Hatena::ブログ(Diary)

ウィルフレムのメモ書き(雑用日記)

2010-12-16

マイケル・サンデルの「これから正義の話をしよう」の危険性について

マイケル・サンデルの「これから正義の話をしよう」という本がある。

有名な本で話題になっているので読まれた方もたくさんいるでしょう。

今日はその本の感想について述べたいと思います。

なお、始めにお断りしておきますが

自分は理系(環境工学専門)なので、今回の「哲学」は専門外に当たります。

なので、専門家から見ておかしい事を書いているかもしれません。

また、専門家でなくても疑問点は浮かぶかもしれません。

何かありましたらコメントをお願いいたします。


マイケル・サンデルの本は簡単にいえば「人として正しいこと」とは何かを探求することである。

彼は既往の「功利主義」「平等主義」「自由主義」などを挙げ

それがもたらす不平等や「嘱託殺人」「代理出産」といった「道徳的問題」や「人間性の欠如」などの問題を挙げ

これらの「主義」では問題があるとしている。

例えば「自由主義」ならば他人が「自殺」を止める権利はなく

功利主義」ならば、金をもらって子宮を貸すのを止めることは出来ない

その為、(アメリカでは)このような問題が起こっている。

これらの原因は「道徳的・宗教的信念」と切り離して「正しいこと」の基準を考える点にあるとサンデルは考え

その問題を克服するために政治や教育に「道徳」や「共通善」といった考え方を入れるべきである。

そして、宗教や道徳といった観点を排除しがちな(アメリカの)世間は「道徳」や「共通善」の排除をやめ、それを元に各種問題を議論すべきというのが彼の主張である。


……一見すると、彼の主張は正しいと思える。

実際、彼が挙げた問題を解決する方法として、彼の主張しか無いように思える。


ただし、彼の主張は「机上の空論」であり、「理想気体のような物」でしかないと思う。


理由は簡単だ。

「本当に人々に共通する普遍的な『道徳』や『善』は誰にも分からないから」

また

「例え悪だからといって社会から排除していいのだろうか?」という疑問もある


例えばこんな話はどうだろうか?


頭のいいA氏はある商売を思いついた。

他人の家に入り、書いた文章を無断で複写して、それを自分の家に持ち帰る。

持ち帰ったA氏は文章を並べ整理し、探しやすくし、入場料を取る形で有償公開した。

人々の利便性は向上した。

しかし、文章の持ち主たちはこう主張した

「A氏は人の物を無断で複写し、それで金を儲けている」

A氏がやったことは「悪いこと」なのか?

パッと見たら悪いことをしているように見え、A氏の商売には問題があるように見える……

が、こう書くとどうだろうか?

頭のいいA氏はある商売を思いついた。

他人のサーバーに接続して、書いた文章を無断でコピーして、それを自分のサーバーに保存する。

持ち帰ったA氏は文章を並べ整理し(キーワードを抜き出す)、探しやすくし(インデックス化)、入場料(広告)を取る形で公開した

人々の利便性は向上した。

しかし、文章の持ち主たちはこう主張した

「A氏は人の物を無断で複写し、それで金を儲けている」


さらにこう書くとどうだろうか?


頭のいいA氏はある商売を思いついた

検索エンジンを開発し、クローラー(収集プログラム)はサーバーを巡回して文章を収集する。

クローラーは文章をからキーワードを抜き出してインデックス化した。広告を貼りつけてGoogleと名付け公開した。

インターネットの利便性は向上した。

しかし、文章の持ち主たちはこう主張した

Google及びA氏は人の物を無断で複写して儲けている」


Google検索エンジンは「悪いこと」なのか?

私は検索エンジンは「悪いこと」ではなく、むしろ善だと感じる。

しかし、最初に述べた例だと善では無いように感じる。


検索エンジンは「情報の無断使用」という「悪」なのかもしれない。

現にLibrahack事件では検索エンジンによるクローラーを最初の例に例えて「悪」だとする人たちがいた。

素直に「道徳的感覚」や「共通善」で最初の文章だけを見ると、「悪」と感じる人が多いと思う。

しかし、我々にとって検索エンジンは欠かせない物だし、情報技術として検索エンジンは重要であるし、

最後の例は善だと思えるのではないだろうか?

また、自らの感覚で善を判断するというのは危険ではないだろうか?

そして、善で無くても存在する必要がある物は存在するのではないか?


サンデルの主張は理論的には確かに正しい。

しかし、我々は全知全能ではないし、自らが「善」や「道徳」と感じているものが本当にそうである保証は全くない。

そして「善」で無い物も存在し、社会のために必要とされる場合もある。


そういう物が存在する世の中で

彼の主張は(彼が意図して無くても結果的に)

「独善」や「価値観の押し付け」や「多様性の欠如」や「少数派の弾圧」に繋がる危険性がある。


マイケル・サンデルの「これから正義の話をしよう」は危険ではないだろうか?

はてなでのブログ開始

FC2でもブログやってるけど

こっちでもブログ開始〜

向こうは製作日記としてだけど

こっちには何か感想とか主張とか載せていくつもりです。