つれづれならない日々Ver1.1

2012-06-30 あなたは「幸せ」について真剣に考えたことがありますか?

以下、2010年夏のコミックマーケット78より頒布されました『恋愛ゲームシナリオライタ論集 30人×30説+』において、『恋愛ゲームシナリオライタ論集』2作完売に基づく情報公開 - then-d’s theoria blog ver.に基づいて原文公開しています。


1.はじめに

StarTRain』は私の人生に影響を与えました。どうしてくれようか?ということを書きたくて、今回筆をとっております。

「幸せ」について、「人生」について考える材料は七烏未奏三部作『StarTRain』『絶対幸せ宣言っ!』『ネガゼロ』に詰まっています。その面白さについてごく一部ですが触れていきたいと思います。

最後に、ポエミーな私見も混ざっていますのでお気をつけ下さい。でも、この三部作もかなりポエミーだから大丈夫かもしれないと思いました。

人生に悩みを抱いているそこのあなた向けのゲームですよ!

2.『StarTRain』について

この作品は、主人公の司が憧れの先輩の奈美とうまくいかず、失恋するところから始まります。

【奈美】「Hって……痛いね」

【奈美】「Hってなんだか……寂しいね」

(『StarTRain』共通ルート)

セックスが距離を縮めることもあるが、逆に心の距離が離れていることを実感してしまうこともあります。「恋愛」という観点からみた「幸せ」とは何かを追及したお話。

『作品概要』

甘いだけじゃなく、辛くもある『恋愛』。

このゲームでも、他の美少女ゲームと呼ばれてるものと違わず『恋愛』を主題材としております。

ただ、そこで描きたいものは、『優しいだけではない恋愛』。

暖かいだけじゃなく冷たい――でも暖かい。

そんな物語を皆様にお届け出来ればと思っております。

スターティレイン製作委員会

(mixed up公式サイト)

夢原飛鳥

「自分を好きにならないと幸せにはなれない」が口癖の彼女。それは他人から見たらとても強い行動であり、失恋して落ち込んでいる司を励まします。そして実際に恋人として付き合うことになります。その過程で司の心の傷も癒されていく。

しかし、今度は飛鳥のポジティブ思考の理由に触れていくことになります。いざ彼女を知っていくにつれて、実は自分を不幸と認めたくない「強がっている」だけってことに気づかされます。その問題は主に母との関係にありますが、今度は飛鳥の弱い部分を司が助けるという相互関係になっていて、そこが面白い。

「幸せ」は人に頼らず頑張ることによってつかめるかもしれない。しかし、二人助け合う相乗効果、ラブパワーにはかなわない。なぜならお互いに弱いところを補いあうことができるから。単体では弱くても力を合わせることでより「強く」なれるから。将来裏切られたり、不慮の死を迎えることがあるかもしれないけど、だからといって一人ぼっちで強がる必要はない。

遠日奏

「恋する乙女」という台詞がこれほど合うキャラもいないような気がします。司と幼なじみのポジションにある彼女ですが、恋する乙女でありながら恋に怯えているところがポイントとなります。

幼少の頃から司のことが好きだった奏。ずっと司の背中を見続けていたからこそわかる。司が奈美のことを好きだということを。だから、一歩を踏み出すことができなかった。

そして、奈美と別れてフリーになってもなお、臆病な性格からなかなか本心を口に出して言えない。鈍感な司は言葉をそのまま受け取ってしまい進展しない。そんなもやもやした状況の中、メールで毎日詩を送る奏。一見しただけではわからないけど、改めて頭文字を読んだとき、戦慄を覚えたのは私だけではないはず。

司に近づきたくて、何かと理由をつけて近づくのに、実際に口に出る言葉は照れと恐怖から正反対の暴言をはいてしまう。ぶっちゃけ、ツンデレなんですけど、本当は司が好きなんだなってことが言葉以外のところからよくわかってしまうところに可愛さを感じずにはいられない。

恋が人を苦しめて、そして幸せにもする。七烏未奏作品では珍しく直球のお話で、これがあるから『StarTRain』は名作扱いされているんだと思います。

神崎蓬

傷の舐めあいから始まる恋。

お互いに前に付き合っていた人のことを忘れられず、そんな寂しさを埋め合うところから始まった関係。最初は、確かにただの寂しさ解消だったのかもしれない。そんな違和感に余計に寂しさを覚えました。

そんな、考えすぎる二人をぶった切るのが友人ポジションの麻衣子。

【麻衣子】「……ツッキーとモッチーはね、多分理屈家なの」

【麻衣子】「人生において。●●でなければならないって、そんな概念が大きすぎるっていうか」

【麻衣子】「理想主義とは違うんだけどね。何かを追いかけながら生きてるっていうか。やっぱり理屈家」

【麻衣子】「もっと素直になれば、人生楽しくなると思うよ。マイコみたいにさ」

(『StarTRain』神崎蓬ルート)

お互いに共感を覚えつつ、ゆっくりと本当の恋に発展していくお話。お互いに惚れあった状態から始まるのが理想なのかもしれないが、焦らず寂しさを埋め合う関係も悪くないよね、といったところか。

読後感の煮え切らなさもひどいものですが、こういう話はなんとなく現実にありそうって気もします。

羽田七美

司に二度目の絶望を与える、最高に残酷なシナリオ。司は最初、奈美と顔と声が似ているから気になった。話をしていくうちに性格は全然違うことがわかってきて、でもむしろ奈美にはない七美のポジティブさに惹かれていく。

【七美】「幸せなんてね、多分、なんてことはない、そこらへんの日常に転がってると……多分、私はそう思うんだ」

【七美】「日常はくだらなくなんてないよ。それに、もし本当にくだらないんだったら、旅でもしてみればいい」

【七美】「無理して物語に憧れなくても、面白いことって、そこら中に沢山転がってるからさ」

(『StarTRain』羽田七美ルート)

七美は実は不治の病気。最後に日常という幸せを感じたくて外の世界を旅していた。何気ない日常全てに幸せを感じ、全てをポジティブに感じることのできる彼女に司はどれだけ救われたことか。

救われたからこそ、存在が消えたあとの絶望の振れ幅も奈美の時の比じゃなくて。そんな残酷なことがあっても時は無情にも進んでいく。受験シーズンになって進路も決めなきゃいけない時期に生きている心地のしない司をみるのがとても重い。

そんなときに司を励ます晃先生の言葉が身に染みます。

【晃】「人間なんて弱いもんだよ。だから人に愚痴を垂れるんだ。愚痴垂れて、体の中の毒素を抜いてだな、正常な状態で明日を迎えるわけだ」

【晃】「弱いものは弱い、しょうがないじゃないか。強くなりたいって思うのはわかるし目指すのもわかる。だがな、弱い自分を否定して動けなくなったら、ただの馬鹿だ」

(『StarTRain』羽田七美ルート)

少し脱線ですが、このゲームの登場人物には無駄なキャラがいないのも大きいと思います。みんながそれぞれ役割があって、それぞれの人生があることを感じさせてくれる。物語とはいえ人間に人間を感じさせてくれる。

色々ありながらも、他人にたくさん迷惑かけながらも、ようやく立ち上がれたところでお話はクライマックスを迎えます。

最初に引用した、作品概要は正にこのシナリオのことを指しているんだということがわかります。

ご都合主義だけに頼らない恋愛を描いた、凄く尖った作品だったといえます。

4.『絶対幸せ宣言っ!』について

『StarTRain』以上に「幸せ」とは何かをつきつめていくお話となります。いきなりメインヒロイン四季彩の友人にあたるキャラが自殺をする。そんな不幸なことを繰り返さないために、彩は「幸せ」を追求していきます。

四季彩

『StarTRain』飛鳥シナリオの焼き直しとも考えられるけれど、飛鳥は自身の不幸が原因で他人の不幸を嫌う、彩は他人の不幸が原因で他人の不幸を嫌うという違いがあります。

彩が言っていることは詭弁かもしれない。それでもご都合主義に憧れて何が悪い。

【彩】「綺麗事を語る物語が嫌いな人が綺麗事を好きになるくらい、素敵な綺麗事の物語を作ればいいんです」

【彩】「見た人が幸せになれるような、そんな紙芝居。見ればきっと幸せになる紙芝居」

【彩】「――だから!あたしは何度後悔しても、……やらないよりは、やりたい。やれないじゃなくて――やってみせる!」

(『絶対幸せ宣言っ!』四季彩ルート)

この結論に至るまで色々あったのですが、挫折してなお綺麗事を主張し続ける彼女のまっすぐさに酔いしれます。

立川千夏

大人になって過去にしか幸せを見いだせなくなった千夏。彼女は社会に絶望を覚えて、学生時代に戻りたいと願い、本当に戻れてしまった。

千夏のポジティブさ、行動力は失った時間を取り戻せたからできたことだったのかもしれない。でも、それだけ動けるなら社会に出たって幸せを探すために動けるはず。だから、主人公の恵は次のようなことを言います。

【恵】「失った時間は戻らない。でも、まだたどり着いていない時間なら動かせる」

【恵】「逃げようって思うより、動くこと」

【恵】「一見つまらないように見えても、すっごく綺麗なものは転がっている」

(『絶対幸せ宣言っ!』立川千夏ルート)

学生時代にあった幸せ。それは社会人になればなくなるものなのか?幸せは逃げてはやってこない。自分から動くことによって手に入れられる。千夏が言っている感覚は、日常に縛られがちな社会人になって初めて正しく理解できたと思います。学生時代は確かに数年単位で色々なことが移り変わって毎日が楽しめた。大人になるということは、行動を制限されることで、新しい発見は減ってしまうかもしれない。でもそれだけで全てを諦めるのは話が違う。

余談ですが、昔はこのシナリオはファンタジー要素が大きくて嫌いでした。でも、最近改めて読み直すと凄く好きになっていました。社会に出て立場が変わって、学生時代に憧れる気持ちが少しは理解できてしまったので、物語の見方も変わったのかもしれません。

安笠春香

一見すると探偵になりたいだけの電波なのかと思いますが、その行動の裏には姉の死とその臓器移植によって春香が生きている重い現実がのしかかっています。

死んでしまった人に申し訳なく関係も進められないわけですが、その時は誰のために幸せになっちゃいけなくて、誰のために幸せになってもいいのか考えればよい。

姉が死んだという話なら他にもありますが、さらに臓器移植を絡めて因縁を深くした辺りに、このシナリオのあくどさがあるのかな。

神田秋代

【秋代】「恵まれない人々は愛情の格差に苦しみました?漫画の中の愛に嫉妬しました?馬鹿じゃない? 私は――」

【秋代】「そんなものなくったって、生きれるってことを、見せてやりたくて、恵まれなくてもどうにかなるってことを見せたくて――」

【秋代】「身体を売ってでも生きて、人を罵ってでも強さを主張して、そんな私じゃないと、ダメ」

【秋代】「私は、私の考え方を肯定するためにも……この生き方を貫かなければならない」

【秋代】「…幸せは自分の力で、環境に関係なく作れるもの、幸せは自分の手で作るもの」

【秋代】「人から愛情を受け取らないのは、私の意思を、貫くため、肯定するため」

(『絶対幸せ宣言っ!』神田秋代ルート)

秋代もまた自殺した娘の影響を受けているのかもしれない。

不幸を主張しての自殺。秋代もベーチェット病にかかっていて不幸だけど、それでも自分の力次第で幸せをつかむことができると信じている。

そして彩の対照かつ『StarTRain』飛鳥シナリオの対照形となっています。

人に助けてもらうことで手に入る幸せと、人に頼らなくても得られる幸せ。

そんな秋代自身も、「優しさ」という名の力は認めていて。

【秋代】「優しさは強いから、私の弱いところをジワジワと攻めてくるから。必死に守ろうとしているところを、刺してくるから」

(『絶対幸せ宣言っ!』神田秋代ルート)

ここで優しさの強さを認めたのが飛鳥でしたが、更にここからつっぱねて自分の生き方を貫くのが秋代。このシナリオの尖りっぷりは『絶対幸せ宣言っ!』の中でも目を見張るレベルといえます。

白雪冬子

色々なことを考えすぎて前に進めなくなった冬子。

前作の麻衣子と同様に「白雪」姓をもつ彼女。七烏未奏先生は「白雪」という名字に、何か意味を持たせているのかもしれません。人の考えが見えてしまう。麻衣子はおせっかいではあるけど割り切って生きているが、冬子にはそれができずウダウダ自分がわからなくなって迷走している。

【冬子】「唱える理想と自分の現実。突きつけてることの矛盾と大きな問題」

【冬子】「相反する意見を、相手によって言い分けて。人間は記号じゃないから。その時によって言葉は変わっちゃうし」

【冬子】「正しい理論なんてどこにもないことに気づいて。その結果――絶望するんだ」

【冬子】「正しい言葉が、人を救えるとは限らない。受け入れられるとは限らない」

(『絶対幸せ宣言っ!』白雪冬子ルート)

考えすぎて動けなくなっているなら、とりあえず考えなしに動けばいいんじゃない?動いてから考えればいいよってのがここでの結論で。今までは何だったんだ?とも思うかもしれないけど、それはそれで考えることを考えることに意味はあったんですよ。前作もそうでしたが、結論が出ないという結論が出ることが面白いなぁと思います。

【恵】「なになにがおかしいからどうとか、変なとこがあるからどうとか、そういうのは二の次なんですよ」

【恵】「答えがあるから考える」

【冬子】「――それって、ダメな物の考え方じゃないの?」

【恵】「でも、その人間の持つ信念とか正義って、そういうのじゃどうにもならないじゃないですか」

【恵】「根本的な部分――人間の根っこだけはどうしようもできないから。それを出来るだけ満足させるよう生きるしかない」

【恵】「俺は、そう思うんですよ」

(『絶対幸せ宣言っ!』白雪冬子ルート)

結局生きるということは、どこかで結論の出ないことに折り合いをつけて、止まってくれない時間に人間がついていかざるをえない…のかもしれません。

それはそれとして冬子の台詞は、いつも真理をついていて面白いものばかりでした。冬子のウンチクを楽しめるかどうかが『絶対幸せ宣言っ!』という作品を愛せるかどうかの分かれ目だと思います。

5.『ネガゼロ』について

「幸せ」とか「不幸」とかに直面するヒロインがヒーローモノをやったらどうなるのか。

「幸せ」と善悪論は近い位置にあるとは思うのですが、だからこそバトルモノの企画に呼ばれたのではないかと考えます。

「絶対幸せ」論者に力を持たせたらどうなるのか?それがポジティブワンこと「いちよ」の立ち位置。

環境的なレベルの不幸は、自分の努力じゃどうしようもならないことが多い。

もし仮にそうなると思っているなら、それは世界が自分の力で回っていると思っている人間の、単なる思い上がりだ。

だから私は、魔法で環境弱者たちを救ってあげるのだ。

いや環境弱者に限る話じゃない。

全員だ、全員。そう、みんなが不幸を忘れてしまえば、この世界は平和になる。

(『ネガゼロ』いちよ回想シーン)

また、何か行動するたびにうまくいかず、いつしかネガティブなことしか考えられなくなったヒロイン。そんなネガティブ少女がそれゆえに悩む力をエネルギーに変え、ズレた認識を正していく。それが「れーこ」の立ち位置。

そんなネガティブ少女の悪い方に考える癖はどうすればいいのか?

【なおた】「できない自分を否定するんじゃなくって、できない自分を肯定してさ」

【なおた】「自己弁護はいらない。でも、直視は必要だ」

【なおた】「いくら嘘をついたって、いつかははがれちゃうもんだ。だったら――もう少し」

【なおた】「正しい理屈を考えればいい」

(『ネガゼロ』最終章)

人間は理屈が本能を上回る生物。できないのならできない自分に嘘をつくのではなく、できないなりにどうすればよいのか考えればいいんだよって言ってます。

どうすればいいのか考えるには、何をしたいのか決めなくてはいけませんね。れーこは強くなりたかった。

【コウメ】「強くなりたいと思っているなら、そうなるためにもがき続けるしかない。どこかでかっこつけることを考えて…」

【コウメ】「みっともなかろうが、あがき続けるしかないんじゃ」

【コウメ】「現実を見た環境論なんて、その後の問題じゃろ?」

(『ネガゼロ』最終章)

環境が悪いからどうにもならないことは現実にはよくあるのかもしれません。でも、やりたいことをやろうとすることに環境なんか関係ないということでもある。そしてやりたいことをやるのに、見た目を気にしてはいけない。どんなに辛くても罵られてもそれをやりたいんですよね。

『絶対幸せ宣言っ!』では秋代が、環境関係なしに現実を生き抜いていました。『ネガゼロ』のメインテーマの一つもそんなところにあって、環境論は行動の前にあるのか後にあるのか?ということに触れています。結論は行動のあとに環境を考えればいいと『StarTRain』時代からずっと言い続けています。

それでいて、『ネガゼロ』では、れーこはなおたがいないとダメだという相互依存関係にも触れていて、これも『StarTRain』夢原飛鳥の頃から触れられています。

『ネガゼロ』は、一見すると新しいコンセプトなのかと思いきや、『StarTRain』と『絶対幸せ宣言っ!』の集大成となっています。今までの作品よりは言いたいことがはっきりまとまっている作品かなと思っています。

話以上に戦闘が面倒なので、私自身この作品をもう一度やり直すことはしなかったんですが、一度『ネガゼロ』という一風変わったヒーローモノをやってみるのも面白いですよ。

6.まとめと私見

どのお話も、煙にまいた言い方が多くて何が言いたいのかわかりにくいかもしれません。美少女ゲームを娯楽としか考えていない人には向いていないと思います。ただし、いつも行き先に悩んでいる私みたいな人間にとってはこれからの人生に影響を与えてしまう思い入れの深い作品へと化けることになります。

どの作品でも言いたいことを単純化するつもりになればできます。しかし、単純化した時点で伝えきれなくなるんですが。結局は「幸せは歩いてこない。だから歩いていくんだね」…ってことなんじゃないか、と思います。

「幸せ」なんて結局主観的なものでしかなくて、客観的にみるとどうしても幸せの価値はズレるもの。

今のあなたは幸せですか?幸せは不幸と嘆いて動けないでいると決して手に入らない。動くことによって初めて幸せを得る可能性が出てくる。

「幸せ」って何なのか?って考えると、行きつくのは「生きる」って何なのか?ってことになります。一度はどうして生きてるんだろう?って考えたことはないでしょうか。ぶっちゃければ、私は私自身が大嫌いです。超がつくくらいに。口から出ることは他人に合わせるための嘘と欺瞞に満ちているし、かといって本当のことを言って他人から嫌われるのも嫌だし。本当何わがまま言ってるの?お前って話ですよ。自分以外の他の人間なんてどうでもいいけど、自分自身も嫌いなので、世の中何を信じていいのかわからずいつも足踏みをしています。

だから、いつも自分の存在意味について考えます。大学に入ってから卒後の進路が自分に向いてないことがわかってしまって、大学も何度も辞めようと思ったこともありました。だからといって辞める勇気もなくて、でもレールに乗るだけの人生も嫌で、ここで中途半端な執筆とかやっちゃってます。

『StarTRain』やってて思ったのは、司はどうしてこんなに自分に(思考が)似ているのか?ってことでした。司はめっちゃ他人に興味ないじゃないですか。そして、こんな人間でもきちんと生きていけるエンドが用意されていて、だったら世の中自分が嫌いでも生きていけるのかなと思うことができました。

そして、次に『絶対幸せ宣言っ!』をやって、よくわかんなくなったら、とりあえず動いてから悩めばいいじゃんっていう冬子のシナリオに、思いきり影響されています。頭でいくら考えても動かなければ何も手に入らないし、また同じことで悩むかもしれないけど、そんな性格の根っこは変えられないんだから割り切って、もう動いちゃえ!と。そして、社会は本当につまらないけど、千夏のおかげで諦めずに楽しいことを探す努力ができるようになりました。

これらの作品を読むことで、自分のどうしようもないグダグダっぷりから開き直ることができたと思っています。ネガティブよりポジティブに。しつこいですが、心から感謝しているからこそここで筆をとっています。

この本が出る頃には、『天の光は恋の星』も発売されているはずですし、これからの動向も注目しています。グダグダしちゃう本質はどうにもならないけど、それでも前を見て生きていきたいと思います。

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