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2013-02-23 政治のリーダーシップ(1)

[]相続税のない国より。 相続税のない国より。 - 藤野の散文-小暑、逃げ水、不如帰。 を含むブックマーク 相続税のない国より。 - 藤野の散文-小暑、逃げ水、不如帰。 のブックマークコメント

中国所得分配改革案が発表された。
税制だけでなく社会保障などについても計画されているという。
富の格差が問題の焦点との拓大・藤村教授の指摘だが、読んでいてふと思う。
(所得分配、という呼び名がいかにも共産主義国らしいが)

国の政治とは。

まず所謂「経済発展」を目指して国民を鼓舞し、これも所謂「国を豊かに」するためにはどんどんビジネスや投資を促進する。

そうした志向の制度やシステムを作ると、それに向かって多くの人が動き出す。
いつしか「行き過ぎた状態」にまで過熱し、基本のシステムそのものが世相に合わなくなってくるのである。

もうすでに「国は経済発展を目指すもの」とか「豊かになる」ということがデフォルトの目標のようになっているけれど、こうしたまあ「国家とか政治としては当然」とも思われることが、今の先進国格差問題とか、環境汚染とか、内戦とか国際紛争とか民族の対立など、あるゆる問題を結果引き起こしている。

殆どの国が陥るこうした政治の蹉跌を防ぐ手立てはあるだろうか。
例えば、政治はは結局はどこかで社会主義にもどり、富が偏在しないシステムを導入するしかないのだろうか。
自分はこうした「成長の魅惑」に取り憑かれぬ手段は、"文化"でしかあり得ないと思う。教養と言ってもいい。

以前中国の友人と話したときも「今の中国人にはそうした議論は無理」と嘆いていたが、確かに「もの欲しいばかり」の心理状態の人にいくら「その先」を説いても共感してはもらえない。

そうした時に明確なビジョンを提示し、構成員(国民)が盲従状態にならないような政治姿勢を取るリーダーシップが必要になる。
リーダーシップとはまさにそんな「強力な志向性」なのである。
(つづく)

金持ちはますます金持ちに 相続税も固定資産税もなし 富豪に好都合な中国のシステム
2013.2.13 11:02
 中国政府が昨年末までに提出すると約束していた所得分配改革案がようやく発表された。この改革案に盛り込まれた諸項目がすべて実施に移されれば、所得格差の問題は間違いなく解決に向かうだろう。とりわけ注目されるのが、相続税(中国語では遺産税)の導入について初めて言及したことだ。だが高所得者の反対を押し切って実現にこぎつけられるだろうか。(フジサンケイビジネスアイ
 所得改革案は税制から賃金制、社会保障など実に多岐にわたっている。所得格差の拡大がさまざまな制度や政策のゆがみから生じていることを、改めて浮き彫りにしていよう。
 だが、改革案の中で目標年次などをはっきりと定めている項目は意外と少ない。多くは項目を列記しただけで、実施時期や目標数字などはほとんど入っていない。中には単に「研究する」とのみ書かれた項目もある。どこまで実現できるかは極めて不透明といえよう。
 その典型的な例が相続税である。改革案では単に、「適当な時期に問題を研究する」とのみ書かれている。
 中国では従来、相続税や固定資産税のような資産税は一部を除いて導入されてこなかった。富裕層にとっては、こんなに好都合なことはない。中国の富豪ランキングをみると、創業者の財産を子息がそっくりそのまま引き継いでいるケースが少なくない。相続税がないからだ。また、富豪の多くは不動産分野に投資し、巨額の利益を得ている。これは住宅取得税や固定資産税といった資産税がないからであろう。
 このうち個人住宅に対する住宅取得税(中国語では不動産税)については、昨年から上海市重慶市で試験的に行われている。今回の改革案では「改革テストの範囲を徐々に拡大していく」となっているが、全国に普及するまでにはかなりの時間がかかりそうだ。
 それ以上に難しいのは相続税である。実際に導入されれば、所得格差是正の切り札になるのは間違いないが、とにかく改革案では「研究する」と書かれているだけだ。いつになったら実現するのか、皆目見当がつかない。高所得者からの反発は必至なので、よほどの覚悟がない限り、導入は難しい。
 今回の改革案は、今年3月で首相の座を降りる温家宝氏が、自分の任期中には実現できなかった諸課題を、習近平政権への宿題として課したものといえよう。新政権は厄介な宿題を残されてしまった。(拓殖大学国際学部教授・藤村幸義)

カアンターカアンター 2013/02/23 19:35 久々の、経営論というか国家論ですね。
リーダーシップって厳しいものなのですね。

国家論国家論 2013/02/23 23:07 税金って、その国の維持のためには必要な行政費ですけど、どうしても無駄があったり、利権が蔓延ったりしますから、そうしたことをどう解決してゆくか、がこれからの政治の課題ということですよね?
一通りのそうした政治の灰汁が露呈した、という意味ではこれまでの民主政治の歴史も捨てたものではないのではないか、と思います。
またお邪魔します。
失礼します。

2012-02-22 著作権の未来は輝く。

[][]いよいよ現実の課題。 いよいよ現実の課題。 - 藤野の散文-小暑、逃げ水、不如帰。 を含むブックマーク いよいよ現実の課題。 - 藤野の散文-小暑、逃げ水、不如帰。 のブックマークコメント


講談社が遂に「すべての新刊の電子書籍化」を実施するという。
ついにe-publishingのフル・リアル化が実現する。

紙の本を作る際、著者の許可を得て、電子書籍向けの電子データを同時につくる。

ということ自体には、さほどエネルギーはかからない。
ブラス・アルファの手間で、電子書籍化はついに完全化することになったのである。
講談社の野間社長は「著作権者の最大利益を求めて考える」との雄弁を発されているが、これはまったく裏側から見ても同じこと。
「読者の最大利益を求めて考える」ということと何ら背反するものではない。

本筋の考え方

そもそも、著作物が「まったく著者の意図を無視して流通する」ということなら(それでも"ある意味において"だが)著作権者の知的権利は侵害される、と言える。(自分はこれも「狭義に」であると思うが)
コピーが何回まで許される、とか
著作物の権利が、権利者の没後70年である、とか
権利の利用料が何パーセントである、とか
「私的利用や教育目的なら許諾される」とか

そもそも著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。(著作権法第二条より)」などと色々言い始めると、どんどん現実の運用と乖離し始めてしまう。

内田樹さんはじめ、「今の時代の中心的な」著作者は、さらに強気に「自らの思想」を重きとして、"あらゆる流用、剽窃も厭わず"との姿勢を打ち出したりされているが、ここまで裸になれる思想家はそう多くないのだろうと思う。(この潔さが自分は好きだが)

原点回帰。

そもそも、著作者が苦労をして創作をし、それを"公(おおやけ)"に利用させるときの「決まりごと」である。
あまりにも「決まりごと」がうるさければ「もう利用しない」となるのはサービスの道理。
結局、電子書籍にせよ、週刊誌にせよ、新刊にせよ、全集の発行にせよ、「"その源なる知的財産"とそれを"是が非でも利用したい大衆"」の二者がいて初めて成り立つ関係である。

ということは、講談社の「全作品著作化」というのは、そのために限りないユーザー寄りの選択肢を提供した、という努力の結実である。(と同時にやはり著作者の利益にも限りなく近づいていると思う)

つまり、「流通のコストとか、印刷のコスト」などは省かれていいが、「著作の取材活動費とか、編集者や企画を担当する出版社の知的費用」はもちろん担保されるべきである。

結局この世界にも「透明化」が訪れているだけであって、他業界の騒動と同様に「余りに実体とかい離し、本業をつぶしてしまうような事態」には至らないと思う。
ここでも守旧派の取次店のシステムや委託販売制度などの「旧態」が改革されてしまうことへの抵抗がまだ続いていただけなのである。

そして、講談社がついに「全作品の電子化」を表明したことによって、いよいよ"著作物流通の新時代"がはじまるだろう。
ルールが整備されれば、「著作そのものが持つ知的パワー」が光り出し、これまでの「活版印刷の時代」を飛び越える「超コンテンツ流通時代」が来るだろう。
ここまでの抵抗勢力との確執は、そのための産みの苦しみだったのではないだろうか。
"或る時代"は超えてしまえば、もう全部過去のこと、になるのに違いない。

講談社、全ての新刊の電子書籍化が可能に 6月から
講談社は6月から、すべての新刊について、紙と同時に電子書籍も刊行できる態勢を整える。野間省伸社長が20日の記者会見で明らかにした。

紙の本を作る際、著者の許可を得て、電子書籍向けの電子データを同時につくる。作品発表後のいずれかの段階で、電子書籍として発売することをめざす。

 電子書籍の刊行時期は、著者と相談して決める。紙と同時とは限らない。シリーズ作品を複数巻がまとまる段階にしたり、文庫化の可能性が高い作品を文庫化の段階にしたりすることを検討する。野間社長は「著作権者の最大利益を求めて考える」と説明した。

Celebrity LifeCelebrity Life 2012/02/22 15:06 一度はセレブと言われる暮らしがしたい