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読書散歩

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2017年06月17日

小泉八雲『天の川幻想』

天の川幻想―ラフカディオ・ハーン珠玉の絶唱

小泉八雲ラフカディオ・ハーン)の作品は全て、英語で書かれたという。それらは全て、最初は海外の出版社から出版され、その後和訳されて日本に”逆輸入”されたものが、私たちが目にする彼の作品だという。

彼の作品にいくつか触れてきた中で私は、『天の川幻想』に収録されている「天の川縁起」の結びの文章が特に気に入り、前回こちらに引用したのだが、その原文の英語を読んでみたくなった。本として今も手に入るのか、原題は何だろう、というところからインターネットで調べ始めると、わりとすぐに原文が見つかった。「天の川縁起」の原題は、”The Romance of the Milky Way”

https://ia902300.us.archive.org/5/items/cu31924014293470/cu31924014293470.pdf

Perhaps the legend of Tanabata, as it was understood by those old poets, can make but a faint appeal to Western minds. Nevertheless, in the silence of transparent nights, before the rising of the moon, the charm of the ancient tale sometimes descends upon me, out of the scintillant sky, to make me forget the monstrous facts of science, and the stupendous horror of Space. Then I no longer behold the Milky Way as that awful Ring of the Cosmos, whose hundred million suns are powerless to lighten the Abyss, but as the very Amanogawa itself, the River Celestial. I see the thrill of its shining stream, and the mists that hover along its verge, and the water-grasses that bend in the winds of autumn. White Orihime I see at her starry loom, and the Ox that grazes on the farther shore; and I know that the falling dew is the spray from the Herdsman's oar. And the heaven seems very near and warm and human; and the silence about me is filled with the dream of a love unchanging, immortal, forever yearning and forever young, and forever left unsatisfied by the paternal wisdom of the gods.

ことによると七夕伝説は、これら古の詩人たちに理解されていたのと異なり、西洋の人々の心にはほんの微かにしか訴えることができないのかもしれない。にもかかわらず、月のさし昇る前、澄みきった夜の静寂に佇んでいると、この古風な物語の妙なる魅力が、星きらめく夜空からわたしの上にそっと降りてきて、―現代科学の奇怪なる事実や「空間」の途方もない恐ろしさを忘れさせてくれることがある。そんな時、わたしはもはや頭上の銀河を、そこに含まれる数億の太陽星さえも、その「深淵」を照らす力を持たぬ、恐ろしい「宇宙の環」とは眺めずに、まさしく「天の川」―天上の川として眺めているのだ。天の川の光り輝く流れのおののきが、その川縁に立ちこめる霧が、そして秋風になびく水辺の草が見えてくる。色白の織姫がきらめく星の織機に向かっているのが、また向こうの岸辺では牛が草を食んでいるのが見える。―霧が降りてくるのは、あれは牽牛の櫂から上がる水しぶきだということがわかる。すると、天界がたいそう身近で、あたたかく、人間味あるもののように思えてくる。自分を包んでいる静寂のうちには、変わることなき不滅の愛の夢が―永遠に懐かしい、永遠に若い、しかも神々の父性知では永遠に満たされぬままの愛の夢が、充ちあふれているのである。

このようにして原文と訳文を並べて読み比べてみると、つくづく名訳だと感じる。ただ長い間、日本語の世界に慣れ親しんだ自分には、英語圏に生きる人のように英文を読み味わうことはできない(この点、私は限界のようなものを感じたことがあり、外国人が外国語をその言語圏に生きる人のように味到することは、大変に難しいことだと思っている)。翻訳者は、船木裕さんという方で、現在もご活躍のようだ。様々な分野で、素晴らしい仕事をしている人たちが世の中には沢山おられるのだと知ることは、生きていく上で常に、何よりの大きな喜びであり、励ましでもある。

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