白豚饅頭日記

2018-01-18 寒い冬だからこその読書

[]最近読んでいる本など

ここしばらく本ネタは書いてませんでしたので、最近読んでいる本についてなど。

まずはコチラ

アクセル・ワールド』の最新刊。前巻で白のレギオンと全面衝突したネガ・ネビュラスでしたが、からくも勝利を得ながら戦略的目的であった「加速研究会と白のレギオンが同一である事を決定づける」事には失敗しました。ですが、新参加メンバーで戦いに参加したショコラ・パペッターの機転が逆転の一手となり、白のレギオンの企みが白日のもとに晒される事に。一方、ハルユキは白のレギオンのと戦いにいた「ある人物」との邂逅が思わぬ方向へと進んで、「四聖」メタトロンの導きにより、白のレギオンの重要人物と対面する事になります。そして始まった七王会議の場において、白のレギオンの正体を追求させた代表代行アイボリー・タワーは、その「真の姿」を表して恐るべき刺客と共に、七王会議のメンバーを絶体絶命の窮地に追い込むのでした。

いやぁ、もうあいも変わらずのハイスピード展開で、読んでいる側は気付かない内にドンドンと読み進めていく進行の速さはさすがというべきか。『アクセル・ワールド』らしい読み手をグイグイと引き込む面白さと、いよいよ明かされようとしている加速研究会の「狙い」が劇場版

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に繋がるってのも今後の展開的には要注目な部分。もちろん、この激闘の後にある「ハルユキの祖父の家に遊びにいく」までが川原先生のロードマップに入った上での劇場版との接続ですから、これからの展開も期待です。

早く出てきて新刊!

続いてはコチラ

ゴブリンスレイヤー』の最新6巻。今回のダンジョンは陵墓!またもやゴブリン退治を引き受けたゴブリンスレイヤーとその一行ですが、今回は第1巻に繋がるキーキャラクターが登場し、物語に一つの「環」をもたらします。まあ相変わらずえげつなくゴブリンを狩り続けるゴブリンスレイヤーさんと、その手腕にすっかり「慣れた」パーティ一行の冒険も読み応えがありますが、その中にも登場人物の成長がきちんと描かれている点がとても良い。一方で次第に知恵をつけ強力になっていくゴブリンに対するゴブリンスレイヤーの戦略と戦術の冴え、そして彼自身がゴブリンの急激な増強に一種危機感を持ってきたところで続きは次巻へ。続きは3月発売の第7巻になりますが、次巻の舞台はパーティの一人「妖精弓主(CDドラマ版の声は「なおぼう」だ♪)」の故郷の物語になるとの事。さて、どんな「やらかし」をしでかすか、今から楽しみです。

最後は少し真面目な本。

『銀翼のアルチザン』。アルチザンとは「芸術的な職人」を示す言葉との事。「零戦」の堀越二郎、「飛燕」の土井武夫、「紫電改」「二式大艇」の菊原静男と戦前戦後と日本航空機産業で活躍した錚々たる面々の中、戦後は何も語らず故郷で静かに生涯を終えた人物がいました。彼の名は小山悌(こやま・やすし)、中島飛行機の設計主任で、九七式単座戦闘機、一式戦闘機「隼」、二式単座戦闘機「鐘馗」、四式戦闘機「疾風」を設計した名デザイナー零戦飛燕紫電改が戦後の日本国内で高く評価される一方、小山が設計した疾風はどちらかと言えば厳しい評価を受けた戦闘機でした。曰く「稼働率が低い」「ベテランが操縦特性を嫌った」「戦闘機としての俊敏性に欠ける」等々。ですが、戦後にアメリカでテストされた機体の中で最も高い評価を得たのは小山が設計した疾風でした。高い上昇性能と急降下性能、強力な火力、日本機らしい高い格闘戦能力、そしてパイロットに配慮した頑丈な機体と防御装備・・・。小山はベテランの日本軍パイロットが好む特性(軽快な操縦性と運動性を重視した軽量化の為の防御装備無視)を尽く否定し「ベテランの好む飛行機を作るな、新人が乗って生き残れる飛行機を作れ」と技術者達に発破をかけたそうです。日本機としては早い段階で防弾装備を取り入れ、陸軍の役人が来て「肉を斬られる前に骨を断てばいいだろう」加えて「日本の武士は昔から刀一つで戦ってきた。防御は無用」と軽量化の為に防弾装備の撤去要求すると「肉も斬られれば痛いし、痛くて手元が狂えば骨を断つどころではない」そしてとどめの一撃として「日本の武士だって戦場では鎧兜に身を包んでいた事すら知らんのか!」と一蹴して追い返し、日本の工業力の限界を見切った上でエンジン部門のテストデータを「実際にはだいたい8割も出るかどうかくらいだろう」と結論づけて疾風の設計ではエンジンに無理をさせない設計を配慮しつつ一流の機体に仕上げるなど、世界の流れや自国の技術的レベルなど様々な要素を俯瞰で捉え、全体を見据えて考える事ができる職人気質デザイナー。その一方で人材育成にも力を注ぎ、鐘馗の開発では若手の糸川英夫(のちの東大教授で日本ロケット工学の父)を抜擢して好きなように設計させ「一撃離脱」と言う新しい戦術に合わせた強力な戦闘機を作り出しました。鐘馗は「着陸速度の難あり」とされながらも、抜群の上昇力と急降下性能を高く評価されましたが、小山は鐘馗を乗りこなせるようなベテランのパイロットが枯渇した状況を見越して「着陸速度は鐘馗よりも低く、上昇速度と急降下性能は鐘馗を上回り、火力と格闘戦能力では隼を凌ぎ、新人のパイロットでも安心して操縦出来た上で戦闘後にちゃんと帰れるだけの防弾装備を持つ」機体の設計を行って疾風を生み出します。一方で次世代航空機エンジン(のちのジェットエンジン)とそれを搭載する飛行機を開発したい糸川とは意見が対立し、結果として糸川が中島飛行機を去る事にもなりました。小山はその後、大陸間渡洋爆撃機「冨嶽」の設計を行いますが日本は戦争に敗北。中島飛行機の解体決定による清算作業後は、故郷の仙台に戻り飛行機とは縁のない林業生計を立てるようになります。財閥解体で分割された中島飛行機の「行き残り」が再結集して生み出した「富士重工業(現SUBARU)」に役員としての参加を再三要請されますが、最後まで「自分は銀行屋が嫌いだから政治的な駆け引きはできないので企業の役員には向いていない」と固辞し、自身が設計した機体に対するマスコミ取材にも「お話することは一切ありません」と何事も語らず、戦後初の民間航空機YS-11開発参加要請も固辞して静かに故郷で余生を過ごし生涯を終えました。

零戦堀越さんはジブリ映画「風立ちぬ」であまりにも有名ですが、実は戦闘機への防弾装備に否定的だったのはあまり知られていない事。もちろん彼の言い分としては「中島製の「栄」発動機よりパワーや発展の余裕がある三菱製「金星」発動機を使わせてもらえれば余裕のある設計ができた」ですが、同じエンジンを使いながら小山さんは防弾装備を盛り込んだ隼を零戦と同じ時期に設計しています。後に堀越さんは零戦の後継機として「烈風」を開発しますが、海軍側の要望を全て飲み込む形で設計した結果として、機体は肥大化して失敗作となりますが「三菱製のMK9に換装した機体は要求数値をクリアした」事をことさら大きく伝えて設計の失敗を中島製「誉」の責任にしてしまいました。一方で小山さんは陸軍からの要求を「できる事は出来るが、出来ない事はできない」と厳しく対応しながらも、手元にある現物を使って優れた戦闘機を生み出しますが、彼はその「結果」に対して言い訳を一切せず、批判も甘んじて受け入れます。これは彼が尊敬していた中島飛行機創業者である中島知久平の影響を受けていたとも。マスコミ嫌いの知久平は生前は自分の伝記を一切書かせず(周りが気を利かせて記者に金を渡して伝記を書かせたら烈火のごとく怒り、その伝記と著作権の全てを自費で買い取って処分した)、航空産業発展を目指した政界進出に対するマスコミからの批判も「言いたい奴は好きに言えばいい」と一切構いませんでした。小山さんもその影響を強く受けているように感じます。中島知久平の企業人としての凄い所は、中島飛行機大企業になっても現場に足を運ぶ事を厭わず、しかも全社員の名前と顔を覚えていて現場では社員に気さくに声をかけたとの事。中々できる事ではありません。

さて、そんな小山さんの「設計者としての心意気」は中島飛行機の生き残りが再結集した富士重工となった後、二人の技術者に引き継がれる事になりました。一人は航空機部門でジェット練習機「T-1」を設計した内藤子生、そしてもう一人は「スバル360」を生み出した百瀬晋六。

ジェット練習機として開発されたT-1は当時の機体としては優れた性能を発揮、一方で事故の少ない機体として日本航空史にその名を刻みます。

一方のスバル360の方は自動車ファンならご存知の事と思うので、書くとしたら別の機会にしますが、その設計思想は今もなおSUBARUの車達に引き継がれています。

そう、中島飛行機から始まるSUBARUスピリッツはこうして引き継がれ、今も息づいているのです。

その原点たる小山悌という人物、読んで知るほどに好きになってしまいました。SUBARUを愛する方には必読の1冊です。

真面目な本も含めておすすめな作品を。寒い冬だからこそ、コーヒーで暖を取りつつお気に入りの本を読みふけるのもいかがですか?

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