身に着ける女性が多い。「電磁波防止」はカラダに関連した商品のヒットのキーワードになっており、これまでも「電磁波防止に効く」としてサボテンが売れたり、あるブランドのスキンケアクリームが売れたりしている。こういった商品が売れるのはネットのクチコミがきっかけとなっていることが多く、ここでもネット社会の影響を見ることができる。

(日経BPヒット総合研究所 尾島和雄)

■2011年中国ヒット商品ベスト25
1位新浪微博…1億4000万ユーザーのミニブログ
2位iPhone…中国の若者があこがれるスマートフォン
3位団購…市場規模2500億円の共同購入サービス
4位喜羊羊与灰太狼…テレビ、映画、グッズで人気のアニメ
5位雲南白薬牙膏…3倍の値段の漢方薬入り歯磨き粉
6位LOCK&LOCK…におわない、漏れない食品保存容器
7位85度C…急拡大しているベーカリーチェーン
8位豆乳メーカー…豆乳を自宅で作るマシン
9位ミドルクラスSUV…価格が手ごろでメンツも立つ
10位コラーゲン…ドリンク、フェイスマスクが人気
11位呷哺呷哺…一人で食べる鍋料理チェーン
12位珍愛網…会員数3100万人の婚活サイト
13位歩歩高点読機…子供の勉強をサポートする機器
14位ハンガー掛け…時短効果で人気のアイロン
15位老酸○…豆腐のような食感のヨーグルト
16位MP3人形…子供のしつけをする人形
17位VELOカード…街角で入手する割引クーポンサービス
18位久久Y…鴨肉の燻製を出すファストフード
19位快楽檸檬…茶飲料チェーン
20位UGGブーツ…冬に流行したムートンブーツ
21位電磁波防止…安心・安全で売れる衣料
22位海底𢭐火鍋…サービスが売りの四川料理チェーン
23位五番街…日本ブランドを集めたショッピング街
24位ワイン&ワインセラー…価格低下でワインが大衆化
25位アロマ…ストレス増加で女性に人気
(日経BPヒット総合研究所『2011-2012中国ヒット商品現地徹底調査レポート』より)

(笑)(笑) 2011/07/11 11:02 新浪微博!!

堂々堂々 2011/07/11 16:43 i-Phone二位ってすごくないですか?さすが!

朝ヤン朝ヤン 2011/07/11 20:46 中国のベスト20、面白い!今の文化を反映していますね!

2011-07-09 自分の外の世界について

[]世界の子供たち。 世界の子供たち。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク 世界の子供たち。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント


GIGAZINE「世界各地で子供がどんな風に生活しているかが分かる13の子供部屋」より。
アメリカのジャーナリストChris Booth氏とJames Mollison氏の写真集『Where Children Sleep』からの記事である。
セネガル、パレスチナ、マンハッタン、カトマンズ、東京、ケンタッキー、ローマ、雲南、プノンペン、リオデジャネイロ、ケニア・・・


自分はあまり自発的には国内旅行もしないし、まして海外の文化はネットや本や映像で見聞きするばかりだが、定点的にこうして一望すると、世界の風俗や政治はこれほど違うのだ、ということに驚く。
また海外を頻繁に行き来する友人にこうしたリアルな「イスラム圏や、貧困国、政治的弾圧の肌感」について聞いても、やはり現地では「一外国人」であるらしく、驚くほどあっさりとしたコメントしか返ってこない。
よほど現地に密着した生活を経験しない限り、いくら海外を飛び回っても「本当のその国の姿」は見えてこないのだろうと思う。


経済学の先生方の立場からいうと、「宗教・民族紛争をなくすには"貧困"をなくすこと」というのが金科玉条のようだが、「それ」が果たされれば本当に平和につながるのか、そこには「さらなる奪い合いを生まぬ工夫」が必要なのでは、とも思う。


またこの13の部屋でも、象徴的に「狭いけどお気楽」な雰囲気漂う日本の子供部屋だが、そこには核家族化を超えて「超高齢化、超シングル化(離婚増と未婚増)社会」を予言するような気がするのは、自分の国だからだろうか。
ともかく、今の十代の若者にはこんな13の部屋があることを、ぜひ知っておいてもらいたいのである。

連載もの連載もの 2011/07/09 11:33 昨日までの岡田さんの記事、とても面白かったです。マネジメント、というと自分などにはピンとこないのですが、実務ではいろいろあるなぁと感心しました。またよい記事を取り上げてください。お待ちしております。

かむろかむろ 2011/07/09 17:54 欧米とそれ以外が対照的でとてもジャーナリスティックで感心しました。作者の意図やメッセージを感じますね。

杜子春杜子春 2011/07/09 19:13 確かにどんな風景を切り取るかで物語が変わってきますね。ジャーナリズムですな。

2011-07-01 結婚に意味を求めるか。

[]あなたの結婚の意味。 あなたの結婚の意味。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク あなたの結婚の意味。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント


結婚相手を選ぶ基準が分かりません、という質問。

このweb時代、結婚もこれまでではいられない、と添えられている。
ちょっと世知辛い話だろうか。

一方「結婚の条件」のような特集記事モノとか、結婚というイベントにのみ焦点を当てた出版物などもいまだ旺盛だと聞く。

<結婚に最も"重きを置く"人>
1.有る人は、結婚生活を24時間お互いを想って暮らし、もう自分の人生と伴侶の人生を同一化する、というイメージの結婚像をもっている。
最近は少ないとのこと。

<結婚は"共同生活の延長である"と思う人>
2.そしてもちろん有る人は、「一緒に暮らし、子をなす」ものの、「家族を作る」という常識的なイメージを中心に、お互いに認識の違うところ、は「その都度」話し合い、妥協し合って過ごしている。


<結婚は"契約的なものである"と思う人>
3.さらに、もっとドライに結婚を考える人は相手の経済力とか、家庭力?(家事をこなす程度とか)、相手の家柄とか家族関係なんかを「総合的に考慮」して、お相手を決めるという。


と。
ここまで読んで、なんとなく分かってきた。
このカテゴリー「3.の人」が冒頭のような疑問を持つのだろう。

『結婚は足し算と引き算を続ける行為である』と言っているように感じる。


結婚は計量できるか。

「そういう目」で見ると、結婚とか結婚生活というものを"後から計量してみる"ということは可能かもしれない。
「詮無いはなし」ではあるが、"どのくらいの生活程度だったか"ということは、現代の企業が通常実施している"CS(顧客満足度)調査"のような基準を設ければ、幾らでも分析は可能である。


既に日本では「婚姻する男女のうち1/3が離婚する」ということだから、むしろ積極的に「婚姻経験者のマインド調査」はなされるべきかもしれない。
(そして、その結果をぜひ若者に公開すべきである。なによりの後進へのメッセージではないだろうか。)


だが。
だがだが。
だからといって「自分が結婚する相手の条件」を予め設定してスクリーニングする、というのは如何にも味気なくないだろうか。
冒頭の質問の詳細はさらにリアルである。(くええ)

・相手の経済力
・相手の健康状態
・相手の親の扶養義務の有無
・相手の家系の病歴の詳細
・相手の家族との同居の有無
・相手の親族の職業
・相手の性的趣向
・相手の生活習慣(仕事・趣味・酒?)


そんな「詮無い」質問が並んでいる。
もっとも、といえばもっともか。
浪花節かもしれないが、決して婚姻というのは「そうした条件の一致」を定性的にした結果、満足な結果を得られるようなイベントではないように思うのだが、どうだろうか。
でも、相手の病歴も知らずに結婚することは無謀なのか。


ちょっと後を引く質問だった。

jamjanjamjan 2011/07/01 18:02 結婚相手をある程度「値踏み」するのは女子の本能みたいなものです。男性はそんなことないですか?

jamjanjamjan 2011/07/01 18:02 結婚相手をある程度「値踏み」するのは女子の本能みたいなものです。男性はそんなことないですか?

けっこんせいかつけっこんせいかつ 2011/07/01 22:32 夫婦ってそんな契約的なものですか?
お互いがいれば他に何もいらない・・・というのは幻想でしょうか。
倦怠期はいろいろあるのでしょうけど。

2011-06-26 Smoking can kill you

[]着地点をみよう。 着地点をみよう。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク 着地点をみよう。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント


この五十年いや百年でまったく常識が変わってしまったものに「タバコ」があるだろうと思う。
社会風俗の中で、相当浸透しながらも、今ほどの"嫌煙"になろうとは、医学の進歩と共に起きた現象とはいえ、自分くらいの年齢でも改めておどろいてしまう。
三十年前の世界では、女性も喫煙人口が増えており、男性も七割方が吸っていた。(もっと多かった感じもする)
これがさらに遡り昭和前半になると、(もう映画や写真でしか知る術もないが)職場でも、公共の場でもプカプカするのがごく当然な感じで、不思議なことに「タバコの煙を嫌がる人」というのはまず目にしない。
慣れの問題とはいえ、今とは隔世の感がある。


自分も長いことスモーカーだったが、(しかも当時から「タバコの発がん性」はきちんと認識されていたのに)こういう「価値観」が浸透するには軽く2〜30年もかかってしまうということだろう。
ひと箱500円、1000円になっても「私は吸います」という人を見ていると、なにやらポリシーを感じてしまうのは自分だけだろうか。


いつも行く居酒屋で唯一の悩みは、両サイドが"ウルトラ・スモーカー"になったとき。
年配の男性は、特に「強い」タバコを好むようで、まさに「紫煙」が流れて直撃してくると、あまり慣れがない分、かなりキツい。
そんなおじさま達にとっても、居酒屋はまさに"聖地化"していて、「もしこの店が禁煙になったら来ないぞ!」と戦闘意欲が高い。
お店側もタジタジである。


まだ色んな事情で発売禁止、には出来ないのかもしれないが、そう遠くない時期に「喫煙およびタバコ製造の禁止法案」のようなものが国会で提出され、施行されるのではないかと思う。
またそんな風に価値観を誘導してゆくのなら、今の義務教育の中で「Smoking can kill you」(will,とかshould,でもよいかな)をきちんと教え、「あるタイミング」でなくしてしまうような十年がかりの試みが必要なのではないだろうか。


二十年後には「そう」なっているのでは、と予想する。

それでも吸いますか 米、たばこパッケージに「過激警告」義務化
「Smoking can kill you」(たばこはあなたを殺すことができます)。米食品医薬品局(FDA)は21日、来年9月から米国内で販売されるすべてのたばこのパッケージに義務付けるデザインを発表した。胸に大きな手術痕のある遺体、喫煙で黒ずんだ肺…。ショッキングな写真や言葉で「脱たばこ」を呼びかけている。


デザインは9種類で、(1)たばこの煙はあなたの子供たちを傷付けることができます(2)たばこはがんの原因になります(3)妊娠中の喫煙はあなたの赤ちゃんを傷付けることができます(4)たばこはあなたを殺すことができます(5)たばこの煙は非喫煙者に致死的な肺疾患を引き起こします(6)今たばこをやめればあなたの健康への危険を大きく減らします−などと警告文が表示されている。


2009年に成立したたばこ規制法に基づく措置。たばこのパッケージは前面と背面の上半分に警告を表示することが義務付けられる。新聞広告などについては、上部の20%以上の面積を警告に振り向ける必要がある。

■年に600万人死亡

写真入りの警告は2000年にカナダで導入されて以降、既に40カ国以上で導入されている。

世界保健機関(WHO)は先月(5月)、喫煙に関連した今年の死者数が約600万人に達するとの予測を発表した。このうち約10%が非喫煙者とみられ、死者数は30年までに年間800万人に達する可能性があると警告している。

喫煙を原因とする病気による医療費の増大も無視できず、各国は喫煙者や喫煙量の減少に向けて対策を急いでいる。

オーストラリア政府はたばこの銘柄のロゴやイメージカラー、宣伝文句をパッケージから完全に除去する法案を公表。世界初の試みで最も厳しい反喫煙法と強調している。

ロイター通信によると、欧州連合(EU)や英国、カナダ、ニュージーランドでも同様の法律の施行が検討されている。


写真付きの警告について、米疾病対策センター(CDC)が14カ国を調査したところ、13カ国で25%を超える喫煙者が禁煙を考えるきっかけになったと答えた。カナダがん協会が01年に委託した調査でも44%が禁煙意欲が増したと答えている。

■肩身が狭い愛煙家

たばこ規制法に対してはメーカー側が反発し、見直しを求める裁判も起こされているが、愛煙家の居場所はますます狭くなりそうだ。

CDCによると、25州と首都ワシントンで職場、酒場、レストランでの禁煙を定めており、「このペースで進めば、20年には残りも禁煙化される」としている。

規制法案に署名したバラク・オバマ大統領は禁煙を宣言しては吸うことを繰り返していたが、今では完全に断っているという。

キャサリン・セベリウス厚生長官は6月21日の記者会見でこう語った。

「この警告は確かに気持ち悪い。しかし、われわれは喫煙が気持ち悪く、かっこ悪いことだと子供たちに知ってもらいたい。口腔(こうこう)がんになったり、赤ちゃんを病気にさせるのでは、全くお話にならない」

 (SANKEI EXPRESS)

らんらん 2011/06/26 00:48 すごい話題の広さですね。
私も愛煙家でしたが、良く分かります。
過去記事もとても楽しみにしております。

ラッパーラッパー 2011/06/26 15:57 もうスモーカー無理っすね。そろそろ潮時でしょう。

2011-06-24 ヴェニスの商人。

[]悪のみか。  悪のみか。  - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク 悪のみか。  - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント


臓器売買、というともう聞いただけで反射的に"悪"それも"極悪"を連想する一般市民は自分だけだろうか。
先日、江戸川区の医師が一千万円で自分用に腎臓を買おうとした、と摘発された。
間に暴力団関係者が関与していた、とあってはまあ"極悪"な事件としか聞こえないが、それにしても「需要と供給」のあっての話である。


いろんな法的解釈、ドナー制などの制度、倫理観が絡む問題だが、もうすこし柔軟に議論できないものだろうか。
依然として「移植」を心待ちにしながら、一向に順番が回ってこない患者の話は頻繁に耳にする、ということもある。
自由に売買を認めてしまうと、いわゆる「人身売買論」みたいな話にしかならないと思うが、「価格の完全管理」とか、臓器提供登録制度の具体的な推進(優遇措置)、とか色んなアプローチで推進すべきではないかと思う。


脳死の判定などにはまだ基準や方法に賛否が喧(かまびす)しいようだが、もっと手前の「ごくノーマルに亡くなった人」の扱いを、ぐっとドナー制度へ誘導することは可能だと思うのである。
エコロジーというと、途端に「不謹慎な!」とお叱りを受けそうだが、もう少し議論を深めてもよいのではないだろうか。


ぜひ提案していきたいと思う。


臓器売買容疑、医師逮捕へ 暴力団組員側に1000万円
腎不全を患った東京都江戸川区の男性医師(55)が1千万円を支払い、うその養子縁組をして腎移植のために腎臓を提供してもらおうとした疑いが強まったとして、警視庁は23日午前、医師とその妻(48)、仲介役で同葛飾区の暴力団組員の男(50)ら5人について、臓器移植法違反(臓器売買の禁止)と電磁的公正証書原本不実記録・同供用の疑いで逮捕状を請求した。同日中に逮捕する方針だ。

 日本での臓器売買をめぐっては、2006年に愛媛県の宇和島徳洲会病院で腎臓を提供した知人女性に現金を支払うなどしたとして、男女2人が逮捕、起訴された例がある。医師の関与が明らかになったのは初めてで、移植のあり方をめぐって信頼性を揺るがす事態になりそうだ。

 捜査関係者によると、この医師は院長として江戸川区でクリニックを経営。05年夏ごろに腎不全と診断され、人工透析を受けており、腎移植を望んでいたという。

勉強になります勉強になります 2011/06/24 14:43 今年になってから購読させていただいていますが今日のような記事はとってもためになります。大人の深いものの考えに触れられて有り難いです。

2011-06-22 能力のこと、要領のこと。

[][]今の成功、未来の成功。 今の成功、未来の成功。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク 今の成功、未来の成功。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント



コンピテンシーという言葉が使われ始めたのは自分が社会人になりたてのころだったか。
そして近ごろよく成功とは何だろうか、と考える。
当時は全てが「その当時の成功という価値観」にターゲットが絞られていたようだった。
今にして、それは「自分の価値観に沿った生き方」なのかなぁなどと思う。


ということは、日本のこれまでの高度成長期のように、かなり寡占的に多くの人が「より富を持つこと」イコール"成功"というのは、時代を映す現象であり、そして最近のように"低エネルギー"とか"エコ"とかが取り上げられるのは、やはり時代の流れなのである。


今でも「儲け主義」「守銭奴」などと言われる人は、まだそんな時代の価値観の変化に乗っていない、いや与していない人なわけで、別に謗られるようなことでもないと思う。


日本人は歴史的に統治が中央で支配されていたから、どうも価値観の多様化ということがあまり進まなかったのではないか。
類まれな「均質観」だけれど、それもそんな特殊な環境が作り出したあやなのだ。つまり

初めて、しかも最も近代の戦争において、これまた徹底的に敗戦する、という一大事が起こったので、その後に「全く均質な」国民的価値観が出来上がったのに違いない。


生来持っていた国民性、というものもあるのだろうが、いわゆる「一億総中流」とか「ベンチャーの出にくい性質」とか「ヒーロー不在(あるいはイチロー現象)」などの現象はそんな単なる「戦後現象」でしかなく、また国民が飢えることのほとんどなくなった現在以降、"これまでになかった価値観"が雨後のタケノコのように出てくるのではないだろうか。
日本人にオリジナリティーがないとは考えにくい、と思う。

価値観の多様化はこれから


一足先に経済成長を追わず、足るを知って自らの楽しみを「人間的な成長」「内面的な研鑽」にシフトしている人は、時代を先取りしている人であり、これからの我われのロールモデル(お手本)の一つである。


そんな「多様化する生活観」こそが、成熟した社会の結果であり、だからこそ「政治的」には"一意で統一しにくい"けれど、そういうバラバラな意見が個別に出始めて、「さらにそれらが集約されるところ」こそ本当の民主主義の出番なのではないだろうかと思う。


「課題先進国」と言われるようになった日本は、また民主主義の価値観においても「一番乗り」であり、一旦はサイレントマジョリティで、"衆愚"といわれた国民が、今度こそ本当に自国について考え始める機会なのだという気がする。
これまでは「体制を割る」ような持論など敢えて封印してきた自分たちが、「これこそ国のため」と本当に意識して、いよいよ本当に政治に参加し始めるのではないか。


いつまでも日本人は"物言わぬ人々である"というのは、この戦後の一時のことではないかと思う。

不平ではなく、自国の意見を示す。


いよいよ、そんな日本人でありたいと思う。

こあこあ 2011/06/22 10:38 成功の秘訣、のようなことについては自分もよく考えます。結局自分が決めることなのかな、とか。

yxzyxz 2011/06/22 10:45 日本は課題先進国だったのですね。そう考えると少しは前向きな感じがします。(笑)

なるほどなるほど 2011/06/22 16:10 エントリーを拝見していて、今川日本の"史上初"の事態なのだ、という視点に初めて気づきました。大変なことですね。そんな目で見れば、決して後ろ向きで暗い話ばかりではないのだ、という気になりました。元気の出るブログっていいですね。ちょっと長いけど。(笑)

ふむふむ 2011/06/22 17:45 課題先進国、が前向きな意味にも考えられるというのは確かによい。ただ何ができるのか、ではありますが。

ayamusicdiary(24)ayamusicdiary(24) 2011/06/24 11:01 価値観に沿った生き方と言ってくれる大人の方がいて、嬉しいです。本当に大切なことは、みんなさほど変わらない。スタイルが見える形として色々有ることを理解して欲しいと、両親に思ってしまう。

2011-06-19 モラルハザード。

[]駐車違反考。 駐車違反考。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク 駐車違反考。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント


梅雨らしい霧雨の週末。
若いころは雨など「靴が濡れるだけでただ鬱陶しい」存在だったのが、もう今年も梅雨入りで、年が明け、景気が戻りかけたころに大震災があり、それからまた三か月も過ぎたのだなぁ、ということや、本当に四十代になってからは「日々や一月」単位では時間を感じられず、辛うじて「冬が過ぎ、寒が緩んで春になり…」という具合に"季節ごと"に時間が過ぎる気配を感じ取るようになってきた。
思えば、ただ春から夏への陽気の移り変わりの中で、「今日はまるで初夏だな」とか「まったく真冬並みの寒の戻りで…」などという会話はなんとも「年長者の季節感まんまん」だなぁと苦笑いしてしまう。
それはともかく。


驚いたことに、ニューヨークやワシントンでは駐車違反が"罰金レベル"のため、経済的合理性の観点から「敢えて罰金を払う」そうである。
日本では、駐車違反の摘発が民間化されて以来、街中は特殊法人のベストを身に付けた老人がペアで歩き回り、トイレに入った隙のタクシーや、弁当を買いに走るコンビニの客の運転する車を、ものの十数秒で「デジカメに仕留めて」しまう、駐禁がそこここにいる。
駐車違反が免許の点数制の対象であり、点数がなくなれば失業の危機に瀕する運送関係の人の愚痴を聞くにつけ同情を禁じ得ない。

ものの両面。



東京のタクシー運転手さんに聞くと「確かに渋滞は減った」とのこと。
やはり「短時間なら構わない」というモラルの低下はなくなったのか。


一方、取り締まりを厳しくするだけで、駐車スペースがないのは「圧迫」でしかない、という意見もある。
また行政側は、今の都市計画上、駐車の余地をつくるのは土台ムリ、ともいう。
そして、そもそもの恒常的な渋滞と事故につながるから、駐車違反許すまじ、という動機も健在である。


とすると「厳しすぎず、しかし"その先"へと施策をつなぐ」という意味で、ある程度駐車違反の「罰金のみ化」を採り入れて、それを財源として貯めながら、その予算で「次の道路行政を考える」というアメリカ式のやり方も悪くないのではないかと思う。
どの道○か×か、ではっきり白黒の付く問題ではない。

けれどいつかは、少額の駐車料金で、渋滞の原因となることなく車を停めて用を足せる社会、の到来を期待させるのが行政の役割ではないか。

まず、そうして「駐車違反問題」が経済力をつけること、を考えてみてもよいのではないだろうか。
良い方向にむかっているのだ、ということが分かれば、我われは意外に辛抱強いのである。

「駐禁免罪符」は是か非か?
 ニューヨークやワシントンDCなど、米国の大都市では、駐車違反の切符を切られた配達トラックをよく見かける。配達先のビルやその前の路上に駐車できる場所がない場合、空いている場所を探したり、そこから配達先まで徒歩で往復したりするのはあまりにも非効率で、反則金を払った方が合理的だからだ。「ニューヨークでは、毎日15枚くらい違反切符を切られていた」と語る元配達員もいる。運転手個人にはおとがめがなく、会社側も毎年の予算に反則金の支払いを織り込み済みである。


msnbc.comによると、2005年度にニューヨーク市で配達業者や通信業者などが支払った反則金は総額1億ドル超(UPS社だけで約1900万ドル、FedEx社やVerizon社もそれぞれ800万ドル前後)で、同市の歳入の3%を占める。反則金収入がここまで膨らむと、行政側も本音では歓迎しているのではと邪推しそうになるが、実際には年間1000万枚にものぼる違反切符の処理や不服申し立てへの対応費用がかさむため、違反者が不服申し立ての権利を放棄すれば反則金を減免するという制度が導入されている。


一方、同様の制度を設けていたワシントンDCでは、減免措置を撤廃して歳入を増やす方針に切り替えることになった。歳入は増えても対応費用の増加で相殺されてしまう可能性があり、反則金の負担増で宅配便等の料金が値上がりする恐れもあるため、方針転換の適否は判断が難しいが、そもそも駐車禁止は交通安全や渋滞防止、公共交通や弱者の優遇、環境保護、消防・防災などのために定められているものだ。「反則金を払えば駐めて良い」という発想につながりかねない制度を廃止するワシントンDCの方針転換は、正論ではある。

 市民が集うネット上の掲示板では、「環境には悪いが、運転手と配達員の2人1組として配達車は駐車せずに走りながら配達員が戻るのを待つようにしてはどうか?」「いや、路駐しやすい早朝夜間に配達できるようにすべきだ」といった興味深い意見が書き込まれている。これだけ巨額な反則金をつぎこめば、たいていの案は実現できそうに思える。ITによる解決策を考えてみたい。

<asahi.comより>

フォーシーズンフォーシーズン 2011/06/19 14:46 藤野さんのブログ、季節感が題名からも溢れていて、毎日楽しみにしております。明治までは日本人は四季を大切にして来たはずが、いろんな意味で生き急いでしまったのだと思います。これからも色々な話題をお願いします。

きりさめきりさめ 2011/06/19 22:05 霧雨は彼女の涙雨かも知れません。ああ、いとしやいとしや。

駐車違反なう駐車違反なう 2011/06/19 22:56 最近はタクシーを狙うお上も多いとか。嘆かわしい世の中でごわす。

2011-06-12 ハッカーの立場

[]自分の正義。 自分の正義。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク 自分の正義。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント


ソニーへのハッキングと情報漏洩以来、サイバーワールドは揺れている。


思えば、リアル世界での東対西、とか
北対南、とか
成熟国対新興国、とか
キリスト対ムスリム、とか
貧困対独裁、とか

いろいろある「リアル世界の対立軸」にサイバー世界も似てきているような気がする。


サイバー世界で「攻撃側」の犯人を突き止め、当局は捕まえる。
これが通常の「リアルな住宅」で起きた窃盗事件であれば、恐らくそれに対して「報復を宣言する」ような集団はあり得ない。


企業対ハッカー、はこれまでのリアル世界の理屈に漏れず「思想的な対立の構図」を帯びてきている。
といってみたところで、似たようなことはこれまでどの世界でも起きてきただろう。
彼らは「インターネット上の自由の闘士」を名乗っているという。


こうして見ると、これまでのリアル世界でも「体制と反体制」という実に簡単な構図で、でも"ずっと長い間"我われは「対立軸」を抱えて来たのだ。
サイバー世界がその存在感を増すにつれ、そこはリアルに似た性格を帯び、また同様の衝突が発生してしまうのだろうか。
未だリアル世界の東西、南北の対立が解決していない地球上で、さらにサイバーワールドを議論しても時期早尚なのかもしれない。
が、せっかくのサイバー世界である。
リアル世界と「まったく同じ轍を踏む」というのも芸がないのではないか。


今や「アノニマス」に代表されるハッカー集団は、大企業や体制に対する「監督集団」的な存在になっている。
だが、彼ら自身がいつしか"加害者集団"になってしまっては本末転倒。
ハッカーは、その技術的な優位と警告をもってして「ネットを技術的に高める」という方向にこそ、動かされるべきではないだろうか。
その持てる技術力とか、感情ゆえにいつしか「無頼漢」のような存在になっては、彼ら自身のプライドも満たされないと思う。

ハッカーは、その持てる技術で常に最先端に位置し、時としては「技術を傲慢に使う」企業を監視する。

そうした「本来の立ち位置」をしっかりと固めぬうちは、なぜに攻撃をし、それを防ぎ、どこに正義があるのか、といった立場が目まぐるしく入れ替わり、互いの立場が定まらぬのではないかと思うのである。


ハッカーに挑まれた企業が、「どこまでの覚悟で対峙するのか」というのはそんな思想的な表明でもあるのではないかと思う。
いよいよサイバー世界もリアルと同様に位置してくるのだろう。


楽しみにしていろ…国際ハッカー集団が報復予告
【パリ支局】ソニーなどにサイバー攻撃を仕掛けたとして、スペイン国家警察がスペイン人の男3人を逮捕したことを受け、3人が所属するとされる国際ハッカー集団「アノニマス(匿名)」はウェブサイト上に、「我々は大軍団だ。楽しみにしていろ」と書き込み、報復攻撃を示唆した。
ロイター通信が10日報じた。


警察は昨年10月に捜査を始め、200万件以上の書き込みなどを分析した結果、容疑者を絞り込んだ。3人はすでに釈放されている。


アノニマスは「インターネット上の自由の闘士」を名乗り、世界中から協力者を募集、大量の情報を送り付けてコンピューターをダウンさせる手口を使う。これまでも、内部告発サイト「ウィキリークス」との取引を停止したクレジットカード大手マスターカードのサイトなどを攻撃した。「民主化支援」などとして、エジプトやアルジェリア、リビア、イランの政府機関にも攻撃を加えている。

2011年6月11日19時23分 読売新聞



[]自分の正義。 自分の正義。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク 自分の正義。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント


ソニーへのハッキングと情報漏洩以来、サイバーワールドは揺れている。


思えば、リアル世界での東対西、とか
北対南、とか
成熟国対新興国、とか
キリスト対ムスリム、とか
貧困対独裁、とか

いろいろある「リアル世界の対立軸」にサイバー世界も似てきているような気がする。


サイバー世界で「攻撃側」の犯人を突き止め、当局は捕まえる。
これが通常の「リアルな住宅」で起きた窃盗事件であれば、恐らくそれに対して「報復を宣言する」ような集団はあり得ない。


企業対ハッカー、はこれまでのリアル世界の理屈に漏れず「思想的な対立の構図」を帯びてきている。
といってみたところで、似たようなことはこれまでどの世界でも起きてきただろう。
彼らは「インターネット上の自由の闘士」を名乗っているという。


こうして見ると、これまでのリアル世界でも「体制と反体制」という実に簡単な構図で、でも"ずっと長い間"我われは「対立軸」を抱えて来たのだ。
サイバー世界がその存在感を増すにつれ、そこはリアルに似た性格を帯び、また同様の衝突が発生してしまうのだろうか。
未だリアル世界の東西、南北の対立が解決していない地球上で、さらにサイバーワールドを議論しても時期早尚なのかもしれない。
が、せっかくのサイバー世界である。
リアル世界と「まったく同じ轍を踏む」というのも芸がないのではないか。


今や「アノニマス」に代表されるハッカー集団は、大企業や体制に対する「監督集団」的な存在になっている。
だが、彼ら自身がいつしか"加害者集団"になってしまっては本末転倒。
ハッカーは、その技術的な優位と警告をもってして「ネットを技術的に高める」という方向にこそ、動かされるべきではないだろうか。
その持てる技術力とか、感情ゆえにいつしか「無頼漢」のような存在になっては、彼ら自身のプライドも満たされないと思う。

ハッカーは、その持てる技術で常に最先端に位置し、時としては「技術を傲慢に使う」企業を監視する。

そうした「本来の立ち位置」をしっかりと固めぬうちは、なぜに攻撃をし、それを防ぎ、どこに正義があるのか、といった立場が目まぐるしく入れ替わり、互いの立場が定まらぬのではないかと思うのである。


ハッカーに挑まれた企業が、「どこまでの覚悟で対峙するのか」というのはそんな思想的な表明でもあるのではないかと思う。
いよいよサイバー世界もリアルと同様に位置してくるのだろう。


楽しみにしていろ…国際ハッカー集団が報復予告
【パリ支局】ソニーなどにサイバー攻撃を仕掛けたとして、スペイン国家警察がスペイン人の男3人を逮捕したことを受け、3人が所属するとされる国際ハッカー集団「アノニマス(匿名)」はウェブサイト上に、「我々は大軍団だ。楽しみにしていろ」と書き込み、報復攻撃を示唆した。
ロイター通信が10日報じた。


警察は昨年10月に捜査を始め、200万件以上の書き込みなどを分析した結果、容疑者を絞り込んだ。3人はすでに釈放されている。


アノニマスは「インターネット上の自由の闘士」を名乗り、世界中から協力者を募集、大量の情報を送り付けてコンピューターをダウンさせる手口を使う。これまでも、内部告発サイト「ウィキリークス」との取引を停止したクレジットカード大手マスターカードのサイトなどを攻撃した。「民主化支援」などとして、エジプトやアルジェリア、リビア、イランの政府機関にも攻撃を加えている。

(2011年6月11日19時23分 読売新聞)

さかうらみさかうらみ 2011/06/12 16:23 ハッキングした側が楽しみにしていろ、て逆ギレもいいところですよね。今のところ実被害は大きくないようですが、いつか大事故が起きそうっすね。

2011-05-31 さまざまな工夫。

[]サマータイム。 サマータイム。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク サマータイム。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント

ずい分急に梅雨入りした今年、来る真夏に備えて日本中があれこれと考えている。
日本でも、欧米よろしく「サマータイム」の活用とか、平日休暇の導入による平準化、とかあるいは「完全フレックスタイム」などが議論されてきた。


けれど、ここ数十年、まともに「勤労のスタイルの変化」を伴ったものはない。
3-50年前と唯一変わったのは「週休二日」と「祝日の代休化」くらいだろう。
結果的には現在では「年間で見ればひと月当たりの営業日は19日程度」に減少し、年間でも130日余りが「公休」となって久しい。


こうした「総労働時間」をGDPの減少や国力の弱体化だ、と嘆く向きも多いが、それが今の時代の風潮なのだろう。
自分を見ても正直、週休二日で「可用時間」が多いほうがなにかと自由度が高くで有り難いし、また二十代の頃のように毎月ぶっ通しで300-400時間も働くのは不可能である。
思えば、日本は「国民一律の労働時間」を策定するのではなく、"年齢別"かつ"業種別"に「働く時間の目安」を設けるべきなのではないか。


若いくせに「土曜は休みたいっすよ」と聞くと「甘えているな」とも思うし、また熟練のスタッフが五十歳になっても若者と同じ稼働時間、というのも疲れるだろうと思う。


とはいっても、いろんな労働の制度が、ずい分長い間検討されてはきたけれど、結局今も多くの企業や工場はその稼働形態をそれほど変えてはいない。
せいぜい始業時間が八時台から九時台に少し遅れたくらいである。
なかなか「他社の様子」を見ると、自社だけが"変わったことをする"ということを日本企業はしなかった。


今年は、先の震災の影響もあって本格的な電力不足や、その他の制限が予想されている。
サマータイムの導入、とか平日休業とか、いよいよ「ユニークな工夫」が各社の判断によって実行されそうな気配である。
案外、こうして「既存の殻を破ってみる」ということをしてみれば、また独自の良さを発揮するのが日本企業のような気がする。
在宅ワークの推進、とかワークシェア、とかアイデアはいろいろある中で、本当の「柔軟な働き方」が模索されれば何より。
働ける人たちがより増えれば、少子化一方のトレンドの中でも経済発展が期待できるだろう。


これまでリタイヤしていた女性や定年者の社会参加は、これからが本番なのかもしれない。

キヤノンがサマータイム 国内5万人対象、「輪番休暇」も
キヤノンは30日、東日本大震災による夏場の電力不足懸念に対応して、「サマータイム制度」を導入して節電対策を進めると発表した。本社(東京・大田)などグループ各社の事業所で導入し、国内グループの従業員7万人のうち5万人が対象となる。通常は8〜9時の始業時刻と16時30分〜17時30分の終業時刻を、それぞれ30分〜1時間早める。

 サマータイムの実施期間は原則、7月4日から9月22日まで。東京電力管内の事業所やグループ会社では夏季休暇の取得をずらす「夏季休暇輪番制度」も導入する。従業員が夏季休暇を3グループに分けて取得することで、全社が一斉に電力を使う期間を短縮する狙いがある。

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キーマンキーマン 2011/05/31 08:47 今がブレイクスルーの時だという意見に賛成します。前向きな人には好感を持ちますね。

とれんどとれんど 2011/05/31 10:44 みんなゆとり労働者ですかね。政治家もお上も。

2011-05-16 ナショナル・アンセム。

[][]君が代に起立。 君が代に起立。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク 君が代に起立。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント


日教組、とか弁護士会、とか何かそんなイデオロジカルな背景があるのだろうか。
平安時代に詠まれた「詠み人知らず」の和歌は鎌倉、室町、江戸時代と根を生やし、明治、から平成まで歌い継がれ、現代でも論争を引き起こしている。
象徴的な扱いとはいえ、作者も驚いているに違いない。

大阪府は「常に日の丸国旗を掲揚」し、「入学・卒業式では君が代を斉唱」し、さらに「斉唱の際、教員に規律を義務付ける」そうである。

自分の教養では、その背景とかを分析しきるだけの深みがないけれど、君が代拒否で停職などと公的な処分対象になっており、尋常ではない。(後掲)


こうした問題には、内田樹師匠の一喝が欲しいところだけれど、それにしても教育委員会や学校長、そして教職員が生徒そっちのけで逃走している姿は滑稽にも見える。
『1989年当時の文部省が学習指導要領に「日の丸・君が代」を持ち込んで以降その強制を年々強め』とか
『軍国主義、国家主義教育に加担しない』といった抗議文を見ると、どうもそうした国粋主義vs左系といったものの鍔迫り合いが垣間見える。

意味の本筋


で、先生方や文部省の一部のお歴々には「それなり」の意図はあるのかもしれないが。
「学童不在」はあまりに本末転倒だと思うのは自分だけだろうか。
ともかく、「行事の際には君が代を歌わせ、教師を起立させる」ということだけの行為にどれほどの学習効果があるだろう。
サッカーや格闘技で国家を謳う時には「ニッポン頑張れ」と多くの日本人は思うだろうが、今の国際社会の中で、もう少しこましな愛国心の醸成はできないものだろうか。


行政vs日教組vs教職員の暗闘の様子は暗愚にしか見えない。
他にすることがないのか、頭を冷やすべきであると思う。

大阪維新の会府議団、君が代条例案提出へ 起立義務づけ
大阪府の橋下徹知事が率いる地域政党「大阪維新の会」の府議団は、府立学校の入学式や卒業式などで君が代を斉唱する際、教員に起立を義務づける条例案を5月府議会に提出する方針を固めた。維新の会は府議会で過半数を占めており、可決される公算が大きい。文部科学省によると、都道府県で君が代斉唱時の起立を条例化したケースはないとみられる。


府議会では、自民党が府立高校を含む府の施設で常に国旗(日の丸)の掲揚を義務づける条例案を提出する方針を決めている。これを受け、維新の会は国旗掲揚の義務化に、君が代斉唱の際の起立義務化も追加した対案を準備することにした。同会は今後、自民と協議して条例案を一本化することも検討する。


維新の会の条例案は罰則を設けないものの、教員が起立を拒むなど条例に違反すれば、地方公務員法違反などで処分される可能性もある。


入学・卒業式での国旗掲揚と国歌斉唱は1989年の学習指導要領改訂で義務づけられたが、文科省は斉唱の際の方法は示しておらず、学校現場の判断に任せている。府教委は2002年以降、各府立学校に対し「教育公務員としての責務を自覚し、国歌斉唱に当たっては起立し斉唱する」と文書で指示してきた。


維新の会の松井一郎幹事長は条例について「起立しての斉唱は公務員として当然のこと」と説明。橋下氏も府幹部にメールで「(起立しない教員は)公務員の身分保障に甘え過ぎ」「教委がマネジメントできなければ条例化するしかない」と主張していた。


一方、国歌斉唱時の起立を各教委が学校側に通達し、従わない教員を処分する動きは各地に広がる。09年度には北海道、東京都、大阪府、広島県、香川県、広島市の計6教委が、校長の職務命令に従わなかったとして教員計24人を懲戒処分した。


最高裁は07年、君が代のピアノ伴奏を拒んで処分された音楽教諭の訴訟で「校長の職務命令は合憲」と判断。一方、東京高裁は今年3月、都立学校の教職員167人の処分を「懲戒権の乱用」として取り消すなど司法判断も分かれている。大阪府で条例が成立すれば、波紋が広がりそうだ。


大阪府では09年春の入学式と卒業式で不起立の教員が著しく多かった府立学校3校を対象に、計42人を初めて厳重注意処分に。今年4月の入学式でも府立高校の教員2人が校長の職務命令に背いて国歌斉唱時に起立しなかったとして、戒告処分にした。(池尻和生、左古将規)

仰げば仰げば 2011/05/16 18:36 下らないことに思えます。教育のあり方とか、問題点とかやることは山のようにあるでしょうに、呆れてしまいます。どんどん国への信頼がなくなって行くのを政治家も教師もどこ吹く風で腹立たしいです。

きみがよーきみがよー 2011/05/16 20:39 日本の国歌は他国に比してダントツ暗いですよねー。格闘技の前に聞くにはちょっと。

ふざいふざいふざいふざい 2011/05/16 23:42 それにしても、君が代斉唱で起立しないから停職処分、て学校の方々もどうかしていますね。木を見て森を見ず、生徒も見ず、ついでに世間も見ずです。先生の左よりは今に始まったことではないですが、いい加減に社会とかけ離れた見識のなさはどうにかしてもらいたいです。日本の教育の評価は下がる一方ですよ!!!

2011-04-23 もう時代は変わり始めているようだ。

[][]潮の変わり目。 潮の変わり目。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク 潮の変わり目。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント



モナコグランプリの開催で有名なモンテカルロで主宰されたショーの名は「トップマーク」。
色々な嗜好品の、トップレベルの高級品を展示しているという。
自動車の部では、一台数千万円〜数億円のカスタムメイドの作品がずらっと並ぶ。
展示ブースでは、気に入った車をあの「モナコグランプリ」のコースで試乗もできるという。
その道の愛好者には天国のようなイベントだが、またここに時代の大きな流れを感じてしまった。

物的繁栄の終焉

自分たち昭和世代にとって、終戦後の工業製品の発達こそが「国力の証」であり、また宇宙船や船ではなく、「自動車」こそがその象徴的な製品だった。
アメリカも同様(というかそれに追随したのが日本か)、三大メーカによる自動車の普及は「その時代の象徴」だったのである。


折からの環境保護ブームの潮流の中、日本では先月大震災が起きた。
はっきりと潮目が変わってゆく感じがする。
このモナコの高級モーターショーは、まさにそんな「前時代の象徴」に見えるのである。


"それまで"は、工業製品の王者ともいえた自動車のデザインは、常に時代の先端を行っていた。
世界中の主要都市で開催されるモーターショウでは、常に新しいデザインの量産車やコンセプトカーが発表され、一般観覧者のため息混じりの感嘆を誘っていたのである。


つまり、それほど自動車のデザインは、西洋文明の象徴的であり、憧れでもあり、これからの価値観をも映し出していたのだと思う。
自動車評論家、とかモータージャーナリスト、カーデザイナー、など「それ専門」の専従者も多く輩出してきた。

それが、そろそろ終わりつつあるのではないか。


今回のモナコのショーは、そんな「自動車の時代」の墓標にも見えてくる。
古き良き、「モータリゼーション」が象徴してきたこれまでの先進国の、価値観の変曲点を示すイベント。
もう大きさや、馬力や、華美なデザインを「高級」とする価値観は音を立てて崩れ、一気に「これまでのそれら」を突き崩す方向に向かうのではないだろうか。


大排気量、高性能こそが「いいことなのだ」という常識の中にいたからこそ、その価値観の節目にあたり、本当の価値とは何か、ということを普遍的に考えてみたいと思う。
間違いなく、今がそんな潮目なのだろうと思う。

フェラーリがカローラに見えるショー「トップマーク」なるショーがあることを知った。自動車、腕時計、ボート各ジャンルの高級品に特化したショーという。

自動車の部には、「世界で唯一のライブ・スーパーカーショー」というサブタイトルが付いている。

なんなんだ、このイベントは? 思わず呟いてしまった。

開催地はモナコ公国のモンテカルロである。日頃雑然としたイタリアで、怠惰生活を送っている筆者である。彼の地はあまりにも整然としていて、皆礼儀正しくて、いつも戸惑ってしまう。

止めを刺すように、開催要項には「名誉顧問 アルベール2世大公」の文字も躍っていた。

なんなんだ、このイベントは? ふたたび呟いてしまった。

とりあえず身を清めようと行きつけのコイン洗車場に行き、普段より1ユーロ高いコースでクルマを磨く。そしてイタリア中部の我が家から480kmのモナコに向かってステアリングを切った。

■お子様まで上品

モンテカルロにたどり着き、F1モナコ・グランプリのときスターティング・グリッドになる街路を走る。

ふとドアミラーを見たら、ロールス・ロイスとランボルギーニが映っていた。ここはいつも街からしてモーターショー状態だ。

会場のメッセ会場「グリマルディ・フォーラム」に入る。

冒頭の3品のうち自動車は主役で、もっとも広いスペースが割かれていた。

自動車関係の出展は、関連グッズも含めて約50ブランドだ。2階に登れば全出展者が見渡せるコンパクトなスケールである。

ときおりビーチサイドに豪快なエグゾースト・ノートが響き渡り、やがて遠ざかってゆく。何かと思えば、屋外展示場では、出展車の一部がすぐに試乗・もしくは同乗試乗できるようになっていた。「ライブ」の意味がわかった。

F1とほぼ同じコースでクルマを試せるとは。さらに海岸沿いの一部は、試乗のために一般車通行止めにしてあった。大公が名誉顧問を務めているだけのことはある。恐れ入った。こんなモーターショーは見たことがない。

偶然にも、ボクのイタリアの知人も出展していた。彼によれば、出展料は1平米で900ユーロ(約10万8千円)だそうだ。

モーターショーといえばコンパニオンだが、彼女たちの姿はほとんどない。いても、よくいる妖艶系というより上品系である。

親と一緒に来ている子供たちも、心なしか品がいい。身なりもいい。それどころか、ボクが仕事に使っているのとほぼ同等の一眼レフカメラを首から提げている子供までいるではないか。

なんなんだ、このイベントは? もう1回悔しまぎれに呟いてしまった。

ちなみに一般入場料は50ユーロ(約6千円)だが、来場者のなかには、明らかに出展者によるインヴィテーションと思われるポテンシャル・カスタマーの家族も多かった。

■顧客は中東、ロシア、中国

それはともかく、会場に展示された大半の車両は、年間数百台から、ものによってはたった数台という少量生産ファクトリーのものだ。ボクが初めて知ったブランドも少なくなかった。

フォトギャラリーでも、そうした日頃日本で馴染みのないスーパースポーツやSUVを中心に紹介する。

そうしたスタンドで話を聞いてみて共通しているのは、彼らの主要顧客は、中東、ロシア、さらに中国の富裕層であることだ。

イギリスを本拠とする「ケーティング・スーパーカーズ」のセールス・マネジャー、ポール・ブライティング氏は「とくに中東やロシアのお客様は、真剣な方が多いですね」と証言する。実際ボクが彼らのスタンドを訪ねた直前にも、あるロシア人客が訪れ、シート素材の選択について、かなり突っ込んだリクエストをしていたという。手付金を即座に払う顧客も少なくないらしい。

いっぽうで、別のファクトリーのオーナーは、「中東のビジネス習慣は難しい」と、一筋縄ではいかないことを明かした。

そうした富裕層の趣向を反映しているのだろう、どのモデルもかなり大胆な造形だ。おかげで、一緒にスタンドを展開しているフェラーリがトヨタ・カローラの如く、いや今風にいえばフィットのように普通に見えてしまうから怖い。

世界の5大モーターショーばかり見ていては知ることのできない世界が、そこにあった。クルマの世界は奥深い。

■ゴージャスなショーで出会った、ほのぼの

そうしたなか、「アイルトンR」と名づけられたモデルが、会場の壁際に展示されていた。

想像のごとく、アイルトン・セナへのオマージュという。

デザインを手がけたアンドレア・ティリートさん(34歳)は、イタリア・トリノの人だった。

ボディデザインにはCAD(コンピュータ支援設計)を駆使しながら、ダッシュボードには知人のアーティストによる手描き文字を敢えて採用した。

彼のクルマの顧客も、やはりアラブ、ロシア、ウクライナ、そしてモナコという。すでに7台を売った。

そうしたお客さんたちは、先にどういうクルマをガレージに収めている人たちなのだろうか?

アンドレアさんによると、端的にいえば「パガーニを持っている人です」なのだそうだ。パガーニとはモデナの有名な少量生産メーカーである。そうした顧客からすれば、フェラーリは万人向けの量産車なのだ。

話していると、老夫妻が握手を求めてきた。アンドレアさんの両親だった。

父のフランチェスコさんは70歳。14歳で自動車板金工の道に入ったという。

フランチェスコさんは息子のアンドレアさんの横に立ち、「こいつは子供の頃、自分で乗るカート造りから板金の世界に入ったんですよ」と嬉しそうに語った。

父親が14歳から叩き続けたハンマーは、今ロシアの地でも花開こうとしている。

恐れおののいたゴージャスなショーだが、こんなほのぼのとした家族もいた。

おっと、時間がたつのを忘れていた。ここはモナコ。それもショーがショーである。ほぼ朝から夕方までクルマを停めてしまって、いったい駐車料金がいくらになっているのか。背筋が寒くなった。

駐車券の裏面を見ても、日本のように「3千円以上お買い上げの場合、2時間無料」などといった甘い言葉は見つからない。

びくびくしながら精算機に駐車券を挿入する。
ところが料金はたった3ユーロ(約360円)だった。管理スタッフに聞けば、「今週末はテニス大会が開催されているので、格安均一料金なんです」と教えてくれた。

一般的にイベント期間というと高く設定するところを、逆に安くしてしまうモナコの太っ腹ぶりに感謝した。
同時に「来年もテニス大会と同時期にこのショーが開催されますように」と柳の下のドジョウを願う、どこまでも小市民のボクなのであった。

whisperwhisper 2011/04/23 16:56 こんにちは。そういえば高級車やスポーツカーに興味のある若者が周囲にいません。このショーは何だか儚い夢の最後に見えました。勉強になりました。

2011-03-27 世界レベルに。

[]生活習慣の塗り替え。 生活習慣の塗り替え。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク 生活習慣の塗り替え。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント



福島原発から漏れた放射性物質は、2-3週刊かけて世界を一周するという。
また「これからの原発」が危ぶまれる中、今年以降、私たちは「対前年比減」の生活を、電力やその他の部分でも実践してゆかねばならない。


震災という悲惨な出来事を契機に、我われは「これまで口にするだけで実行してこなかった」未来へ向けた生活習慣を行動に移すことになるとは、非常に象徴的なことだと思う。
自分たちの「日常の生活習慣」というのはかくも大事件がないと、惰性の産物で、全く変わろうとしないし、またそんな事件が起きてみると「これまでの浮かれた消費スタイル」を反省せざるにはいられない。
人は愚かな生き物かもしれないが、気づいたところで反省し、「先」を志向してゆかねば生きてゆくことの意味を失ってしまう。

三割減ライフ。



原子力発電の、総量に占めるシェアは30.6%だという。(2006年度)
単純に原油事情などがこのままでも「原発レス」の世界では電力消費は三割は削らねばならない。
勤務時間も、工場の操業も、交通機関も、食べるものも、みんな対象だろう。
病院とか公共機関などは一律に減らせないだろうから、一般市民の生活カロリーはもっと削らねばならないかもしれない。
思えば「そう」なってしまえば「それなりに」生きてゆけるわけで、いかに「エネルギー消費の自制」というのが難しいものかと、今さらながらに反省する。

ほどほど、ではなく。



ではこれからのライフスタイルはどうなるのだろう。
ただあくせくと長時間働く、というような価値観は姿を消す。
いたずらなエネルギー消費だからである。
では「三割減」で何でも適当にやればいいのだろうか。
何でも三割手を抜く、というのでは事態は解決しない。

多分必要なのは、「効率を三割アップ」することだろう。


(つづく)

2011-02-24 夢を持つということ。(6)

[][]思考の補助輪。 思考の補助輪。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク 思考の補助輪。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント



先日来、渡邉氏の言葉に触発され、そして不思議に思った。

「夢を持て」とか「内なる神様をすえよ」とか「夢は楽しむためにある」とか「起業して納税と雇用で貢献せよ」というのは、どれもそれほど目新しい言葉ではない。

というかむしろ、日常の経営論ではよく目にするセンテンスばかりである。


それが急に目に留まったのは渡邉氏の持論が首尾一貫しており、「働く動機から、夢を作ること、そして起業ということ」までが非常に綺麗な流れになっていたからである。
理解がしやすかった、で腑に落ちたのである。

価値観のゆっくりとした進化



自分も会社を始めて3年経ったあたりから「事業そのものの意味」とか「目標はどこか?」ということに、かなり深く悩み、"幾つか仮説を当てはめ、確認しながら"今に至っている。

中でも「働くことの意味」とか「働く動機」については「国際的な分業」というふうに理解していたのだが、渡邉氏はそれをさらに進めて「先進国民としての義務」という捉え方をしていたのは新鮮な気づきだった。


今ひとつ、「働くことの意味」が意義深くなったと感じている。


そして思う。
こういう発見、というか「価値観の修正」のようなことは、毎日ではないが、ちょくちょく起こる。
特定の書物に影響をガツンと受けることもあるし、ことわざのような「センテンス」に触発されることもある。
そしてそんな「価値観の修正」は大規模なこともあれば、ちょっとした補正、というようなこともある。


多分、人は「自分の今持てる」、より、より深い思考に惹かれてゆくのだろう。
そういう意味では「バーチャル・メンター」みたいなもので、本人に会わずとも、またそれが故人であっても「言葉・文字」を通じて、その師に教えを請うことは十分できる。
また出来るだけそういう師を見つけるのは、自分の人生の質を高めるのにとても役に立つものである。


少なくとも、自分は義務教育中に「そうした学びのプロセス」があるということは教わらなかった(と思う)。
けれど、自分たちが抱いてきた疑問や悩みの多くは、ごく普通の人たちが出くわすものばかりである。


自分が疑問に思うことと、そして「今の"自分なりの正解"」を"発信"することは、時には特に悩める誰か、にとってとてもいい助言になると思っている。
ブログはそんなためのツールでもある。


どこで誰が見てくれているかは分からないが(神様かな?)、こんな記事も自分なりに「自分なりの義務」なのである。

みんみんみんみん 2011/02/24 10:16 バーチャルメンター(笑)

ショックショック 2011/02/24 10:42 昨日の記事がコメント以外がなくなってます。(;_;)取っとけばよかった・・・

ふーんふーん 2011/02/24 17:24 why-newtonさんでも最初はいろいろ迷っていた、というところが驚きでした。ちょっと話題の本質からズレててすみません。

復活復活 2011/02/24 22:39 エントリー、復活しましたね〜書き直したんですかねー。それならスゴいパワーすね。ゾンビ並みや〜(-.-;)y-~~~

2011-02-11 大陸気質。

[]利益のためには。 利益のためには。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク 利益のためには。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント



中国で離婚が急増しているという。
その数、年間196万組。
その中には「不動産取得」を目的にした偽装離婚が少なくないという。
まあ、不動産取得が目的での離婚は法的には「あり得る」という気もしなくない(だって離婚は正式にしているし)が、それにしても中国国民のたくましさというか、凄みを感じる。


一昨年、上海を訪問した折、最も驚いたのは一般市民の投資熱、だった。
証券会社や銀行のATMに長蛇の列をなし、その人たちは「証券買い」をしに来ている客だった。
現金を携え、ATMでひたすら株の銘柄をセレクトし続ける人たちをみて、中国人は投資にも熱心、いや非常に獰猛なのだなぁと、大陸性の性質を感じずには居られなかった。


不動産の取得のための離婚、というのもなるほどなぁ、と思わせられる。
同様の不動産の取得についての規制があっても、日本でここまでやる人たちは恐らくそれほど多くない。
中国人というのは、その辺りは極めて合理的、というか実践的なのだと思う。

甘いことは言っていられない、ともかくチャンスの有る時に最大限の出来ることをするのだ、なぜなら「誰も自分を守ってはくれないのだから。


というのは一番の中国の友人が紹介してくれた言葉である。
民族文化面でも、中華が世界をリードし始めるのは、そう遠くないのかもしれない。

中国、1日5000組が離婚 不動産目当ての偽装も

 中国で昨年、離婚届を提出した夫婦は196万1000組で、1日平均5370組に上ったことが10日までに中国民政省の調べで分かった。離婚は近年増加を続け、偽装離婚が横行しているほか、若者のスピード離婚も目立っている。

 中国では北京市や上海市などが、1世帯が購入できる住宅数を制限するなどの不動産バブル対策を打ち出している。投機目的の売買を減らし、住宅価格高騰を抑制する狙いだが、中国メディアによると、この規制をかいくぐるため離婚して別世帯になり住宅を購入する夫婦が相次いでいる。

 住宅を購入後、しばらくして再び婚姻届を出すケースもあるという。住宅を買わせるため顧客に離婚を勧める住宅販売会社まであるが、政府はこうした“脱法行為”を取り締まる有効な手だてを打ち出せないでいる。(共同)

ポン助ポン助 2011/02/11 19:32 ATMで証券投資とは。驚き桃の木サンショの木。(^^;)

過熱過熱 2011/02/11 20:53 マンション買うために離婚とは。中国人恐るべし。(・∀・)

2011-01-21 足るを知る。

[][]オリジナルの価値観。 オリジナルの価値観。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク オリジナルの価値観。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント



おそらく、これからの先進国の「座右の銘」となるだろう、この言葉は日本では古よりしばしば用いられている。


同様に考えてみる。
「今どれほど恵まれているか」
「今どれほど幸せか」という観点で自分を見てみる。


今日寝起きする部屋があり、そこにはトイレも風呂もある。
職場には机があり、今日やるべき「業務」も割合はっきりしている。
家族がおり、将来の不安はもちろんゼロではないものの、今生きるのに「重大な懸念」はない。
友人がおり、同僚や上司、趣味の仲間や師もおり、そういう意味の孤独はない。


そうして考えてみると、「無い物ねだり」はいつまでも、その「心の渇き」を癒せないが、「足るを知る」という気になってみると途端に周囲の景色が変わることに気づく。

「となりに芝生」よろしく「僻み根性」で物事を見れば、たとえ宮廷生活でも不満だらけなのだろうし、
「足るを知る」という礼節を身につければ歪曲した自分の価値観は、正しく形を取り戻す。


なので、意識して考えてみたい。
現状に不満を抱く、というのは「今後の工夫を促す」という意味でも、現状打破、創意工夫、という意味でも必要な心構えである。

『現状に決して甘んじない』ということ。


だが、それとは別に(あるいは同時に)「過分を求めない」という制欲の心は、「欲の亡者」にならぬために、絶対に必要な人格ではないかと思う。
「それ」が無いために、心を占有されて取り殺されてしまい、憑き物がついたようになって彷徨う「亡者」は意外に周囲にも多い。


「現状に甘んぜず、だが求め過ぎないこと」というのが、もっとも高次元の精神状態なのではないだろうか。


『言行の一致』こそがバランスをもっとも問われるのである。

2010-12-05 休暇の分散化、にみる幸せ。

[]幸せの尺度。 幸せの尺度。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク 幸せの尺度。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント



自分などは、戦中派の両親の元で育った。
つまり高度成長期をモロに見ながら思春期を過ごしたわけで、そんな立場からすると、現在の政治を見ていると思うところもある。

「内閣府が2日発表した「休暇取得分散化に関する特別世論調査」の結果によると、大型連休の日取りを地域ごとにずらす政府の休暇分散化構想について、「反対」「どちらかと言えば反対」は計56.1%に対し、「賛成」「どちらかと言えば賛成」は計28.1%だった。賛成は反対の半分にとどまり、政府構想への異論が強いことが浮き彫りになった。」



休日が増えた。
自分が社会人になったころ1990年ころから、ぐんぐん連休が増えている。
先輩経営者が、嘆きのあまり、「ひと月の稼働日数」を年間で均してみれば、すでにひと月20日を割っている、と嘆いていたことを思い出す。


もう「寸暇を惜しんではたらく」というセンスの人は少数派。
むしろ「月給の多寡」ではなく「休みがより多いほうがよい」というのが現代の価値観なのだという。
もうある程度の暮らしができるから、という人間のある種の「飽和状態」に達したのだろうか。
一定以上の報酬のためには「身を呈して働く」というのは、今の常識ではなくなっているようだ。


休暇分散化、56%が反対=「家族と合わない」など理由に−内閣府調査 
内閣府が2日発表した「休暇取得分散化に関する特別世論調査」の結果によると、大型連休の日取りを地域ごとにずらす政府の休暇分散化構想について、「反対」「どちらかと言えば反対」は計56.1%に対し、「賛成」「どちらかと言えば賛成」は計28.1%だった。賛成は反対の半分にとどまり、政府構想への異論が強いことが浮き彫りになった。
 調査は10月21日から同31日まで、全国の成人男女3000人を対象に実施。有効回収率は65.1%だった。
 構想は、全国を5ブロックに分け、春と秋の年2回、土日を含めた5連休をブロックごとにずらして取得する内容。政府は2012年度以降の分散化実施を目指している。
 反対理由(複数回答)では「家族・親類や知人と休みが合わなくなる」(54.2%)、「全国一斉に休みでないとかえって休めなくなる」(44.3%)の順で多かった。賛成理由の最多は「高速道路・交通機関や観光地の混雑が緩和する」(72.3%)だった。(2010/12/02-19:40)

2010-12-01 今の常識。

[]複眼的に。 複眼的に。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク 複眼的に。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント


他人の情報を盗んで勝手に公開する犯罪行為。言語道断だ。
前原誠司外相は(中略)強く批判した。


ウィキリークスに最近暴露される各種の情報。
「他人の情報を盗む」というのはそのフレーズだけを取って見れば、そりゃまあ許されない。
けれど、その情報は外交文書とか、政府の親書とか、はたまた戦争中の内部文書とか。

○○さんが裏金をもらっていた、とか▲▲さんが使い込みをしていた、というような瑣末な話ではない。


こうなってくると、前原大臣が言うように「他人の情報を盗んで勝手に公開するのは悪だ」という論理ばかりではないようにも思う。

「他人の情報」ではあるけれど、それは「国家の情報」であり、また本当は国民が知るべき情報かもしれない。

すべての外交情報を公開することは、いろんな政策とか、各国の交渉上好ましくないのかもしれないが、それにしても今の外交や政治は、一般市民にとってはまったくのブラックボックスでしかない。


G20で日本と中国とか、日本とアメリカとか、日本とロシアとかはたまたEUとか、どれ程の話が話題に上ったのかも分からないが、「内密の話をする外交」と「オープンに公開する外交」はどうしても両者が存在し、また段々と情報の公開が求められるのは時代の趨勢だと思う。


いつまでも「外交上の交渉」といいつつ、自国内の国民に何も説明しない統治状態というのは、長続きしないとも思うのである。

いわゆる「体制側、守旧派と言われる人たちは、そろそろ「情報」が昔ほど自分たち固有の特益ではなく、ことデジタル情報は「ある程度の流通は必至である」ということを理解して、それから「一般政治」に当たらないと、ずい分と時代錯誤なマネジメントをしてしまうという恐れがある。


ウィキリークス、というのはその意味では単なる「時代のあだ花」ではなく、今の(ある程度普及した)ネット社会へのフラストレーションの出口を表現しているのではないかとも思う。


ウィキリークスに代表される情報サイトが、今後も単なる「暴露メディア」としての扱いしか受けないのか、それとも「体質改善のための露出メディア」として確立してゆくのかどうかは、すなわち自分たちのネットの使い方とか、マナーとか、ポリシーの問題にかかわってくる。

いずれにせよ、今や「下手な情報統制」は意味をなさず、却って周囲の反発を招く行為にしかならない。


情報の流れをも身につけながら、物事に対する度量が求められているのだと思う。

ウィキリークス暴露「盗んで公開、言語道断」 前原外相
「勝手に他人の情報を盗んで勝手に公開する犯罪行為。言語道断だ」。
前原誠司外相は30日の記者会見で、民間告発サイト「ウィキリークス」が米政府の外交公電を暴露したことを強く批判した。


前原氏は「(公開を)判断するのは(情報を)持っている政府であって、勝手に盗み取って公表することに評価を与える余地はない」と強調。
暴露内容をマスメディアが報じることは「妨げることはできないと思う」と語った。


「日本外務省の現職幹部の名が挙がっている文書もあるが、事実関係を調査するか」との質問には「コメントもしないし、事実関係の調査もしない」。
米側からは外交ルートを通じて事前に説明があったという。(山口博敬)

2010-11-04 洋服の命。

[]人生に必要な服の量。 人生に必要な服の量。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク 人生に必要な服の量。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント


服は死ぬというのは川上未映子さんの指摘である。
最近本当にそう思うようになった。

川上さんは「旅行にもいかぬし、食べ物だって何でもいい。でもね、なぜか着る物が何もないの。
本当に何にもないんだよ。


もちろんクローゼットはぎちぎちに埋まっていて箪笥(たんす)もぎゅうぎゅう、衣類のために存在している寝室ではあるのだけど、じゃあちょっと出掛けようか&人に会いにゆくときに着ていく服が、ないんだよ。


これまでの、決して少額ではない投資というか浪費というかは理屈でいうとすべておめかしに置き換わってるはずなのに、どれもすべてが鮮やかなまでに死んでいる。


そう、物によるけど、服は死んでしまうのだ。

「物によるけど、服は死ぬ」。という感覚を四十を過ぎて感じるようになった。

カウント開始。



まず一年をオンとオフ、に分けてみる。
仕事に行くオン、は年間に230日くらいだ。対して
オフ、の休日は年130日くらいである。(二十年前に比べ、ずい分オフの増えたこと!)
さらにそれぞれ衣服、という観点からは「春夏物」と「秋冬物」に分けられるから二分の一ずつ。

つまりオンの仕事着は、春夏、秋冬それぞれ計115日づつ。
オフの普段着は130÷2=65。春夏、秋冬それぞれ65日づつ。


仕事着は115回、休日は65回のサイクルで、着替えをしていることになる。
服はもちろん一着ではない。つまり
ワンシーズン(半年)115回、ということは仕事着を10着持っていれば115÷10=11.5。
ワンシーズンに「その服」を11.5回着ることになる。


オフ着は65日、これは5着あれば65÷5=13。
オフ着は一シーズン13回使うことになる。

洋服のMRP。



MRPとは(Material Requirements Planning)のことで、製造業では「所要量計算」という意味であるが。
洋服の所要量は、春夏とか秋冬、の半年で「約十回強」着られるモノである、ということか判明した。
逆の見方をすると「十回」しかお目見えする機会がない服、でもある。


自分の洋服だなを見ると、カッターシャツが約30着、スーツも秋冬分で20着以上ある。
そして、その中で体系になじまぬものとか、自分でも気に入らないものも多い。
「選択と集中」が明らかに足りないことに気づいた。


これまで衣類、といか「アパレル」というものにあまり関心を払ってこなかったからであろう。

オンでもオフでも本当に気に入ったものを、数少なく身につける。


というのがいわゆる「着こなし」なのだろう、と最近自覚した。

トーナメントの「消化試合」のように「ただその日身につけているだけの衣類」と「今日も気に入ったジャケットとパンツ」というのでは明らかに気持ちも違うと思う。



一日を気分よく過ごすための工夫、というのも生活には必要だとこの年にして思う。
ちょっとだけ、お洒落もしましょう。

マンタマンタ 2010/11/04 22:35 リアルのwhy-newtonさん、十分おしゃれですよ。年齢も10才下でOKです。あまりステキにならないでくださいな。(笑)

2010-10-08 必要な議論。

[]これからの話。 これからの話。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク これからの話。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント



ハーバードのサンデル教授の話題が沸騰している。
NHKが取り上げた「これからの正義の話をしよう」以来である。
いま、真正面から「その話」をするところに新鮮さがある。
そして、サンデル教授の確かな「議論のディレクション」によって、曖昧模糊とした「正義」の話はたちまち「あなたにとっての正義はどこまで?」と考えを突き詰めねばならないことになる。
正義の定義が大事なのではなく、そういうことについて「自分なりの尺度を持て」とサンデル氏は説いているのではないだろうか。


イチローの年俸の価値観とか、原爆投下や侵略戦争の責任論など、その「問い」は枚挙に暇なし。
そして、そのやり取りを見ていて思う。

必要なのはやはり「思考」ということである、と。

考えて、考え抜けば、自分なりの答え、というのはおよそほぼ「どんな問い」に対しても出てくるものだと思う。
仕事、とか家族、とか恋愛、とか結婚、とか友情、とかお金、とか。
あまり日常自分たちはそれについて「徹底的に」突っ込んだ考えを追求しない。
だから憲法第九条についても、ボヤっとした意見をいつも眺めている感じだ。


サンデル教授の司会、ディレクションを見ていて感じたことはただ一つ。
「だったら、これはどう思う?」という、発言者の立場にたちつつ、最高の「対戦者」としての刺激があるのである。

「あなたにとっての正義がそれでいいなら、目の前で溺れそうな友人を助ける?それとも見捨てる?」


傍目には意地悪な極論だが、「思考を深める」という時にはこういう設問が不可欠である。
それを考えずに「正義感」を語るのは子供っぽいのである。


サンデル教授の提起するテーマは、「若者特有の価値観や悩み」が中心になっている。

教授の司会能力をもって、ぜひ先進国首脳とハラを割った「これからの経済のの話をしよう」

というのを是非望む。
教授が若者に問うているのと同様かそれ以上に、今の先進国、開発国は「経済成長」に対して懐疑的であり、また執着的である。
議論で導かれてゆくのは、われわれの「独自の価値観」である。
これからの先進各国で、ぜひそのような議論の深まることを望む。


その深みこそが、文化であり、価値観なのである。
うやむやにしてはならない。

サンデル教授、東大で白熱授業 正義について熱く討議

人気の「白熱教室」の日本出前授業が実現した。米ハーバード大で空前の履修者数を誇るマイケル・サンデル教授(57)の来日特別講義が25日、東京大(東京都文京区)で開かれた。
身近な題材から問いを投げかける有名な対話型講義に聴衆が積極的に参加し、本家さながらの熱い討議が繰り広げられた。


教授の講義を今春から放映したNHKが教授を招き、東大と共催した。
本郷キャンパスの安田講堂には、東大生約300人のほか、10倍の応募から選ばれた一般枠の500人も参加した。
講義は同時通訳され、質問や討論には日本語と英語が交じった。


テーマは「Justice(正義)」。教授は教壇の前を縦横に歩き回り、「イチローの年俸は米国の大統領の42倍、日本の教師の平均所得の400倍。これは公正?」と質問。


ある女子学生が「イチローの活躍はチームに支えられてのもの。額が多すぎる」と持論を話すと、教授は「大統領も閣僚やチームがいるよ」と切り返す。女子学生は「野球は娯楽。
オバマの仕事の方が重要」と再反論。
多額収入者への課税の是非に話が及ぶと、男性が「個人が努力で得たお金を国が再分配するのは権利の侵害」と声を上げた。


戦争責任の話題も盛り上がりを見せた。「日本は東アジアに謝罪すべきか」「オバマ大統領は広島・長崎への原爆投下に責任があるか」との問いには、会場が真っ二つに。
「祖父の世代の行為に責任はない」「生まれる場所は選べないのに、謝罪を強制されることには納得がいかない」との発言が飛ぶと、「前の世代を土台にして今の世代がある。当然責任がある」。
2時間の予定が1時間半近くオーバーする白熱ぶりだった。


サンデル教授は「日本人はシャイと聞いていたが、本当に真剣なやり取りが交わされ、感動的だった」と話した。


サンデル教授の講義は日本でも今春から「ハーバード白熱教室」と題して連続放映され、大きな反響を呼んだ。
講義をまとめた「これからの『正義』の話をしよう」の翻訳本は30万部を超えるベストセラーになっている。今回の特別講義は10月下旬以降にNHK教育テレビで放映予定という。

サンちゃんサンちゃん 2010/10/08 16:12 「これからの正義の話をしよう」ですね。日本人にもあんな先生、いて欲しいっすね。

マンデルマンデル 2010/10/08 18:35 これからのアッチの話をしよう。v

かっちゃんかっちゃん 2010/10/08 22:24 サンデラ教授の特徴はその司会能力にあるのではないでしょうか。思想に哲学的な背景もあるのかもしれませんが、興味津々です。

departuredeparture 2010/10/08 23:56 これからのオレの話をしよう。

鹿子鹿子 2010/10/09 00:22 これからの私の話をして!

2010-09-20 浄財の中身。

[]御坊の矜持。 御坊の矜持。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 を含むブックマーク 御坊の矜持。 - 藤野の散文-仲秋、紅葉、立冬、向寒 のブックマークコメント



イオンの葬儀事業進出が関係業界に波紋を呼んでいる。
「業界団体」というもののいつものの習わしで、彼らは常に「新しい自由化」に反発する。
なぜなら、それはそれまでそこで「甘えて」いたからに他ならない。


こういう時に色んな理由をつけて「値段表などを公表しては『仏教本来の精神を踏みにじる』とお怒りなのは全日本仏教会の重鎮の方々。
似た構図は建築とか、第三セクター天下り、とか官庁の随意契約とか、弁護士会、とか「業界団体」の体臭と言ってよい。
少なくとも(例えば比較的最近できた団体である)日本ソフトウェア産業協会などで、「料金表を表示するな」と言う人など一人もいない。

まず、顧客の声を聞くこと



商売、という表現がいやならば、「対人サービスの基本」とでも言えばいいだろうか。
宗教の「本筋にきちんと沿っている」と信者たちが思えば、自ずと葬儀代にせよ戒名料にせよ、お布施にせよ
すんなり払うだろう。
少々高かろうが納得すれば、それも信心なのは言うまでもない。
その得心が得られていないこと、は業界が襟を正して傾聴せねばならぬ重大な事実である。
納得のいかない料金を払って、それで信心が叶う、というのは本末転倒である。
したがって、宗教界は「信心をこころがける」ということを至上命題とし、その教義を敷衍することに心血を注がねばならない。
値段表など明らかになっても、信仰心があれば別に動じることはない。
もし値段表で「安物志向」な人がいたら、彼は信心が足らない(または講話が足りない)ということである。
そしてもちろん「そんなこと」はこと宗教に限らない。

そして、営み努力を怠らぬこと



あえて「営業」とは言うまい。
そう言えば法律業界も「営業」という言葉を使うと、露骨に嫌悪の意をあらわにする人はまだまだ多い。
法曹は「正義の職業だから」というのだが、そこで営業という言葉に抵抗する人ほど、どこかしら「邪(よこしま)」な価値観を持っているのは、肌で感じる事実である。
それはともかく、宗教界も。
信者や檀家が信心しているか、あるいは先祖の法要などに満足しているか、それを心がけるのは立派な営業努力である。
檀家の人が亡くなった際に、値段表をゴニョゴニョ言うのが営業ではないだろう。
自分も身内が亡くなった折には葬儀業者の対応には驚いたものである。
一生に何度も直面することではない故、ゆっくり検討もせずにあれこれ決めねばならないのだが、十分な説明と検討の上で故人の弔いができる状況ではなかった。

こういった摩擦が起きる、というその事実を「団体」とか「組織」は最大に"重く"受け止めねばならない。


このような事態が起きた時には、相当に自らの組織が陳腐化し、内向きになり、保護主義に染まって「壊死」が始まっていることを知らねばならない。
自分自身がもっとも早く気付かねばならないのである。
規制緩和や透明化の動きに反目するのではなく、「本筋に何が足りないかを考える力」つまり"客観"を備えている組織だけが、「自らを変化させて」生き残ってゆくのである。

こと我われは「新しいこと」に直感的に「批判眼」が出てきたら、自らの保身、老害を疑うべきなのである。


<asahil.comより>

明瞭会計の葬儀事業に僧侶異議 「言い値」放置に苦情も


大手スーパーのイオンが昨秋、「安心の明瞭(めいりょう)会計」をうたい、葬儀事業を始めたが、これに僧侶らが「仏教本来の精神を踏みにじった」と異議を唱えている。
寄付金であるお布施や戒名料などを定額料金のようにホームページで表示したことに対し、伝統仏教教団でつくる全日本仏教会(全日仏)が反発。
イオンは削除に応じた。ビジネスと仏事のはざまで葬式が揺れている。


「お布施はシステム化になじまない。遺族それぞれに寄り添う変動相場制であるべきだ。(イオンは)もっとおとなしくやっていただきたい」
全日仏が東京・秋葉原で13日に開いたシンポジウム。
パネリストの一人、僧侶で作家の玄侑(げんゆう)宗久さんは、こんな不快感を示した。

イオンがクレジットカード契約者を対象に、葬儀事業に乗り出したのは昨年9月。
全国約400社の葬儀業者と提携し、コールセンターに電話をすれば近くの業者を紹介する。全国共通の標準価格をもとに、棺や骨つぼなど費用の細目をすべて公開している。


今年5月には、僧侶の派遣をあっせんするサービスも始めた。
「お布施の目安」は、戒名のランクなどに応じて10万円、25万円、40万円、55万円。ホームページに表示し、「8宗派の約600カ寺と連携」とも宣伝していた。


全日仏は「僧侶への『ギャラ』のように表示され、寺が戒名を売買している印象も与える」などと反発。
表示をやめるよう、6月から申し入れていた。
戸松義晴(とまつ・よしはる)事務総長は「お布施という信仰の核心部分まで商品化された。この一線を越えられると、葬儀が仏教儀式として成り立たなくなる」と危機感を募らせる。


数回の話し合いの末、イオンは今月上旬、ホームページから「お布施の目安」を削除した。
ただし、コールセンターでは口頭で伝えている。


全日仏が神経質になるのは、数百万円に上る高額の戒名料やお布施の不明確な経理がバブル期から批判されてきたからだ。
全日仏は2000年に戒名に関する報告書をまとめ、「一部に高額な請求をする僧侶がいる」と認めた上で、「今後、『戒名料』という表現は用いない」「戒名は売買の対象ではない」などと表明していた。


とはいえ、具体的な改善策を示してきたわけではなく、全日仏には「僧侶はきれいごとを言い、実際には戒名を売りつけている」と怒りの声が寄せられているという。
国民生活センターによると、葬儀に関する相談は09年度は全国で544件。
05年度の約1.5倍に上る。特にお布施や戒名料に関する相談が目立つ。


イオンから提携を打診された溝口祭典(東京都八王子市)の担当者は「知れば不信感はなくなる」と、希望者にお布施や戒名の意味を事前に説明している。
一方、京都府内の葬儀業者は「お布施は遺族の経済力などで決まる」とイオンに批判的ながら、お布施の額は「僧侶の言い値という面はあった」。
イオンの担当者も「お布施の目安を知りたい声は多い」と、消費者ニーズに応えたサービスだと強調する。

 全日仏は「もはや問題を先送りできない」と、よりよい葬儀のあり方について全国の葬儀業者らと話し合う方針を示している。(岡見理沙、編集委員・森本俊司)

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 「葬式は、要らない」「戒名」などの著作がある宗教学者の島田裕巳さんの話 
全国展開を急ぐあまり、地域差がある葬儀を画一化しかねないイオンのやり方には疑問を感じる。
一方で、戒名のランク付けのほか、普段つきあいがないにもかかわらず戒名をつけてきた仏教界の矛盾もあらわになった。
不況の折、高額の葬式や墓地費用は家計を圧迫している。
葬儀のどこに問題があるのかを考えるよい機会だ。

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 〈全日本仏教会〉 天台宗や浄土宗など伝統仏教の約60宗派と京都仏教会など各地の仏教会でつくる財団法人。
1957年に発足し、東京都港区に事務局を置く。約100団体の連合組織で全国7万5千の寺院の大半が所属している。

2010-09-05 ナルちゃんの暗部。

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ナルシズムの強い人ほど、「敗者の表情」を見て反応するという。
自己愛、自身への執着が強い人ほど、実はさらに「排他的」なのだろうか。
そう思えば、思い当たる。


今回の調査は千葉の研究チームがまとめたということだが、題材にあまり「技」の修練の関係のないトランプゲームを題材にしたという。
ちょっとこの辺りがひっかかるのである。

単純な「運」の左右するだけのゲームなら、単純に勝った側が嬉しかろう。


だが、物事はそう単純ではない。
だから「運だけで勝ち負けがどうにでも転ぶ」というような種類のギャンブルに、人は熱中しない。
競馬でもパチンコでも、「何がしかの理屈」を読んで、そこに賭けることに我われは引き込まれやすいのである。
その証拠に宝くじ。
あれには「勝ち負け」はない。

単に私にも幸運を、というだけのおみくじである。


勝負の奥深さ



したがって単純なゲームなればこそ、勝者は敗者の嘆く顔を見て興奮するかもしれぬが、もっと高等な世界ではそうではない。

スポーツもそうだが、武道とか、芸術関係のコンペティションとか、囲碁将棋とか。


「勝ち負け」は重要な結果ではあるが、「そこに至るプロセス」がさらに重要なんである。
自らの力の限りを尽くし、信念で臨んだ舞台には、最早「勝ち負け」に執着するだけのプレイヤーはいない。
力の限りを出し尽くして両者が相まみえたあとには、勝者も敗者も、たがいに対する敬意はあれども「敗者の苦悩の表情」を自らの快感と感じる者はいないのではないか。
むしろ相手の敗着を喜んでいるようでは、まだまだ一流とは言えないと思うのである。


そう考えると、「勝負」のはっきりと着く競技でありながら、「敢えて勝ち負けに執着せぬ姿勢」を究極に持つことが、そんな勝負事の「道」の目指すところなのだとも思った。
ともかく、敗者の落胆を見て喜んでいるようでは、彼はまだまだ「その道の人」ではないだろう。
勝利への道、というのはなかなかに奥深いものである。

敗者の「がっかり」表情、勝者の脳の「喜び」に


「敗者」の悔しい表情を見た「勝者」の脳の反応を、放射線医学総合研究所(千葉市)の研究チームがとらえることに初めて成功した。
脳の前頭葉と呼ばれる部位で通常より強い電気信号が現れ、自己愛(ナルシシズム)の強い人ほど反応が大きかったという。
神戸市で4日開かれた日本神経科学学会など3学会の合同大会「ニューロ2010」で報告された。


他人の幸福や不幸に対し、同じ気持ちを抱く心理状態が「共感」と呼ばれるのに対し、野球やサッカーなどの試合で勝者が敗者の悔しい表情を見て喜ぶ感情は「反共感」と呼ばれている。


研究チームは、反共感の際、実際に反応する脳の部位を確認するため、トランプで数の大きい方が勝ちとなる単純なゲームを実施。
敗者の悔しげな表情を見た勝者では、前頭葉の前部帯状回と呼ばれる部位に現れる「フィードバック関連陰性電位」という電気信号が、通常よりも強く脳波計で測定された。


被験者に自己愛度を測る心理テストも受けてもらったところ、自己愛の強い人ほど、この電位が高くなった。
一方、相手に同情しがちな人では、電位はあまり変わらなかった。
チームの山田真希子研究員は「自己愛性人格障害など様々な対人関係障害の病態理解につながる」と話している。
(2010年9月4日14時42分 読売新聞

遼くんばんざい遼くんばんざい 2010/09/05 16:45 明るい話題のない中、おめでとうございます!ネタと関係なくってすみません。。

なるなるなるなる 2010/09/05 22:28 題名に釣られてきました。敗者の表情に快感を覚える、て確かに一部の西洋的なスポーツマンだと思います。
真の勝者はそんなことで自分の気持ちを動かさない、というご主旨にはまったく共感。
大学の研究チームも、物事を深く考えてもらいたいものですね。