白豚饅頭日記

2018-01-18 寒い冬だからこその読書

[]最近読んでいる本など

ここしばらく本ネタは書いてませんでしたので、最近読んでいる本についてなど。

まずはコチラ

アクセル・ワールド』の最新刊。前巻で白のレギオンと全面衝突したネガ・ネビュラスでしたが、からくも勝利を得ながら戦略的目的であった「加速研究会と白のレギオンが同一である事を決定づける」事には失敗しました。ですが、新参加メンバーで戦いに参加したショコラ・パペッターの機転が逆転の一手となり、白のレギオンの企みが白日のもとに晒される事に。一方、ハルユキは白のレギオンのと戦いにいた「ある人物」との邂逅が思わぬ方向へと進んで、「四聖」メタトロンの導きにより、白のレギオンの重要人物と対面する事になります。そして始まった七王会議の場において、白のレギオンの正体を追求させた代表代行アイボリー・タワーは、その「真の姿」を表して恐るべき刺客と共に、七王会議のメンバーを絶体絶命の窮地に追い込むのでした。

いやぁ、もうあいも変わらずのハイスピード展開で、読んでいる側は気付かない内にドンドンと読み進めていく進行の速さはさすがというべきか。『アクセル・ワールド』らしい読み手をグイグイと引き込む面白さと、いよいよ明かされようとしている加速研究会の「狙い」が劇場版

D

に繋がるってのも今後の展開的には要注目な部分。もちろん、この激闘の後にある「ハルユキの祖父の家に遊びにいく」までが川原先生のロードマップに入った上での劇場版との接続ですから、これからの展開も期待です。

早く出てきて新刊!

続いてはコチラ

ゴブリンスレイヤー』の最新6巻。今回のダンジョンは陵墓!またもやゴブリン退治を引き受けたゴブリンスレイヤーとその一行ですが、今回は第1巻に繋がるキーキャラクターが登場し、物語に一つの「環」をもたらします。まあ相変わらずえげつなくゴブリンを狩り続けるゴブリンスレイヤーさんと、その手腕にすっかり「慣れた」パーティ一行の冒険も読み応えがありますが、その中にも登場人物の成長がきちんと描かれている点がとても良い。一方で次第に知恵をつけ強力になっていくゴブリンに対するゴブリンスレイヤーの戦略と戦術の冴え、そして彼自身がゴブリンの急激な増強に一種の危機感を持ってきたところで続きは次巻へ。続きは3月発売の第7巻になりますが、次巻の舞台はパーティの一人「妖精弓主(CDドラマ版の声は「なおぼう」だ♪)」の故郷の物語になるとの事。さて、どんな「やらかし」をしでかすか、今から楽しみです。

最後は少し真面目な本。

『銀翼のアルチザン』。アルチザンとは「芸術的な職人」を示す言葉との事。「零戦」の堀越二郎、「飛燕」の土井武夫、「紫電改」「二式大艇」の菊原静男と戦前戦後と日本航空機産業で活躍した錚々たる面々の中、戦後は何も語らず故郷で静かに生涯を終えた人物がいました。彼の名は小山悌(こやま・てい)、中島飛行機の設計主任で、九七式単座戦闘機、一式戦闘機「隼」、二式単座戦闘機「鐘馗」、四式戦闘機「疾風」を設計した名デザイナー零戦飛燕紫電改が戦後の日本国内で高く評価される一方、小山が設計した疾風はどちらかと言えば厳しい評価を受けた戦闘機でした。曰く「稼働率が低い」「ベテランが操縦特性を嫌った」「戦闘機としての俊敏性に欠ける」等々。ですが、戦後にアメリカでテストされた機体の中で最も高い評価を得たのは小山が設計した疾風でした。高い上昇性能と急降下性能、強力な火力、日本機らしい高い格闘戦能力、そしてパイロットに配慮した頑丈な機体と防御装備・・・。小山はベテランの日本軍パイロットが好む特性(軽快な操縦性と運動性を重視した軽量化の為の防御装備無視)を尽く否定し「ベテランの好む飛行機を作るな、新人が乗って生き残れる飛行機を作れ」と技術者達に発破をかけたそうです。日本機としては早い段階で防弾装備を取り入れ、陸軍の役人が来て「肉を斬られる前に骨を断てばいいだろう」加えて「日本の武士は昔から刀一つで戦ってきた。防御は無用」と軽量化の為に防弾装備の撤去要求すると「肉も斬られれば痛いし、痛くて手元が狂えば骨を断つどころではない」そしてとどめの一撃として「日本の武士だって戦場では鎧兜に身を包んでいた事すら知らんのか!」と一蹴して追い返し、日本の工業力の限界を見切った上でエンジン部門のテストデータを「実際にはだいたい8割も出るかどうかくらいだろう」と結論づけて疾風の設計ではエンジンに無理をさせない設計を配慮しつつ一流の機体に仕上げるなど、世界の流れや自国の技術的レベルなど様々な要素を俯瞰で捉え、全体を見据えて考える事ができる職人気質デザイナー。その一方で人材育成にも力を注ぎ、鐘馗の開発では若手の糸川英夫(のちの東大教授で日本ロケット工学の父)を抜擢して好きなように設計させ「一撃離脱」と言う新しい戦術に合わせた強力な戦闘機を作り出しました。鐘馗は「着陸速度の難あり」とされながらも、抜群の上昇力と急降下性能を高く評価されましたが、小山は鐘馗を乗りこなせるようなベテランのパイロットが枯渇した状況を見越して「着陸速度は鐘馗よりも低く、上昇速度と急降下性能は鐘馗を上回り、火力と格闘戦能力では隼を凌ぎ、新人のパイロットでも安心して操縦出来た上で戦闘後にちゃんと帰れるだけの防弾装備を持つ」機体の設計を行って疾風を生み出します。一方で次世代の航空機エンジン(のちのジェットエンジン)とそれを搭載する飛行機を開発したい糸川とは意見が対立し、結果として糸川が中島飛行機を去る事にもなりました。小山はその後、大陸間渡洋爆撃機「冨嶽」の設計を行いますが日本は戦争に敗北。中島飛行機の解体決定による清算作業後は、故郷の仙台に戻り飛行機とは縁のない林業生計を立てるようになります。財閥解体で分割された中島飛行機の「行き残り」が再結集して生み出した「富士重工業(現SUBARU)」に役員としての参加を再三要請されますが、最後まで「自分は銀行屋が嫌いだから政治的な駆け引きはできないので企業の役員には向いていない」と固辞し、自身が設計した機体に対するマスコミ取材にも「お話することは一切ありません」と何事も語らず、戦後初の民間航空機YS-11開発参加要請も固辞して静かに故郷で余生を過ごし生涯を終えました。

零戦堀越さんはジブリ映画「風立ちぬ」であまりにも有名ですが、実は戦闘機への防弾装備に否定的だったのはあまり知られていない事。もちろん彼の言い分としては「中島製の「栄」発動機よりパワーや発展の余裕がある三菱製「金星」発動機を使わせてもらえれば余裕のある設計ができた」ですが、同じエンジンを使いながら小山さんは防弾装備を盛り込んだ隼を零戦と同じ時期に設計しています。後に堀越さんは零戦の後継機として「烈風」を開発しますが、海軍側の要望を全て飲み込む形で設計した結果として、機体は肥大化して失敗作となりますが「三菱製のMK9に換装した機体は要求数値をクリアした」事をことさら大きく伝えて設計の失敗を中島製「誉」の責任にしてしまいました。一方で小山さんは陸軍からの要求を「できる事は出来るが、出来ない事はできない」と厳しく対応しながらも、手元にある現物を使って優れた戦闘機を生み出しますが、彼はその「結果」に対して言い訳を一切せず、批判も甘んじて受け入れます。これは彼が尊敬していた中島飛行機創業者である中島知久平の影響を受けていたとも。マスコミ嫌いの知久平は生前は自分の伝記を一切書かせず(周りが気を利かせて記者に金を渡して伝記を書かせたら烈火のごとく怒り、その伝記と著作権の全てを自費で買い取って処分した)、航空産業発展を目指した政界進出に対するマスコミからの批判も「言いたい奴は好きに言えばいい」と一切構いませんでした。小山さんもその影響を強く受けているように感じます。中島知久平の企業人としての凄い所は、中島飛行機大企業になっても現場に足を運ぶ事を厭わず、しかも全社員の名前と顔を覚えていて現場では社員に気さくに声をかけたとの事。中々できる事ではありません。

さて、そんな小山さんの「設計者としての心意気」は中島飛行機の生き残りが再結集した富士重工となった後、二人の技術者に引き継がれる事になりました。一人は航空機部門でジェット練習機「T-1」を設計した内藤子生、そしてもう一人は「スバル360」を生み出した百瀬晋六。

ジェット練習機として開発されたT-1は当時の機体としては優れた性能を発揮、一方で事故の少ない機体として日本航空史にその名を刻みます。

一方のスバル360の方は自動車ファンならご存知の事と思うので、書くとしたら別の機会にしますが、その設計思想は今もなおSUBARUの車達に引き継がれています。

そう、中島飛行機から始まるSUBARUスピリッツはこうして引き継がれ、今も息づいているのです。

その原点たる小山悌という人物、読んで知るほどに好きになってしまいました。SUBARUを愛する方には必読の1冊です。

真面目な本も含めておすすめな作品を。寒い冬だからこそ、コーヒーで暖を取りつつお気に入りの本を読みふけるのもいかがですか?

2018-01-13 メジャーなのはコチラ

[]好きな戦闘機F-4ファントムII アメリカ空軍型」後編

1991年1月17日、サウジアラビアイラク国境上空。

新月の暗闇の中、アメリカ空軍のF-4GファントムIIの編隊は突入の瞬間を待ちながらイラク国境沿いのサウジアラビア上空で待機していた。事前のブリーフィング通り作戦は巧妙に組まれており、既にステルス戦闘機F-117Aがバグダッド上空へと人知れず侵入を開始、その攻撃開始の直前に陸軍の攻撃ヘリコプター部隊が国境沿いのイラク陸軍へ攻撃を行い、そのタイミングに合わせて彼らもイラク上空へ突入する事になる。ゼロアワー(攻撃開始時間)、後席のEWO(電子戦担当士官)が機内通話イラク軍のレーダーが一斉に立ち上がった事を知らせてきた。

「間抜けな奴らだ、これでお前らの「目」の位置が全て丸見えだぞ。」

パイロットはそう心の中でつぶやきながら、機首をイラク首都バグダッドへ向けアフターバーナーを点火する。「レーダーに映りにくい」とされるステルス戦闘機を探そうと躍起になって出力を上げて捜索するイラク軍のレーダーサイトは、それを潰そうとする『ワイルド・ウィーゼル部隊である彼らにとっては正に「おいしい獲物」でしかなかった。後席の相棒が手慣れた操作で敵レーダーの情報を入力し、HARM(高速対レーダーミサイル)を目標に向けてチューニングする。眼前の光学照準機に攻撃目標が表示された、さあ始めようか。

・・・と、アメリカ空軍ファントム最後の実戦となった湾岸戦争の初日における F-4Gパイロットの視点をフィクションで書いてみました。F-4Gをはじめとするアメリカ軍航空戦力の防空網制圧部隊は熟練の戦術と圧倒的な戦力で、開戦前「難攻不落」とマスコミに喧伝されたイラク軍防空網をたった3日で制圧。以降、イラク上空で行われた航空作戦に多大な貢献を果たす事になりました。

友人から「早くロングノーズの方も書いてくれ〜」っとリクエストが昨年末にありましたので「好きな戦闘機」シリーズ、F−4ファントムIIのアメリカ空軍型、その後編です。

メジャーと言えばメジャーなロングノーズのファントム

f:id:wrx-sti:20180112050954j:image

F-4Dで空軍独自の戦術戦闘機として成功を収めたファントムでしたが、空軍としては燃料をバカ食いする上に排気の黒煙が酷く遠くからでも発見できるJ79ターボジェットエンジンや、固定機関砲が無い事が不満であり、ターボファンエンジンへの換装及び可変後退翼の採用など最新技術を使った空軍独自の発展型を策定していました。レーダーも地形回避能力と空対空戦闘能力を両立させた強力なレーダーを採用したかったのですが、空軍独自の発展型構想はTF-X(次期戦術戦闘機)として開発されていたF-111が様々な新技術を盛り込んだが故にトラブル続出で実用化に時間がかかっていた事と、開発コンセプトそのものが「核弾頭を機内搭載しての超低空侵攻」に特化した為に制空戦闘機としては全く落第な機体になってしまった(ただし、戦術攻撃機としては優秀)事への「無い物ねだり」以外の何物でもなく、言わば「机上の空論」でしか無いものだったのです。ですが、固定機関砲の装備はベトナムで戦う現場からも切実な要望として出されており( F-4C及びDではミサイルを撃ち尽くすと逃げの一手しかなく、急場凌ぎの外装式機関砲ポッドも空気抵抗や重心の問題から命中させるには名人芸的なテクニッックが必要だった)、様々な検討の末に偵察型のRF-4Cで採用されていたロングノーズの機首下面に固定機関砲を装備するプランがベストとされ、実際にRF-4Cの試作機を改造し20ミリバルカン砲を固定機関砲として装備した機体がテストされた結果が良好だった事、電子機器のコンパクト化を行い細い機首に収まる高性能軽量型レーダーの開発に成功(その一方で海軍型では強化された下方捜索探知及び下方攻撃能力が低い事を空軍は妥協した)した事から、固定機関砲を装備したE型が開発・量産される事になりました。

f:id:wrx-sti:20180112050935j:image

戦闘機型のE型と偵察型との違い。偵察型の設計が上手く流用されているのが分かると思います。

f:id:wrx-sti:20180112050944j:image

「M60A1」20ミリバルカン砲は機首下面にぶら下がるように設置された為、従来の外装式機関砲ポッドに比べれば命中率は向上しましたが、元々散弾のように「弾丸をばら撒いて弾幕を張る」様に調整されている為、命中率という点では後のF-15F-16に比べて劣っていました。

E型はこの他にもエンジンのパワーアップやAPU(補助動力装置)の搭載、燃料タンクの増設及び自動防漏装置の追加による防御力強化、主翼及び尾翼構造の見直しによる機動性向上、D型より更に高性能なコンピューターへの換装を行いパイロットのワークロードを軽減と各種精密誘導兵器の運用可能化、自衛用電子戦システムの強化が行われています。

海軍の発展型であるJ型が空対空ミサイルの運用能力強化(艦隊防空の観点から考えるならそれは必須)を行ったのに対して、空軍型では固定機関砲の装備も含めたマルチロール能力の強化に重点を置いて発展した点が特色でしょう。

f:id:wrx-sti:20180112050947j:image

固定機関砲を装備したE型は配備が始まると早速ベトナムへ展開します。しかし、実際にベトナムにおける空対空戦闘でE型が機関砲で撃墜を行った事はありません(E型の撃墜の多くはミサイルによるもの)でしたが、近接航空支援における地上掃射では従来の機関砲ポッドに比べて格段の命中精度で攻撃する事(装填数は外装式機関砲ポッドに3分の1にまで減ったものの)ができました。E型は生産途中で順次改良が行われ、TISEO(電子/光学式目標識別装置・・・いわゆる望遠能力付きテレビカメラ)の追加による探知・識別能力の向上、空対空戦闘時の自動追尾システム(ドッグファイトモード・・・海軍型におけるサイドワインダー照準拡張モード)の追加によるパイロットのワークロードの更なる低減、電子戦システムの強化と敵味方識別装置の能力向上、エンジンのスモークレス化と従来のガソリン系燃料に代わるケロシン系燃料採用による被弾時の被害軽減化、そして主翼外翼前縁に機動性を劇的に向上させるマニューバリングスラットを順次追加装備しています。このマニューバリングスラットは低速時の操縦に気難しい「クセ」を持っていたファントムの操縦性能を劇的に改善し、ドッグファイト時の運動性や低空時の機動性をも劇的に向上させました。一方でこのスラットの装備は最大速度、アフターバーナーを使用しない状態での上昇性能や加速性、航続距離の低下及び着陸速度が速くなる(=着陸が難しくなる)という欠点もありましたが、それらに目をつぶっても空戦性能が劇的に向上するという点は否定できず、後に海軍型でも形状は異なりますが同様のスラットが装備(着艦時のスピードが上がり、着艦そのものが従来型より難しくなる欠点はあったものの)する事になります。このスラットは低空での地上攻撃やドッグファイト能力を重視した西ドイツ空軍向けのF型でも採用されますが、緊急発進による空対空迎撃能力を重視(上昇能力と加速性)した航空自衛隊向けのEJ型やイギリス空軍向けのM型(海軍から移管されたK型を含む)では採用されていません。

より空軍が望む方向へ進化したE型は大成功作となり、輸出も行われファントムシリーズの中でも最大となる1387機の大量生産が行われる事になりました。そのE型の派生型が地対空火器制圧型のG型。

f:id:wrx-sti:20180112050950j:image

G型は機関砲を撤去した代わりにそのフェアリングを流用してレーダー受信警戒アンテナを増設し、電子戦システムや搭載コンピューターも強化して敵防空網を制圧する事に特化した「ワイルド・ウィーゼル」型です。G型については以前のブログにも書きましたので詳細は省きますが、冒頭で書いた通りアメリカ空軍ファントムの最後の実戦となった湾岸戦争でその凄まじい実力を発揮、2596回の出撃を行い損害はゼロと言う、アメリカ空軍では今を持ってなおその能力に匹敵する機体は未だ出ていないという伝説的存在になりました。

アメリカ空軍ファントムは、1970年代後半から次世代の主力戦闘機としてF-15イーグル」系列の機体やF-16ファイティング・ファルコン」系列の機体が戦力化した事で順次入れ替えが始まり、州空軍アメリカでは連邦軍以外に各州独自の軍隊がある)に移管されていきますが、これらの機体も州空軍F-15及びF-16配備が始まると順次退役する事になります。湾岸戦争で活躍したG型及びRF-4Cも州空軍へ移管後に順次退役、その多くは標的機として「最後のご奉公」をする事になりました。

つまり、己を標的として次世代型ミサイル開発や次世代戦闘機の開発に貢献する事です。

f:id:wrx-sti:20180112050940j:image

フルスケールドローン(一応、操縦装置は残されていてミッションによっては有人による操縦も可能)QF-4として改造された機体は次世代型空対空ミサイルAIM-120AMRAAMやAIM-9Xの開発に多大な貢献をして「撃墜」されています。

QF-4は実戦用装備の多くを撤去した代わりに無人での無線操縦が可能な様に改造されている他、コントロールを失った場合も想定して自爆用の爆薬を装備できる改造や、他のドローンを上空でコントロールする機材の搭載が行われていますが、一方で機体的に余裕があった事から各種テスト機材の機上試験や記念飛行などのイベントに引き出される事も多く、標的として撃墜され生涯を全うした機体以外に、フライトを続けて耐用年数に達して退役した幸運な機体もありました。

アメリカ空軍ファントムは最後まで現役だったQF-4が昨年退役、惜しまれつつもその長い歴史に終止符を打ちます。

E型は輸出も行われ、中東戦争イスラエル空軍におけるエースコンバット顔負けの圧倒的な戦果(その中にはアラブ側にオブザーバーとして参戦していたソ連空軍パイロット操縦のミグを含む)で実力を証明し、その時に多数のソ連戦闘機撃墜したのはあまりにも有名エピソードで、曰く「ソ連空軍パイロットは下手くそだった」は後々まで語り草となりました。輸出された機体の多くはF-16をはじめとする機体に入れ替わりましたが、ギリシャ空軍トルコ空軍がそれぞれ独自の近代化改修を行って現在でも現役。韓国空軍の機体は大規模な近代化改修は見送られましたが、それでもF-15Kに転換しなかった少数の部隊F-35の戦力化まで現役を続行する模様。また、最も初期に輸出されたイラン空軍の機体は独自の近代化改修が行われて現在でも現役で運用されています。

派生型であるドイツ空軍向けのF型は近代化改修が行われ、長らくドイツ空軍の主力戦闘機として活躍しましたが、ユーロファイター・タイフーンと入れ替わる形で退役しました。航空自衛隊向けのEJ型は日本独自の近代化改修が行われて「EJ改」として現在も百里基地で運用が行われています。昨年、現在EJ改型ファントムを運用する301及び302飛行隊の内、302飛行隊が青森県三沢基地F-35飛行隊として再編される事が発表されました。偵察型のRF-4E(RF-4CをベースにエンジンをE型と同じにした輸出専用の戦術偵察型)を運用する501飛行隊は戦闘機部隊として再編される事が決定していますので、日本でファントムを見る時間は確実に減ってきています。まあ、EJ型についてはまた機会を改めて。

アメリカ空軍の主力戦闘機として活躍したファントムは、その後のアメリカ空軍で運用される戦闘機の方向性を決めた上でも重要な存在と言えるでしょう。製造を行ったマクダネル社は勢いに乗って、低迷していたダグラス航空機を買収し「マクダネル・ダグラス」社として更なる発展を遂げ、第4世代戦闘機最強のF-15イーグル」を生み出し、海軍機でもノースロップ社との共同開発でF/A-18ホーネット」シリーズを送り出しますが、その後の第5世代戦闘機の開発に失敗、ダグラスから吸収した民間機部門の業績が悪化した事から業績が低迷してボーイング社に買収され、ファントムを生み出したセント・ルイスの工場は現在ボーイング社の軍需部門の一部となりました。ですが、名機ファントムを生み出した気概は今も引き継がれており、ボーイング社の先進技術研究部門「ファントム・ワークス」にその名を残し、現在もスーパーホーネット系列機の発展型開発や無人機開発、次世代型宇宙往還機の開発を行っています。

西側戦闘機で大成功した戦闘機としてファントムは長く語り継がれる事になるでしょう。

僕はロングノーズのファントムならG型が好きだなぁ。

2018-01-11 早いもので3年

[]今日は納車記念日

VABが納車されて今日で3年が経ちました。

f:id:wrx-sti:20151220142057j:image

まだまだ乗るつもりだったGRBが自分の不注意でエンジンを壊し、色々悩んで考えて結論として乗り換えを決意して契約し、VABが納車されて3年。あっという間というか、思い出すなら色々あった3年。先月、初回車検も無事クリアして、その前に車高調オーバーホール、来月にはブレーキローターの補修品への交換、自分自身は運転免許の更新と、3年を過ぎる前後に色々なイベント盛りだくさんな状態ですが、これからも大切に、でも「床の間の置物」みたいにはせず、思いっきり愛情を込めて使い込んで行きたいなぁっと思っています。

サーキットの方も色々あってご無沙汰なので、今月なり来月の平日を狙って走りに行きたいですし、できるなら3月に予定されているであろう、富士でのエンドレス走行会には参加したいと考え中。今年は富士と筑波2000は走りたいと思っていますが、タイミングもあるので中々難しいかも(^^;;

まずは本庄でしっかり走り込んで技量維持に努めていく方向ですが、サーキット以外でも恒例の「超長距離ドライブ」やアチコチへの「おでかけ」はやっていきたいですね。今年は何とか日本海側へも出かけて行きたいと思っています。

「弄り」の方はもうすっかり「維持り」になっていて、新しい事には手を出せない状態が続いていますが、表に出していない部分では「ムフフ」な事も進行中ですので、その辺は「こう、ご期待」ってところでしょうか。

目標はGRBで突破した10万キロを超える15万キロ!なんて担当セールスさんに言ったら「そうなる前にSGPになった時のWRXを買ってください」なんて真顔で言われちゃうんでしょうが、VABはまだまだ引き出しが多くて「更に速くなる、楽しいクルマになる」可能性を秘めていると思うので、自分なりに愛機と楽しく思いっきりぶつかって行きたいと思っています。まずは本庄、筑波2000、富士での自己ベスト更新と、まだまだ行った事のない場所や、GRBやGDAで行った場所へVABで行く事かな。休みが取れるなら、思い出の地へも行きたいですが、それは今年1年でやる事というよりはVABに乗っている間にやってみたい事ですね。

あっという間の3年、でもまだ3年。

これからも色んな思い出や出会いを一緒に過ごしていく愛機です。大切に愛情を込めて、でも思いっきり全開で楽しく歩んでいきたいと思います。

最近は仕事が忙しくて休日は引きこもりがちですが、愛機と一緒に楽しむ時間も作っていかないと。

とりあえず、今年も鷲宮神社で安全祈願をして、今年1年安全に楽しく走っていきたいですね。

2018-01-08 クタクタながらも仕事始め

[]Uターンってやつ

昨日、愛媛からグンマーに戻ってきました。帰路は貯めたマイルを使ってプレミアムクラスで移動でしたので、フツーなら連休の余韻に浸りながら「マッタリのんびり」な旅のはずだったんですが・・・。

松山空港まではバスを乗り継いで移動。JRでも良かったんですが、運賃と「丁度良い時間帯」の便が無い事からバスを使って移動しました。宇和島自動車のバスで伊予鉄松山市駅まで移動し、そこからは伊予鉄バス松山空港まで。空港にはお昼頃到着したんですが、ここで早くも搭乗便の表示に

「遅延」

の文字が。「またか!」と思いつつ、まずは昼食を済ませて見送りの母と一緒にお土産コーナーや新しく出来たお店なんかを回っていたんですが、さすがに出発の遅延が30分以上になった所で、これ以上母を空港に留めていたら帰りのバスが遅くなるので、空港のロビーで別れて搭乗手続きへ。遅延の理由は使用機のトラブルによる機体入れ替えがあったらしいのですが、往復路とも同じ状態での遅延だとさすがに「大丈夫か?ANA??」になってしまいました。JALの方は全然普通に定刻でフライトしているので余計にそう感じましたね。まあ、使用している機体が違うので何とも言えませんが・・・。

予定より35分遅延で松山空港を離陸し一路羽田空港へ。

f:id:wrx-sti:20180107153357j:image

プレミアムクラスの軽食。これにお菓子の詰め合わせセットが付いてます。天候もイマイチだった事、寒気の影響からか気流の乱れが激しい所があり、結構揺れたフライトでした。

f:id:wrx-sti:20180107153850j:image f:id:wrx-sti:20180107153400j:image

ずっと雲の中を飛んでる感じ。フライト中はコチラ

を読書して過ごしました。面白くなってきた所で羽田空港に着陸。着陸後はなるべく急いで東京駅まで移動しましたが、新幹線を使っても熊谷駅で50分のバス待ちになってます・・・。

これ、遅延していなければ全然余裕で19時には帰着できたんだけどなぁ。

仕方が無いので、熊谷駅内のモスバーガーで軽食を買って店内で食べて時間を消化し、19時のシャトルバスグンマーへ。予定より1時間遅れで到着しました。

f:id:wrx-sti:20180107193634j:image

久しぶりにVABの運転席に座った時は、バッテリーが上がって無いかヒヤヒヤでしたが、無事エンジンは快調に始動。オイルを硬めのヤツを使っているので冬のエンジン始動はやや重いですが、やはり乗り慣れた愛機は良いですね♪自宅に戻って夕食を済ませたら早めに就寝、今日は午前中だけでしたが仕事始めでした。

雨の中、拭き取りはしませんでしたが洗車だけして帰宅し、PCのアップデート作業をしてから少し昼寝。起きてから夕食を済ませ、明日からは仕事も本格始動です。

今回は往復路とも遅延が酷く、移動が大変でした・・・。

2018-01-04 新年の挨拶と初ガンプラ

[]あけましておめでとうございます

新年、あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い申し上げます。

正月も明けて4日になってからようやく始動です(^^;;

大晦日に「できるだけ更新したい」なんて書いておきながら・・・。

お正月三ヶ日はほとんど何もせずぼんやり〜っと言う訳ではありませんでしたが、まあ割とのんびりさせてもらいました。元旦は全く何もせず(深夜のうちに近所の神社で母と初詣は済ませました)、朝起きて家族一緒に朝食を取って後に再び爆睡。「元旦のお昼は各自で取る」が我が家のしきたりですので、起きてから遅めの昼食をとって、それからは携帯のゲームアプリで遊んだり、本を読んでいるうちに夕食。

f:id:wrx-sti:20180104203058j:image

こんな感じです。ハマチのお刺身は近所の親戚からいただきました♪大晦日は余市でちょっと贅沢しましたが、お正月はジンのサイダー割りで一杯。母の手作りのおせちも美味でした。

2日は家族で祖父母のお墓へお参り。

f:id:wrx-sti:20180102100846j:image

寒かったけど、綺麗な景色。お昼からは弟のフォレスターを借りて隣街へ買い出し。家に戻ったら疲れからかちょっと休憩・・・のつもりが気がついたら夕方になってました。「何かをやろう」という気分にはなれずに夕食を食べた後は家族で「水曜どうでしょう」を見て、その後は就寝。

3日で一番下の弟は仕事始め、真ん中の弟も翌日からは仕事・・・という事で、まだまだのんびりモードなのは僕だけの状態。なんだか申し訳ないなぁ。

f:id:wrx-sti:20180104203114j:image

この子ともお別れ。GWに帰省した時は新しいBRZ-STIになってますので・・・。お別れ前に1回乗せてもらいたかった(もちろん、僕がハンドルを握る)です。この日の夕食はさすがにお腹休めでうどんガンプラも制作を再開しましたが、気分的に乗らず中途半端なところで終了。

3日間も食っちゃ寝してしまった!

という事で、今日は気分一新でガンプラ制作再開。2018年初ガンプラはこの後に。

さて、近所の山村菓子舗さんの苺大福を食べながら、次のネタへ・・・。

[]HGBF 「煌式(ギラシキ)」

2018年初のガンプラは新年らしく景気の良い色であるコチラ

f:id:wrx-sti:20180104200122j:image

ガンダムビルドファイターズトライ』からチームGマスターのスドウ・シュンスケが物語前半の山場である西東京大会決勝戦で使用した「百万式(メガシキ)」のバリエーション機です。プレミアムバンダイ限定で現在は絶版。百万式は決勝戦でチームトライファイターズを苦しめた事でも印象的なガンプラですが、スドウ自身が作った物ではなく大阪のビルダー、サカイ・ミナトに制作を依頼したガンプラでした。バトルではトライファイターズビルドバーニングガンダムに敗れ、破損も酷かったものをスドウはレストアする事にします。その際、彼はバトルに拘る事なく自由な発想でレストアを行い、そのテーマとなったのが「百万式のベースになったデルタガンダムの原点(デザイン的な意味で)である百式への原点回帰」でした。機体全体は百式を彷彿とさせる金色のコーティングが施され、バックパックやビームライフル百式のデザインに近い物へ変更されます。一方でウイングバインダーはデルタガンダムの物がそのまま使われており「百式のようで百式ではない、スドウオリジナルなガンプラ」として再生しました。

「煌式」はこのレストア機を見たサカイ・ミナトが命名したようです。

デザインはモデラーデザイナーとして「ビルドファイターズ」シリーズで活躍したNAOKI氏。氏らしい、スマートでシャープ百式系列のガンプラとしてデザインされています。

キットそのものはデルタプラスからの延長線上にあるキットで、デルタガンダムと同じ金メッキ使用なのでゲートがアンダーゲート仕様になっているのが特徴。パーツの分離にはちょっと慣れが必要です。また、スミ入れをしたくても、通常のガンダムマーカーはのりにくい上に、スミ入れ用の流し込みペンで流し込んでガンダムマーカーの消しペンで余分な部分を拭き取ろうとするとメッキが少し取れたり、白濁化してしまうので要注意。丁寧な作業が素組でも必要になります。パーツの構成上、どうしてもメッキが剥がれた部分はガンダムマーカーアドバンスセットの「ガンダムレッドゴールド」を使ってレタッチ。ディティールアップ用にスミ入れは最低限にしてあります。アンダーゲートやメッキ部分のレタッチはありますが、それ以外は組みやすいキットでした。

奇しくも、3年前の初ガンプラが百万式だったのは何というか百式系列のガンプラに縁があるという事でしょうか。

さて、明日と明後日で残りはどれくらいすすめられるかなぁ(^^;;

2017-12-31 年末のご挨拶

[]2017年、年末のご挨拶

2017年も今日は終了、まずは1年振り返ってみたいと思います。

まあ、1年を思い出せばあまりにも忙しい1年でした。ブログの書いた回数を見返しても、例年に比べて明らかに少なくなっていますし、疲労困憊でお休みを優先した日が多かったのは確かですね。全般に仕事は忙しく、毎月のように高操業でした。ヘトヘトになって帰る日も多く、他の事をする気力も少なかったです。今年の末には会社の不祥事でユーザーの皆様にもご迷惑をかけてしまったという事態が発生し、精神的なダメージが深刻な中でも高操業は続き、心身ともに疲れ果てて帰る日々でした。来年も厳しい状況は続きますし、新しいプロジェクトもいくつか始まりますので、仕事としては更に忙しくなる見込みですが、モチベーションと高く維持しながら仕事に取り組めるかは、正直自信がありません。それでも、待ってくれているお客様や、会社に期待してくれる方々もいますので、やはり気持ちを切り替えて頑張らなければいけませんね。

一方、愛機のVABの方は快調そのもの♪回数は少なかったですが、アチコチ遠出して新鮮な景色を目にして感動したり、何度か行った「アキバ通い」もクルマでの移動がメインでした。毎年恒例の愛媛までの「夏のロングドライブ」も渋滞に何度か遭遇しましたが無事完走、晩秋西伊豆ドライブも楽しんで乗る事ができました。12月には初回車検も無事終了です。弄りの方は冷却系を少しやった程度ですが、実走によるテストやサーキットでのテストでも良好で、狙った方向になったのは良かった。また、車高調も2年半以上経過しましたので、GRB用を暫定でVAB用に使っていた物を10月のオーバーホールでVABに合わせた方向へシフトさせると同時に、新しくプライマリースプリングをエンドレスのFELzSスプリングに変更しましたが、これも狙いが当たって今の所は感触良く乗れています。本当の性能を試すには本庄サーキットで・・・になるんですが、今年後半は仕事の激務で日程がフリー日と合わず、まだサーキットでのテストをしてません。それは年明けになるかなぁ。1月中にはサーキットでの活動も再開したいです。

さて、そのサーキットの方ですが、こちらは昨年末に決めた目標「毎月1回は練習する」を実行に移して、6月までは毎月本庄サーキット練習に行っていたのですが、7月以降は仕事が忙しく練習がおろそかになってしまいました。暑さと仕事の疲れはあったのですが、10月以降の暑さが落ち着いた時期に再開できなかったのは少し反省。まあ、10月は車高調オーバーホールでしたし、その前は車高調がお疲れモードだったので走りを控えていたってのはあったんですが。小さな積み重ねが大切ですから、来年も出来る限り毎月1回の練習を続けていきたいと思います。来年は富士や筑波2000も走りたいな。

今年も様々な出会いがあって、多くの方々とお話しする機会があり、大切な友人達とも一緒に楽しんだり思いを共有するような場がありました。改めて皆様に感謝を。ご迷惑をかける事もあると思いますが、引き続きのお付き合いをよろしくお願いします。

自分の中で、先行きの見えない不安や苛立ち、流れの中で身を任せるしかないもどかしさ、今までにない位下向きになってしまう気持ちに負けそうになってしまいそうですが

だからこそ

前を向き「その先にあるもの」を目指していかないと。未来は下にはありません、まっすぐ前を向き、がむしゃらに突き進んだ先にこそあるものだと僕は思っています。

2017年、いきなり不安の底へ突き落とされた様な気持ちの中で終わりますが、2018年は少しでもはい上がって光が見える様に。

D

どんな苦境の中でも「それでも」を奮い立たせて歩き出せるように。

D

「人の中に眠る可能性」を信じた彼の様に。

2018年が皆様にとって「可能性に満ちた素晴らしい1年」でありますよう、祈念して今年の筆を置きます。

来年もよろしくお願いします。

2017-12-30 マッタリと年越し準備

[]今日は餅つき

大晦日まであと1日、今日は餅つきです。

f:id:wrx-sti:20171230094340j:image

今年は例年より多め。忙しい親戚の分も合わせて作りました。昨年の餅は少し固めでしたが、今年は柔らかく美味しく出来たと思うけど、さてどうでしょうねぇ。出来立ての試食は美味しかったけど、さて?

親戚の分を届けてからは家でマッタリモードで1日過ごしてしまいました・・・。ゲームやって、本読んで、テレビ見ながらゴロゴロして、じっくり休息です。ホントはガンプラも進めたかったけど、それは明日、お昼に年末のご挨拶を書いてからかな。

夕食にはなんと近所の生協で安売りしていたカツオのタタキが!

f:id:wrx-sti:20171230190201j:image

う〜ん、一昨日に美味しいヤツを食べたけど、やっぱり地元もイイ!!

一番下の弟も今日で仕事納めだったので、二人で楽しく飲みました。

D

「コレ」の話をしたりw

明日は年越しの買い出しと年末のご挨拶、夜は水樹さんのコレ

D

を観ながらガンプラ作って年越しかなぁ。

2017-12-29 何だか波乱な冬休み初日

[]冬休みスタート

昨日で自分の2017年の業務は終了となりました。

f:id:wrx-sti:20171228171309j:image

前半好調、後半も折り返しになって会社関係でゴタゴタがあり、精神的にはかなりキツい所で終了となりましたが、来年はさてどうでしょうかねぇ?少しでも良い事があればいいな。

業務終了後、着替えてその足で市内のバスターミナルに向い、シャトルバスに乗って熊谷駅へ。熊谷駅からは新幹線を使って東京へ向かい、山手線田町で降りてホテルにチェックイン。荷物を置いたら、すぐに品川へ向かいました。

いつものメンツ「ガッカリ3」「おっきいスポイラーチーム」のお疲れ様会です。

f:id:wrx-sti:20171228203955j:image

仕事明けのビールうめぇ〜〜♪

f:id:wrx-sti:20171228203952j:image

お通しの鮟肝♪

f:id:wrx-sti:20171228205501j:image

そしてメインのカツオの塩タタキ♪

美味しい料理とお酒を楽しみつつ、今年のアニメやら車ネタやらで盛り上がりました。ついつい話し込んで23時過ぎまで楽しみましたが、皆さん今日の朝は大丈夫だったのかしら?

ホテルに戻ったら、お風呂に入ってアイス食べて少しマッタリしてから就寝。

翌朝(つまり今日の朝ですが)、6時半に起床し準備を済ませてホテルをチェックアウトし、田町駅から浜松町モノレールに乗りついで羽田空港まで移動、朝マックで朝食を済ませ、お土産を購入したら荷物を預けて保安チェックを通過して搭乗口へ。ここまでは流れも良かったのですが、まさかこの後が大変な事になろうとは・・・。

9時30分羽田発松山行きの乗りました。

f:id:wrx-sti:20171229092250j:image

「ほ〜、今日はボーイング787かぁ」って思いながら予約していた座席に座り、ラノベを読みながら離陸を待っていたのですが、飛行機が一向に動かない。何か燃料系統にトラブルがあったらしく、緊急のチェックを行っていたようですが、結局30分経っても問題が解決しない事から、乗機を変更するという大アクシデント。搭乗口はいきなり第2ターミンルの端っこになって移動させられるわ、着いてみたらフライトまで2時間近く待たされるわ、遅延のお詫びとして2000円が一律返金されましたが、ともかくも先の状況が把握できず食事にも行けなかった(それに時間的に羽田空港内の食事ができる施設はどこも混雑)ので、空腹のまま搭乗。遅延のお詫びで一部返金ってのは分かるけど、それよりは500円のサンドイッチとかの軽食支給の方が良かったなぁ。フライト自体は気流の関係で揺れる所はありましたが、終始快適、ただお腹が空きました・・・。この後、交通機関の乗り継ぎタイミングで昼食は全く取れず、空腹のまま実家まで行く事に。最後にアテにしていた宇和島駅のコンビニセブンイレブンに改装中で営業しておらず、実家に着いた時はお腹ペコペコ状態でした。

まあ、何はともあれ無事実家に到着。お風呂と夕食を済ませてマッタリ〜中です。

明日は餅つき、明後日は買い出しと少し忙しいですね。

ガンプラは進められる範囲で進めよう・・・(^^;;

2017-12-23 こちらはコチラで味わい深い

[]「好きな戦闘機F-4ファントムIIアメリカ空軍機型(前編)

1967年1月2日、ベトナムハノイ上空。

アメリカ空軍大佐ロビン・オルズは酸素マクスの中で鼻の下に伸ばしたトレードマークの口髭を歪ませながら「その時」を待っていた。事前に手筈は十分に整え、いつもの空爆に見せかけて「サッド(F-105サンダーチーフの愛称)回廊」を抜けてハノイ上空へと接近してるので、奴らの戦法なら間違い無く食いつくはず。あとは奴らが姿を表す「その瞬間」を狙い違わず襲いかかれば良いだけ。だが、奴らは中々姿を現さない。もうすぐ、副指令のジェイムズ大佐率いる第2編隊もハノイ上空に突入する。いら立つオルズ大佐は再度見せつけるように敵の飛行場近くでの旋回を編隊各機に指示しようとしたその時、後席のWSO(兵装システム士官)クリフトン中尉がレーダーで「奴ら」を捉えたと機内通信で伝える。海軍生まれのこの新鋭機は固定機関砲が無い事が全く気に入らなかったが、それ以外の点ではこれまでのどの空軍機より優れていていた。この日、ハノイに展開したアメリカ空軍ファントム部隊『ウルフパック』にオルズ大佐は指令を出す。

「諸君、狩りの時間だ。」

オルズ大佐は自機を素早く敵編隊の間に割り込ませて背後につくと、クリフトン中尉にスパローロックオンして発射する事を命令した。

「オルズ01、エンゲージ。フォックス1!」

それから始まるミグ狩り作戦「オペレーション・ボーロー(英語で山刀の意味)」は、多大な戦果を挙げて空戦史に刻まれる事になるが、オルズ大佐とジェイムズ大佐の二人がウボン基地に帰投し、冷蔵庫でキンキンに冷やしていたシャンパンで勝利の美酒を味わうのは、それぞれが激闘をくぐり抜けた数時間後の事になる。

・・・と多少フィクションも加えて1962年1月2日にハノイ上空で行われた空中戦の冒頭を書いてみました。オルズ大佐はその5ヶ月後の空戦で3機を撃墜し、通算4機となった所で任期明けとなり本国へ帰還。戦闘機異機種戦術訓練計画(後のDACT)に参加する事になり、その際トレードマークの口髭を剃る様、上官に命令される事(彼を真似して若い将校達がそろって口髭を伸ばす事にペンタゴンの高官達は苦々しく思っていた)になりますが准将まで昇進し退役します。一方、作戦を支えた副司令のジェイムズ大佐は黒人としては当時異例の高級将校パイロットで、78回のベトナム出撃を無事に終えた後は、国防総省で順調にキャリアを積み重ね黒人初の四つ星将官として北米空軍司令官に就任しますが、心臓発作により57歳の若さでこの世を去りました。

さて、たまにはVABネタ以外にも書かないと!

という訳で「好きな戦闘機  F-4ファントム空軍型の前編です。

f:id:wrx-sti:20171223034649j:image

アメリカ海軍が開発した艦隊防空戦闘機F4H-1「ファントムII」は様々な記録飛行に挑戦し、ことごとく新記録を打ち立てて行った事で、時の国防長官マクナマラの目に止まる事になりました。自動車会社の社長からケネディ政権国防長官に抜擢されたマクナマラは、空軍海軍戦闘機が全く異なる事に疑問を持っており、空軍海軍が仕様を一部異なるだけの共通の機体を運用すれば莫大な調達費用を軽減できると考えていたのです。

当時アメリカ空軍は次期戦術戦闘機「TFX」を開発中、一方の海軍は艦隊防空戦闘機として「FADF」を検討していました。マクナマラは技術的にハードルの高く同様のシステム(可変後退翼)を導入する二つの計画を一つにする(後のF-111・・・になるが、戦闘機としては大失敗作となる)最初の一歩として、海軍が開発した高性能新鋭機F4H-1をアメリカ空軍でも運用できないか検討するよう命令します。空軍も数々の飛行記録を打ち立てるファントムに興味が無かった訳ではありませんが、当時空軍は「センチュリー・シリーズ」と呼ばれる高性能戦闘機を多数運用していましたし、空軍のプライドと「艦上戦闘機は陸上戦闘機に比べて制約が多く能力的に劣る」という考えが先行して、その採用は「眼中に無かった」のは事実でした。数年前、世界初の超音速戦闘機として開発されたF-100が数ヶ月後に海軍が開発したF8Uに性能面で全く勝てなかった事すら「無かった事」にして、空軍は不承不承海軍からF4H-1を2機借り受けて当時空軍最新鋭の迎撃戦闘機F-106デルタダートとの比較テストを実施します。

その結果に空軍上層部は驚愕しました。

あらゆる高度における速度域においてF4H-1の性能はF-106を圧倒し、レーダー性能や整備性においても大きく上回る事を立証します。空軍が誇る戦闘爆撃機F-105サンダーチーフとの比較でも爆装状態での機動性や多用途性に優れる事を立証し、偵察機仕様ではRF-101Cヴードゥーを大きく上回る性能が得られる事が判明した事で、TFX実用化までの「中継ぎ」としてF4H-1の空軍仕様導入を決定することになりました。まあ、空軍側に立って弁明をするなら「センチュリー・シリーズ」はそれぞれの要求に合わせて特化した機体なので、こと汎用性という点では「万能機」ファントムに勝てないのは、ある意味仕方ないとも言えます。時にベトナムへの介入が本格化しており、汎用性の高い機体を求めていたアメリカ空軍海軍のF4H-1を「F-110A」として正式採用、空軍要求に合わせた改修を行って配備する事を決定します。

f:id:wrx-sti:20171223034652j:image

海軍の機体を空軍仕様に改修する為に、いくつかの点が変更されています。

・レーダーをマッピング機能を持つAPQ-100レーダーに換装

・爆撃用コンピューターを装備、それと連動した慣性航法装置も装備。

・空中給油方式を海軍のプローブ&ドローグから空軍のフライングブームに変更する為の給油システムの変更。

・地上設備の無い飛行場でのエンジン始動用にカートリッジスターターを追加。

コクピット後席に操縦装置の追加と、給油方式の変更で発生した後席のスペースにレーダー及び兵装関係のコントロールパネルを追加。

主翼外側のパイロンに兵装及び電子戦装備の搭載用配線の追加(海軍型では落下増槽用の配管と配線のみ)。

主翼折りたたみ機構の内、コクピットから操作可能な油圧システムを撤去し、外部からの手動による折りたたみ方式へ変更。

・胴体のセンターパイロンSUU-16機関砲ポッドが運用できるよう配線を実施。

空軍が開発したAGM-12ブルパップ空対地ミサイルのコントロール装置を追加。

・滑走路の舗装状態に柔軟に対応できるよう、主脚タイヤを低圧幅広のタイプに変更。それに合わせて主翼の設計を一部変更。

降着ブレーキシステムを強化。

などが行われました。空軍としては、固定式機関砲やレーダーと連動した自動計算型照準器の搭載(照準システムはF-4Bと同じだった為、ミサイル戦が想定された簡素な物で、近接格闘戦であるドッグファイト用や地上攻撃用としては問題が多すぎた)、空軍が独自開発したAIM-4「ファルコン」空対空ミサイルの運用能力なども追加したかったのですが、マクナマラから「改修は空軍用として最低限」と念を押された事もあり、空軍で運用可能且つ機体構造を大幅に変更しない最低限の改修のみ行われています。なお、マクナマラ意向空軍海軍及び海兵隊の機体名称を統一する事も法律として可決された事から、海軍のF4H-1はF-4B、空軍のF-110AはF-4Cに名称変更される事になりました。F-4Cは偵察型も同時に開発され、先行して海兵隊で運用されていたRF-4Bの機首部分の設計を取り入れたRF-4Cとして正式採用されています。

運用を開始したF-4Cは、直ちに激戦続くベトナムへの派遣が決定し、作戦可能な部隊から順次ベトナムへ展開しました。展開が始まった1965年4月からベトナムに展開したF-4C部隊は7月には早くもミグキルを記録し、それまで主力として展開していたF-100DやF-105Dに代わってアメリカ空軍の主力としてベトナムの空を戦う事になります。冒頭に書いた「オペレーション・ボーロー」も、その戦いの一つ。空軍海軍と異なり、機関砲ポッドも積極的に空中戦で活用し、F-4Cの照準システムでは難易度の高い機関砲ポッドによるミグキルも記録しています。海軍で開発した戦闘機空軍で運用するという、全く新しい考え方で運用を行なったF-4Cは十分な成功例となり、空軍は更なる改良型の開発をメーカーのマクダネル社に要請する事になりました。当初、空軍では固定機関砲の装備やターボファンエンジンへの換装も考えていましたが、機関砲搭載やエンジン換装を伴う機体構造の大改造は国防総省から許可が出ず、既存の機体構造を活かしつつ空軍独自の改良を行なった新しい機体を開発します。

それがF-4D。

f:id:wrx-sti:20171223034659j:image

F-4Dはレーダーをソリッドステート化した新型のレーダーへの換装をメインに、空軍が考える戦術戦闘機としての要望を可能な限り取り入れた機体となりました。照準装置も初めて近接空中戦を前提とした自動計算型照準器を導入し、これまでは不可能だった見越し計算による機関砲射撃や地上目標の追尾が可能になり、パイロットのワークロード低減に貢献します。爆撃コンピューターも全く新しい新型となり、当時最新鋭だった「ペイヴウェイ」レーザー誘導爆弾や「マーベリック」空対地ミサイル及び「ウォールアイ」TV式誘導爆弾の運用も可能になりました。これによって、危険且つ爆撃効果の薄い低空での通常爆撃やロケット弾攻撃から安全な高高度での精密誘導爆撃や移動目標へのミサイル攻撃が可能となり、生存性と攻撃成功率が一気に改善し、これまで厚い防空網によって防御され攻撃が難しかったターゲットへの攻撃成果も大幅に向上しています。外観上では能力的に問題の多かった機首下の赤外線センサーは廃止されましたが、そのフェアリングを活かしてECMアンテナが追加された事で、自機の生存性向上にも寄与する事になりました。一方で、海軍主導で開発された空対空ミサイルサイドワインダー」「スパロー」にプライド的な不満を持つ空軍は、独自で開発した空対空ミサイルAIM-4「ファルコン」の運用能力をF-4Dに与え、実際に「サイドワインダー」に替えてベトナムにおける空中戦で投入されましたが、大型爆撃機用でシステムが複雑精緻な「ファルコン」は高温湿地帯のベトナムでは故障が続発し現場からは大不評で、結局「サイドワインダー」の運用再開と同ミサイル空軍型独自仕様の開発、「スパロー」の改良は海軍と共同して行う様になりました。トホホな面もありましたが、総じてファントムにおける空軍独自の改良は大成功を収め、その後の大量生産への筋道をつけたと言う点においてもF-4Dの功績は大きかったと言えます。アメリカ空軍ベトナム戦におけるエースパイロットである、スティーブ・リッチー大尉(当時)も F-4Dでエースとなっており、その機体は今でもアメリカ空軍アカデミーで展示されおり、もっとも栄光に輝いたファントムと言えるでしょう。空中戦においては、海軍サイドワインダーによる撃墜が圧倒的に多いのに対して、空軍ではスパローによる撃墜が多く、この辺りは支援体制海軍は洋上の艦上早期警戒機防空巡洋艦からのレーダー管制で、ベトナム上空での敵味方識別が難しかったのに対し、空軍は地上のレーダーサイトと大型早期警戒機による十分な敵味方識別が可能だった事)による違いも大きかったと思われます。

空軍としては十分すぎる程、高い性能を発揮したF-4Dですが、やはり固定機関砲の不備や更なる精密誘導兵器運用能力と言う点では、海軍とは全く方向性が異なる大規模な改造の必要があり、機関砲を固定装備したE型へと発展していくのですが、それは後編にて。

空軍ファントムについてはコチラの本がオススメです。

F-4C, Dファントム? (世界の傑作機 No.168)

F-4C, Dファントム? (世界の傑作機 No.168)

オペレーション・ボーロー」についても詳しく書かれれていますのでファントムファンは是非。

1960年代後半から1970年代前半の横田基地では、このベトナム迷彩を施したショートノーズの空軍型がところ狭しと並んでおり、当時の戦闘機ファンにはとても印象深い機体だったのではないでしょうか。

一方、偵察型のRF-4Cもベトナムへ危険なパスファインダー(爆撃前先行偵察)任務や戦果確認任務に活躍しています。

f:id:wrx-sti:20171223034656j:image

「まっすぐ速く飛ぶ」以外に能力的な長所の無いRF-101に対して、RF-4Cは機動性も高く長時間戦場の残りながら偵察活動を行える点で、これまでの空軍偵察機を圧倒的に上回る成果を上げる事になりました。その能力は高く評価され、その後の湾岸戦争でも戦術偵察や所謂「スカッドハンティング」において重要な情報を提供し続け「リアルタイムの送受信機能を持っていれば更なる活躍ができる」と現場から改良要求が出される程でしたが、やはり機体の老朽化は避けられずに退役。現在では無人偵察機がその役割を引き継いでいますが、今なお空軍内部では有人の戦術偵察機を望む声も大きいとの事。航空自衛隊RF-4E及びEJが退役が間近となっており「戦術偵察機の後継」問題は後々まで尾を引きそうです。

空軍ファントム」となると、勢いロングノーズのE型が思い浮かぶと思われますが、そのベースを作ったショートノーズの空軍型も結構味わい深いので、興味のある方は資料など読んでみると面白いと思います。

さて、次回のファントムネタはロングノーズのE型になりますが、さてさて空自のEJ型はいつになったら書けるのやら・・・。

2017-12-17 忘年会?みたいなアキバダベリ会

[]「おっきいスポイラー」チーム終結

この2週間ほど全く書けていません。ネタはあるし、書く方向で文章を練っていたんですが、色々な騒動の後の2週連続6連勤で心身が結構なダメージをくらっていて、部屋に戻るとボーッとして終了・・・みたいな日々でした。ブログですから、書きたい時に書けば良いんですが、それにしても・・・放置に近い状態はダメなので何とかして書かないといけないと反省中です。

さて、昨日は心身共に疲労困憊でしたが、早めに就寝することで疲労をとりあえず回復させて、今日はアキバへ。

f:id:wrx-sti:20171217093049j:image

久しぶりにアキバをブラブラしたいってのもありましたが、ここ数ヶ月会っていない友人もいましたので「予定が合えば今日はアキバで少し会合をしましょう!」と僕から周囲にネタを振っての集まり。ともかくも、夜はぐっすり寝たので疲労はある程度回復していましたから、7時にはグンマーを出発し自動車道に乗って秋葉原へ。

道中は寒かったですが、VABの中はエアコンで快適♪そしてリニューアルした足回りでドライブも快適♪♪な状態で無事アキバUDXに到着。SNSを使った連絡で「おっきいスポイラー」チーム集結です!

f:id:wrx-sti:20171217194653j:image

へ?1台レヴォーグじゃないかって??レヴォーグも2リッターの方はメーカーカタログで「大型リアゲートスポイラー」って書いてあるからオッケー♪で小所帯でやっている「おっきいスポイラー」チームにも3台目のメンバーが加入しました!!なんか遠巻きにこのチームを見ていて入りたがっている人もいるらしいのですが、某 SNSにグループ作った方が良いのかしら?でも基本マッタリとアキバヲタ話とお店めぐりとグルメ、そして時々ツーリング、でも極たま〜〜〜〜〜〜に本庄サーキットって感じなんですが良いのかなぁ(^^;;

UDX近くのマック小田原の友人とも合流し「なんだかレーションみたいに見えるパッケージ」な朝メニューを食しつつマッタリとダベリ。ネタとしてはやはり

D

と、外伝というか平行世界の

D

コチラがメインに。後者の方はかる〜〜〜くでしたけど。メインは前者。まあ、結論としては「最低でもユーフォ版の[UBW]は観ておかないと、次章以降ついていけなくなる」って事でしょうか。あとは最近見直しているアニメのネタなど。僕的には今はコレを見直している最中なんですが・・・(^^;;

D

それとコレを見ているってのはナイショ

D

楽しくダベった後は、いつもどおりボークス秋葉原ホビー館へ。実はコチラ

を買うつもりでいたんですが、アレコレ見ている内に忘れちゃいました(^^;;

まあ、これは年明けにでもお台場の方で買えば良いかな?密林でも良いけど・・・。

そうこうしている内にお昼になったので、僕的にはオススメなお寿司屋「銀蔵」さんでランチ。

f:id:wrx-sti:20171217122849j:image

ランチメニューが一部変わっていて、今回は「三色漬け海鮮ちらし」を注文。気分だけですが、ノンアルコールビールも注文して、ちょっとだけ「忘年会」モードへ。結構良いボリュームでお腹いっぱいになりました。僕のオススメで選んだお店だけど、みんなの口に合ったかしら?でも、ここで飲み会もやりたいんだよなぁ。

昼食が終わったところで、2グループに分かれてそれぞれ向かう場所へ。僕と横浜の友人は近くの書泉ブックタワーへ行きました。衝撃的な内容だった「アルスラーン戦記」最終巻を買うかどうか迷いましたが、あまりにもな内容だったので気持ちの整理がつくまでパス。あとは趣味関係のコーナーを回りましたが、今回は特に欲しい本もありませんでしたので、そこから一気にアキバの反対側にあるゲーセンへ。友人といつも行っているクレーンゲーム専門のお店なんですが、今回ばかりは自分の公的資格である「クレーン運転士」の免許が久しぶりに役に立つ事になろうとは思いませんでした・・・。

その後、いくつかお店を回ってからUDXに戻って横浜の友人とも別れてグンマーへの帰路へ。年末という事もあってか、結構警視庁のクルマを見かけたんですが、今日って何かあったのかしら?都内を抜けて扇橋ランプから首都高東北道グンマーに戻りました。

今日の戦果♪

f:id:wrx-sti:20171217174756j:image

まさかの2連勝でセイバー2種類ゲット♪かかった経費も前回に比べたら全然少なかったです。

それと、アキバにまだいた頃に担当セールスさんから電話があって、紹介した会社の後輩がレヴォーグを決めてくれたとの連絡とお礼がありました。いやぁ、良かった。

ともかくも久しぶりに会う友人達と顔を突き合わせて楽しい会話ができ、ここ2週間の精神的な疲労もかなり回復できたのは良かったです。あとは今日の夜からしっかり寝て身体の疲れも回復させないと。

次は方向性の違うマニアックなネタも書きたいですね。