14-10-2005 (Fri) 李小龍と鶴田浩二
■[本]『ブルース・リー - 李小龍の栄光と孤独 -』

『ブルース・リー - 李小龍の栄光と孤独 -』を読み終わる。李小龍ファンでなくても楽しめる本だった。
- 作者: 四方田犬彦
- 出版社/メーカー: 晶文社
- 発売日: 2005/10/01
- メディア: 単行本
- クリック: 5回
- この商品を含むブログ (17件) を見る
↑「龍」が「竜」になっているのが許せない。
李小龍映画は3本しか観ていないし、初めて観たのは最初のブームから25年も経ったあとである。観た感想はといえば、次のような感じだった。
- 『燃えよドラゴン』:ハリウッド映画だし英語だし全然期待していなかったが、予想以上につまらなかった。
- 『ドラゴン怒りの鉄拳』:上海で精武體育會(外観)を見ていたし、抗日映画という点で興味深かった。
- 『ドラゴンへの道』:コロセウムでの対決はロケ地選びという点で興味深かったが、コメディ色が強いのがいただけない。
遅れてきた香港映画ファンとして、李小龍を知らないことに対する引け目みたいなものがあったので、リバイバル等の機会を逃さずに観た。でもひと言でいえば、李連杰(ジェット・リー)みたいな見た目に美しい功夫のほうが好きだ、というのが正直な感想だった。
今回この本を読んで思ったのは、私が李小龍映画に熱狂しないのは、男性の鍛えた肉体に興味がないからだろうということ。しかし考えてみれば、女性が「李小龍が大好き」と言ったり書いたりしているのはみたことがない。李小龍について熱く語るのは常に男性である。本書では、女性観客には李小龍よりも成龍(ジャッキー・チェン)のほうが好まれているというアンケート結果についてふれられているが、李小龍の放つ性的魅力がなぜ女性にはアピールせず、(おそらくゲイではない)男性に強くアピールするのかという点についても考察してほしかったと思う。
ところで、最初の章に
九十年代には数多くの香港製恋愛映画が日本で公開されたが、その多くはハーレクィンロマンスめいた、うさん臭い題名を与えられていて、題名を見ただけでは簡単に香港映画であることが判別できない仕組になっていた。
とある(p. 18)が、これは事実だろうか(配給会社の姿勢やろくでもない邦題に文句を言いたい気持ちはわかるが)。まず「香港製恋愛映画」というのがほとんど思い浮かばないのだが、90年代に香港映画が多く公開された背景には、1993年くらいから香港返還に向けての香港ブーム、アジアブームがあったので、香港映画とわからなければ意味がないと思う。実際、多くの映画には原題がサブタイトルとしてついていたり、頭に「アンディ・ラウの」といった修飾がついていたりして、ひと目で香港映画とわかることが多かった。もっとも「香港製恋愛映画」というのがプレノンアッシュ配給の王家衛(ウォン・カーウァイ)映画を指しているとしたらそれなりに納得するが、「数多く」はないですよね。
■[映画]『薔薇合戦』

『薔薇合戦』を観にフィルムセンターへ行く。成瀬巳喜男唯一の鶴田浩二さまご出演映画なので、観ないわけにはいかない(DVD-Rで観てはいるが)。
戦後になぜか松竹で撮った映画なので、成瀬映画の常連っぽい人は全く出ていない。鶴田浩二、安部徹、進藤英太郎夢の共演(残念ながら同時には出ない)だが、東映ヤクザ映画ではもちろんない。三宅邦子、若山セツ子、桂木洋子の(一応)美人三姉妹の恋愛、結婚、仕事をめぐるお話。鶴田浩二の存在が中途半端すぎ、三姉妹の相手がろくでもなさすぎ、芝居がかった台詞が多すぎ。三姉妹が鶴田浩二を取り合うロマンティック・コメディにすればよかったのに少なくとも観客としてはそういうのを期待したのでは(私は期待した)。
引用の箇所、なんか妙な「敵意」のよーなものを感じるのは私だけでしょーか(笑)。
私はカンフー(李小龍含む)もキョンシーもツイ・ハークほとんど興味のない、まさに90年代以降のアジア映画ファンですが、アジア映画ファンって常々おかしいくらいそれぞれのジャンルの同士の溝を深く感じます。被害妄想かもしれませんけども。
特に90年代以前のアクションもの・B級娯楽映画のファンの、90年代以降の主に女性をターゲットにした香港映画への視線の冷たさといったら、なんか理不尽なものを感じてしまう。
香港映画はこうじゃなきゃイヤ!みたいな美学があるのはわかりますが、映画だって商売ですし同時に自由な芸術でもあるし、そんなもん勝手に押しつけられてもな・・・といつも思ってたりしますです・・・。
有楽町駅前は今再開発計画が進んでるので近いうちにかなりガラッと変わってしまうと思われます。
考えてみれば今までずーっとあのままだった方が不思議ですね・・・。
誤解を招きかねないので一応補足しておくと、引用箇所は、香港やいろんなところで李小龍が大人気になっていたにもかかわらず日本では全く無視されていて、『燃えよドラゴン』でハリウッドで認められてからやっと公開された、という文脈で語られているものです。
香港映画ファンについては、私はジャンル間の溝というよりも、香港映画全部を好きじゃなきゃいけないとか、みんなが口を揃えて褒める作品があってそれを讚えなきゃいけないみたいな雰囲気に違和感を感じています。