月間MOEを読む。別にローマ字読みで想像されるような雑誌ではない。しかし絵本をテーマにした本なので、やはり手にとるには抵抗がある。それでもその本を見ざるをえなかったのはアン・グットマンとゲオルグ・ハンスレーベン夫妻の特集があったからだ。『リサとガスパール』、『ペネロペ』の両絵本の作者である二人がどのように作品を作っているのかということに興味があった。読んでみて二人の仕事の丁寧さがよくわかった。絵も文章も互いにあわせて書(描)き直すことがあるのだそうだ。作曲と作詞と違って部分的なやり直しがきかない(離散的ではない)絵というアートにおいてそれをやるということ(文章だって大幅な書き換えが要るはずだ)がとても印象的だった。あと、バックグラウンドがしっかり作りこまれているというのも印象的だった。例えばペネロペはアニメ化されているが、そのときの日本スタッフとのやり取りが一部紹介されており、それを読んでいるとバックグラウンドがしっかりしているからこそリサ、ガスパール、ペネロペの行動がよりリアルさを増しているということがわかった。空間(背景)と時間(行動)は別々のものなのだけども不可分なものでもあるのだ。

鴨が空に還っていった。何も悲しい事はない。

西原理恵子さんの元ダンナである鴨志田穣さんが亡くなったとのこと。前に書いた『毎日かあさん』のときから一度は回復していたようだ(あのときはアル中で、今回はガンだったらしい)。アル中を克服したのも束の間でガンで亡くなったというその締めくくり方にモンティ・パイソングレアム・チャップマンに似たものを感じる(その意味では表題の元ネタも微妙に関係している、というか元ネタを作った人はその言語感覚がすごい人なのだと改めて思い知らされる)。その人に対する攻撃性と依存性の二面においても(『インド怪人紀行』によるゲッツ板谷さんの最後のほうの描写が素晴らしい)。おそらく時期的に絶筆だったであろうエッセイが西原理恵子さんの思い出についてであるのはせめてもの救いだったのだろうか。