20050813 Sat
■[読書]『秋の断想』中村光夫(筑摩書房)
思いつくままに章題を見て気を引かれた部分を拾い読みしている。この本には武者小路実篤や志賀直哉などの大作家や、辰野隆や鈴木信太郎、渡辺一夫などの先生・先輩、それに佐藤正彰などの同輩・友人の故人を追悼する小文や、大岡昇平や吉田健一などの健在な友人についての文章などが多数収録されていて、著者の公平で愛情溢れる書きぶりが楽しめる。
芥川の作品『薮の中』をめぐる福田恆存との論争文で、
礼儀正しく、といって八百長にならず、文学の根本と取組むことができれば、論争も悪くないと思いますが、それではもうお客が集まらないかも知れませんね。
と書いてあって、この時期(1970年代)の文学の情勢的な位置についていろいろと思わせられる。中村光夫は、小林秀雄が作品を天才の宿命から見ようとするのに対し、個人と社会の相克を近代日本の成立という枠組みから歴史的に考える視点を立てた批評家なわけだが、1970年代というのはその中村にとっても明治から続く「日本近代文学」の「終わり」を感じさせられた時だったのだろう。しかし当たり前のことだが、「日本近代文学の終わり」は「近代の終わり」ではない。
明治時代には、文化の中心はヨーロッパにあり、わが国の課題は、あらゆる面で、そこに集まっている「先進国」に追いつくことでした。お手本ははっきりしていました。
しかし大正時代に勃発した第一次世界大戦は、ヨーロッパ中心の世界に終止符を打ち、アメリカ合衆国とソ連邦とを未来をはらんだ二つの強国として登場させました。たまたまこの二つの巨大国の間にわが国が(地球の裏側で)挟まれているという地理的条件が、両者の影響を、より直接的(政治的社会的)としたといえます。
アメリカニズムと共産主義がわが国の文化を支配する二大底流として、現在も有力である所以ですが、この二つの社会的な流行が、明治時代のヨーロッパのように、文化的理想として、無条件に仰がれたかというと、そうは行かないのです。
昭和の日本は国家として進むべき理想を見失っていた時代と云えるので、戦争中に行われた日本主義などは、この喪失感が生んだ焦燥に過ぎないのです。しかしこのように、国がその進路を見失い、国民が生きる指標を喪った時代こそ、芸術家の近代的使命を自覚すべき時代と云えます。
近代とはお手本や規矩が権威を失い、個人がめいめいの道を自分で探り当てなければならない時代とすれば、この近代にお手本があったというのが、既におかしいのです。
非常にわかりやすい日本の歩みに関する認識で、いろいろ首肯しかねる部分はあるにしても、改めて読むと何やら現在でも十分通用するような意見ではある。ところで、ここで言われている「芸術家の近代的使命」とは、宗教や道徳が権威を失った時代にあって、人がいかに生きるべきか、に答えることだと中村光夫は言うのだが、ここらへんに、フランス文学を専門とする批評家のヒューマニズムを感じることができる。また批評家の天分についてこう書いているところがあった。
普通批評家とは皮肉や悪口の専門家という風に見られていますが、そこに専門家としてどういう苦心があるかあまり考えてみてくれる人はいないようです。
皮肉を云おうとして云う皮肉、悪意をもって云う悪口なら誰にもできることですが、そんなありふれたものが売物になるわけはありません。批評家は皮肉や悪口を云おうとして云うのではありません。自分ではまったく私情のない公平な観察をし、当然のことを当然の云い方で云って、それが相手には皮肉や悪口ととられる、そういう不思議な――あるいは不幸な――資質をもった者だけが批評家になれるのです。そういう無私あるいは無償性を根底に持たぬ批評家は必ず対人関係だけで疲れてしまいます。
成程というかこれはこちらに返ってくる言葉でもあるだろう。ある意味で文章を書くということはどこか批評をともなうものだから、無私あるいは無償性をもたぬ者は対人関係だけで疲れ切ってしまう、という指摘はブログやWeb日記、あるいは掲示板の書き込みであっても遠く木霊のように響いているに違いない。努々忘れぬようにしたいものである。
