15-10-2006 (Sun) 風が吹けば映画ができる
■[映画]『童年往事 - 時の流れ(童年往事)』(侯孝賢)[C1985-34]
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今日もシネマヴェーラ渋谷へ。ホウ・シャオシエン映画祭三本目は『童年往事 - 時の流れ』(映画生活)。これは侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の最高傑作であり、私の最も好きな侯孝賢作品であり、かつ私の最も好きな映画である。スクリーンで観るのは三回目。ロードショー公開前に上映された際のフィルムのようで、邦題は『阿孝の世界』となっていた。客の入りはいまいち。
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この映画は、主人公・阿孝(游安順)の少年時代の記憶を再構成した物語である。ある特殊で具体的な状況を描きながら、それが私たちの物語でもあると感じさせる普遍性を兼ね備えること。それは映画であれ文学であれ、優れた作品が共通にもつ性質である。だから、ある作品が「どういいのか?」と問われたとき、そのように答えてしまうことはよくあるのだけれど、『童年往事 - 時の流れ』ほどにそのことを感じさせる映画はない。
映画の舞台は、1954年から1966年くらいの高雄縣鳳山鎭(現・高雄縣鳳山市)。阿孝の父親は公務員で、宿舎として提供された日本家屋に住んでいる。南部の鳳山に住んでいるのは、父親の健康が優れないためだ。彼らは外省人である一方客家でもあり、住んでいるのは眷村でもなければ客家の町でもない。まわりに住む人々のほとんどは、閩南系台湾人だと思われる。家の中では、祖母と両親は主に客家語を話し、子供たちは主に北京語を話しているが、阿孝が近所の子供たちと遊ぶときは台湾語である。映画は、このような典型的台湾人でもなければ典型的外省人でもない、比較的特殊な一家の生活のディテイルを、具体的かつ断片的に描いている。そこには、その時代の台湾社会の記憶が、重層的に結びついている。それは、日常生活の些細なことであったり、雙十馬祖空戰といった政治的なことであったり、台風の通過といった気候風土的なことであったりする。このような重層的な記憶の積み重ねによって、その時代とその場所の空気が見事に表現されている。
また、記憶を再構成することによって表されるのは、記憶に伴う切なさや痛みといった人間の普遍的な感情だ。たとえば、阿孝の家族は三世代が同居しているが、それぞれの世代の大陸への想いは異なる。祖母(唐如韞)は大陸へ帰りたくてたまらず、阿孝に「一緒に大陸へ帰ろう」と口癖のように言う。半分惚けている彼女が帰りたいのは故郷の梅縣であり、彼女の想いは政治的なものとは一切関係がない。帰りたくても帰れないことを知っている両親は、大陸への想いを直接語ることはない。それらはいつも遅れて子供たちに知らされる。父親(田豐)が数年で帰るつもりでいたことを、阿孝たちは彼の死後に知る。姉(萴艾)はまさに家を離れようとするときに、母親(梅芳)の複雑な想いを知る。愚痴も言わずに病弱な父親の世話をしていた母親の口から、父親との結婚を悔いる言葉が聞かれる。比較的裕福な家に生まれて高等教育も受けている彼女は、貧しくて男尊女卑的な父親の家に嫁ぐ。彼女をいじめた姑はついてきたけれど、閉鎖的な客家の町から解放された台湾での暮らしは、彼女にとって喜ばしいものだったようにも思われる。そして阿孝の世代になると、もはや大陸の記憶はなく、大陸はおそらく距離的にも心理的にも遠いところだ。
異なる世代の異なる想いは、共有することも継承することも不可能である。記憶が痛みを伴うのは、それがもはや取り戻せないからでもやり直すことができないからでもない。たとえば祖母の想いをもっとわかってあげればよかったと思っても、本当にはわかってあげることなどできないことを私たちは知っている。たとえやり直すことができたとしても、やはり自分のことが一番大事であり、結局は祖母や両親をあまり気づかってはあげられないだろう。だからといって、自分のやってきたことは間違っていなかった、しかたのないことだったと、開き直って忘れることもまたできない。後悔したくてもできなくて、諦めたくても諦められなくて、忘れたくても忘れられない。阿孝の最後のモノローグ、「今でも、度々思い出すのだが、祖母の大陸へ帰る道は、私と歩いたあの道なのか……、一緒に青ザクロをとったあの道なのかと」(公開時のプログラム[O1-30]より引用)には、そんな想いが込められている。阿孝はこのあともずっと、繰り返しこのように問いかけ続けるのだろう。以前、この映画をヴィデオで観ていて、このモノローグに号泣してしまったことがある。こんなところ(映画館)で号泣してしまってはたまらないので、今日はこのモノローグが深層に入り込まないように、不本意ながら心を閉じて観た。
今回フィルムで観ることができて、最も心を打たれたのは、草や木が風に揺れるさまだ。この映画ではいつも風が吹いていて、木や草はいつもかなり激しく揺らいでいる。そのさわさわさわという感じがただもうすばらしく、木が揺れるたびに空気が揺れて、五〜六十代の鳳山の空気がそのままこちらに伝わってくる。それだけで涙が出てしまいそうなくらいだった。キャメラはもちろん李屏賓(リー・ピンビン)。
スタイル的には、フィックスとロングショットの印象が強かった本作だが、あらためて観るとキャメラはけっこう動いていて、アップもけっこうあった。内容的にはかなり淡々とした印象だったが、号泣シーンが何度もあった。この後どんどん、出来事の決定的瞬間を回避するようになる侯孝賢だが、この映画の父親の死の場面では、中心的な部分が時間をかけて描かれていた。父親の死が突然であり、阿孝にとって初めての身近な死であったということで、決定的な瞬間が強く記憶されていたのだろう。
ところで侯孝賢のフィルモグラフィーでは、『風櫃の少年』『冬冬の夏休み』『童年往事 - 時の流れ』『恋恋風塵』がワンセット、『悲情城市』『戯夢人生』『好男好女』がワンセットにされることが多い。しかしそれは間違っていると思う。『童年往事 - 時の流れ』と『悲情城市』こそが、最も近く、ひとつに括られるべき映画群である(『冬冬の夏休み』『風櫃の少年』『恋恋風塵』を括ることには異存はない)。
■[映画]『恋恋風塵(戀戀風塵)』(侯孝賢)[C1987-71]
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昼食後、ホウ・シャオシエン映画祭四本目の『恋恋風塵』(映画生活)へ。たぶん二番目に好きな侯孝賢(ホウ・シャオシェン)作品。昨日の二本は、ちょうど観直したいと思っていた映画をこの機会に観ようという企画、今日の二本は、特に好きな映画を久しぶりにスクリーンで観ようという企画。客席はほぼ満員で、暑くてほとんど死んでいた。シネマヴェーラの空調は、もうちょっとなんとかしてほしい。
スクリーンで観るのは三回目。ほかにフィルムで観る機会があるわけではないので、デジタル上映なのは承知で来た。『好男好女』ではそれほど気にならなかったのに、こちらはかなりひどい。ほとんどすべてのショットでデジタル印が刻印されていて、草木の緑も不自然な色。これならノートパソコンでDVDを観たほうがいいかもしれない。最近発見したのだけれど、これはけっこう至福の体験なのだ。画面が小さいのでデジタルっぽさはあまり感じられずきれいなうえに、細かいところがスクリーンよりもクリアに見える。あるシーンを確認するためにかけて、そのまま見入ってしまうことも少なくない。
『恋恋風塵』は、主人公のワン(王晶文)が実家に帰るのを繰り返し描いた映画である。学校から家に帰る冒頭から、兵役を終えて帰るラストまで、ワンは何度も実家に帰る(あるいは帰るべきときに帰らない)。そのたびに彼の置かれている状況は変わっていて、それは誰と帰るのか、どのように帰るのか(あるいは帰らないのか)によって表される。そしてそのたびに彼は成長していく。
スタイル的には、これはもう完璧である。侯孝賢のひとつの頂点であり、初期侯孝賢なのか中期侯孝賢なのか、その集大成といえるだろう。
LDやDVDを含めると、おそらく私が最も多く観ている侯孝賢映画である(そういう意味では『フラワーズ・オブ・シャンハイ』の対極に位置する)。だからほとんどすべてのショットを憶えているし、デジタルだったこともあり、特に新たな発見はなかった。ただ今日いちばん心を動かされたのは、金門島の最後のショット。ホン(辛樹芬)の結婚を知ってワンが号泣しているショットのあと、夕刻らしい空に、風に揺れている山の木々がシルエットのように見えていて、キャメラがゆっくり横移動していく。ほとんどキャメラが動かない映画のなかで、このゆっくりした動きが妙に心に残った。キャメラはこれも李屏賓(リー・ピンビン)。
エンディング・クレジットを見ていたら、柯宇綸(クー・ユールン)が子役で出ていた。何の役だったのだろう?
(『恋恋風塵』はこれ↓に入っています(『童年往事 - 時の流れ』も)。単体では出ないのかな?)
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■[本]『戦後台湾における「日本」- 植民地経験の連続・変貌・利用』(五十嵐真子、三尾裕子・編)

『戦後台湾における「日本」- 植民地経験の連続・変貌・利用』読了。
- 作者: 五十嵐真子,三尾裕子
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2005年に開かれた国際ワークショップの成果である本書には、9本の論文が収められている。台湾における植民地体験や日本認識、日本語の役割などの分析から、お墓の形の影響や、東本願寺(真宗大谷派台北別院)がいかにして獅子林商業大樓になったかといったものまで多様な内容。
そのなかで、上水流久彦:『自画像形成の道具としての「日本語」- 台湾社会の「日本」を如何に考えるか』から、興味深い部分を引用しておく。
現時点では、台湾の人々において「日本」は自己を主張しようとするときに認識せざるを得ない、引き合いに出さざるを得ない「他者」でもなければ、その「自己」にとって「否定しようとしてもしきれない、愛憎並び向う対象」でもない。自他の人間関係の構築のうえで利用されるひとつの記号でしかない。(p. 207)
…台湾の自画像に植民地時代の「日本」が使われるとしたら、その成立には国民国家という制度、ナショナリズム、資本主義、中華思想など様々な問題が関与しているのである。したがって、ある植民地的な要素が旧植民地に存在したとしても、それを植民地支配と関連づけて、「旧宗主国のものが現在も旧植民地に影響している」と述べることにさほど意味はない。どのような経済的、政治的仕組みや思想、主義がその植民地的な要素を存続させているのか分析することがより重要となる。(pp. 210-211)