D&Dとサイオニック

AGS様が更新されました。今回は『サイオニックの書』の紹介です。
ロバート・J・シュワルブ/アリ・マーメル『サイオニックの書』(滝野原南生/柳田真坂樹他訳、ホビージャパン)でサイオニック・セッションを!: Analog Game Studies

サイオニックの歴史

 『サイオニックの書』の「はじめに」にも書かれていますが、これまでサイオニックについてのルール的/世界観的な位置づけについては、さまざまな試行錯誤が重ねられてきました(その歴史は1976年の「Eldrich Wizardry」にまで遡ります)。日本語環境においては、第3.5版の『サイオクス・ハンドブック』が嚆矢となっています。

無駄な豆知識の時間です*1


Psionicという言葉は、超能力を意味するPsiとElectronicsを合わせた言葉で、元々は「機械的・電子的に強化された超能力」あるいは「機械の機能のように安定した超能力」を意味するそうです。今じゃ普通に超能力の意味になってますね。


D&D、AD&Dのサイオニックは、「Eldrich Wizardry」に遡りますが、調べてみると実は、The Strategic Review(Dragon誌の前身)(1975年春号vol.1)に、新モンスターとしてマインド・フレイヤ*2が登場しており、マインドブラストによる攻撃のルールもついています。
この時のマインドブラストは、範囲内の相手がIntの値で変化するセービングスローを行い、失敗すると精神的なダメージを追うというものでした。Helm of Telepathyを持ってると有利な修正がつき、逆にマインドフレイヤーをスタンさせることができます。これが多分、D&Dに最初にサイオニックが登場した時と思われます。
テレパシーおよび精神攻撃が、サイオニックの基本イメージだったのですね。これはおおむね現在まで変わっていません。
サイオニックが、最初からマインドフレイヤーとセットだったというのは、ちょっと面白いなぁと思いました。


初期のD&D*3において、サイオニックは、わりと鬼子でした。
まず世界観の問題。
ファンタジー世界の中に、サイオニックをどう位置づけるか、です。
次に差別化の問題。
D&Dには豊富な魔法系クラスがあったわけで、サイオニックは、それとどう差別化するかが問題となりました。
確かAD&Dでは、通常の魔法や白兵戦とはさらに別の、専用のサイオニック戦闘ルールを作っていました。それによってサイオニックらしさはでつつも、ルールの重さが増した問題もあります。
そしてシステムの問題。
サイオニックで想定された超能力戦闘は、相手の精神を破壊したり支配したりするといったものですが、これは(現在でも)表現が難しい部類に入ります。
全員で協力してヒットポイントを削っていって敵を倒す、というのがD&Dの基本文法なわけで、そこで一人が単独で「よし、相手のボスの精神は支配した」とかなると、かなり困るわけです。
ある意味、「当たったら即死」系のエフェクトに通じる難しさがあるわけですね。使えすぎると困るし、使えなさすぎたら意味が無い。


こうした問題があって、サイオニックは、バランスブレイカーと呼ばれたりしつつも、好きな人は本当に好きなルールとなっていた印象があります*4


D&D3rdEdition(以下3E)では、魔術師(スペルキャスター)の概念が拡大され、サイオニックも、おおむね魔術師の一系統として位置づけられます。
それにより様々な問題は解決しますが、そうなるとしかし、今度はプレイヤーから「サイオニックらしくない」という不満が出たりします。まぁ、ファンというのはいつの時代も理不尽ですね(笑)


そして、満を持して4th Edition(以下、4E)なわけです。

4Eのサイオニック

サイオニックに限らず、D&D4thEditionは、様々な意味で画期的なルールです。3E、3.5Eで芽生え始めていた各種アイディアを、より抜本的に実装し、整理しています。


中でも、重要なのが、「遭遇毎パワー」の発明です。
遭遇毎パワーというのは、名前のごとく、一遭遇ごとに一回使える特殊能力です。
一遭遇というのは、遭遇が始まってから終わるまで(敵と出会って戦闘し、それが終わるまでとか)ですが、具体的な時間は決まっていません。


それまでのD&Dは、基本的に、効果時間は、明確に決まっており(一時間に一回、一日に1回、持続時間10分、等)、これはこれで明確でわかりやすくはあったのですが、一方でTRPGのセッションは、ご存知の通り、時間管理をそこまで厳密にプレイしながら遊ぶものではありません。
「しばらく歩いて酒場についたよ」の間に、「一時間に一回」パワーが復活してるかどうかを管理するのは、結構面倒だったりするわけです*5


そこへゆくと、この遭遇毎パワーというのは、曖昧でいいかげんではありますが、人間同士で遊ぶ分には、大変に便利というわけです。


この「遭遇毎」の考え方は、日本でいうシーン制の考えと、ほぼ同じです。「1シーンに1回まで使えるパワー」とかですね。
シーン制というのは、単にシナリオをシーンで区切ってマスタリングするだけ、ではなく、「シーンという単位」をゲームのルールに組み込んで運用することから生まれる無数の可能性を生んだわけです。
その有用性がD&Dにも通じてるというのは、日本人としてちょっと嬉しくなりますね*6


これは余談になりますが、D&D4thのメインスタッフには、TORGを生んだWEG(ウェストエンドゲームズ)の人材も多く参加しています。
TORG』のデザイナーの一人であり、WEGとWizards of the Coastの両方のスターウォーズRPGを担当するBill Slavicsekが、D&Dに深く関わっています。
4thのメインデザイナーであるAndy Collinsは、Bill Slavicsekの部下として、WoCのほうのスターウォーズを多数担当しています。
このへん、WEGの、『ゴーストバスターズRPG』から始まる一連のシネマティックRPGおよび、そこから派生するシーンの概念が、4thにつながっているのかなぁとぼんやり思ったり。
牽強付会を続けるなら、N◎VA−Rで、登場判定や舞台裏を盛り込んだ形でのシーン制ルールを創り上げた遠藤卓司も『TORG』の影響を受けていますから、日米のシーン制の源流は、WEGにある、と言えるかもしれません*7


また4Eでは、魔法使いの呪文、魔法から、戦士の戦闘技能、その他さまざまなものを含め、各クラスの特殊能力が再編、統合されました*8
呪文の特別扱いがなくなったわけですね。と同時に、呪文とそれ以外の特殊能力の間に区別がなくなり、記述の幅が増えたことも意味します。


これによって、サイオニックも、単なる魔術師のバリアントでない、サイオニックらしい独特の特殊能力を、しかもD&Dの全体ルールに沿う形で記述しやすくなったわけです。先に書いた、差別化とルール化の問題ですね。
サイオニックの個性としては、 他のクラスと違って遭遇毎パワーが少なく、基本的には毎ラウンド使えるパワー(無限回パワー)を使っていきつつ、限られたパワー・ポイントを使って無限回パワーを強化してゆけるという位置づけとなりました。


一方で、AGSの記事にある通り、世界観的な位置づけも、ばっちりです。サイオニックの宿命の敵として“彼方の領域”からの侵入者たちが導入されました。


これは現在のD&Dのすごいところだな、と、思うのですが、汎用性と世界設定の両立が絶妙なのですよね。
D&Dは、様々な世界設定があるゲームなので、基本ルールは、それらに対応する汎用ルールでもあります。一方で汎用ルールにありがちな無味乾燥なデータの羅列はなく、それぞれの職業には豊富な世界設定や逸話があり、またデータ自体にも豊富な世界設定が含まれている*9
そして、それらの設定が、ワールドの設定とかちあわないように様々なフォローが行き届いている。
この“彼方の領域”も、様々なセッティングに無理なく導入できるいい設定ですよね。
それに加えて、エベロンフォーゴットンレルムなどの各セッティングへの導入ガイドも掲載されているそうです。


そんなこんなで、『サイオニックの書』はxenothも楽しみにしております。

サイオニックの書 (ダンジョンズ&ドラゴンズ第4版)

サイオニックの書 (ダンジョンズ&ドラゴンズ第4版)

*1:豆知識は無駄なものですね。

*2:頭が蛸の蛸人間。触手で人の脳髄をすすります

*3:D&D〜AD&D2版まで

*4:このあたりガイギャックスも複雑だったようで、AD&Dにサイオニックは入れるべきじゃなかった、と、述懐していたりもします。http://pc.gamespy.com/articles/538/538820p3.html 一方で、それが4Eまで受け継がれているのは、サイオニックがそれだけプレイヤーに愛されているからとも言えるでしょう。後述しますが、初期にサイオニックが抱えていた問題点は、システム・世界観の両面から、様々な形で対処されてゆきます。

*5:そうした厳密な時間表現によって可能となる面白いセッションも、もちろん存在します。

*6:時折、シーン制という概念が日本の一部のみに存在する、とするようなTRPG論を見かけますが、実際にはそのようなことはありません。TRPGのマスタリングの際、シーン的に切り分けるテクニックから、それをルールシステムに取り込むことまで、4Eに限らず海外のTRPGでも見受けられます。前述の『TORG』では、明確に「シーン」という単位(訳語は「場」。「場」をまとめたものが「幕(Act)」)でゲームが進行します。同様に、シーン制は昔からある当たり前のテクニックであって、わざわざ取り上げるほどでもない、という論もありますが、これも間違っています。マスタリングテクニックを明文化し、ルールの中に取り込むことで、様々な発展が生まれています。そのことは、例えば、この「遭遇毎パワー」を見るだけでも十分にわかるでしょう。

*7:もちろんシーン制という概念は、複数の場所で様々な形で、同時並行的に生まれたものであり、単一の源流を無理に決めることにはあまり意味がありません。ただルールとしてまとまった形になるというのは一つのエポックですので、それを辿ってゆくのも面白い程度の話です。これは裏を取っていないヨタ話レベルですが、こうしたシステムの発展とスタッフの関係性は、重要な研究となるでしょう。

*8:これ自体は3Eからある流れですが、より完成したということで。

*9:「伝説の道」システムは、能力追加と世界設定とロール指針が一体化した、本当にいい発明だと思います。